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白雪の陰陽師  作者: 桃姫
御旗楯無編
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044話:躑躅ヶ崎館の悲劇

 躑躅ヶ崎館が陥落したことについて、改めて確認を取るように、信姫、姫毬、煉夜は

話し合いの場を設けていた。緊急事態ということもあり、場所は煉夜のアルバイト先の喫茶店を、無理言って開けてもらった。それだけ大ごとだということである。無伝の、否、武田の最重要拠点である躑躅ヶ崎館に誰かが忍び込んだだけでも大問題だというのに、人質を取っているというのだから、とても大変な事態なのは間違いないことである。


「それで、改めて確認するけど、躑躅ヶ崎館が陥落したってことは間違いないのよね」


 間違いだったらどんなに良かったことか。姫毬も最初に聞いたときは信じられなかったことだが、事実は事実として受け止めなくてはならない。姫毬は頷いた。


「はい、間違いなく。『月日の盗賊』を名乗る二人組がやってきて制圧した、と」


 龍太郎と鳳奈、煉夜とも面識がある、あの2人のことである。だとするならば、煉夜は気づく。今回の襲撃が誰による指示なのか。あの2人に依頼した本人を。


「岩波美里亞、か……」


 依頼者である彼女が、その首謀者であることは間違いないだろう。だが、その名を聞いた信姫は眉根を寄せる。


「岩波、美里亞……?」


 その聞き覚えのある名前に、信姫は全てを悟る。この一件が全て仕組まれていたのだと。そう、この一件は岩波美里亞から始まっていた。


「その名前、ワタシに童子切安綱が、京都司中八家にあると教えてきた人物よ」


 そう、京都司中八家にあると分かったのはなぜだったのか、そこまで分かったならなぜどの家にあるのかつかめなかったのか、それは京都司中八家にあると伝えてきた人物がいるからである。信姫たちは何も最初からその怪しい話を信じていたわけではないのだが、気づけば続々と司中八家に有るという証拠だけは集まって行った。だからこそ、こうして調べて手に入れに来たのである。

 だが、それも含めて罠だった。そう、これは全て計画的に躑躅ヶ崎館を落とすための罠だったのである。それに気づいた信姫は思わず舌を打った。


「そういうこと……。でもなんだってわざわざウチを狙ったのかしら。何か個人的な恨みでもある……覚えはないんだけれどね」


 信姫は襲撃の理由が分からず困惑していた。無伝は頭角を現していたとはいえ、所詮、司中八家や魔導五門に入っていない野良の家である。それだけに襲われる理由も少なくなる。情報集めはしていたものの、他家に過干渉はしなかったし、ちょっかいを出した覚えもない。そうなれば、どうして襲われているかの理由はないことになる。


「岩波、美里亞……どこかで聞いたような……」


 姫毬もずっとその名前には引っかかっていた。どこかで聞いた名前ではあるのだが、どこで聞いたのかがとんと思い出せない。首をひねっていると、煉夜が情報を補足した。


「一応、魔導五門の風塵家の関係者らしいんだけどな」


 その言葉で、姫毬の中で突っかかっていたことが全て瓦解した。全てを思い出したのである。どこで聞いた誰のことであるのか。


「岩波美里亞。思い出しました。その名前、風塵楓和菜の別の名前です!むかし、転校先で、彼女の昔の知り合いの縁者なる人物に聞いたんですよ。風塵楓和菜にはいくつか名前が合って、その中の1つが岩波美里亞、他にも桜木迪佳。何個も名前と力を持っている、と」


 正確にはいくつもの名前を持っているのではなく、いくつもの人格を作っているのである。多すぎる力があり、そのどれを使えばいいか混乱しそうになる。それを能力で幾多の人格を形成し、使いやすく整理している。


「偽名って感じじゃなかったから、多重人格か?だとしても、結局のところ、風塵家が武田家を狙って何の得があるんだって話なんだが」


 その通りであり、犯人が分かったところで、動機が分からねば解けない。フーダニットでもハウダニットでもなくホワイダニット。だれが、どうやってではなくなぜ。肝心のところが分からなければ、何をすることもできないのである。


「風塵家と武田家には確執など無かったと思いますが……」


 姫毬も結局首をかしげるだけだった。理由が見えてこない。それだけに、目的も未だ不明瞭なままである。このまま突撃して人質を殺されでもしたら、それこそ取り返しがつかない。


「敵は何か要求してこないの?立てこもっているんでしょう?」


 普通は立てこもるというと、結局、周囲を囲まれていて、逃げ場がなくなっているのも同じ。そのために人質がいる。だから、普通は人質は殺されないと考える。しかし、もしもそれがフェイクで人質を殺すのが目的ならどうだろうか。乗り込んできたのを幸いと殺すだろう。だからこそ、動けない。


