042話:支蔵の秘刀
無伝信姫は、雪白煉夜が支蔵家に有ると睨んだ「アレ」が本当にあるのかの裏付けを取るべく、ひそやかに動いていた。確証も無しに忍び込んでなかった場合、なかっただけならまだしも、そこで見つかってしまえば他家の警戒も強まり、手を出しづらくなる。具体的に言うなら強行突破以外の方法がなくなるということである。それはあまり賢いとは言えない選択である。だからこそ、前もって見つからないように調査しているのだ。
そして、何度かの調査を経て、ようやくその確証を持てた。間違いなくこの支蔵家には、無伝家が探し求めていたものがある。それゆえに、信姫は、支蔵家に忍び込むことを決意する。切り札である2枚の式札を携えて。
支蔵家は現在、主に、支蔵具紋が次代を担うものとして取り仕切っていた。その支蔵家はおおよそ、信姫が警戒に値しない戦力しか揃っていない。信姫の実力を具紋と比較すると、明らかに信姫の方が上である。
だが、だからといって油断は禁物であると煉夜に釘を刺されている。信姫は周囲を警戒しながら、支蔵家へと向かう。深夜、それも、だいぶ深い時間帯。あと数時間で朝、というこの時間をあえて狙った。夜の警備は深夜も行う。しかし、夜が明ける少し前の時間。つまり、交代の近い時間はどうしても気が緩むだろう。
忍び込むのは容易だった。まるで風の様に忍び込む彼女は、誰もいない静かな廊下を音も気配も消す。静かすぎるくらいに静かだった。
いるはずなのにいない。時には不動。それゆえに、見張りが来ても気づくこともない。そうして、信姫は、目的のものがある部屋にたどり着く。その場所は、道場のような場所だった。支蔵家は【我流】の異名を持つ一族である。それゆえに、自ら生み出した流派を自らの一族に伝え教えるために道場が必要なのである。何もおかしな話ではないだろう。
そして、その奥に、掲げるようにそれは置いてあった。一振りの刀が。鞘に収まったままでも分かるその力。それを前に、信姫は……いや、信姫と共にあった彼は言う。
「間違いない。あれこそは――」
そう一族の悲願。幕府を通して、猿へと渡り、人から人へと渡り続けた天下五剣。その中の一振り。
「――童子切安綱」
かの天下五剣にも数えられるその刀は、かつて、ある人物が使っていた。その者は、――
「頼光殿、ついに取り戻しました、我らが祖、清和源氏に伝わりし刀を」
源頼光。酒呑童子、土蜘蛛など様々な妖怪を倒したことでしられる平安の世の人物で、かの安倍清明とも知己があったとされる人物であり、彼の四天王には金太郎で有名な坂田金時がいた。
「ああ、ようやくだ。子孫代々、受け継ぎ天下を守れと、そう言われ渡されたものの、死後、様々なところに渡ってしまったからな」
戦国時代には足利将軍家から豊臣秀吉へ、そして、そこから徳川家康へ、そして、最終的に松山藩へと渡り、その松山藩で家宝にされたのである。
「ついに、ここまで――」
その時、道場のドアが開かれる。信姫は、童子切安綱を手に構える。それは間違いなく、支蔵群介。支蔵家分家筆頭の支蔵群介であった。
「な、何者だッ!」
信姫がいると知ってきたわけではなく、夜も修練を積むために群介は道場へとやってきた。本当に偶然であった。信姫が悲願の達成に感涙していたために気付けなかったのだろう。痛恨のミスだ。
「邪魔だッ!」
気合と共に、信姫は童子切安綱を振るう。無論、殺しはしない。まるで烈火のごとく怒涛の攻めをする信姫は、一撃で群介を沈めた。
しかし、その音で警戒に当たっていた者たちは全員が道場へと向かってくる。彼女は高らかに宣言する。
「一族の悲願、そのためにワタシはここまで来たッ!!」
幾多の攻撃をものともせず、するりと躱し、全てを一撃で沈める。ここで負けたり、捕まったりするわけにはいかないのだ。ようやく悲願を達成したというのに。だからこそ、全力だった。信姫は死力を尽くし、支蔵家から出ようとする。
――轟!!
