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白雪の陰陽師  作者: 桃姫
風林火山編
50/370

050話:その頃の彼女達其ノ弐(雪枝)

 夜も更けた頃、いつもであればベッドで熟睡している時間であるにも関わらず、焔藤(えんどう)雪枝(ゆきえ)は寝付けずにいた。どこか胸騒ぎがするので、どうにも眠れない。見た目通り9時、とまでは言わないものの、仕事に追われていない時は12時には寝ている。それにもかかわらず寝られないのは、何故なのか、と雪枝は悩む。忘れているものは特にないはずだし、明日、重要なものも特には無いはずなので、どうにももやもやとする雪枝。


 身内に不幸があるわけでもあるまいし、と雪枝は考える。どうにも家族が危険な目に遭う様子が想像できない雪枝は、これまた唸る。


「どうして眠れないのかな?」


 明日も早いのに、と嘆く。眠りたいのに眠れない。そんな微妙な気分だった。何かしようか、とも思ったが、そうすると余計寝られないのは明白だろう。そんなとき、スマートフォンが震えた。

 このような深夜にメールだろうか、と見たが、どうやら電話の様だった。ますます怪しく思うも、大学時代の友人からの電話だったため出る。


「もしもし、浅海(あすみ)ちゃん?こんな時間にどうしたの?」


 普段、この時間には雪枝が寝てしまっていることは相手もよく知っているはずなので、不思議に思ったのだ。電話の向こうの彼女は少し戸惑ったように答える。


「あ、ゆき?まさか出るとは思わなかったよ」


 出るとは思っていないなら電話してこなければいいのに、と思うと同時に、これで少しは眠くなるまで時間が潰せると思った。


「なに、悪戯かなにか?」


 出るとは思っていないのにかけてくる理由なんてそんなことくらいしか思いつかなかったので、雪枝はそう問いかける。


「違うよ、そんな子供みたいなことするわけないでしょ。こう見えても教師よ?」


 相手は電話口で、そう肩を竦めながら言う。同じ大学の教職課程を履修していたので、雪枝も浅海も、今では現役教師だった。


「こう見えなくても教師だよ、浅海ちゃんは」


「ゆきは全然見えないけどね」


 そんなふうなやりとりをしながら、2人は話す。どうにも浅海は話を切り出しにくいようで、それでもこんな時間に電話をかけたのは理由がある。


「もう、どうせわたしは大人に見えませんよぉ~。それで、浅海ちゃんがこんな時間にかけてきたってことは、それだけ言いたかったってことでしょ?どうしたの?」


「もう、ゆきは察しがいいよね。あたし、結婚することになったのよ。んで、言うか言うまいか悩んで、言うって決めたから電話してみた」


 結婚、その単語を聞いた瞬間、雪枝は思考停止した。雪枝と同い年ということは、結婚してもおかしくない年ではある。むしろ、結婚しないとそろそろヤバイといわれる時期だ。


「結婚……、結婚。結婚かぁ……」


 雪枝は今まで恋愛というものをしたことがなかった。幼少期は真面目を絵に描いたような生き方をして生きてきた。末っ子なこともあり、甘やかされてはいたが、それでも真面目だった。中学生になればおしゃれなどに手を出すのが世の女子学生の常だが、雪枝は、見た目も相まって、人形感覚で周りがおしゃれを仕込んでいた。高校にはいると、地区有数の進学校に進み、いい大学を目指して一年生から勉強漬けの日々。大学に入っても、教職課程を履修する関係で遊ぶ時間などほとんどない。そんな日々から雪枝は恋愛をたしなむことはなかった。結婚など夢のまた夢である。


「まあ、ゆきは、結婚できないって常々思っていたけど、やっぱり、いまだ男の陰はなし?」


「全然。そもそも職場で恋愛なんて起きないっていうか、うちの職員は全員既婚者だし」


 そんな風にため息を吐く雪枝に、浅海は苦笑した。


「相変わらず生真面目だね。もっと肩の力を抜けばいいのに。ま、それはうちの学園の生徒にも言えるんだけど」


 そこで、雪枝はふと思い出した。浅海は現在、地元の千葉県で高校教師をやっている。それも有数の進学校として有名な場所だったはずだ。


「あれ、浅海ちゃんって三鷹丘学園にいるんだっけ?」


「そうそう。言ったことあるよね?」


 聞いたことがあるから知っているのだ。そして、その学園の名前で思い出したのは1人の編入生である。最近新たに来た編入生の方は、あちらこちらに編入していて、その来歴を簡単に把握することは叶わなかった。


