表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
白雪の陰陽師  作者: 桃姫
英国到来編
65/370

065話:英国の聖剣

 かつて、その聖剣は《選定の剣(カリバーン)》と《勝利の剣(エクスカリバー)》と呼ばれる2つの剣だった。折れた《選定の剣(カリバーン)》は《黄金の剣(コールブランド)》と名と姿を変え、そして、激しい戦いのさなか、神の力により、《コールブランド・エクスカリバー》……《C.E.X.》という一つの剣に昇華する。


 神に選ばれた者だけが持つことを許されるその聖剣が、今、雪白煉夜の手に渡る。本来、それは、ただの鉄くずを渡しただけに過ぎない。


「ほぉ、軽いな。それにいい剣だ」


 しかしながら、ありえないことに、煉夜が握った瞬間に聖剣《C.E.X.》が黄金の光を纏う。リズは気づく。右手の甲に光が灯った。そう、煉夜は聖剣に選ばれたわけではない。聖剣アストルティの加護で無理やり別の聖剣を聖剣として使っているに過ぎないのだ。

 そして、煉夜は、ボロボロになった壁から外へと飛び出す。その姿に、数時間前のリズの姿をアーサーは幻視した。


「ちょっと煉夜君!」


 雪枝は混乱しながらも、壁の近くまで寄り、下を見ながら煉夜を呼んだ。しかし、落下する煉夜は、それに微笑むだけだった。まるで、俺に任せておけといわんばかりの顔で。

 降り立った煉夜を迎えるのは11人の男達だった。たった一人降りた煉夜をまるで馬鹿だとでも言いたげな顔をする彼ら。しかし、馬鹿なのは彼らの方だった。魔法も何も使わずにあの高さから落下し、平然と着地する人間が普通なはずがないのだから。


「おい、テメェは剣士か?」


 英語で話しかけてくる相手に対して、煉夜は肩をすくめて、剣を構える。その瞬間、周囲に迸った殺気は、相手を黙らせる。斬る理由と斬る覚悟。理由はあるし、覚悟もとうにしている。そんな煉夜の剣を前に、半端な覚悟のものたちが立ちふさがるのは不可能だった。

 流れるような剣捌きで、一人、また一人と屠る。その動きは、荒々しい獣の様で、それでいてその根底には騎士の様な誠実さがある。ユキファナはそこにリズの剣術と同じものを感じ取っていた。


「リズと同じ流派か、その分流。少なくとも流れは汲み取っている。どういうことなのよ。魔法体系も流派も、そんなことってありえるの?」


 ユキファナは、リズと煉夜の接点が今日であることを知っているし、それ以前に会うなど、煉夜の事情にしろ、リズの事情にしろ不可能なことは理解していた。だからこそ、煉夜とリズが同じ、というのはあり得ないのだ。


「なぜ、彼が聖剣を使いこなしているんでしょうか。あれはオレ以外には……」


「違いますよ、アーサー。彼は使いこなしていません。あくまで、彼のあれは、あの聖剣の力ではなく彼自身の聖剣の担い手としての力を無理やりあの聖剣に降ろしているにすぎません。ですからあんなにも中途半端な出力なのですよ」


 中途半端、とリズが言う。しかし、アーサーが全力を出してもあそこまでの出力はでないだろう。アーサーが思い出すのは先代のアーサーであった。彼女ならば、アーサーよりも遥かに強い出力を自在に扱っていた。それはすなわち、アーサーが《C.E.X.》の力を引き出し切っていないということの証明でもある。


「あれで両方とも本気でないのが凄いわね。片や人造聖剣、片や魔女の眷属。本物の聖剣でなければ、魔女本人でもない。それでもなお、あの力。化け物かしらね」


 この異常性を異常と明確に認定で来ていたのはユキファナだけだった。ユキファナからすれば、煉夜よりも《C.E.X.》の方は千倍納得ができていた。イガネアの死神として、花の死神としての感覚が戻る前こそは、あの聖剣は所詮木端世界の神が造ったものという認識だったが、それが誰であるかを思い出せば別である。


「しっかし、あの三神の一柱たるあいつが造った刀とは……」


 ユキファナは……いや、正確には花の死神だが、彼女が三神の一柱と知り合ったのはバイルスドレア親交条約規定会議のときである。


「ま、それを半端にでも引き出す彼はやっぱり、……特異点なのかしら」


 特異点。ある基準のもとで、その基準が適用されない点。もはやこの世界の基準が適用できない煉夜は十分にその素質があると言ってもいいだろう。しかしながら、ユキファナのいう特異点とは別のことである。


