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白雪の陰陽師  作者: 桃姫
御旗楯無編
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045話:風を斬る死神

 月を見上げ、笑う女がいた。風塵楓和菜。否、笑っているのは岩波美里亞。チョコレートの様に甘ったるい茶髪に、べっ甲飴の様な瞳。最強の風使いの中のある力を使える。そのために造られた人格である彼女だが、ある目的を持っていた。それは、昔の因縁。武田でも無伝でもなく、ある人物への復讐であった。無伝はそのための犠牲に過ぎない。


 一歩、また一歩と復讐へと近づくことに喜びを覚える美里亞。この風は誰にも止められない。近づくものを皆切るかまいたちの様な存在。そうと分かっていながら、誰も……楓和菜の中の誰も彼女を止めることはしない。


 なぜ、と問うことも、止せ、と止めることも、やれ、と勧めることもない。互いに干渉しない、というわけでもないのに、なぜ美里亞を止めるものがいないのか。それは楓和菜自身にも分からないことだった。


 風塵楓和菜を知る者が、岩波美里亞を見たらきっと、こう評価するだろう。「楓和菜の闇を凝縮させたらこんな感じ」と。


 この風を斬るものはきっと、まだ現れない。……そう運命づけられているはずだった。だが、運命の歯車は既に狂いだしている。その胸に刃を突き立てるものが来るのは……






 英国(イギリス)倫敦(ロンドン)。ここに一人の日本人女性がいた。燃えるような赤い髪に、焼けつくような小麦色の肌。銀の瞳。それは日本人離れした容姿であったが、間違いなく日本人である。否、正確には日本人であったというべきだろうか。国籍は既に変わっているため、今は英国の人間と言うことになっている。彼女は英国の地で、遠く離れた日本で起こっている何かを感じていた。


「風が……動いたわ。まだ時期ではないはずなのだけれど、まあ、動いたのなら、殺しましょう。役目に従って」


 ユキファナ・エンド。彼女の今の名である。かつては彼女も、黒い髪に黒い瞳をした少女の様な姿を持っていた。羽化。彼女の一族はその御業を使うことで、燃えるような赤髪と銀の瞳を手にする。それは、神の現身。現人神(あらひとがみ)。神たるものであり、神の遣いでもある彼女には、断罪の力が宿っていた。


 神は神でも、死の神。死神。人生を終わらせる。エンド。終わりを意味する名を持つ彼女の……彼女の一族の特性である。


「風を絶つ。そのために、ここにいたのだから」


 死神と化した彼女が思い出すのは、幼くして別れた妹。日本にいる妹はどうしているだろうか、そんなことも思ってしまうあたり、彼女は神にして神ではない。神に成り切っていないのだろう。為りきっていない、かもしれないが。


「あら、行くのですか、日本へ」


 そんな彼女に話しかける女性は、濁った金髪に、碧眼の普通の女性だった。否、見た目は普通の女性、というべきだろうが、中身は普通ではなかった。


「当代、あなたほどの人がこんなところで油を売っていていいのかしら?」


 当代、と彼女は称した。苦笑する女性。そして、頬を掻きながら、「当代なんてガラじゃない」と言うのだった。


「確かにオレは聖王教会の当代ですが、あまりそう呼ばれたくもありませんね」


 オレという一人称が、語調と妙にミスマッチで、初めて話した当初、ユキファナは微妙な顔をしたものだ。日本語を話していたことに驚かなかったのは、聖王教会が日本に幾度かの派遣をしていることは知っていたからだ。


「俺、と自分のことを表するのは辞めなさい。日本語ならわたしとかせめてあたしくらいなものよ。一体誰に教わったんだか」


 そんな風にユキファナが呟くと、彼女は苦い顔をする。あまり思い出したくもないのだろうか、それとも、先代が笑顔で席を譲ったことに納得がいっていないのだろうか。おそらく後者である。


「しかし、まあ、当代のアーサー王がこんな少女とは、驚きよ」


 アーサー王。アーサー王伝説に登場する王のことである。岩に突き刺さった選定の剣を抜き王となった彼は、息子との一騎打ちの末、カムランの丘で潰え、アヴァロンに埋葬される。その伝承を元に、聖剣を使う者を聖王教会のトップにし、アーサー王と名乗らせていた。しかし、先代のアーサー王は、現アーサー王にその席をあっさりと譲り、《チーム三鷹丘》と呼ばれる団体に、一戦士として加わったそうだ。


「それにしても、聖剣。未だに信じられない。これが、天然ではなく、人工の聖剣だということに」


 当代が持つ聖剣。《C.E.X.》。コールブランド・エクスカリバーと呼ばれるものである。本来なら、先代が持っていくはずだったのだが、彼女はそれを断り、そして、なぜかもう1本の《C.E.X.》を持ってどこかへ消えた。2本目、そんなものが存在するとは、長い聖王教会の歴史にも書かれていないことだった。


「その考え方はよくわからないけれど、全ては鍛冶師が打つのだから、人工のものではないのですか?」


 そう剣とは鍛冶師が打って作るものである。天然の剣がその辺から生えてくる光景など見たことはあるまい。


「そういうことではないわよ。コールブランドにエクスカリバー、どちらも名の知れた聖剣だわ。その原典……オリジンは、まあ、あらゆる世界で発生しているから別としても、これはこの世界におけるアーサー王伝説の聖剣ではなく、何者かが造ったコールブランドやエクスカリバーの概念を込めた聖剣であるってこと」


