059話:新司中八家
武田家と「七ツ枷ノ扇」を巡る美里亞の思惑の件から早いもので数日が経過していた。11月も半ばに迫るこの時期に、京都は大荒れだった。京都司中八家の一つ【我流】の支蔵家が襲われ、また、同日に風塵家が跡形もなくなるという大騒動の上に、行方不明だった雪白煉夜の帰宅で、司中八家や京都の裏の関係者はてんやわんやの大騒ぎとなっていた。無論、煉夜は、何があったのかを詳しく話すことを要求され、木連には全てを話していた。若干誤魔化して辻褄が合わない部分も生じたが、木連はそれを黙認した。辻褄が合わない部分の代表としては移動手段である。まさかファーグナスの結晶なる異世界の便利アイテムを使ったなどというわけにもいかない煉夜は、ヒッチハイクで山梨までいったことにしたのである。
タクシーや鉄道などの機関であれば、京都司中八家が調べれば簡単に嘘だと分かるだろう。だが、ヒッチハイクならば、あの時間に京都から山梨方向へ向かった民間人を全て調べて立証するのは難しいだろう。通ったかどうかならまだしも人を載せたか否かは車を認証するシステムでも、断言は不可能である。死角にいたと言えばそれでも通るだろう。
このように少しの無茶をしつつも煉夜は無事に京都へと帰還したのであった。そんな中、京都では、支蔵家を除いた八家中六家が集まっていた。
雪白家、市原家、稲荷家、冥院寺家、明津灘家、天姫谷家の面々が一堂に会する場所。そこで、天城寺家の抜けた枠に入る新しい司中八家を決めるのだった。いや、正確には、既に政府が決めた家を通達するというべきであろう。他の家々には決定権がないのだから。
「それで、新しい家、というのはどこなのだ。こんな時に遅刻するとは……」
木連がそんな風に愚痴る。それも当然、現在は早朝の4時。普通にしていれば大体にして寝ている時間である。この時間に会議を開くのは一般人の目を極力逸らすためである。会議場所に一般人が近づいても困る。
この京都司中八家という存在の中に、もう1人、この会議に参列する司中八家外の人間がいた。京都の古い家の一つであり、司中八家と深いつながりを持つ初芝家の令嬢、初芝小柴である。
「………………」
小柴は司中八家の様子を見て、日本は本格的にダメだな、と悟る。新しい司中八家の代表は遅刻などしていない。この中でそれを見抜いているのは、小柴を入れて2人だけだった。稲荷家代表代理、稲荷九十九。彼女は特殊な加護を持つこともあり、気づいているようだが、指摘をする様子が無い。このザマでは、確実に、日本はダメになるに違いない、と小柴はため息を吐きたくなる。
そして、小柴は、仕方なく、僅かな魔法を行使する。気配遮断を解く、誰にでもできるような簡単な魔法を。
「なっ!」
そんな声を出したのは誰か、分からないが、その場にいるほとんどが驚いた。突然の登場に慣れている一部の家(市原家・明津灘家)は気にしていない。
「あら、今の、式じゃなくて、別の力、魔法ってやつかしら?面白い技を使うのがいるのね。貴方かしら?」
突然現れた女性に、面を食らう面々。見られた小柴は肩をすくめて「魔法?」とわざとらし気に呟いた。あくまで知らないということにするらしい。
「っと、新しく京都司中八家に就任した無伝家代表、無伝信姫よ」
無伝信姫。噂の無伝家が新しい司中八家だという話には誰も驚かなかった。むしろ当然だろうという風に内心で思った。そんな中、彼女は言う。
「司中八家就任を機に、無伝は禁を解き、武田家へと戻るわ。それにより、司中八家の新しい家の名前は武田家よ。【楯無】の武田家」
【楯無】の武田家。その名が、新たに司中八家へと加えられたのである。無伝が武田である、そのことに誰もが驚きを隠せなかった。煉夜から聞いて知っていた小柴以外は全員、目を丸くしていた。
「拠点である躑躅ヶ崎館を離れることが出来ない武田家は、本家に弟の信雪を置き、主要メンバーのみ、こちらで暮らすことになっている特殊な形を取っているけど、まあ、よろしく」
躑躅ヶ崎館は武田家にとって離れることが出来る場所ではない。そのため、信雪に躑躅ヶ崎を任せて京都まで出てくる形を取ったのである。これまでに例のないことだが、政府からは許可が下りた。その裏には、迷惑をかけた神代・大日本護国組織が謝罪の意味を込めてどうにかしたとかしなかったとか。
