051話:その頃の彼女達其ノ参(小柴・きい)
初芝小柴は周囲で戦闘が行われていることを察知していたが、こちらから手を出すようなものではないと思い、寝巻のまま、外を見ていた。どうにも戦闘中だと眠れない質の小柴は、ガベルドーバと戦っていた時も交代で寝るのには苦労したものだ、と苦笑する。煉夜の気配が遠くに移動しているのにも気づいていたし、ファーグナスの結晶が使われたのも分かっていた。あんなものを使うのは、魔女か煉夜くらいであろうと、小柴は考える。
魔女、六人の魔女。永劫の六を背負った神への反逆者。キララ・タナートからキーラ・ウルテラという名前に変わり、そして、初芝小柴へと変わった。長い間生きているといっても、その多くは封印されていたので、実質、1000歳にも満たない。
「この世界……地球において、魔女はどういう扱いになるのか、わからないなぁ」
世界を越えたわけであるが、それでもなお、彼の世界の理に縛られているのか、それすらも曖昧である。
「聖紋もあるし、おそらくパスはつながっているんだろうけど」
聖紋、それは魔女と聖女が持つ証である。懐かしい、他の魔女の顔がよぎる。長年会っていないので、生まれ変わって顔や名前が変わっている者も多く居るのだろう、と苦笑した。煉夜が持つ【創生】の聖紋。それはユリファ・エル・クロスロードの眷属であることを示していた。
「ア……いえ、ユリファ。レンヤ君とどんな日々を過ごしてきたんだろう」
ふとそんなことを思う。魔女が眷属を作るというのは想像以上にありえないことである。そうなるにはそうなるだけの特別な何かがあった、と考えざるを得ない。しかし、ユリファという小柴の知る人物は、そうそう何かがあるような性格ではなかった。そんなことを思いながらかつてに思いを馳せる。あの時に。
――新暦666年。この年、この世界ではかつてないほどの異常事態が起きた。魔女の復活。そして、その驚愕は、封印を解かれた魔女たち本人が一番大きかったと言える。【緑園の魔女】キララ・タナートも驚きのあまり、自らの拠点である五方を離れ、封印の要である地へとやってきていた。そこには幾人かの見知った魔女の顔。
「キララ、あんたも来たのね」
六方に封じられていた【虹色の魔女】ノーラ・ナナナートがキララの顔を見るなりそう言った。相変わらずの物言いに、本当に封印されて長い間眠っていたのか、と思ってしまうほどだった。
「ノーラさん、イラついているのは分かりますが、そんなに怒ってはだめですよぉ」
そんな風に言うのは二方に封印されていた【四罪の魔女】ミラ・アガナートである。通称勘違い女。
「いや、怒ってねぇし。つかミラ、あんたなんで裸なのよ」
「寝起きなので、……何か問題ありますかぁ?」
キララもノーラも何も言わなかった。そこに、やってきて、開口一番ミラの格好に突っ込んだのは【創生の魔女】である。
「……なんで貴方、裸なの。馬鹿なの?問題あるに決まってるでしょ」
八方に封印されていた【創生の魔女】アスラ=ハルート。常々ミラと価値観が合わずいがみ合っていた仲である。
「落ち着いてアスラ。もうあんたがいくら言っても無駄だって分かってるでしょ?」
そして、あの態度のノーラがアスラとミラをなだめるのである。キララは苦笑しながら遠巻きに眺めている。
そうして、6人の魔女がこの地に集まった。しかし、6人の誰もが封印を解除した理由が分からなかった。そこにメイド服を着た少女と青年が現れる。
「――!」
三方に封印されていた【無貌の魔女】ステラ=カナートが青年の名を呼ぶ。だが、それ以外の魔女が全員注視していたのはメイドの方だった。その存在が信じられなかったからである。
「なんで、なんでお前がッ!」
ノーラがしゃべりかけようとした瞬間、少女は姿を消す。最後に、空間に言葉だけを残して。
――安心なさい。もう計画を遂行する気もないわ。そうね、ちょっと異世界にでも行ってみようかしら
くすくすと笑う声と共に、消え去った少女。それを最後に、青年とステラは青年の世界へ。それ以外の魔女はそれぞれの封印されていた地を拠点に暮らすこととなり、あまり会うことはなかった。何度か死に生き返りを繰り返し、名と姿を変えて、それでも賞金首として世界に手配され続けていた。6人の魔女。世界における最高額の賞金首であり、現時点で、魔女以外で最も高い賞金が付いたのは獣狩りのレンヤのみである。
今でも小柴は思う。あの時、彼女を捕まえられていたら何かが変わっていたのではないか、と。だが、そうなれば煉夜と出会うこともなかったのだ。
「レンヤ君があの世界にきたのは偶然……?それとも、もしかして」
そんなことを考えながら、小柴は、夜空を見上げるのだった。