 言葉の意味が結局よくわからず首をかしげる当代。ユキファナは「分からないなら分からないでいいわ」と苦笑した。


「まあ、いいです。それで、日本に向かうのでしょう?」


 改めて質問しなおす当代。ユキファナは頷いた。日本へ向かう。それはユキファナにとってしなくてはならない使命であるのだから。


「風は強いとおっしゃっていましたけれど、本当に、貴方が倒さなくてはならないのですか?オレや他のメンバーを派遣して」


「いいえ、これはこちらの仕事なの。それから何度も言うけれど『俺』は辞めなさい」


 ユキファナ・エンドは、死神としての使命を果たさなくてはならない。そして、彼女にも野望がある。かつて憧れたあの背中を夢見る。


 死神の中でも最上位の称号、「デスサイズ」。665億9999万9999個の魂を集めた存在。ユキファナは彼女を「ファルメディア姉さん」と呼んで慕っていた。今はどこにいるのかは分からないが、最後の1個、666億個の魂を集めるために活動しているのだろう。

 666、獣の数字。それは復活の象徴。666億個の魂を集めた者は、人として生を受け、人間として暮らすことが出来るという。現人神のユキファナにはそれがどれほど望まれていることなのかは分からなかったが、それだけの途方もない数の魂を集められるのは普通ではないだろう。


「未だ600足らずしか魂を集めていないし、目標のためにも仕事のためにも、辞めるわけにはいかないわ」


 600億個ではない600個。フィリオラと比較すれば雲泥の差だ。フィリオラの凄さがッよくわかる。もっとも、その憧れの死神も男の家に転がり込んでお茶を啜っているだけの生活をしていて、女房気取りのニートをしているとは露程も思っていないだろうが。


「それにどんなに強かろうと、所詮は人。人が神に勝つことなど……わずかな可能性しかないのよ」


 僅かはあるのか、と当代は感じたが、神を(くだ)すのは難しいだろう。だが、神殺しの例がないわけではない。それにもっと驚くべき人間もいる。


「まあ、神になった人間の様なおぞましい存在もいるけれど」


 それは現人神とどう違うのだろうか、と当代は思った。口にしなかったのに、ユキファナはまるで見抜いているかのように言う。


「現人神は、あくまで現身でもある存在。だけれど、あれは違うわ。人の身を神に昇華させる異端の存在。本来あり合えないことをやってのけるだけの異常な何かなのよ」


 三神と呼ばれるそれを、ユキファナは嫌っていた。だが、それと同時に認めてもいた。否、認めざるを得なかった。


「まあ、どうでもいいですよ。それで、風と戦うのはいいのですが、風とは別の場所で問題が起こっているのではなかったのですか?確か、事前に得ていた情報では風の位置とは違うとか……」


 当代も食えない人だ、といってもいないことを知っている情報網にはユキファナも驚いた。だが、そうでもなければ彼女が簡単に席を託すことはなかっただろう。


「そちらは大丈夫よ。よくわからないけれど、それこそ神に抗える存在ともいえる何かが向かったから」


 その言葉に、当代は、先代の言っていた存在のことだろうか、と考え、先代の言葉を思い返す。


「きっと、いつしか、世界を救うだけの存在が来るわ。貴方はそれに立ち合いなさい。それが雷司なのか裕華なのか、わからないけれど、きっとあの子の子供たちの誰かでしょうから」


 その先代の言葉は間違っていた。否、間違っているかどうかは分かたないが、ここではそれは違った。どちらでもなく、雪白煉夜というイレギュラーが動いていた。


「創生の魔女、妄執の、いえ、あれは妄執というか盲目……?氷久の騎士、黄金の……。いえこれ以上言うのは野暮というものだわ。ともかく、貴方の言うそれとは違う、何かってことだけは確かよ」


 そして、死神は笑う。空間を裂き、日本へと……京都へと向かう。妹のいるその運命の地に。ユキファナ・エンドの歩むべき道を照らすように裂けた空間から月明かりが漏れる。





 岩波美里亞は、何かが現れたのを感じていた。そのせいで、気づくことが出来なかった。雪白煉夜が、自身の計画を覆すべく、ファーグナスの結晶を使って躑躅ヶ崎館へ向かったことに。気づくべきことに気づけず、気づきたくないことに気付いてしまったのだ。


「……何でしょうか、この歪な力場は」


 思わず身構える美里亞の前に、燃えるような、否、燃えている赤髪に、凍るような銀の瞳の女性が現れる。その手には、空の満月を、グイッと切り取ったかのような三日月上の刃が付いた大きな鎌を持っていた。


「悪しき風、貴方の命を貰いに来たわ」


 死神。その言葉を見た目だけで体現している存在に、美里亞は思わずたじろいだ。そして、最強の風塵と言われた彼女と死神ユキファナとの熾烈を極める戦いが幕を開けるのだった。

次章予告


 落ちた躑躅ヶ崎館を救うために煉夜は信姫、姫毬と共に山梨県で大暴れ。

 そして、「月日の盗賊」の2人との激戦を繰り広げる中、とうとう煉夜は本気を解放する。

 明かされる本気の一端、赤き館とは……?


 一方、その頃、激戦を繰り広げる美里亞とユキファナ。互いに殺し合い、それは美里亞だけでは収まらず、ついに風塵楓和菜が本気を出す。

 明かされる美里亞の復讐、ユキファナの妹とは……?


――第四章、風林火山編


※次話以降更新が不定期になります

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