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白雪の陰陽師  作者: 桃姫
風林火山編
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048話:魂を狩る神

 雪白煉夜一行が京都を離れて、山梨で月日の盗賊と対面している頃、最強の風使いの中にいる1人、岩波美里亞は、目の前に現れた死神、ユキファナ・エンドと対峙していた。いかにも死神といった風体のユキファナを前に、美里亞は特に臆したようすがなかった。「波状風石」。それが美里亞の受け持つ力の1つだ。その力は強大であり、死神ごとき恐れるに足らないと思っているのだろう。


 一方、大きな鎌を揺らし、煉獄の炎のような赤髪も揺れる死神。戦うべき、いや、狩るべき相手を前にユキファナは真剣そのものだった。死神として追いかけ続けた背中に追いつくため、届くために。


「死神さんがわたくしになに用でしょうか?」


 美里亞はおどけるように言う。ユキファナは言葉を返さない。喋る必要がないと判断したためである。これから死ぬ相手に声をかける必要はない、死神としてそう考えたのだ。


「あら、連れない人ですこと……。いえ、連れない神、でしたね」


 ころころと鈴の音の様な声で笑う美里亞。――瞬間、その首をはねようと、目にも留まらぬ速さで大鎌がかける。そして、あっけなく、その首がはね上げられた。


「なっ……」


 思わず絶句するユキファナ。血飛沫もなく、数瞬前まで確かにそこに居たはずの美里亞が風にとけて消えていた。そして、突如、ユキファナの背後に生じる気配。ユキファナは迷うことなく鎌の持ち手で殴る。――ガツン、と硬いものを殴ったような痛みとしびれが同時に訪れる。


「あら、どうかなさいましたか、死神さん」


 からかう美里亞は、背後ではなく、眼前にいた。ユキファナには何が起こっているのかさっぱり理解できなかった。だからこそ、全力を出すべくユキファナは鎌に魔力を込める。鎌に血色の文字が浮かび上がった。魔力を吸った鎌はおぞましい形状へと変貌する。死神の鎌、というより、呪いの鎌や呪われた鎌、といった雰囲気である。

 そして、風が吹く。まるで寒々しい凍えるような風が。触れただけで命を刈り取る死の風。死を運ぶ風である。それこそが、死神としての真骨頂。


 鎌が纏う風が、木々を、草を、大地を枯らす。周囲の命を奪い続ける死神たる力。魂を導く力。命を奪い、魂を導く、その性質は、ある種、天使、天上の御使いたる戦乙女たちとも々力である。もっとも、戦乙女は奪われた命の元に現れ、魂を導くのだが。その関係上、対立することもしばしばある。


「あらあら、怖い怖い。まるですべてを奪い取られそうですこと」


 こんな状況でも態度を変えずに、ユキファナを嘲笑う美里亞。よほどの自信があるのだろう。それが余計にユキファナを煽る。


「終の風……初」


 無差別に魂を刈り取っていた風が一つに集約する。鎌の刃を伸ばすように吹く風。全てを終わらせる風、その手始め。その風の刃で切られたものは、魂を一瞬で白紙に戻される。

 大鎌が振るわれる。今度こそ美里亞の魂を狩らんと勢いよく。しかし、その風の刃は、まるで美里亞を避けるかのように散る。ユキファナは何が起きたのかが分からなかった。


「この程度ですか?えい」


 そんなとても軽い言葉で、ユキファナの風は跡形もなく霧散する。美里亞にかすりもしないし、届きもしない。


「死神は『死を運ぶ風』、でしたかしら、死神さん?」


 微笑むように、美里亞はユキファナに問う。ユキファナは何も答えない。しかし、答えを待つ問いではなかったのだろう。美里亞は言葉を続けて紡ぐ。


「でも、それがどんな風であろうと、風である以上、わたくしの身体にはダメージを与えられませんわ」


 思わず絶句するユキファナ。それはすなわち、風が、死神としての象徴が全て彼女には届かないことを意味するのだから。


「この身に、風としてダメージを与えることが出来るのは『原初の風』のみ。それに、もし、『原初の風』だとしても、九浄天神の風神もいるこの身に攻撃するには、五条天韻の風神でもぶつけなくてはなりません。雷神から何からこの身に居るので、条件を述べていたら枚挙に暇はありませんけれど、1つ言えるのは、死神さんがわたくしにダメージを通すには、死神以外の力を使うほかない、ということです」


