052話:日本を守りし者
京都の方で起きたおおきな力場の変動は膠着状態に陥ったのかだいぶ安定したことで、煉夜と龍太郎、鳳奈はお互いに目を戻すことができた。煉夜は流転の水龍をまっすぐに構えて、龍太郎へと切っ先を向ける。鳳奈に向けなかったのは、せめてもの男女の意識の差だろう。もっとも、煉夜は戦場において男女を区別することはなかった。つまり、煉夜にとっては、ここもまだ意識の元では戦場になっていないのかもしれない。
「……しかし、まあ、この感じ、神獣を前にしたとき以来か」
煉夜は、手ににじむ汗を感じて、目の前の存在の強大さを改めて感じていた。まるで神獣を前にしたときの様な迫力と神々しさを放つ2人に、人外じみた相手と戦っているのだと自覚させられる。さしもの獣狩りのレンヤとて、人の形をした神獣とは会い見えたことはなかった。
「違うわよ、煉夜君。残念ながら、こっちは神獣じゃなくて神そのものだもの」
そんなふうに笑う鳳奈に、煉夜は「神そのもの?」と訝し気に眉根を寄せた。誰だって神だと名乗る者に出会ったらそうなるだろう。新手のカルト宗教かと思う。しかしながら、それが事実でもあった。
「神様のわりには、人間の生き方に干渉しすぎだけどな。俺とかどんだけ干渉されてんだよ」
龍太郎が余計なことを言うので、鳳奈がわき腹に一撃与えた。もだえる龍太郎をしり目に、鳳奈は肩を竦め、呆れるように言った。
「あんたみたいなのは例外っていうのよ。そもそもあんた朧神系列の龍王の癖に、人間とかなに言っちゃってんの?」
龍太郎は身もだえているので何も反論できなかった。しかし、龍太郎自身は反論したいことが大量にある。
「つーか、あんたのところの朧神……龍泉っつったっけ?あいつ、燦神系列の龍王たちから金撒きあげているるらしいじゃない。大丈夫なの?」
ようやく立ち直った龍太郎は、わき腹を抑えながら、鳳奈に向かって質問に答えながら文句を言う。
「いや、まきあげてるわけじゃねえし、人聞きの悪いこと言うなよ。泉兄貴は、まきあげてんじゃなくて、奪い取ってんだよ。最近、八陸菩薩様にバレてしこたま怒られたらしいけど」
余計悪いというか、鳳奈の言葉に間違いはないというか。まるで鳳奈が神であることを否定しない龍太郎。普通なら嘘だと言いきる煉夜だったが、目の前の力量を見る限り、あながち間違っていないない気もしてしまう。だからこそ、盗賊を名乗る彼らの正体が分からずにいる。神が盗賊など普通に考えておかしい。
「ああ、煉夜、その顔、神様がなんで盗賊なんてやってるんだろう、って顔だな。よく見るんで、大体わかるぜ。んでも、盗賊ってのはあくまで副業だ。神様も本業の時、龍王も本業の時、っつーこった。人間の時は盗賊ってだけだぜ」
いくら神の役を負っていないときとはいえ、盗賊をするのはどうなのだろうか、と煉夜は思ったが、公私混同をしないということなのだろう。
「それで、神様だか人だか知らないけれど、何だってウチを狙うわけ?いや、まあ、依頼されたからっていうだけにしても、何かしらあるんでしょ?」
黙って成り行きを見守っていた信姫が、鳳奈と龍太郎に問う。神の道楽ごときで家が潰されてはたまったものではないからだ。
「まあ、依頼されたってのもあるんだけどよ、それとは別に表の仕事での目的もあったんだよ。利害の一致ってやつか、丁度いいんで、押し入らせてもらったぜ。生憎と目当てのもんはまだ見つかっていないがな」
目当て、と首をかしげる信姫。この躑躅ヶ崎館にそんな何かの目当てになるような凄いものは残っていない。取り返すまでに全て無くなっていたからである。盗賊なら盗賊らしく金、どこかの大名の埋蔵金でも埋まっているのか、と勘繰りたくなるが、どうにもそういったものとも違うようだった。
「依頼人の目的のもんは回収したけどな」
依頼人の目的のもの、それすなわち、岩波美里亞の目的のものであるわけだが、2人とも手に何かを持っている様子はない。
「あんたらの目的のものって何。あげられるもんならとっとと渡してあげるわよ」
信姫がこの事態を解決すべく、そう言った。すると、鳳奈が少し困ったような顔をして、そして、言い出しづらそうに言った。
「あ、じゃあ、その……紅階というやつがいると思うんだけど、そいつを差し出してくれない?そうすりゃ、こっちはもう用が無いから帰るわよ」
