041話:太陽を背負う鳳
煉夜と龍太郎は、女性に連れられて、生垣の向こう、風塵家へと足を踏み入れた。その広さは雪白家など比べ物にならないほど広かった。なぜ風塵家が広いか、それは成り立ちと役割故と言えよう。
司中八家は京都を守るうえで、その時世によって変わることもある。しかし、魔導五門や魔導六家と言われる家は、陰陽局が出来て以来、不動で不変だった。それゆえに家が動くこともないため、大きな家に長年住んでいるのだ。
庭は風情があり、日本庭園という雰囲気だった。ハナミズキにサザンカ、イロハモミジ、ムクゲなどの木と、ササキツツジ、ビヨウヤナギ、カンツバキ、シャリンバイなどの低木が見られる。ハナミズキやササキツツジ、シャリンバイは春に花を咲かせ、ムクゲやビヨウヤナギは夏に花を咲かせ、イロハモミジは秋に紅葉し、サザンカとカンツバキは冬に花を咲かせる。落葉高木と常緑低木をバランスよく組み合わせ、四季それぞれに違った顔を楽しめる良い庭だと言えよう。
「申し遅れましたね、わたくし、岩波美里亞と言います。そちらの『月日の盗賊』に依頼を出した本人です」
盗賊などというこの世界では時代錯誤な単語に、煉夜はひきつったが、龍太郎本人はドヤ顔をしているため、自ら盗賊を名乗っていることは明白だった。
「あんたが岩波って人だったのか」
龍太郎が驚いたような納得したような声を出した。煉夜はどことなく美里亞の雰囲気が歪すぎて信じられなかったが、それでも、偽名だとかそういう印象はなかった。
「岩波美里亞、か。何者だ?」
煉夜の質問に対して、美里亞は微笑みながら、言葉を返した。
「ですから、岩波美里亞、ですよ」
そういうことを問うているのではない、と煉夜は目で訴えるが、微笑みで躱されてしまう。何とも食えない人である。煉夜は彼女に対してそんな感想を抱いた。
「……まあ、いいか。それより、この家の当主の風塵楓和菜さんは在宅中か?少し会ってみたいんだが」
気を付けろと忠告された相手ではあるものの興味がある。会える機会があるのならここで会っておきたかったのだ。
「在宅中か否かと聞かれると、微妙なところですね。在宅中といえなくもない状況です」
何ともはぐらかしの入った表現であり、煉夜はその表現にイラついたが、言えないだけの理由があるということは、なにかがあるのだろう、と納得した。
「ふむ、会って見たかったんだがな。美人だと噂のふわり姫とやらに」
風塵楓和菜のあだ名ふわり姫、かつて友人が彼女に送ったあだ名である。ふわふわぽわぽわしているという彼女の性格を表しているらしい。煉夜がその名前を知ったのは、本当に偶然からだったが、一部では有名なあだ名である。
「美人で有名なふわり姫、とはどこでの噂なのですか?」
少し照れるように美里亞が聞く。なぜ美里亞が照れているのか不思議だったが、煉夜としては、別に隠すようなことでもないので普通に受け答えする。
「いろいろと有名だったぞ。一応、この家も調べていたしな。とりあえず、司中八家では結構有名な話だった」
裕華や八千代なんかがその話を知っていた。だが、あくまで聞けたのはその程度で、どんな能力があり、どんな人物なのかは分からなかったそうだ。
「なるほど、まあ、司中八家の関係者には王子様……いえ、青葉さんもいますし、当然と言えば当然でしょうか」
王子様、などという唐突なワードにキョトンとした煉夜。それに対して、美里亞は苦笑して、記憶を探るように言う。
「楓和菜さんが、昔に会ったことのある青年のことです。明津灘家、冥院寺家、両家の娘と婚約する王子様、と呼ばれていました」
その話を聞いて煉夜は、雷司の父親のことであるとピンときたが、そんな情報を持っていない龍太郎は「へぇ」と声を漏らす。
「両家と結婚って、そいつは凄いな。両手に花ってやつじゃねぇか」
龍太郎の反応に、楓和菜さんが失笑する。煉夜も知っていることではあるが、両手に花どころではないのだ。
「実を言うと、その彼は、他にも市原家やそのほか、様々な人と結ばれています。両手に花どころか全身に花ですね」
龍太郎は驚きのあまり、オーバーなリアクションを取る。そして、興奮したように叫ぶ。
「うっひゃー!そりゃ、ハーレムってやつじゃねぇか!どんだけモテモテなんだよ、そいつ!」
煉夜も事前に知っていなければ、大層驚いただろう。煉夜がプレイしているゲームにも偶にハーレムエンドなるものがあることもあるが、それはゲームの話。現実でそんなことがあるはずもない。特にこの世界、社会では。
「ちょっと、声が中まで聞こえてきているわよ、龍太郎」
