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白雪の陰陽師  作者: 桃姫
御旗楯無編
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039話:熱中熱血大熱戦

 雪白煉夜は、目を血走らせてスマートフォンを見る。時刻は15時50分、煉夜にとって最後の大勝負、3万砲との戦いの時間であった。前日までに3万砲を打ち切った煉夜は、ボーダーラインを予想し、念には念を入れて110万ポイントまで積み上げている。近年、ボーダーラインは上へ上へと上がる一方。累計ポイント報酬が貰える60万ごときでは、総合報酬を貰う25000位以内へ入るわけがなかった。


 そして、3万砲とは、ミッション報酬である3万ポイントをギリギリまで溜めて置き、最後に放つテクニックである。ボーダーラインギリギリにいるプレイヤーたちはこれにより総合報酬を逃すおそれすらあるのだ。それゆえに、「3万砲には気を付けろ」とSNSでも散々言われている。月曜日、日中は授業がある。他のプレイヤーも会社がある。それゆえに、昼休みブーストと3万砲こそが脅威なのであった。


 煉夜も前日までに110万を積んでいるので安心ではあるが、それでも不安になるのは無理もないことである。徐々に上がるボーダーは誰にも予想できないものなのだから。

 煉夜は放課後になっても教室から出ずに、ずっとトーナメントを続けていた。そして、終了の16時になる。


「終わったー!」


「きゃあっ!」


 スマートフォンを放り出し、椅子に座ったまま背伸びをする煉夜。この戦いに煉夜は本気も本気だった。あれほどまでに本気を出さない煉夜をこれほどまでに熱中させているのはスマートフォンアプリだった。


 姫毬は煉夜が席から動かないことから何かあるのか、とずっと煉夜を観察していたが、唐突に煉夜が大声を出したので姫毬は思わず声をあげてしまった。姫毬の位置から煉夜を見ていてもずっと同じような動作をひたすら繰り返すというよくわからない光景だったために、流石に困惑した。

 姫毬も様々な高校を転々とする関係上、スマートフォン、特にアプリケーションには世話になった。高校生のコミュニケーションとして最適なのは共通の趣味というものだろう。玉の色をそろえて消すアプリには大変お世話になり、またボール状のキャラクターを引っ張るアプリにもお世話になっていた。最近ではテニスやカードゲームが流行りということで姫毬のスマートフォンにもインストールされている。


「ん、なんだ、姫毬、いたのか?」


 煉夜は目を白黒させている姫毬に、そんなふうに声をかけた。まるで気づいていなかった。もっとも煉夜が気を抜いていたわけではなく、あまり気づかれないように気配を立っていた姫毬の方にも非はあるのだが。


「いましたよ。それにしても、そんなに夢中で何をやっていたんですか」


 煉夜は、スマートフォンをポータブルバッテリーにつなげながら、姫毬の方を見た。煉夜としては日課というか定例事項をこなしているだけで夢中になっているつもりはなかった。


「いや、別に、アプリだよアプリ。今回はボーダーが上がりそうだったからな。もうちょっと余裕が有ったらトロフィーボーダー目指してもよかったんだが、土日は修行と課題でつぶれたからな」


 トロフィーボーダーとは、総合報酬が貰える25000位の上、総合報酬の中でも豪華な報酬が貰える50000位以内に入れるラインのこと。特に役に立つわけでもないが図鑑が埋まるアイテムである。


「いや、知らないゲームの話されても困るんですが」


 姫毬の反応も当然のことだろう。とりあえずやるべきことを済ませた煉夜は、スマートフォンとポータブルバッテリーを無理やり制服のポケットに突っ込んで、荷物をまとめた。

 廊下を歩きながら、2人は一緒に歩く。ここ最近はずっとそんな感じだった。未だに下調べが住んでいないのか、支蔵家に仕掛ける様子の無い信姫により、姫毬は普通に高校に通っていた。だから、煉夜の観察の意味も込めて最近は一緒にいることが多いのだ。


「それにしても、随分と熱を入れていらっしゃるんですね。なんか、意外です」


 そんなふうに言う姫毬。なんとなく、姫毬の中では煉夜は何事にも興味を示さないクールなキャラクターというイメージが確立されていたので、意外に感じたのだろう。


「別に熱を入れているつもりはないが……、まあ、あれだ。身近にやっている人が居ると、何か張り合いがでるっていうか。SNSで情報共有したり、話したりするのとは違って、リアルに会って話すってのはまた、何か、やる気になるんだよな」


