067話:英国と日本
結局、雪白家に泊まることになったリズとアーサー。ついでということで、雪枝とユキファナも雪白家に同行することになった。いくら木連が煉夜を監視していたとはいえ、最低限度の説明というものが必要になる。その時には当事者が全員いたほうが分かりやすいだろう。主な理由がそんなものである。無論、一応病人であるユキファナを途中で休ませる目的やリズとアーサーに何かあった時にユキファナが駆け付けられるように、ユキファナに雪白家の位置を明確に把握させるなどという目的もある。
木連は式で見ていたため把握していたから、部屋の準備などは一通りさせていた。しかし、英国人かどうかはともかくとして、厄介事を抱えている人を簡単に受け入れるかどうかは微妙なところだった。
そんなことで、煉夜達が着くまでに木連、美夏、水姫、煉夜の両親、火邑の煉夜を除く雪白家の面々が集まっていた。
「と、いうわけでだ、煉夜は英国人を何人か連れてくる。どうにも面倒事に巻き込まれているようでな。……う~ん、まあ、どうにも難しい部分がある。かなり厄介な状況でもありそうだ」
木連の言葉に美夏と水姫が眉根を寄せる。英国人という部分に反応した水姫と、厄介に反応した美夏。
「正直なところ、面倒な話は避けたいところですけどね。でも、まあ、彼が連れてきたというからには、何かしらあるんでしょう?」
美夏の言葉に、煉夜の両親が首を傾げた。なぜか煉夜の株が美夏の中で上がっているようで不思議だった。
「何か、というとどのようなことがあるんでしょうか」
煉夜の父が美夏に問う。美夏は木連を見た。実は木連は、リズ達を見て、気づいていたことが一つだけあったのである。
「ああ、今回に関しては、もしかしたらもしかするかもしれない」
木連が一枚の写真を取り出した。日本政府から取り寄せた写真である。それを見て、美夏は動揺する。流石に想像以上だった。
「これは……本当に、……だとしたら、受け入れないのは国家規模の問題になりません?」
美夏は最大級のため息を吐く。煉夜の持ち込む厄介事の大きさに美夏はもう、半ばあきらめていた。
「流石に向こうも公な来日ではないからな。お忍びというものだ。名乗ってこない限りは日本の責任にはならないだろうが……、それにしても」
写真に写るのはリズとアーサー。写真を見た水姫すらも固まるほどの大物。
「アーサー・ペンドラゴン。英国王室直属の英国教会、通称聖王教会の長、ですね。日本まで来ていることを考えると、何かの極秘任務の可能性もあるのではないですか?」
水姫の言葉に、木連は首を横に振った。今回の来日の目的はある程度、煉夜とリズ達の会話で把握できていたし、そして、目標は達せられたのにも関わらず、すぐに戻ろうとしないのも理由は見当がついていた。
「いや、おそらく任務ではないだろうな。任務なら彼女が直接出てくる必要が無い。だが、おそらく、彼女たちは、向こうから仕掛けてくるであろうこの日本で、大半の敵を削ぎ落す腹積もりのようだ」
英国はいわば、どちらもがホームであり、万全の状態である。この状態というのは、いわばどちらも攻めるに攻められない拮抗状態ということだ。万全の守りに突っ込んでいくほどの無謀はどちらの陣営にもいない。そして、この来日という機会を利用し、万全の守りから出た2人を狩るべくして動き出したのである。
だが、結果的に言えば、日本はどちらもアウェー。どちらもが万全を期すことが出来ない場所である。MTTの狙いはここにあった。どちらも万全を期すことが出来無い中、極秘の来日ということはリズとアーサーは多くの人員を連れてくることが出来ない。つまり、リズとアーサーとユキファナ、多くてあと数人のナイツ・オブ・ラウンズがいるかいないか程度という予想したはずだ。そうして、来日したのがリズとアーサー、そして日本にいたユキファナ。この3人。
だからこそ、物量で押せば勝てる。MTTは間違いなくそう考えた。どちらもが万全をきせない中、物量を多く準備できた方が有利で、勝つ。誰でも思いつく簡単なことだ。
そう、誰もが思いつく。それはリズとアーサーとて同じだろう。だからこそ、それを利用する。物量で押すということは、MTTのかなりの割合が日本に攻めに来る。逆を言えば、日本に来たMTTのメンバーを潰すことが出来れば、それは英国のMTTにも大きなダメージとなるのである。この時、肝となるのは、絶対に敵が勝負を仕掛けてくること。だからこそ、サーアーは私的要件であるからという理由をつけて、他の円卓の騎士を連れてこなかった。そして、アーサーとリズの両人の見解では、よほどの敵でない限り、アーサーかリズが負けるということはない。多少の物量さもリズの魔法とアーサーの聖剣でどうにかなってしまう。だからこそ、目標であるユキファナとの面談が叶った今も、日本にとどまっている。向こうが日本滞在中に蹴りをつけようと躍起になるのを予測して。
