056話:日輪月光
紅階が本当の名前を奪われた理由、それは日輪月光の創設前にさかのぼる。そんな風に言ってから龍太郎は、語り始める。滔々と。
元々、光月龍太郎が所属していたのは、第二師団である。神代・大日本護国組織第二師団「氷点姫龍」。その団長に【凍れる森の魔女】を添えた謎多き師団の龍の部分に龍太郎は所属していた。紅階はそのころは佐野紅晴名義で神代・大日本護国組織第一師団「八咫鴉」に所属、現在も佐野紅階として同所属である。基本的に、鳳奈の言っていた龍王などはこの第二師団に所属している。朧神の龍泉もこの頃の上司に当たる存在だ。
はてさて、この頃、鳳奈は一神としてとある世界を統治していたのでいないが、紅階は、任務を請け負っていた。諜報がメインである第一師団において、紅階の諜報力はかなりのものだった。しかしながら、彼女は失敗してしまう。これに関して、誰も彼女を非難する者はいなかった。しかしながら、罰を与えないわけにもいかない。そうして、1つ思いついたのである。今回の失敗で紅階の名前、「佐野紅晴」は敵に知られたことになる。ならば、それを本名ではなくしてしまえばいい。そうして、本当の名を奪われたのである。
彼女を非難する者がいなかったのは、理由がある。相手が相手だったからだ。流石に、彼女を相手にして、何の情報も相手に取らせず、相手の情報だけ得てくるのは不可能であろうと、第一師団長である烏ヶ崎八束も判断したのだから。
「ん、その相手って誰なのよ」
その頃いなかった鳳奈は知らないことだったのか、思わず問いかけてしまう。龍太郎は、肩をすくめて、その名前を口にした。
「茅風柚葉だよ。お前も名前くらいは聞いたことがあるだろ?」
その言葉に思わず、鳳奈は固まった。鳳奈からしてみれば、彼女から情報を取ってこいなど、「無茶言うな!」と怒鳴り返すほどの話である。
「馬鹿じゃないのッ!つーか、アホ?無理に決まってんでしょうが!一介の忍者にそんなことさせるとか頭おかしいんじゃないの?」
鳳奈の言葉に対して、煉夜、信姫、姫毬はその意味が分からなかった。そのようすを見た龍太郎は「あー」と頬を掻きながら苦笑する。
「んと、な。世界中の中でトップクラスの人材を集めた組織の中の後の諜報部隊を育てたと言っても過言ではない最強の忍者相手に情報を盗み出して来いって話だ。まあ、無理も無理、無謀も無謀、あれとタメ張れる忍者なんて、【氷の女王】くらいじゃねぇの?」
「ばっかね、あれは忍術は使っても、正確には忍者じゃないって何度言ったら分かるのよ。そもそも、あれは忍術も体術も剣術も棒術も槍術も棍術も武術も魔術もなんでもござれの化け物の中の化け物じゃないの」
そんな会話を他所に、煉夜はふと思うのだった。第六師団が創設される前に、そういったことがあったからこそ、第六師団の様な失敗を砂漠組織が出来たのかと思ったが、たいして失敗していない上に、上も罰を与えたかったわけじゃないようなのでじゃあ、どうして、第六師団が生まれたのか、と。
「おっと、煉夜が気にしてるのは、俺らの師団の誕生理由って感じかな?こっちに関しちゃ、まあ、この一件で、いくら同情しざるを得ないとはいえ、上が勝手に罰決定するのはどうなんだって話になったわけよ。んでもって、俺は第二師団から第六師団の団長に、他所から相棒を引っ張ってきて、晴れて第六師団誕生って訳さ」
そんな秘められた過去を聞いていた時のことだった。京都の方で大きな力場の変動が再び起こる。それも先ほどまでの比ではない。
「こ、これ、イガネアの死神……!」
「ァ?イガネアの死神っつったら、バイルスドレア親交条約規定会議のイガネアの死神か?……って、うおっ!」
さらにもう1つ大きな力場が生じたために、龍太郎は思わず腰が抜けそうになる。それは紛うこと無き、神の力場、すなわち鳳奈たちと同種の神そのものだったのだから。
「おいおい、なんだなんだ?!神間魔眼血戦の開幕か?!」
「第十二神話世界の伝承なんて誰が知ってんのよ。つか、マジで何事よ」
いくら遠方とはいえ、国内で神が戦うような事態を仕事柄見過ごせるわけもなかったのだが、龍太郎と鳳奈は気づく。京都、それも、■■■■が管轄外にも関わらず来ているという事実に。流石に身の毛がよだった。
「ちょ、え、ええ?!なんで、なんでなんで、なんで?!龍太郎、あれって、……」
鳳奈は混乱のあまり狼狽え、パニック状態だった。何が起きているのか分からないというような表情で、龍太郎を見る。龍太郎も冷や汗が止まらず、体が震えていた。
「おい、なんで【桜吹雪の魔女】がこんな木端世界にいるんだよッ……。イガネアの死神か、それとも、もう一つの方か、どっちかがあれを呼び寄せたのか?」