紅階、佐野紅晴。それが2人の真の目的、というよりもついでの目的ではあるのだが、本業でもある。
「紅階……あいつが何か?」
信姫にとって紅階は苦手な部下ではあるものの、誰かに恨みを持たれるような人間ではないと思っている。と、いうより、人と交流を持たないので、ありえないという方がただしのかもしれない。
「佐野の血筋でありながら、敵に手を貸した裏切者、それを処罰するのが一応役目なもんでね。第六師団はそういう嫌な役を背負わせれてんですわ、全くもって不本意ながら」
肩を竦める龍太郎。龍太郎の所属する組織には様々な師団がある。その中でも、彼が所属するのは、特別な部類だった。誰もが口にするのを憚る、そんな師団。だからこそ、第一や第零とも違い、誰もが口にしなかった。対師団用の師団、懲罰部隊や仕事人と呼ばれる彼らの活動は仲間内でも問題視されるものである。しかし、必要なのも事実であり、皆が黙認している、それゆえに存在しない師団。欠番とも呼ばれる。
「佐野の血筋に有りながらってどういうことよ。そんなに問題なのかしら」
信姫は部下を庇うというより、半ば興味本位だった。苦手な部下の知らない素性が明らかになる、という意味においても。
「ええ、特別よ。佐野は神の血筋の1つだもの」
佐野が神の血筋なる新たな話題に、信姫も、そして、信姫の言動を見守っていた姫毬も思わず固まった。そんな中、ただ固まらなかった煉夜は鳳奈に問う。
「神の血筋ってだけでダメなのか。悪いことをしてるって意味じゃ、お前らも大差ないだろ」
確かに、ある意味では、彼らも盗賊という悪事を働いていた。ただ、それはあくまでも趣味の延長であり、そして、本業に害をなさないことをしている。
「ええ、これがまた、姫椿や青葉なら違ったんでしょうけど」
親友の苗字が出てきて、思わず眉根を寄せた煉夜。そして違った理由も全く分からなかった。同じく神の血筋ならば等しい扱いではないのか、と思ったが、それに関しては龍太郎が言及した。
「まあ、簡単に言っちまうと、ウチの副リーダーの血筋なんだよ。なんつーの、身内にはより厳しく、みたいなことで、俺らも上から命令されたら逆らえねぇんだよ」
神の血筋、そう呼ばれるものはいくつか存在する。本当の神の末裔などがいれば、中には特異な存在もいる。それこそが、佐野、青葉、姫椿を含めた三神の末裔である。
「身内にはより厳しくか、俺は嫌いだね、そういう社会的風潮は。身内に優しくしろとは言わないが、平等に接しろよとは思うな」
煉夜がそう言うと、2人は苦笑した。2人とも本意ではないのだろう。しかしながら、彼らがその仕事をしているのには理由がある。彼らだからこその理由が存在する。
「その仕事が嫌ならやめればいいんじゃないのか?好きじゃないんだろ、人殺し」
ぶっちゃけた発言に、度肝を抜かれた龍太郎だが、1つ煉夜の勘違いを急いで訂正しなくてはならない場所があった。
「いやいやいやいや、流石に殺さねえよ!馬鹿じゃねえの?!勝手に殺し屋に仕立てないでくれよ、煉夜!」
実際、それっぽい仇名が付けられている師団ではあるものの、実態が明確に把握されていないからこそ、そんな不名誉な仇名が付けられただけで、そこまで極悪非道なことはしていない。どこのブラック企業だろうか。さすがに人殺し推奨ともなれば、龍太郎も鳳奈も反旗を翻し、脱退していただろう。
「なんだ、違うのか。まあ、それでも仲間に刃を向けるってのはつらいだろ。なんでそんな仕事やってるんだ?お前ら、そこまで真面目人間には見えないんだが、転職の当てがなけりゃ、俺のバイト先を紹介するが?」
勝手にバイト先に正規雇用者を増やすなアルバイト、と沙友里が聞いていたら怒るだろう。
「天職だよ。っつーか俺らが抜けると機能しなくなるもんでな。一応、どちらも日本古来の神縛りを受けたまっとうな神の系譜なんでな。日本を守る人間をさばけるのは日本の守り神のみってこった。俺らを除けば、リーダーや副リーダーとあとは第零師団の2人くらいじゃねえかな」
日本を守る者という呼称に、煉夜は日本しか守っていないようで、どういう存在なんだろうか、と首を傾げた。
「おっと、そう言えば名乗っちゃいなかったな。『月日の盗賊』じゃねえ、表の名を。
神代・大日本護国組織第六師団『日輪月光』リーダーの光月龍太郎だ」
「同じく、神代・大日本護国組織第六師団『日輪月光』副リーダーの日之宮鳳奈よ」




