047話:月日の盗賊
躑躅ヶ崎館の正面口から堂々と入る煉夜、信姫、姫毬。紅階は1人、別行動をすると言い、信姫たちが認めたので、ここにはいない。煉夜達が侵入したにも関わらず、特に攻撃が飛んでくる様子はなかった。やはり相手は2人、入り口に敵が来たとて、そう簡単に動ける状況でもないのだろう。だから、しばらく進んでいく。おそらく敵がいるであろう甲府城に向かって。
そんなとき、寝静まった深夜に、高らかな笑い声が響く。それは甲府城の天守の上。月光を背に2人の男女が立っていた。
「はっはっはっ!よくも短時間でここまで戻ってきたな、無伝信姫ぇっ!……って、あれ、煉夜?」
「あ、ほんと、煉夜君だ!」
高らかに口上を述べている途中で予想外の人物の顔を見て、龍太郎も鳳奈も思わず素で反応してしまった。2人にとって煉夜がここにいるのは想定外だったのだ。
「あっれ~?岩波さん、煉夜がこっちに来るともしかするかもしれないから足止めするって話だったのに、何だって煉夜がここにいるんだ?」
「そうね、てっきり向こうで岩波美里亞と戦い始めたのが煉夜君だと思っていたんだけど……。あの死神紛いの力、誰なのかしら?」
2人で普通に話していると、信姫と姫毬が唖然とした顔で2人を見ていた、自分の居城を攻め落とした2人があまりにも普通の存在過ぎて、驚きが隠せない、という感じなのだろう。実際、煉夜も、現在は2人から異質な力を感じることもない。
「ま、何にせよ、その死神紛いも日本人みたいだしな。俺たちの関与するところじゃねえだろ。今は目の前の敵に対処するとしようか」
「そうね。あたしたちの本職はあくまで国外だしね。ま、今は盗賊とやらの方の職務を果たそうじゃない」
2人はそう言うや否や、天守閣から飛び降りる。常人なら死んでもおかしくない高さなのにも関わらず、普通に着地する当たり、常人ではないのだろう。煉夜も、その力が徐々に高まっているような不思議な感覚を持つ。
「んじゃ、まあ、やるとしますか。上位転身ッ!」
「はいはい、付き合ってあげるわよ。神化化身ッ!」
そして、その尋常ならざる力に、煉夜は思わず息をのむ。気配が数瞬前までとは別人のように濃く、またその力の強さも別人レベルまで上がっているのが分かる。その波動、多くが力場と称されるそれは、煉夜でもほとんど感じたことがないほどに強かった。
「上位転身……クラスアップ、聞いたことがあるわ。本来ある力を常にそのまま出し続けると危険すぎるからと、その身に封じ、戦いの際に開放する力」
信姫が言うが、龍太郎と鳳奈は微妙な顔をしていた。それもそのはずだ。クラスアップと呼ばれるものが必ずしも、今、信姫が言った通りのものだけとは限らない。
「まあ、そういうやつがいることは否定しねぇよ。相棒がそういうタイプっちゃ、そういうタイプだし」
龍太郎の言葉に鳳奈は文句があるようで、微妙な顔をしていた。そう、鳳奈もまた微妙に違うタイプではある。ただし、完全に違うとも言いきれないのが微妙なところだった。
「あんね、あたしはあんたみたいな中途半端とは違って、元が神なの。それを人に押しとどめるために通常時は人間になってるだけよ。いるだけで世界破壊するような化け物どもと一緒にしないでよ。あとあんたみたいな究極力場到達点に至ったものだって、力を封じているわけでもないでしょ?いや、まあ、封じているっちゃ封じているんだけど」
そんなよくわからないことを言っている2人に、信姫と姫毬は困惑していたが、煉夜はただ似た様な力を持つ者を思い出していた。
「なるほど【財宝の魔女】と同じってことか」
かつて知り合った魔女の1人と同じようなものだ、と勝手に納得した。しかし、この状況はまずい、と煉夜は思う。これだけの戦力を相手に、どうにかできるだろうか、と。枷を外せばいけるかも知れない。ただ、その時は、この躑躅ヶ崎館が跡形もなく消し飛んでいるに違いないだろう。
「まあ、クラスアップについてはどうでもいいだろ、もう。それにしたって、煉夜、お前、どうやってここまで来たんだよ?転移とかそういう力場は感じなかったんだけどなー」
転移ではなく移動なので、力場を感じなくても仕方がないことだろう。しかしながら、あれだけ光を纏って近くに物体が着地したなら気にしないのもどうかと思う。
「あ~、いろいろと、な」
煉夜は目を泳がせる。若干、信姫と姫毬の目が死んでいたのは気のせいであろう。あの移動方法が無茶なのは煉夜もよく知っているのだが、何分急を要する移動だったため仕方がなかったのである。けっして、昔やられたことを他人にやって憂さ晴らしをしていたわけではない……はずだ。
「ふぅん……、まあ、お前なら何があっても驚きゃしねぇけどな」
龍太郎の言葉に、煉夜は眉根を寄せる。まるで煉夜のことをよく知っているかのような物言いが、不思議だったからだ。
「俺の何を知ってるんだよ、お前が」
そんな風に問いかける。煉夜と龍太郎はこの間、出会ったばかりの関係である。だからこそ何かをよく知っているということはないはずだった。