第三師団、特別顧問の肩書を持つ【桜吹雪の魔女】。その存在を龍太郎はよく知っていた。だが、その存在とイガネアの死神が結びつくようには思えない。ならば、もう一つの何かに引き寄せられたのか。その可能性は大いにある。八紋朱雀の風神を背負う彼女が同じ風神に引かれるのもまた必然ということなのだろう。
「まさか、九浄天神の風神、……風塵楓和菜か!どおりでありえねぇ力だ。いや、それと拮抗するイガネアの死神ってのも相当だがな」
煉夜もまた、その力を感じ取っていたのだが、どこか違和感を覚える。既知の感覚。それは、姫毬と初めて会った時の様な、既に覚えのある力なのだが、どこでなのかが全く分からないものだった。少なくとも、こちらの世界に戻ってからではないことは確かであるとしかいないほどに朧げで、儚い感覚。
「誰だ、こいつは……」
それがイガネアの死神か、九浄天神の風神か、【桜吹雪の魔女】か、どれのことを指しているのかは誰にもわからない。ただ、その感覚は、しこりの様に思考に引っかかるのだった。
――――――。
空白の間、その空白は、巨大な二つの力がぶつかったことで起きたものだった。一瞬、全ての感覚が飛んだ。それほどまでに強力な力場同士の衝突。意識と感覚が飛びかけるくらいの強い衝突に世界が一瞬白んだのだった。
「神対神、ってか、これは、本気でヤバイやつだな。場合によっては世界管理委員会の上位ランカーたちが介入してくるレベルだ。ま、あの人が居る以上、下手に手出ししてこないだろうけど」
龍太郎は本格的にこの世界が危機的状況にあったこと、それが何とかなったことを改めて認識して、ホッと胸をなでおろした。
「ったく、こんなレベルの戦闘をするなら暗転魔法ぐらい使ってからやりなさいってのよ。神なら指先レベルでちょちょいとできるもんでしょうに」
「暗転魔法は一応、高位の魔法に分類されるのですがな……、神でも中々使えるものは少ないはず。下位神だと一柱か二柱程度の数えられるほどでは?」
鳳奈の愚痴に、紅階がツッコミを入れた。煉夜は、「暗転魔法ってなんだよ、聞いたことないな」と思っていたが、聞くタイミングを逃してしまい、適当に流した。
「そもそも、自分で作ったレベルの空間なら、本気で衝突したら砕けるから意味なくね。それこそ、上位の存在が造ったガチの空間にでも放り込まないと無理だろ」
龍太郎が正論を言うが、煉夜達にはそれが正論なのかも判断できなかった。ただ分かるのは、自分たちの知らない領域の話をしているということだけ。
「そりゃ、そうでしょうけど、緩衝材くらいにはなるでしょ。ま、そもそも限定結界レベルの何かを持ってりゃいいのよ。まあ、それこそ、持ってる確率は神になるよりも低いけど。実物すらみたことないし」
「あ~、確かにな。1回だけ見たことあるけど、あれこそ、奇跡ってやつって感じするし」
龍太郎と鳳奈がまた話を始めたので煉夜は、もういい加減疲れてきたと言わんばかりに、[結晶氷龍]を解いた。いつまでも展開しているわけにはいかない。煉夜の魔力が消費されるわけではないが、それでも疲労はある。
「って、おい煉夜?!なんで戦闘態勢解除してんだよ!戦いは?!」
「いや、だって、お前ら、話してばっかで戦う様子ねぇし、話し合いで解決できんならいいかなって」
煉夜は若干……いや、かなり面倒だと思い始めていた。基本的に向こうの世界では、言葉よりも戦いということでまかり通っていたが、この夫婦漫才(稀に+1)を散々見させられているのは酷くやる気をそがれるものだった。精神攻撃としてはかなり有効なのかもしれない、と煉夜はため息を吐く。
「いやいやいや、ここまで来て戦わないって、なに、俺ら超はずいじゃん。変身ヒーローが変身したのに話し合いで解決できるからとか言って変身解く?!」
煉夜は「いや、俺はヒーローじゃねぇし」と呟くが、龍太郎の耳には届いていないようだった。
「普通戦うだろ!ってか、紅階姉ちゃんをかけた勝負とかしないのかよ!」
「いや、俺関係ないじゃん。信姫とかとやってろよ。今日初めてあった奴のために、俺が神とかそんな感じの奴とかと戦う理由ってなんだよ」
煉夜が肩を竦めた。元も子もない話である。しかしながら、元々は、信姫が自分と同じ道を辿らないようにとか月日の盗賊と戦うためとかいろいろと意気込んでやってきたはいいものの、結局、よくわからない夫婦漫才を延々見せられるだけという苦行だったのだから、正直仕方がないだろう。拗ねるのも無理はない。
「いやいや、いきなりこっちに振らないでよ。というか、目の前のアレとか、確実にこっちで処理できるレベル越えてるんだけど」
いくらバトルホリックの信姫でも、神は許容量を超えていたらしい。煉夜に向かって文句を垂れる。姫毬はもはや何も言わない。言えないというのが正しいのかもしれない。
「仕方がない……か。龍太郎、鳳奈、見せてやるよ、俺の戦いを」
煉夜は、胸に手を添える。
――瞬間、赤い光が当たり一面に迸る。そして、――




