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白雪の陰陽師  作者: 桃姫
英国到来編
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061話:プロローグ

 11月中旬、京都駅。観光客の多いシーズンからは外れているとはいえ、京都には多くの観光客が訪れている。特にこの時期には、紅葉もあり嵐山方面などがにぎわうだろう。しかしながら、日本人の休みの期間とは外れているためか、日本人は多くない。主を占めるのは外国人だった。そして、京都に到着した新幹線からも多くの外国人が降りてくる。


 その外国人の中でもちらほらと見かける金髪。しかしながら、その中のどの金髪よりも美しい金髪を持つ、雑踏を抜ける少女がいた。旅行というにはバッグ一つ持っていないし、恰好もかなりラフなものだったが、皆、その美しい髪に気を取られて、気にする人はあまりいなかった。

 そんな彼女、リズは1人、京都駅を逃げるようにかけていく。もたつくエスカレーターの前の老人に苛立ちながらも、何かから逃げるように京都へ彼女は降り立った。





 時間は少し前にさかのぼる。英国の英国教会である聖王教会のリーダー、アーサー・ペンドラゴンと共に日本、鷹之町市にある空港に降り立ったリズ。初めての日本に感嘆するも、一刻も早く京都へ向かうために、観光をしている余裕はなかった。2人はひとまず、東京のホテルを予約しているので、鷹之町から日暮里まで行き、日暮里から東京まで向かって、ホテルでゆっくりすることになったのである。道中の電車内では、敵週に備え、周囲を見回したり、少し席を立ってみたりと、少し不審な行動もしていたが、一般人からは、日本に初めて来て、日本を観光しようとしている外国人に見えたことだろう。


 ホテル、それも高級ホテルなどではなく、普通のビジネスホテルに宿泊する2人。あまりホテルに慣れていないリズは、中々落ち着けずにいた。


「リズ、落ち着いてください。今から京都に向かっても夕方か、夜です。病院には面会時間というものがあって気軽に会うことはできないでしょう。それに妹さんがどこにいるのかも明確には分かっていませんから。オレたちは一度、気を落ち着かせる必要がありますよ」


 リズの落ち着きの無さを、ユキファナを心配してのことだと思ったアーサーはその様にリズに言うのだった。


「大丈夫ですよ、アーサー。落ち着いていますから。それよりも襲撃について考えましょう。彼らはおそらく、今もチャンスをうかがっているでしょうから」


 アーサーはリズの言葉に頷いた。ユキファナという最強の矛がいなくなり、そして、少数で動いている今を狙わない手はないだろう。それもリズとアーサーにとっては加護の全くない他国である。英国内での襲撃は難しくとも、日本ならば国の目が届きづらい。


「リズのポテンシャルなら大丈夫でしょうが、魔法はなるべく使わないようにした方が良いでしょうね。魔力も無限にあるわけではありません。尽きている間を敵に狙われたら、接近戦の出来ないリズは対抗しづらいでしょう」


 アーサーはそういうが、リズは接近戦が全くできないわけではない。本職には届かないにしても常人以上の近接戦闘能力を産まれたときから有していた。剣術としての型を持つきちんとした剣技も身に着けている。少なくともアーサーの知らない流派ではあるものの、れっきとした剣術使い。しかしながら、今回、剣は置いてきている。なぜなら、アーサーの聖剣は独自のルートで代々、日本に送ることが出来るのだが、リズの剣はやや特殊な事情もあり、不可能と判断され置いてこざるを得なかった。


「それにしてもリズの剣は見たことがない流派で独特の動きがありますよね。オレも多くの剣術を見てきましたが、リズのは特殊です。天性の勘ってやつなんですか?」


 アーサーも剣を使う者として、先代のアーサーから多くの剣術を見させられていた。そんなアーサーから見ても、異質な剣術ではあるが、その源流には騎士剣術があるように見えていた。


「騎士剣術の様でもありながら、騎士とは違う特異な動きがあるあたり、我流の様にも思えますけど、到底10年やそこらで完成できるとは思えないんですよ」


 剣術というのは、創始者が代々と受け継いでいく過程で、きちんとまとまり形となっていく。往々にして、最初からきちんと形が出来ている流派など無いのだ。


「う~ん、確かに騎士剣術の流れは継いでいるでしょうけれど。……」


 どこか面白くないものが心に蟠るリズ。騎士剣術の何かがリズの心に引っ掛かりを作った。全く覚えの無い記憶が、リズの中に過る。


 残滓の様に、リズの脳裏に焼き付いたそれは、きっと、リズの業だったのだろう。リズは浮かんだ、その名前を呟いた。


「ディーナ……、ディナイアス・フォートラス。そうです、彼女から、騎士剣術を学んだんです。でも、何故忘れて……」


 突如甦った記憶に困惑するリズ、リズの様子がおかしくなったことを察するアーサー。2人の間に、微妙な空気が流れたときに、それは起こった。




 ホテルの7階にも関わらず、窓を蹴破って侵入者がやってきたのだ。間違いなく敵であると瞬時に判断したリズは、敵に手のひらを向け、魔法を討ち放つ。

 凄まじい勢いで薄紅色の電撃が、侵入者を吹き飛ばした。魔法の展開から発動まで、ほぼノータイムにも関わらず、床や壁の一部を倒壊させ、焦げ付かせるほどの威力を持っていた。


