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白雪の陰陽師  作者: 桃姫
風林火山編
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055話:イガネアの花

 「(ナナ)(カセ)(オウギ)」に封じられているのがミリア・サン・ストーンウェブだけではない、そんな話は、ユキファナも初めて聞いたものであった。しかし、彼女はそう断言している。その時代に生きていたわけでもないにも関わらず、断言した。


「あの扇に封じられたのは、ミリア・サン・ストーンウェブと相花輝近(てるちか)、輝綱の息子なのですから」


 美里亞は話す。まるで自分のことの様に、語られざる物語を。その語調は静かで、まるで子供に寝物語を語らうようでもあった。


 ミリア・サン・ストーンウェブが見つかってからすぐに「(ナナ)(カセ)(オウギ)」ができるはずもなく、しばらくは相花本家が面倒を見ることになった。本当は風塵家が面倒を見るはずだったのだが、風塵家には京都御所の関係者なども立ち入るため、おいそれと外国人を置くわけにもいかなかったのである。


 そして、相花本家に置かれたミリア・サン・ストーンウェブは、輝綱のいないところで、息子の輝近を筆頭に迫害を受ける。身体も心もボロボロになるまで苛め抜かれた彼女はもはや、人ではなかったのかもしれない。そういった意味では物の怪とは言い得て妙だったのかもしれないと美里亞は笑う。


 封印の時、ミリア・サン・ストーンウェブがただ思っていたのは、輝近への怨嗟の念だけだった。もとより拠り所無い外国に無一文で流れ着いた彼女は、良い待遇など期待していなかっただけに屋根や場所をくれた風塵風光(かぜみつ)と相花輝綱(てるつな)と焔藤桐雪(どうせつ)には感謝していた。特に、時より母国の言葉で語りかけてくれる風光には感謝では足りなかった。だからこそ、輝近への怒りと恨みだけはどんどん募っていくのだった。だから、封じられる寸前で、輝近が現れたのは神に恨みを晴らせと言われているようで、思わず彼に飛びかかり、そして、彼を道連れにしたのだった。


 輝近が封印の場所にきたのは、焔藤家が案内したせいであった。そうして、2人が封じられた「(ナナ)(カセ)(オウギ)」は、手元に置いておきたくなかった焔藤家が足利家に売ったのだが、実際のところ、彼女を守り切れなかった相花本家も、彼女の行動を封じられなかった風塵家も、自身らにも同様に罪があるとして、焔藤家の行動を黙認した。しかし、それらの事情を知らない後の家の者からは焔藤家の大罪として認識されてしまったのだ。


 これで本来は話が終わりである。だが、ある年に生まれたある少女が、自らの中に別の人格を作る際に、焔藤家の大罪の話を思い出して、「美里亞」、「(さん)」、「石波」から岩波美里亞と名付けた。これもまた、本来ならばそれだけ、で済む話であろう。その者が風塵家の末裔で、なおかつ途方もない力を秘めてさえいなければ。


 そう、彼女の余りある魔力は、山梨県に眠る「(ナナ)(カセ)(オウギ)」に封じられたミリア・サン・ストーンウェブの魂を引き寄せてしまったのだ。そう、今ここで語るこの意思こそ、ミリア・サン・ストーンウェブの意思そのもの。相花輝近に復讐すべく、機会をうかがい続け、実行した本人である。


「だから、死神さん、わたくしは何としてでもこの復讐を遂行して、恨みを晴らしますよ。止められるものなら……」


 そこまで言って、美里亞の言葉が止まる。ユキファナは何かあったのか、と美里亞を見た。そして、ゾッとした。そこに居るのは先ほどまでとは別の何かだ。間違いなく岩波美里亞ではなかった。圧が、力が、力場が変化している。


「ったく、話長いったらありゃしないわね。そう思わない、えと、雪花だっけ?」


 口調が完全に変わっている。それどころか、雰囲気も、立ち振る舞いも、全てが全て、あの一瞬で入れ替わったようだった。ユキファナは思い出す。少女が人格を作ったのだと。ならば、その大元の少女こそが、今、目の前にいる本来の人物である。


 そう、たかが一、外国人の恨み辛みを引っ張ってきて、それに引きずられるような柔な人物ではない。風塵楓和菜。世に風塵家最強と呼ばれるのも当然だろう。


「ああ、そう身構えなくてもいいっつの。あたしとしては、あんたみたいなのと戦いたいってだけ。イガネアの死神なんて滅多に相手にできないでしょう?」


 そんな風にけたけたと笑う彼女に、ユキファナはあっけにとられた。さきほどまでとは格が違うと思わされると同時に、気品は4くらいダウンした。先ほどまでが外国の高級ケーキショップの一流パティシエが作るチョコレートケーキならば、こちらは、その辺のケーキ屋で売っているチョコレートケーキだろう。


「改めて、あたしは風塵風和菜よ。よろしくね、雪花」


 馴れ馴れしいその存在にただただ圧倒されるユキファナは何も答えられなかった。気品は下がっても圧力は下がらない。結局、ケーキは何か祝い事でもないと買わないのと一緒で、どんなに安いケーキでもそうそう買わないのだ。