「岩波さんにいろいろと聞いたんだよ。京都に召喚された幻獣消し去ったんだろ?」
その言葉に、煉夜は舌打ちをする。あの時の目撃者が少なからずいるのは把握していたが、
まさか、岩波美里亞に見られていたとは、と煉夜はいらだった。正確には、それを見ていたのは桜木迪佳なのだが、そこに大差はないだろう。
「あれは俺一人でやったわけじゃねぇけどな」
「それでも、お前から感じる力場は普通じゃねぇ。特に、その魂は……。だからこそ、魂に死神でも飼ってるんじゃねぇかなと思ったんだが、向こうで戦ってるのが違うっぽいし、はずれだったか」
魂、という単語で煉夜が若干、眉根を寄せるも、龍太郎は気にした様子はなかった。鳳奈はため息を吐きながら言う。
「う~ん、どっちかっていうと、死神とかよりも、守劔先輩っぽい感じするけどね」
「え、明津灘の姐御?どの辺が」
明津灘、という単語に煉夜は反応したが、守劔という人物には会ったことが無いので言われている意味はいまいちわからなかった。
「魂の中の蠢き……いえ、守劔先輩のはもっと直接的な感じなんだけど、煉夜君はまた違うっていうか……、う~ん、なんていえばいいかわっかんないわね」
肩を竦める鳳奈。上手く言葉にはできないが、煉夜からは何かを感じ取っていた。明津灘守劔、明津灘家当主である明津灘大地の婚約者であり、普段は仕事で滅多に家に戻ることはない。そんな彼女と月日の盗賊は知り合いで会った。
「まあ、諜報専門の第一師団だからなんらかしらの特殊能力はあるんだろうけど、俺はよく知らねぇしな。から……明津灘の姐御は、格闘術を主に使うとも聞いてたし。《陽》が飛び道具ありの剣使いで、《陰》の姐御が格闘術メインって話だったろ?魂とかそういう力あんのかねぇ?」
「別に格闘主体でも特殊能力持ってる奴なんて山ほどいるじゃないの。有名どころでもさ」
また内輪の話を始めた2人だが、《陰》と《陽》という仕組みについては煉夜も明津灘家で聞いた話である。つまり、彼らの話が煉夜の知っている明津灘家の話であるということは煉夜も理解できた。
「そりゃ、まあ。……って、そんな話はどうでもよかったな。せっかく上位転身してんだ。そろそろ、一戦やろうか?」
龍太郎はそう言う。煉夜は、静かに、自分の武器をこの場に呼ぶ。胸に手を当て、魂から彼女の愛剣を呼び出すのだった。
「生じよ、[結晶氷龍]」
透き通る刀身を持つ剣が現れる。極寒の冷気と共に、煉夜の意識は切り替わる。高校生、雪白煉夜から獣狩りのレンヤへと。幾多の死線を乗り越えたあの頃の煉夜へと。
「これは……魂製兵器……!」
鳳奈が驚きの声を上げた。煉夜の力、それとはまた似て非なる概念の存在を知っていたから、鳳奈は驚いたのだが、結局は似て非なるものである。
「神気……開放」
鳳奈から神々しいまでの光が溢れだす。まるで深夜に現れた太陽の様であり、その眩さは、同時に畏怖を抱かせる何かを秘めていた。
「チッ、剣だけじゃ心もとないか……」
そう言った煉夜の身体には気づけば、美しい鎧があった。彼女のものと対になるような同種のデザインの鎧は、剣と同じく極寒を纏う。そう、[結晶氷龍]とは剣ではない。水の宝具、「流転の氷龍」。それが剣の名である。
「水系統……、煉夜はてっきり火系統の魔法適性持ちだと思ってたんだが、魂が水ってことは水の魔法適性持ちなのか?」
龍太郎がそんな風に言う。煉夜としては、特に得意不得意は無いが、どちらかといえば、水属性の魔法を得意としている。名は体を示すという通り、水姫の様に水の名を持ち水の適性を持つものがいる。では、煉夜の様に煉という火を示す名を持ちながら適性が水の場合はどうなるのか。それはある程度適性が変動する。名前の分の適性は火に回るものの、元の適性はそのままになる。普通は名前による補正などほとんどないに等しいので大きく変わらないことが多いが、陰陽師や魔法使いが名付け親だとそこにどうしても魔術的効果が付与される。
「別に大体どれもできるさ。最初に習ったのは光だしな」
実のところ、有り余る魔力に物を言わせている部分が大きいのだが、それでも使えることには違いない。
「オールマイティが売りとか、煉夜君は凄いわね。あと、冷気抑えないと、後ろの2人が死にそうな顔をしてるわよ」
話に加われず、やっと戦闘になると思った信姫と姫毬だったが、煉夜から放たれる極寒の冷気で死にそうになっていた。
「おっと、悪い。てか、離れているとはいえ、龍太郎も鳳奈もよく平気だな?」
その言葉に鳳奈が「やった、名前で呼ばれた」と若干喜んでいたが、龍太郎は煉夜に言葉を返す。
「まあ、そりゃ、俺らもクラスアップ済みだし、その程度で無力化はされないさ」
なるほど、と煉夜は思う。
――その時、京都で大きな力場の衝突が起こる。
煉夜、龍太郎、鳳奈は京都の方へと視線を映す。なにも見えはしないが、何かが起こっているのは事実だった。