「相変わらず、早い上に強いですね。本当に恐ろしい魔法使いです、貴方は」


 アーサーの言葉に、リズは笑う。そして、思い出す流れのままに、魔法使いに大事なことを呟いた。


「魔法は、速く、強く、美しく、この三拍子をそろえてこそ、ですからね」


 速く強く、口で言うのは簡単だが、今までの数多の魔法使いがそれに挑戦し、失敗を続けているのだ。速く、それを追求するのが詠唱の短縮や無詠唱、簡易魔法陣やあらかじめものに魔法陣をかいておくなどの工夫があるが、詠唱を短くしたり、無詠唱だったりすると、やはり威力は落ちる。簡易な魔法陣だと複雑な魔法が打てず威力が落ちるし、ものに魔法陣を描いていても、結局持ち運べるサイズのものとなり、威力が落ちる。強くを追求すれば、詠唱は長く、魔法陣も大きく複雑になる。つまり、2つの事柄は対極にある。それをあっさりと可能にするリズは異常である。


「リズ、どうやら、敵は1人ではないようですね。下を見てください」


 先ほど倒壊した壁の一部から下を覗くアーサー、次いでリズも覗き見たが、そこには先ほどの敵の仲間と思しき十数人の集団が見て取れた。別動隊もいるとすると少なくとも20人前後はいることになる。


「アーサー、ここは二手に分かれましょう。先に京都へ向かいます、アーサーは、後から。半分はこちらに引きつけらえると思うので」


「待ってください、リズ、逆の方がいいに決まっています」


 アーサーはリズの提案に異を唱える。それもそのはずだろう。京都に向かうということは新幹線に乗るということである。


「新幹線はいわば走る密室、自ら閉じ込められた逃げ場のない空間に入って半分を相手取るなどリズにさせるわけには」


 そういうアーサーだが、リズも考え無しにそんなことを言ったわけではない。きちんと理由があってのことだった。


「貴方の剣が狭い車内で振り回せますか?それも動いているということは、揺れもしますし、そもそも車内に人が居る中、連中をどう処分する気ですか。外なら、転がしておいて逃げもできますが、車内では不可能です。幻術や幻惑の魔法を使えるわけではないでしょう?」


 それなりに長さのある聖剣をアーサーが新幹線の車内で振り回せば、あっという間に騒ぎになるだろう。それによしんば人に見られずに敵を処分で来ても、その辺に倒れていたら、結局は一般人が見つけて通報するに決まっている。


「分かりました、リズ、くれぐれもお気をつけて。貴方にもしものことがあったら、オレはあの方々に何といえばいいのか」


「分かっています。父や母が今回のわたくしの来日も良く思っていないでしょうし、MTRSで研究をしている方が、手元に居て余程安心できるのだろうとも。ですが、友を放っておけるほどわたくしも人間が出来ているわけではありませんからね」


 そう言って、リズは、倒壊した壁から外へ飛び降りる。ホテルの7階の高さ、普通なら落ちたら即死である。


「リズ!バッグは!」


「流石に持っては行動できないのでアーサー、あなたに任せます!」


 落下しながらリズはアーサーに言葉を返す。そして、地面につく寸前で、風の魔法を放ち、着地した。正直に言うとリズはバッグを持ってこられなかったのは痛手でしかなかった。部屋にいたためほとんど部屋着の様な状態であるし、魔力が尽きたときのために、魔力薬(エリクサー)を持ってきていたにもかかわらず、手元になければ意味がない。


「さて、わたくし一人でどこまでいけるでしょうかね」


 リズは敵集団に魔法をまき散らしながら、そう呟いた。






 そうして、新幹線での攻防を経て、魔力も尽きた彼女は京都駅から、もっと言えば新幹線にいる敵から逃げるべく、急いでいたのだった。

 新幹線内では戦わずに、京都で仕掛けようとしていた敵もいた。そうなると、京都でも襲撃があるだろうと、リズは人気の無い方へ向かう。


――トン


 急ぎ過ぎたあまり、人とぶつかってしまったリズは、慌てて頭を下げた。もはやぶつかった相手の顔すら見ていない。


「ああ、悪いな、こっちも前を見ていなかった」


 そう聞きなれた言語で耳に入ってきたので、リズは思わず顔を上げた。流暢な英語というよりは本当に仲間内で話しているような英語だった故に、英国人の青年を想像して顔を上げたのだが、リズの目に飛び込んできたのは日本人の青年だった。


「……!」


 それもどこかで会ったような、そんな気がする青年。リズは日本人と全く接点がないわけではなかった。それこそ、仲間内にも日本人は幾人かいる。しかし、このような感覚を抱いたのは初めてで思わず固まってしまう。


 それをチャンスとばかりに、リズを狙っていた男が襲撃をかける。現地人の1人や2人、殺すことをいとわない彼らは青年がそこに居ようと知ったことではなかった。


「……あ、まずいです!に、逃げて!」


 リズは急に意識を戻した。襲い来る襲撃者を感知した本能が、咄嗟に青年を助けようとする。リズにとって、ただの日本人の1人でしかないはずの青年をなぜか助けようとしていたのだ。


「―――――様!」


 思わず口を突いて出たのは、知らない誰かの名前。しかし、かなりしっくりくるその名前に、そして、何故か「様」という敬称を用いていた。


――ゴウッ!


 そして、一瞬の爆雷が敵を吹き飛ばしながら花火の様に広がり、周囲に砂煙を上げる。青年はリズをお姫様抱っこし、その場を後にするべく駆けた。その魔法を見たリズは思わず絶句した。英国の調査において、何人(なんぴと)も使う人間のいない新たな魔術体系と言われたリズのそれと全く同じ魔法の体系だったのだ。


 抱きかかえられていたリズの耳に、どこか遠くを見て思い返すようにつぶやく青年の言葉が聞こえてきた。


「魔法は速く、強く、美しく、だったな」


 リズと同じその考えを持つ青年に、リズは思わず見とれ、そして気づく。自分の右手に淡く黄金の光が溢れていることに。それは間違いようがなかった。彼こそ、目の前の青年こそが、彼女の探していた、


「スファムルドラの聖剣、――アストルティの保持者」

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