 その身に死神を顕現するユキファナにとって、死神以外の力を使う、というのは土台無理な話である。だが、ユキファナには、一つ、彼女に攻撃を与える方法があった。


「――我が名を捧ぐ」


 ユキファナは、祈るような声で、小さく呟いた。それは、詠唱の鍵となる言葉。そして、本来、使うことを許されていない力である。


「――万物、魂を導きし大いなる風よ」


 ユキファナの身体を再び死の風が包む。だが、それでは美里亞に届かない。だからこそ、続きを唱う。ユキファナの持つ、力を。


「――万物、魂を浄化せし大いなる炎よ」


 ユキファナの燃え盛る髪から炎が広がる。死神の持つ特性。死を運ぶ風。風のように現れて、命を奪っていく存在であることを意味し、それすなわち、死神が死神たる力の所以となる。一方の炎。死神と炎。炎とは全てを浄化する存在であり、死神たちが持ってきた魂をゼロへと返す場所でもある。それゆえに、ユキファナは炎も司るのだ。


「これは……、魂の炎……。なるほど、風が届かぬならば炎、ですか。中々に良い手ですね」


 そんな美里亞に対して、ユキファナが炎の鎌を振るう。周囲を全て無に帰しながら迫る灼熱の大鎌は、明らかに今までの攻撃と質が違った。ここで初めて美里亞が表情を崩す。


「この炎、イガネアの劫火。そうでしたか、死神さんの中にいらっしゃるのは、イガネアの死神でしたか……」


 その言葉の意味は、ユキファナにも分からなかった。イガネアという言葉も初めて聞いたものである。それでも、そのイガネアの死神たる何かが、岩波美里亞に効果的な何かであるということはユキファナにも分かった。


 互いに、間合いを測るように、お互いが動かぬまま、しばしの時間が経過する。そして、先に動いたのはユキファナだった。この逆転的状況を無為にしたくないために、先制をしかけたのである。

 炎と鎌が美里亞をかすめる。その瞬間、鎌が弾かれるかのような異常な感覚を感じ取ったユキファナは、一瞬攻撃を躊躇する。しかし、そのまま振り切った。


――ガンッ!


 ユキファナが刈り取ったのは岩の塊だった。そして、岩塊に鎌が触れた瞬間、炎が過剰に燃え上がる。これこそ、美里亞が受け持つ力の一つ、「地風火勢」である。大地が風を逸らし、風が火を燃え上がらせる。そういった自然を模した力。


「逸葉唄も持たない死神さんにこれを使うことになるとは思いませんでした」


 逸葉唄。美里亞の、というより、楓和菜の友人が持つ、特異能力。もっとも、逸葉唄自体が、火や風に関係しているわけではなく、あくまで、その友人が火の使い手という話なのだが、それは置いても、ただの死神ごときに使う技ではないと美里亞は思っていた。


「流石はイガネアの死神、といったところでしょうか」


 自身でも分かっていないイガネアの死神ということを褒められても、よくわからないユキファナだったが、死神として強いのであれば、それはそれだけ憧れへと近づいているということである。だから、嬉しくないわけではなかった。


「それもこの炎の威力。次女、花の死神」


 次女、ユキファナは長女である。だが、それはさしたる問題ではないのであろう。花。その漢字は、ユキファナが日本人であった頃に、その名に刻まれていた文字なのだから。


「イガネアの八姉妹(しにがみ)。まだ、五女に当たらなかっただけマシ、ということでしょうかね」


 八姉妹が示す通り、イガネアの死神は八人の姉妹である。ユキファナの宿す神こそは、イガネアの八姉妹が次女、花の死神なのである。死神が風を纏い、風を斬り、炎で浄化する存在であるが、イガネアの八姉妹も同様の力と例外の力を持っていた。

 ユキファナの一族が、代々継承するのは、あくまでイガネアの死神であって、花の死神ではない。しかし、一族の愛称との関係上、長女、次女、四女の顕現率が高く、それ以外の現人神になる確率が著しく低いのだ。そう、長女、次女、四女は死神として万全の力を持っていた。それこそ、ユキファナのあこがれる死神以上に。そして、死神として例外的な力を持つのが五女と六女、そして八女である。唯一、七女のみイガネアの死神に数えられておきながら、死神ではない力を持っていた。三女は最弱といわれるため、力の詳細は分かっていない。


「死神さんの一族が、イガネアの死神を顕現させる一族だとするなら、……そう、生き残りがいたのですね。雪蕾(せつら)の死で、全てが潰えたと思っていたのですが」


 母の名前が出たことで、一瞬、心が揺らぐユキファナ。


「まさか、貴方の様な人が残っているとは思いませんでした。最後の生き残り、ということですか」


 残念ながら美里亞の言葉は的外れだった。現状、ユキファナを入れて生き残りは3人いる。1人は当然ユキファナ。そして、その妹。さらに、従妹。この3人のみがユキファナの家族である。もっとも、死神となった今は、死神皆家族の様な感覚であるのだが。


「貴方は……」


 そして、美里亞はユキファナのかつての名を呼んだ。

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