これが木連の推測であり、概ね、これが真実であった。それに、もしどうしようもない状況に陥ったとしても、リズならば、日本政府に救援依頼を出せるという切り札もある。だからこそ、この日本という狩場は、MTTと戦うにはもってこいといえた。
「実際にそうなったとして、この時点で雪白家が手を貸すメリットとデメリットはどちらもある。デメリットは簡単だ。戦いに巻き込まれる可能性がある。しかし、メリットもある。英国とのパイプの確率と、日本政府にも恩を売れる。それも、デメリットに関しては、敵の狙いがこの2人だとすれば、そこまで執拗に狙われることもない。だから、雪白家としては、手を貸す方向で考える」
そう、敵の狙いはあくまでリズとアーサーであり、日本はあまり敵に回したくないと考えているはずだ、と木連は考えた。しかしながら、正直な話、リズやアーサーもMTTも日本をどう考えているかと言われれば「どうでもいい」の一言に集約されてしまう。日本は魔法的な立ち位置でいえば排他的な思考を持つものが多く、また、技術的にも海外の魔法使いに勝ることはほとんどない。武田の風林火山や御旗楯無の式のような例外もなくなないが、それを技術体系として組み込めないことは無いので、やはり、下の方に見られる。つまり、巻き込もうが巻き込むまいが、敵にはあまり頓着が無い。
陰陽師はそれをあまり理解していないのだ。そも、魔法という文化に対して、主な勢力図はヨーロッパ(英国を除く)と中国韓国モンゴルロシア、アメリカ、英国、日本と分かれている。島国である英国、日本は、それぞれ独自性が強く、英国はより強い形を求め、日本はオリジナリティを高める形を求め、互いに進化を遂げた。特に日本はもとより中国などからの強い影響があった中、平安の頃に陰陽術が発展し、戦国時代には忍術、舞踊と変質していった特殊な形がある。また、移民して独立という形をとったアメリカもヨーロッパ諸国の魔法とアステカなどの儀式などが主体に発展しかけるも南北戦争や様々な形で魔法自体の発展が薄れ、魔法と機械を融合した技術の発展を遂げている。
分野が違うということでアメリカは省かれるが、主に、英国、ヨーロッパ(英国を除く)と中国韓国モンゴルロシア、日本の順で一般的には魔法の地位が高い。つまりおおよその魔法は同じくらいの地位だが、英国が特別に高く、また日本が下に見られがちということである。
むろん、日本の陰陽術が他国の術に優れる点もある。しかし、他国との交流不足や陰陽師の質の低下もあり、結局、日本の地位は向上しない。
排他的、この考えを捨てなくては地位の向上は無理だろう。英国が、頭一つ地位が高い理由もそこにある。ヨーロッパには魔女狩りという悲惨な歴史があるが、英国は、その魔女狩りの後に、唯一、全世界から魔法使いを呼ぶことを行っている。自国でひっそりとするのではなく、他国からも呼び集めることで相対的な魔法使いの知識の伝搬と質の向上を図ったのである。それが、リズのいるMTRS、Magic of the Royal Schoolこと王室直属の王立魔法学校だ。これにより、英国には様々な国の魔法が集まると共に、質の高い魔法使いが育つ。まあ、その結果、比例的に魔法を使う犯罪者も増えてしまったのは仕方がないことではあろう。
日本という国は、異様と特殊、この2つの言葉である自覚がないのである。特に、京都、三鷹丘、恐山、坂ヶ通、赤天原、滝島、日向神峡などの多くのパワースポットが小さい島国に凝縮されている。もちろん、英国にもパワースポットはある、ロンドンやストーンヘンジ、グラストンベリーなど。だが、日本に比べれば土地も広く、散見しているのだ。この特殊な環境で、異様ともいえる閉ざされた日本という世界が広がっていた。そして、開国後も、日本は戦争などによる影響で急速に科学を取り入れたことで、陰陽師の質が低下するとともに、技術大国日本を形成した。
現在、リズとアーサーの来日により、この日本という国は大いに動く前触れとなっている。特にその渦中にいる雪白煉夜。彼という日本人でありながら、日本という国とは違う場で違う知識を持った存在が、英国と組み合わさることで、世界に与える影響を、誰も知るはずもなかった。ただ、神を除いて。
もし、日本を、世界を変えるとしたら、それは雪白煉夜と、そして雪白水姫なのだろう。神というものが本当にいて、そして、神に愛されているなどということがあるならば、この2人こそが最も神に愛されているのだから。




