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白雪の陰陽師  作者: 桃姫
御旗楯無編
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040話:月に吠える龍

 時期はもう11月になろうとしている。そんなある日、煉夜は出会ってしまう。無伝の2人が暗躍するこの時期に、会うはずではなかった彼と、煉夜が。これはその序章となる物語である。

 放課後、この日は珍しく姫毬にも他の誰にも絡まれなかった煉夜は、アルバイトも休みなのですることもなかったので、少しぶらぶらすることにした。本当ならゲームをやろうと思っていた煉夜だが、通例通り販売延期なったので、今月はやるゲームがなかった。マスターアップしなかった時点で煉夜は薄々察していたのでそれに関して文句はない。

 しかしながら、暇を持て余した時間をどう使うか、そこが問題だった。家にいてもすることが無いなら、と外へ出た煉夜であったが、結局やることがなく、暇だった。そして、そのはた目から見ても暇そうな様子が、彼と煉夜の出会いを作った。


「あの~、悪いんだけど、ちょっといいか?」


 見るからに好青年といった雰囲気の見た目は煉夜と同じくらいの男性だった。煉夜は無視して歩き出すが、青年は強引に煉夜を止めようとする。


「まあまあ、勧誘とかじゃないからさ」


 単刀直入に要件を言わない奴は勧誘だ、と煉夜は思っているため、本当に無視して歩く。だが、青年は何としてでも煉夜を止めたいようだ。


「他にいくらでも人が居るだろ」


 そうボソリと口に出す。すると青年はとても苦い顔をした。そして、なんとしてでも煉夜を止めるべく、腕をつかむ。


「ホント、お願いだから。いや、さっきの人に騙されて、もう女は信用できないんだって!」


 何があったのだろうか、と流石の煉夜も興味を惹かれてしまった。勧誘にしては妙な切り口過ぎて、仕方なく煉夜は足を止める。


「いや、助かった!あの狐女の所為で酷い目にあったぜ」


 狐女、と聞いて煉夜が思い浮かべたのは稲荷家の人々だったが、式神を人前で出すわけもないので別の人物なのだろうと結論付けた。


「何があったんだよ」


 煉夜が興味をひかれた部分だったので、そこについてまず聞いてみる。すると青年は共感してほしかったのか、煉夜に対して熱弁を始めた。


「いや、俺は道を聞きたかっただけなんだよ。そしたらあの狐女、地図あげるさかい、とか言って、俺に地図を渡して、しかも金ぶんどっていきやがった。もう、ほぼ一文無しだぜ」


 酷い女がいるものだ、と煉夜は知りもしない女性の顔を思い浮かべる。詐欺師か何かを生業にしているに違いない。いくら騙しやすそうな目の前の青年とて、見え見えな詐欺には引っかからないだろう。


「ホント、お前も気を付けろよ。めっちゃ巨乳で、色っぽい雰囲気で、金髪のグラマラスな美女だからってついて行ったら、金取られるぞ」


 煉夜は思う。こいつ、馬鹿なんじゃないのか、と。言葉に脈絡がなく、似た様な意味の言葉を重複させる。それはもう、恰好のカモだったのではないだろうか。


「いや、まあ、そんな如何にもな女が近づいて来たら気をつけるが……。一文無しで大丈夫なのか?」


 いくら取られたのかは分からないが、言葉のイントネーションからこの周辺の人間ではないことを察した煉夜はそう問いかけた。


「ああ、そうなんだけど、大丈夫だ。連れに会えればどうにかなる」


 どうやらこの青年には連れがいるようだった。現在1人ということは連れとはぐれていることになる。本当に大丈夫だろうか、と煉夜は心配になった。


「なるほど、それで、地図は貰ったんだろ?だったら、俺に何の用だったんだ?」


 青年は盛大にため息を吐きながら、それを煉夜に見せる。煉夜は一瞬何を見せられたのかが分からず首を傾げた。


「世界地図?」


 それは紛れもなく、小中学生が授業で使うような地図だった。これがどうしたのか、と煉夜はしばし理解できなかったが、その意味が分かる。


「もしかして地図ってこれだったのか!」


 流石に馬鹿すぎやしないか、と煉夜は目の前の青年が心配になる。これで目的地にたどり着こうというのは無理がある。どこに行く気なのだと。


「それで、どこに行きたいんだ?」


 煉夜は半ば以上呆れながら青年に問いかける。青年は天の救いが来たとでも言わんばかりに煉夜に縋りついた。


「そうなんだよ!風塵(ふうじん)って家、知らないか?」


 知っているか知っていないかと問われれば知っている。前に矛弥と会話したときに出てきた魔導五門のなかの一つであった。しかし、この青年がそんな場所にどのようなようがあるのかが分からず怪訝な顔をしてしまう。


「あれ、もしかして知らない?この辺じゃ有名って聞いたんだけどな」


 困ったように頭を掻く青年に対して、煉夜は、何と答えるか迷ったものの、素直に教えることにした。


「いや、知ってるから安心しろ。しかし何の用があっていくんだ?」


 魔導五門、魔導六家、司中八家と同様に一般人には無縁の世界。そこに用があるとなれば、この青年もただものではないのではないか、そんな勘繰りをする。


「あ~、俺の連れがそこで待ってるんだよ。俺の仕事のパートナーなんだけどよ」


 青年は若くして仕事をしているようだった。そして、その仕事のパートナーが風塵家で待っているという。もしかしたら風塵家お抱えの仕事人なのだろうか、と煉夜は考えたが、どうにもそんな雰囲気はない。そもそもお抱えなら、道など聞かずにたどり着くだろう。