一方、深夜の相田家。寝静まった家の廊下をひたりひたりと音を立てずに移動するのは、相田きい。その身に魔刻を持つ女子高生だった。きい自身、魔刻についてはよくわかっていないのだが、冥院寺家にいた律姫と冥院寺家で執事をする矛弥により保護を約束され、体の模様は病気ではないと知らされたのだった。しかし、徐々に顔に迫るそれをこのままにしておきたくないという気持ちもある。そのことを矛弥に相談したのは、割と最近のことである。
何故、そんな相談をしたのかといえば、簡単な話であった。友人が出来たから。今までそんなに踏み込んだ友情を築いてこなかったきいではあるが、いくら一般人には見えないからといっても、体中が刺青に塗れた様な状態の肌を人前には晒せない。そして、友人が見えない人だという保証もどこにもなかった。だからこそ、どうにかしたかったのである。
そんな相談をしたら、矛弥はしばらく考えて、真剣な顔できいに語りかけるのだった。
「今のところ、それをどうにかすることが出来るかは分かりません。ですが、もしかしたら、彼なら。律姫様の旦那様なら何か知っておられるかもしれません。それか、雪白煉夜君なら、もしかするかも」
雪白煉夜、その名前を聞いたきいは友人の兄の顔を思い浮かべた。きいは煉夜に対して好印象を持っている。大して話したことはないが、それでも、見た目はよく、優しさも感じられた。
そんなことを考えながら、リビングにつく。冷蔵庫を開けて、無糖の紅茶を取り出した。最近のきいの好みである。甘いものを控えるためというのもあり、無糖の紅茶を飲むことが多くなった。
「ホムラちゃんのお兄さんは、これの何を知ってるのかな……」
自分の身体に浮かぶ模様を見ながらそんなことを呟いた。冥院寺家に関わったために、司中八家と呼ばれる家のことは知っているきいだが、火邑と接していても特におかしいと思うようなことはなかった。むしろ自分の身体の方が異常なのではないかと思ってしまうほどだった。
「お兄さんは、普通じゃないのかな?う~ん、今度会ったらよく話してみないと」
そう思って、煉夜の顔を思い浮かべるきいだが、どうにももう一人の友人である小柴の顔がちらついた。元々、同じクラスなだけに小柴を知っていたが、どうにも最近の小柴は大人びて見えるのだった。
「もともと大人っぽかったけど、それはリーダーシップが取れるとか、そう言った意味だったんだよね。でも、今は、本当に大人みたい……。やっぱり」
そう、そう見えるようになったのは火邑が編入してきてから、つまり煉夜が現れてからだった。なんとなくではあるが、きいは小柴の煉夜に対する好意を感じていた。女の勘、というやつだろう。
「恋すると変わるってことかな?」
きいも年頃ながらに、初恋もあれば、好みのタイプの男性もいた。しかし、それらを前にし、きいは一歩引いてしまう。もし、相手に自分の身体のこれが見える人が居たら、と。それゆえに、恋が成就するどころか、恋という形をまともに描けていないのだ。
「きっと、ホムラちゃんのお兄さんには、これが見える。でも、もし、……もしも、これを受け入れてもらえるんだったら、その時、きいは恋をするのかな?」
受け入れてもらえるという前提を立てて、今度立ちふさがったのは別の問題だった。友人の思い人に恋をする。それは背徳的で、そして、友情に亀裂を入れかねない大問題であった。
「コシバちゃんは、お兄さんの何を知っているんだろう。……ホムラちゃんと出会ってから、お兄さんに恋をしたなら、それだけ、何かあったってことだろうし」
まさか、前世で出会っていたなんていうとんでもない話をきいが思いつくはずもなく、小柴と煉夜、2人の関係について、あれやこれやと考えていた。
「コシバちゃんやホムラちゃんは、なんかすごいなぁ。まっすぐで、そして、」
もしも、自分の身体に魔刻なんてなければ、と、今まで何度妄想したかもわからないことを考える。そして、そこで気づいた。
「逆に、これを使ってもらうってどうだろう。お兄さんはやホムラちゃんは陰陽師ってやつらしいし、だったら、このよくわからない力でも役に立つかも」
そう思った。そして、「これはコシバちゃんにない、きいだけの利点なんじゃ」と喜ぶ。もっとも、きいの魔刻の魔力や霊力の総量は、小柴の魔力と同じくらいである。小柴は霊力の素質はないが、生まれつき……というよりも生まれる前から魔女という存在であるがため魔力に関してはずば抜けて持っていた。煉夜の様な規格外を除けば、常人ならざる力であるため、それと同等の魔力と霊力を持つきいも相当なものである。
「それにしても、そっか、役に立てるかもしれないんだ……」
今まで、魔刻を誰かのために、などということは微塵も考えたことがなかったきいは、新しいアイデアに自分自身でも驚きが隠せないようだった。しかし、使ってもらうと言っても、どうすれば相手に使ってもらえるのかも分からないきいは、さんざん悩み、眠れない夜を過ごすのだった。