「いやいやいや、お姉ちゃん!『特異点なのかしら』とか訳知り顔で言ってる場合じゃないよ!え、なにこれ!映画の撮影?!」


「だから、貴方は知らなくていいのよ。ま、彼が普通じゃないってことくらいは知っておいてもいいかもしれないけれど」


 そう言ってからユキファナは心の中で「雪枝の恋のためにもね」と付け足した。姉だけあって、ユキファナは妹の雪枝が煉夜に恋していることに気付いていた。生真面目な妹だから教師と生徒という関係に尻込みもするだろう。だからこそ、あらかじめ煉夜が普通ではないと知っておくのは悪くないと思ったのだ。そして、煉夜が……強い人がそばにいるのなら雪枝は戦うことが無いだろう。それはユキファナが一番望んでいることだった。


「いや、煉夜君をお姉ちゃんの中二キャラに巻き込まないでよ!どうやって誑かしたの?」


 壁や床が壊れているにも関わらず、姉の中二で済ませる雪枝も相当頭のネジが吹っ飛んでいるとしか思えない。




 そんな話をしている頃には、全ての敵は地に伏せ、煉夜は、跳躍して、職員室まで戻ってきていた。


「助かった、アーサー。ありがとよ」


 そう言って煉夜はアーサーに《C.E.X.》を放り投げる。アーサーはボロボロの身体ながら、キャッチする。


「いえ、お気になさらずに」


 アーサーは煉夜にそう言った。適当な椅子を引いて、壊れていないことを確認しながら、腰を掛けると、煉夜は言う。


「それにしても、これほどの規模で動いているとは思ってなかったんだが、何をしたらあんなに大勢に命を狙われるんだ?」


 煉夜は元賞金首であるがゆえに、追われることには慣れていたが、このご時世に、それもリズやアーサーのようなものが賞金首になるとは思えなかった。


「別に、こっちがやらかしているわけじゃなくて、向こうがやらかそうとしているのよ。特にリズを狙ってね。ま、ついでにアーサーも潰せれば万々歳ってところでしょうけど」


 リズが狙いであるということは、煉夜もなんとなく分かっていたが、さすがの煉夜も、リズがどこの誰で、どんな人物であるかまでは知らない。それゆえに、何故狙われているのかが分からないのだ。


「まあ、とにかく狙われているってことと、こっちでいくら追い払っても意味はないってことだけは分かった。大元は英国の方にいるんだろ?」


 所詮根元から絶たねばまた生えてくるし、トカゲのしっぽ切の様なものになってしまう。この情勢を見切った煉夜はそう判断した。


「ええ、そうね。MTTは英国を大元に展開しているでしょうから、こっちにいるのは一部。でも、結構厄介かもしれないわ」


 ユキファナがそう言う。リズとアーサーが顔を見合わせたので、二人は知らないことのようだ。


「『悲槍のライド』と呼ばれる魔法犯罪者がこっちに来てるっぽいのよね。20人くらい殺してる奴なんだけどさ」


 20人、その言葉に、リズとアーサーは、顔をひきつらせた。大量殺人犯が刺客として来ているのならかなり危険な状況に違いないからである。


「ふぅん、で?」


 しかし、煉夜は気にも留めていないようだった。それもそうだろう。煉夜にとって20人殺した犯罪者など、その辺の人と変わらない。むしろ、そんな指名手配犯よりも高額な懸賞金をかけられていた身の上である。


「ちょっとはビビりなさいよ、可愛げが無いわね。ま、年齢上、可愛げがあっても困るかしら。それにしたって、20人よ」


「んなもん、一般人を20人殺した程度のやつならどうとでもなるだろ。達人を20人殺したっていうんならもう少し警戒もするが」


 煉夜もまた、人を殺したことが無いわけではない。殺さなくては生きられなかったから。そして、初めて殺めてしまった人のことは、どうやっても忘れることはないだろう。まあ、それ以後のことに関してはとっくに顔すらも忘れているだろうが。


「いえいえ、『悲槍のライド』ですよ。あのライド・バンベップを歯牙にもかけないなんて……、いえ、油断はダメですよ。オレは、奴と会ったことが有りますが、奴の右腕と引き換えに、全身骨折しましたし」


「あ~、あの時ですね。結構昔のことですが、どれほどの敵と戦ったのかと思っていました」


 懐かしむようにリズが言うが、アーサーの顔は苦いままだ。流石に、その危険をその身で味わっただけあって、かなり警戒している。


「ただ強いというわけではありません。奴の槍は、『風牙の投槍(シュヴェネザ)』と言って、オレの聖剣に匹敵するだけの力があります」


 むろん、全ての力を引き出せばアーサーの聖剣の方が上だが、アーサーが使うと、どうしても本領を引き出せないため互角。


「『風牙の投槍(シュヴェネザ)』っていうと、オラリオが戦争の途中で消失したっていう、あの『風牙の投槍(シュヴェネザ)』か?」


 煉夜の疑問に明確な答えを持っている人はこの場には誰も居なかった。しかし、リズは、その言葉に、やけにひっかかりを覚える。


「オラリオ……、オラリオ・ユヴェリオン・ラッズ。伝説の……」


 リズの口からすらすらと出てきた名前。それは誰にも届くことなく、職員室の空気の中に消えて行った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