「今のところ、要求などは特には……」


 動けない。正直な話、そこが一番悔しいのだった。動かざること山の如しと言えど、此処で動かないのは、本来は得策ではない。


「もうこうなったら四の五の言っている場合でもないとは思うがな。ここでじっとしていても、結局、どうにもならない。風塵家と武田家の確執があるか、ないか、そんなこともどうでもいい。肝心なのは、迷わないことだ。こんなもの相手自身じゃなきゃ、分かりもしないんだ。延々考え続けても無駄でしかない」


 かつて、煉夜が延々考え、救えなかった命がある。だからこそ、言うのだった。自分の後悔を繰り返させないために。決断はしなくてはならない。そうでなければ、いつまでもそれを引きずり続けることになる。煉夜の様に。


「そうね、こんなところで考えてもどうにもならない。戻るわ、家へ。どのみち目的のものも手に入れたんだから京都に長居する理由もないし」


 そう言って、覚悟を決める信姫。だが、言葉には迷いが僅かにあった。そして、その迷いを晴らすために、信姫は言う。


「貴方も来てくれない。貴方の力があれば、きっと、躑躅ヶ崎館は取り戻せるわ」


 煉夜はどうするか、一瞬、迷う。普通はそこまでする義理など無いのだが、それでも迷う。それは、誤りを繰り返させないために、信姫に同じものを背負わせないために、そんな思いがあるからである。


「ふむ、俺は、引き籠り犯の対処になれているわけでもないが、力を貸してほしいと請われれば、貸さない理由もないな」


 素直ではない煉夜はそんな風に返した。敵が誰であろうと、信姫が自分と同じ過ちを犯さないために、力を貸すことにした。そのためなら、幻想武装すらも開放する覚悟を持って。


「助かるわ。それで、戻るにしても、少しは準備をした方がいいのかしら?」


 何が足りないか、と聞かれると分からないが、何の準備も無しに向かうのも無謀だろうと信姫は言う。だが、本気の煉夜はニッと笑う。


「大丈夫だ、大抵のものは俺が何とかしよう。こいつも使いたくはなかったが、今がその時だと思えばな」


 煉夜が持っているもの中には、向こうの世界で使っていた小道具もある。それらの中にはこのような状況で使えるものも幾つかあった。


「善は急げともいう。ことが動く前にとっとと行こう」


 急ぎ勇む煉夜に対して、姫毬は、ちょっと待ったと声をかける。流石に急ぎ過ぎて、失敗する可能性もあるからだ。


「急がば回れとも言います。今から行くにしても、電車もありません。こんな状況で、どうやって行くんですか。まさか歩いて、なんてことは言いませんよね。タクシーですか?それとも夜行バス?いずれにしろ、お金や予約が必要です。このまま行こうなんて無謀すぎますよ」


 煉夜は、姫毬に溜息を吐いた。そして懐から小型の水晶玉を取り出す。それが何か、信姫も姫毬も分からなかった。


「くぁ~、ねっむ。ちょっと、レンヤ、信姫、あんた等まだ話して……、ってファーグナスの結晶じゃないのよさ。部屋の中で使おうとするバカはあんたくらいなのよさ。それ使うんならとっとと出ていくのよ」


 様子を見に降りてきた沙友里に怒られた。ファーグナスの結晶、もっと簡易な説明をするなら転移結晶というものである。厳密に言えば転移しているわけではないし、結晶でもないのだが。

 ファーグナス、偉大なる奇術師。魔法使いでもない、その存在の名がつけられた宝石は長らく存在しないと思われていた。一度きりの使用で場所を移動できるという眉唾物の宝石は、それゆえに奇術師の名をつけられたのだが、実在していた。魔女がよく使っていたが、それ以外の一般には浸透していないとめにずっと眉唾と呼ばれていただけだった。その稀少性は高く、数百年で一個手に入れば、十分な奇跡である。煉夜は、その宝石のありか、つまり生み出し方を知っていた。幻獣の中に、この宝石を体内で精製するものがいるのだ。だからこそ、獣狩りのレンヤはある程度の数を持っていることが出来る。単純な話である。


「さて、んじゃ、とっとと行くか」


 煉夜は地面に結晶を叩きつけた。瞬間、結晶が粉々に砕け散り、辺りを青白い光が包む。そして、煉夜は、信姫と姫毬の肩を抱く。一瞬、振り払うか迷った2人だが、そんなことを考える余裕はなくなった。下からの突き上げる感覚と物凄い浮遊感に襲われて、気が付けば宙を舞っていた。

 そう、一瞬で移動する力の正体、それは、空中に打ち上げるという極めて野蛮なものである。もっとも、魔力の障壁の様にまとわりつく結晶の粉が守ってくれるため、しばらく落ちないし、落下しても安全である。


 こうして、煉夜達は大体、山梨へとたどり着くのだった。

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