そんなとき、玄関の戸が開き、少女が出てきた。ショートカットの髪に、オフショルダーのシャツ、デニム地のハーフパンツと徐々に冷え込みを見せ始めた11月には寒そうな恰好をしている。龍太郎の名前を呼んだことから、彼女が龍太郎の連れだと煉夜は判断した。
「おお、相棒!無事に先についてたか!」
相棒と龍太郎は彼女のことを称した。その表現が気に入らなかったのか、肩眉を上げて龍太郎を睨む少女。
「誰が相棒よ。名前で呼びなさい名前で」
若干キレ気味の彼女は、美里亞とその後ろにいる煉夜を発見し、ペコリと頭を下げる。そして、龍太郎の元へカツカツと近寄り、腹に一撃喰らわせる。
「ぐふっ、ぐあっ、な、なにすんだよ相棒!」
そんな龍太郎に対し、耳元で内緒話をするように、少女は龍太郎に顔を近づけて囁く。
「ちょ、だれ、あの人。ちょー好み!」
「あ?煉夜のことか。いや、道に迷って聞いたんだよ。それで、もう一人が」
「そっちは知ってるわよ。依頼人に決まってるでしょ。中案内されてんだから。で、煉夜さんってどんな人なのよ」
何やら内緒で話しているようだが、素が騒がしいせいで、全て煉夜に筒抜けている。煉夜は何も言えずに目を逸らし、美里亞は微笑んでいた。
「いや、金だまし取られちゃってさ、もう女には声かけたくねぇってときに偶然会ったんだ。雪白煉夜っていうんだよ」
「雪白?京都で雪白っていえば、司中八家の雪白、【日舞】の雪白じゃないの!でも、確か当主は娘しかないから、分家筋かしら。なら手を出しても……って金をだまし取られたですって!!」
「いや、遅ぇよ!ツッコみ遅ぇよ!!」
なんだこの夫婦漫才、と煉夜は見ながら思っていたが、当人たちには漫才のつもりはないようだ。
「いや、狐みたいな性格したボンキュッボンな姉ちゃんに騙し取られちまって」
目を合わせないようにしながら龍太郎は少女に言った。少女は手をわなわなと震わせる。そんな様子を見ていた美里亞が珍しく口を挟む。
「おそらく、五十七間堂伊吹様ではないかと」
五十七間堂伊吹、京都では有名な人物であるため、美里亞はその名前がパッと浮かんだのである。
「五十七間堂は京都に古くからある商人の家です。一時期大阪に移動したこともありましたが、結局京都に戻ってきたとか。その古さはわたくしたちの家と同じくらいだそうで、その商人根性もたくましく、泥棒紛いの金儲けもするのですが、あちらこちらにコネがありまして、中々捕まえることもできないのですよ」
そんな話を聞いて、煉夜はかつて会った承認を思い出した。自分の生涯をかけて金を集め続ける、そんな商人の姿を。どこの世界でも商人は商人のようだ。
「まあ、商人なんてのは、自分の命よりも稼いだ金だって思ってるような連中だからな。そんな風に稼いでいてもおかしくはないだろうな」
あいつのように、と煉夜は心の中で付け足した。生涯で、煉夜にかかった賞金と同じ額だけ集めた彼女の様に、商人とは金を稼ぐことだけに命を捧げ、どうしたらもっと稼げるのかを考え続ける生き物だ。どこで売れば高くなり、誰に売れば高値が付くのか、そんなことを一日中考え、そして夢を抱き続け、そのまま死んでいく。
「おや、商人のお知り合いでもいましたか?」
美里亞の言葉に苦笑する煉夜。果たしてあの関係を知り合いという言葉で済ませていいものなのだろうか、と煉夜は思った。共に旅をしたのは一年にも満たない期間だった。ただ、その間に学んだもの、貰ったものは大変に貴重なものばかりだった。
「まあ、な。もう死んでるけど。あいつほどの商人は後にも前にもあいつだけだった」
懐かしむようにその顔を思い出していた。晴れやかに死ぬ彼女の顔を。そして、同時に、涙を流す自分の姿も思い出す。
「っと、そんな話をしても意味ないな。とりあえず、風塵楓和菜もいないみたいだし、俺は帰るか」
「あ、待ってください。この馬鹿を案内してくださってありがとうございました。あたし、日之宮鳳奈って言います。この馬鹿と『月日の盗賊』とかいう恥ずかしい名前の活動をしていますんで以後お見知りおきを」
ペコリと鳳奈が頭を下げる。煉夜はつられて頭を下げて、そのまま帰ることにした。目的の人物がいないなら特にすることもないので、早々に帰るのだ。
その背中を、美里亞は見て微笑む。そして、ぼそりと誰にも聞こえないくらいの声の大きさで囁いた。
「あたしに会いたい、ねぇ。また酔狂なことを言うけれど、迪佳の知り合いみたいだし、美里亞の御眼鏡にもかなっているみたいだし、美月はなんていうかしらね」
楓和菜は美里亞が依頼した2人の方へと振り戻る。もう、それは美里亞になっていた。