「それから、京都司中八家内で、ここにいるやつでワタシに勝てる奴はいないと思ってるから、文句があるならかかってきなさい。まあ、そんな気概もない様な奴らばっかでしょうけど」
挑発じみた言葉に、木連たちは若干いらっとしたが「若気の至り」だと割り切る。裕太や大地、姫穿は、信姫の実力を見抜き、嘘ではないと確信していたが、他の人物にそこまでの審美眼はなかったようだ。九十九ですら、信姫よりも自分が強いと思っていた。
「先に言っておくわ。この司中八家の中で、ワタシが勝てるか分からないと思ったのは5人、勝てないどころか絶対に届かないと確信したのは1人。それ以外では、きっとワタシには届かないわよ」
そう、楯無を使うまでもなく、届かないのだ。もっとも、信姫は「まあ、司中八家外にはいたみたいだけど」と小柴を見た。小柴はまたもわざとらしく小首を傾げた。
「へぇ、5人と1人ね、この場にいる奴は届かないって言ってるってことは、この場にいない奴、ってことだろ?」
裕太の言葉に信姫は頷いた。そして、自分に届くであろう、京都司中八家の面々を上げていく。
「青葉家に嫁いだ市原裕音、冥院寺律姫、明津灘紫炎の3人に、いつ帰ってくるのか分からない明津灘守劔、明津灘偉鶴の2人、この5人は正直にいって想像ができないから分からないわね」
その5人をよく知る家の面々は同時に思い浮かべた男の顔を含め、勝てなくて当然だろうと思った。しかしながら、そんな彼女が唯一絶対に勝てないと明言した人物、裕太や大地はなんとなく想像がついていた。
「そして、絶対に勝てないと思ったのは雪白煉夜、唯一人よ。あいつに関しては次元が違うって改めて思ったもの。何度かは戦いかけたけど、実際、あいつが本気を出したなら、十中八九負けていたと思うもの」
小柴は妥当な判断だ、と思うと同時に、煉夜を思うライバルの登場に、何人いるんだ、とため息を吐きたくなった。
「煉夜、か。……」
木連は一向に煉夜の力量を見極められずにいたが、目の前の小娘が言うことが正しければ、間違いなく煉夜の腕は、司中八家の誰よりも、木連や水姫よりも遥か高みにあるとそういうことになる。ありえない、と一蹴することはできなかった。
こうして、京都司中八家に新たな家が加わった。
その頃、ユキファナ・エンドは、病院にいた。未だ意識も取り戻さずに、ずっと眠り続けている。外傷が酷かったが、あくまで寝ているのは別の原因だと医者は判断し、ベッドで眠り続けるだけだった。
ユキファナ・エンド、イギリス籍を持っているにしても元日本人であることはすぐに知られ、そして、家族の元に連絡がいく。そう、京都で、唯一、彼女と血を分けた家族である焔藤雪枝の元に連絡が入ったのである。姉、雪花が入院した、と。てっきりイギリスにいるものだと思っていた姉が日本にいたことに驚きを隠せない雪枝だったが、もっと驚いたのは、姉が入国した記録が無いこと、跡形もなく消滅した風塵家に倒れていたことである。状況だけ聞けば爆破テロの実行犯とも思われかねない行動であるにも関わらず、警察に疑われていないのは、金髪の魔法使いの仕業だとか仕業じゃないとか。
「……お姉ちゃん、どうして」
姉が京都を出てどこかに行って、後にイギリスに行ってから、もうだいぶ経っている。雪枝は時々連絡を取る程度で、何を生業としているのかまでは知らなかった。雪枝自身が稼いでいるから仕送りをしなくていいと言っても、それでもユキファナは雪枝に仕送りをしていた。それだけお金は稼いでいたということだろうが、結局何をしているのか、危険なことをしていないかは長年の謎だったのである。でも、こうした今、間違いなく、姉は危険なことをしていた。それを確信できた。
「……っ、ん!」
雪枝の背中に痛みが走る。それを何とか必死に押しとどめる雪枝。雪枝は本能的に拒んでいる。羽化することを。死神が死神になることを拒む、そして、拒み切れる。それは、本人が死神になりたくないという意思と、中の死神が人を死神にしたくないという意思がかみ合うからこそできることである。かつて、羽化しそうになったこともある。それも拒み、そして、今再び拒む。雪枝は、この苦しみからいつ解放されるのか、そんなことを寝ている姉を見ながら思うのだった。
「……お姉ちゃんは、何も話してくれないんだね」
全て自分で行う姉がうらやましくもあり、寂しくもあった。そして、そんな寂しいときになぜか頭をよぎるのは一人の生徒の顔。雪枝がそのいけない恋心を理解する日はいつか来るのだろうか。