「じゃあ、雪白煉夜君、って知ってる?」


 自分の教え子のことを聞いてみる。特段、知っているという答えを期待したわけではなかった。だが、返ってきた答えは


「ん、ああ、雪白か、知ってるよ。てか、なんでゆきが?」


「今はわたしの教え子だよ」


 そんな風に苦笑する雪枝に対して、浅海は「へぇ」と脱力するような声を出した。そして、言う。


「ゆきも大変な問題児を受け持ったもんだ」


「え、でも煉夜君って成績優秀じゃなかったっけ?」


 雪枝の記憶では、学園での成績は非常によく、問題があるようには思えなかった。ただ一つ思い当たる

ものがあるでもなかったが、そんなに問題視するようなこととも思えなかった。


「煉夜君、ねぇ。ゆき、生徒を下の名前で呼ぶってどうなのさ」


「煉夜君に関しては、紛らわしいから仕方ないよ。下の学年には妹さん、別のクラスには従妹さんだもん。さすがに呼び分けないと」


「ふぅん、ま、雪白は……うん、なんていうか、問題児だよ」


「三ヶ月のこと?」


「ん、いや、そっちじゃなくて。いやそっちも問題なんだけど、どちらかと言うとその後、かな。成績は優秀だったんだけど、青葉と九鬼と一緒に暴れまわってたから。3人そろって頭いいのがまた腹立つんだわ」


 暴れまわっていた、という言葉と普段の煉夜の態度が一致せず、雪枝は首を傾げた。雪枝の中の煉夜のイメージは、冷静沈着で賢くカッコいい男の子だったからである。


「暴れまわるって、不良とかじゃないんでしょ?」


 雪枝は、煉夜が短ランリーゼントの古き懐かしい不良チックな格好をしているところを想像したが、もはや別の誰かだった。


「あ~、うん、まあ、そうなんだけど。どちらかといえば、問題解決にいそしむ側ではあったんだけれどね。青葉なんかは親子代々三鷹丘出身だけあって、生徒会が無い分、生徒会の代理みたいな形で問題に首を突っ込んでいたんじゃないかしらね」


 三鷹丘学園には生徒会が存在しないこともある、と前もって聞いていたが、本当にないのか、と雪枝は思った。私立であっても学生会や生徒会と呼ばれるものがあることが多い。しかし、三鷹丘学園は特殊な事情があり、ある時期のみ生徒会がある場合があるだけである。


「それで、青葉の幼馴染の九鬼と、2人が声をかけて仲間になった雪白が『中央階段連続転倒事件』とか『音楽室の妖怪』とか『屋内プール女子更衣室の動くタイル』とか、いろんな問題に首を突っ込んでは片っ端から暴れまわって解決してたって話」


 そんなに問題が多発する学園だったのか、と雪枝は見たこともない三鷹丘学園を想像したが、もはやお化け屋敷にしか思えなくなっていた。


「でも、話だけ聞くと問題児っていうよりは正義漢って感じだけど」


「まあ、話だけならね。でも、あいつらは、ちょっと度が過ぎるっていうか」


 度が過ぎるって、犯人に必要以上に制裁を加えているのか、とドギマギする雪枝だったが、浅海の話はどうやら方向が違うようだった。


「ちょいと常識がないのよ。だって、『タイルが動くなら全部張り替えればいいんだろ』って雪白が提案して、九鬼が新しいタイルを考えて、青葉が発注するのよ。普通そこまでする?」


 確かに高校生の行動力ではない。煉夜の常識にとらわれない発想と、雷司の財力と行動力、それを嫌な形にしない月乃のまとめ方で成り立っていたのだ。流石にこれを普通というのは難しいだろう。問題があるのかもしれない。


「まあ、煉夜君一人ならたぶん問題児にならないと思うよ。彼は本当に礼儀正しいし」


 雪枝の発言に、浅海は「ふぅん」とやや雪枝と煉夜の関係を勘ぐるような声を出した。もっとも、煉夜が雪枝に手を出すようなタイプだとは思えなかったので、あくまで勘ぐるにとどまった。


「それで、最近、あれはどうなのよ。普通に教師をやってるってことは大丈夫なんでしょうけど、もしもってことも有るから気をつけてよ」


 浅海は雪枝にそんなふうに言う。雪枝は、苦笑しながら、相変わらず心配をかけてしまっていることを申し訳なく思った。


「うん、今は大丈夫かな。最近はだいぶ収まってるし」


「でも、もしも、あれが起きそうになったら……、そうね、案外、雪白辺りが何とかしてくれそうではあるよ。彼、何か、一般人離れしてるから、もしかしたらゆきのあれも」


「一番いいのは、二度とあんなことにならないことだよ」

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