「さあ、かかってきなさい雪花。あんたの力をあたしに見せてッ!」


 ユキファナは、大きな鎌を構えようとして、自身で、自身の動きに違和感を覚える。なぜだか、いつもとは、今までとは違う鎌の構えの方がしっくりくるように思えてしまったのだ。自身の中で何かが起きていることをなんとなく悟る。それが何かまでははっきりと形にはならなかった。


「ふぅん、さっきまでとは違う、不思議な感じね。やっぱり本気を出してなかったのかしら?それとも……」


 楓和菜の言葉に、ユキファナは自問自答する。本気を出していなかったのか、否、出していた。では、何か、そんな考えをぐるぐるとしているうちに、何かに気付く。戦いの最中に、何か、頭の中に過る光景がある。


――お姉ちゃん


 そんな声が頭に響いたような気がした。妹の声、だが、それはユキファナの妹、雪枝の声ではなかった。不思議な違和感、それは徐々に形になる。楓和菜も何かに気付いたのか、ユキファナが黙っているのに、手を出さずにいた。


「お姉ちゃん、また戦ってる。わたし、そういうのよくないと思うんだけどなぁ」


 そんなふうに拗ねるのは、焼けた小麦の肌に、燃えるような赤い炎の髪を持つ女性。記憶の底にこびりつくように残っていた僅かな記憶を思い出す。枝の死神。イガネアの死神が三女、最弱の死神と馬鹿にされたものである。


「わたしはさ、お姉ちゃん、こんな争いの世界、嫌なんだよね。どこかで静かに寝ていたい、平和に暮らして、お話をして、勉強をして、勉強を教えて、そうやって生きていくのが一番だと思う」


 その時、彼女は、ユキファナ、いや花の死神は、枝の死神の考えを否定した。拒絶した。だが、本心は異なる。妹を愛していた。戦いを嫌い、戦わない、そんな彼女を尊敬もしていた。うらやましくもあり、ほほえましくもあった。だから、彼女には一生、戦いというものを背負ってほしくなかった。そんな記憶が徐々に徐々に甦り始める。


 そして、その気持ちは他の姉妹、7人も同様だった。八姉妹の中で、唯一、戦いを拒否する彼女を皆が守りたかった。だからこそ、枝の死神を巻き込んでしまった彼女らは、それ以後、戦うことを辞めたのである。罪に対する罰の様に。

 雪薔薇に呼び出された時もまた、戦うためではなかった。雪薔薇たちを守るために力を貸すことを決意した。いつしか、イガネアの死神の意識は表層に出なくなり、戦いの道具となり下がったが、本来は違ったのである。


 ユキファナは悟る。間違いない、と。妹の雪枝こそが、枝の死神を宿しているのだと。それは、一度、羽化を拒んでいるから、だからこそ間違いないと言える。大学時代に羽化しそうになった雪枝はそれを拒んだ。その話を雪枝の友人の浅海からまた聞きしたユキファナは驚愕したものである。羽化を拒むなど前代未聞だったから。

 戦わないとあの時思った。だが、妹が、もしかしたら巻き込まれるかもしれない。なれば、花の死神は再び鎌を取る。――死神としてではない、――戦いたいからではない、――妹のためだけに彼女は鎌を取る。焔藤雪枝を守るために、焔藤雪花は鎌を取る。


「我が名は、焔藤雪花。イガネアの八姉妹が次女、花の死神よ。そして、その風と炎は、全てを焼き尽くす焔嵐と化す」


 記憶の枷が、魂の枷が、思いの枷が、願いの枷が、力の枷が、風の枷が、炎の枷が、今、解き放たれる。先ほどまでのかりそめの現人神とは違う。本当の死神となった。そう、本当の花の死神に。


「へぇ、これはまた楽しめそうね」


 楓和菜は、まるで獰猛な獣のように笑う。そのべっ甲飴の様な目は、得物を狙いらんらんと輝いている。だから、ユキファナもまた、同様に笑う。


「あんた……じゃない、それまで中にいた人は、さっきの炎をイガネアの劫火といったわ。でもね、イガネアの劫火はそんな生ぬるいもんじゃないの。だから、その身で受けてみなさい、本当のイガネアの劫火ってやつを」


 燃え盛る髪が逆立つほどに赤みを増す炎、その色は徐々に蒼く白く染まっていく。青白い恒星が高温だというのが知られているように、彼女の炎の温度も上がっていく。


「これがイガネアの劫火……、こりゃ、火弥(かや)レベルかしら?」


 逸葉唄を持つ友人のことを思い浮かべながら、楓和菜は笑う。そして、ならば、本気を出さねば申し訳ないと言わんばかりに、その力を解放する。


「――風神化ッ!」


 暴風吹きすさぶ風の神へとその身を上げる。九浄天神の風神たる風塵楓和菜の本領発揮というものだろう。クラスアップしたその神々しさは、並の神以上である。美里亞が言っていたように、その身に風として傷をつけるには五条天韻の風神でなくては無理なほどに。


「ねぇ、知ってる?こういう戦いってのは、大抵長引かないのよ。あたしと火弥が戦う時とかもそうだった。いっつも最初の一撃で決着する。さて、あたしらがぶつかったとき、立っているのはどっちかしらね」


 そうして、両者の力が爆発的に跳ね上がる。



――イガネアの劫火……花時雨!



――風門・破龍乱流ッ!



 二つの大きな力が衝突し、そして――

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