まるで龍の叫びの様なそんな音と共に無数の攻撃が信姫を襲う。今までの攻撃とは遥かに質が違った。信姫はニッと笑う。楽しめそうだ、と、そんな思いが脳をよぎる。遊んでいる場合ではない、そうは分かっていても、止められない。
「曲者めッ!その刀は我が家の家宝ぞ!」
支蔵具紋。この家を引っ張るもの。騒動を聞きつけた彼が駆け付けたのであった。信姫は言葉を返す。
「支蔵の家宝?違うわ。これはワタシたちのものよ!」
間違いない。そう断言する信姫。具紋は眉根を寄せた。これは家宝である、その伝えは昔より伝わっている。明治、それ以前は別の家にあったものだが、これは正式に譲られたものである。だから、所有権は間違いなく支蔵家にある。
「これは我が家のものだ。歴史がそれを証明している」
そう、過去は変わらない。だからこそ、歴史が証明しているからこそ、これは支蔵家のものである、と具紋は主張した。だが、信姫もまた、それに返す。
「歴史が証明している?ならば、それは間違いなく、こちらの家のものよ。それこそ歴史が証明しているじゃないの」
そう、本来の持ち主は源頼光であり、そして、それはその子孫代々に与えられたものでもある。清和源氏。後に様々な源氏へと分かたれ、頼光の子孫も別の源氏であるものの、元をたどれば清和源氏である。信姫の祖もまた清和源氏である。それゆえに、一族の悲願。
「どういう意味だ。いや、貴様何者だ?」
具紋は構えをそのままに、警戒の色を最大限に強め、問いかける。信姫は失望する。どう力量を測っても煉夜には届いていない具紋に。彼との戦いの後では、この程度の相手は塵も同然だった。だから、信姫は切り札の式札の1枚を解放する。
――ドォオン!
それは轟音だった。音の発生源は信姫の振った童子切安綱ではあるものの童子切安綱の力ではない。まるで刀から砲弾でも出たかのような爆音と共に具紋に届いたのは、激しい衝撃波だった。
まるで脳みそも内臓も全てがぐちゃぐちゃになるかのような衝撃に、具紋は意識を手放さざるを得なかった。つまらない、それが信姫の感想だった。
(彼なら、今のも通じないんでしょうね)
煉夜を思う。思いは募る一方だった。まるで恋慕の様に、信姫は煉夜への思いを募らせていく。戦いたい、本気で戦いたい、そんな思いはもはや恋と呼んでもいいほどになってしまっていたのだ。本人に自覚はない。
「さて、もうここには用はないわね」
童子切安綱を鞘に納め、支蔵家を颯爽と駆け抜ける。信姫の前に立ちふさがる敵はいなかった。あっさりと全てを潰して、支蔵家を後にする――はずだった。
「よぉ、随分楽しんでるみたいじゃねぇか、信姫」
待ちわびた声。その声に思わず信姫は頬を赤く染める。戦える、その思いのあまり、今にも刀を抜いて襲いかかりそうになる。それを必死にこらえて、彼の顔を見る。
「あら、煉夜、随分とお早い到着で。今日行うことは姫毬にすら言っていなかったんだけど」
その問いかけに答えなんて求めていなかった。信姫はそんなことどうでもよかったのだ。自分の元に煉夜が来ている。それだけで理由など求めない。
「いや、別に、少し風塵家について調べていただけだったんだがな」
風塵家を前に訪れてからも煉夜は風塵家に対する調査を続けていた。そして、どこに聞いても迪佳なる人物も岩波美里亞なる人物も知っている人が居ないという事実だけだった。
「それよりも、本気の勝負、しましょうよ」
「血が滾っているみたい、だな。そっちの……武士的な人もお前の式の1つ。死人を直接、式として使役しているわけじゃないらしいが、まあ、式の1つと考えてそいつも含めて、やるってんなら、相手になってやるよ」
こうして、雪白煉夜と無伝信姫の本気の戦いは幕を開ける。ただし、場所は変えて、他の場所で行う。でなくては、邪魔な横やりが多く入りそうだったからだ。結局、この間の公園で戦うことを決め、移動する。信姫は煉夜に問いかける。
「こないだの魔法剣は持ってこなくていいのかしら?」
「別になくても大丈夫だ、本気でやるって約束は違えねぇよ」
ニヤリと笑う煉夜に、信姫の心は踊る。それを月だけが見ていた。