「ふぅん、仕事か、俺と変わらない年に見えるのに凄いんだな」


 そんなふうに適当な御世辞を言う煉夜に対して照れた様な青年。そして、煉夜は案内するように歩き出す。実を言うと、煉夜も魔導五門というのがどんなものなのか気になっていた。司中八家も十分に謎だが、魔導五門も謎だろう。煉夜は、これを機に見ておきたかった。


「いや、俺の仕事なんて、なんつーの、奪って守って壊すみたいな?」


 何やら物騒なことを言っているが、意味が分からなさ過ぎて煉夜は深く考えるのを辞めた。この青年はどうやら何も考えていないようだった。


「おっと、自己紹介がまだったな。光月(みつつき)龍太郎(りゅうたろう)だ」


 青年、龍太郎は爽やかに自己紹介をした。名乗られたら返さないわけにもいかないので、煉夜も自己紹介をする。


「雪白煉夜だ」


 龍太郎が手を差し出してきたので、煉夜はそれを握り返す。こうして彼らは出会ってしまった。


「それで、風塵家って有名らしいけどよ、俺よく知らないんだわ。依頼主なんだけどよく分かんねぇっつーか。一応、風塵家の岩波(いわなみ)さんっつーお姉さんっぽいんだが、どんだけ調べてもその人の情報が出てこねぇって相棒が言ってた」


 煉夜も風塵家に岩波という人間がいるとは聞いていなかった。風塵楓和菜には気を付けろと矛弥に言われたため、軽く調べたが、岩波なる人物のことは記録にない。


「いや、俺も詳しくはないが、岩波、という人物に覚えはないな。あくまでお前たちに依頼するための偽名ってことはないか?」


 むろん、煉夜とて風塵家全員を把握しているわけではないため岩波という人物がいる可能性も否定はできないが、風塵家の名を出して依頼する人間が、そんな名前もない家事手伝いとは思えない。


「んー、たぶん違うと思うんだけどなぁ?」


 特に確証はないようだが、龍太郎はそう確信していた。直感はさして鋭くない龍太郎だが、仕事運と依頼主を見極める勘だけは冴えていた。


「まあ、風塵家に行けば分かるだろうぜ」


 気楽な男だ、と思うと同時に、どこかその胸に秘めた精神と自由奔放さがうらやましくも感じた。


「そうだな、行ってみないことには始まらない、か……」


 そうして煉夜と龍太郎は風塵家へと向かっていく。



 風塵家は、京都市外にある。バスに乗った方が速いのだが、龍太郎が一文無しということもあり、煉夜と龍太郎は徒歩で向かう。道中は、特に楽しい会話もなく世間話程度で過ぎて行った。


「さて、そろそろ風塵家のはずだぞ。もうじき見えてもおかしくないんだが……」


 そう言った煉夜達の前に大きな生垣が見えてくる。そう敷地が大きいのではなく生垣が大きいのである。意味がよく分からない。


「なんだ、このよくわからない場所。ここが風塵家なのか?」


 こんな変な場所があればインターネットですぐに噂になりそうな、そんな雰囲気を持つ場所だった。


「えっと、そうみてぇだな」


 龍太郎が表札を指さした。生垣の微妙な位置にある表札に、何とも奇怪なものを見た気分になる煉夜。龍太郎は特に気にしないようだった。


「それで、インターフォンはどこにあるんだ?」


 煉夜がキョロキョロとインターフォンを探していると、不意に、背後にやってくる気配を感じて振り向いた。煉夜が振り向いたので、龍太郎も連れて振り向く。


「あら、バレるとは思っていませんでした」


 悪戯に失敗しておどける子供の様なお茶らけた顔をした女性が立っていた。甘ったるいチョコレートの様な茶髪に、べっ甲飴の様な瞳。漂ってくる甘い香りもお菓子を髣髴とさせる。柔和な笑みや丁寧な語調とは裏腹に、髪は雑に束ねただけのポニーテイル。化粧っ気の欠片もないその外見は、中身とまるでちぐはぐだった。


「気配を消して近寄ってくるからには、何かたくらみ事でもあるのか?」


 煉夜は殺気を一瞬出して脅すように聞くが、彼女はあくまで飄々とした様子で肩をすくめて微笑んでいた。


「いえいえ、とんでもありません。ですが、少し試したいこともあったので。しかし、こうもあっさり波状風石(はじょうふうせき)を破られるとは。いやはや末恐ろしいものです。迪佳(みちか)の友人の友人というのは伊達ではありませんか」


 友人の友人、という表現をされたが、迪佳という人物を知らない。それゆえに煉夜は首を傾げずにはいられなかった。


「誰の話だ?」


 煉夜の疑問の声に、女性は口元に人差し指を当てて、しばし思い返すようなそぶりをしてから言う。


「えっと、確か、キッカ・ラ・ヴァスティオンさん、だったと思います」


 その名前は煉夜の興味を十分に引く名前だった。

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