 そう、煉夜がここまで熱を入れるようになったのは、ある人物との出会いがあったからだった。それ以来、熱がこもっているのかもしれない。そんなふうに言いながら、靴を履き替え、校門まで行くと、件の人物が待っていた。


 その人物とは――


「ちっす、どうだった、今回のボーダーは106万らしいわよ」


 市原裕華である。彼女と出会ったときに、同じアプリをやっていることを知り、仲良くなり、定期的に会っている。


「あ~、ヤバイな。あと少しで詰んでたわ。裕華は?」


 姫毬は、煉夜と裕華の仲睦まじそうな様子に驚いた。雪白家と市原家は特に親しくもないはずだったので、あまり関わりが無いと思っていたのだ。煉夜が市原家を訪ねた情報も、理由などは家の人間が漏らしていないので、当人たちに聞きこんだわけではない姫毬の耳には入っていない。そのため、煉夜と裕華の親しさにははっきりいって驚いていた。


「あたしは、132万積んだから。あとちょっとでトロフィーだったんだけどね。やっぱキーカード持ってるって大事だわ」


 裕華は余裕綽々といった様子で笑っていた。キーカード、つまり重要なカードを持っているかどうか、ということである。


「ああ、0ターンエンハンスは重要だってことがよくわかったからな。でも、今後も同じタイプがでるかどうか……、運営も今回のトナメでヤバいってのは分かっただろうし」


 強すぎるカードをどう扱うか、という話である。今回のトーナメントでは、特定のカードを持っていれば圧倒的に効率よく回れた。それは大体どんな場合でも同じなのだが、今回は少し事情が事情だった。今回のトーナメントでは、今までにない、日替わりでポイント1.2倍という仕組みが取り入れられ、属性ごとに1.2倍になる日が決まっていた。だが、今回のキーカードはそんなことお構いなしに全ての属性を制覇したのだ。攻略サイトのデッキ構成は類似デッキに支配され、持っていないユーザーからは批判の声もあがったという。


 煉夜は持っていないため、通常トーナメントを周回し、裕華は持っていたのでイベントトーナメントを周回した。一周で手に入るポイントの差はほぼ倍以上であることから、一部ユーザーの反感を買うのももっともである。


「キャラのバカなのに強いな。流石、8回もでてるだけある」


 そんな会話をしながら裕華と煉夜は2人の世界を作っていた。姫毬は疎外感で、思わず地面にのの字を書き始めそうになるほどだった。


「それで、そっちの人は誰なの?初めて見る顔だけど」


 裕華が不意に姫毬に話を振った。姫毬は慌てて頭を下げて自己紹介を始める。どう切り出していいか迷いながらも普通に言う。


「先日、この高校に転校してきた百地姫毬です」


 その自己紹介に、裕華は興味なさげに「ふぅん」と声を漏らす。実際、興味がないようだった。その態度にますますめげそうになる姫毬だったが、裕華の言葉でそんな気分は吹き飛んだ。


「百地、ねぇ。望月(もちづき)でしょ」


 思わず吹き出しそうになる気持ちを姫毬は抑えた。裕華にとっては本当にどうでもいいことのようで、軽い世間話程度の感覚でしかないようだった。


「何のことですかね?」


 取り繕えているか、姫毬自身も不安なくらいの作り笑顔でとぼけた。姫毬は煉夜と一緒にいる時点で裕華の危険度を上げていたが、想像よりも上だった。


「まあ、あんたが分からないって言うならそれはそれでいいわよ。ほんとどーでもいいし。父さんが言ってただけだから気にしないでいいわよ」


 父さんが、とその言葉で、姫毬は口を歪ませる。この司中八家において、あまり名前を出すことを許されない青葉の表の顔。「チーム三鷹丘」の三代目リーダーを務めていると言われているが詳細がほとんど分かっていない人物だ。


「ええ、では気にしないことにします」


 できるだけにこやかに、そんな風に返した姫毬は、内心ひやひやだった。それこそ、一瞬心臓を鷲掴みにされたような、そんな気分だった。一方、裕華はというと煉夜とアプリケーションの話に戻っていて、楽し気に談笑していた。


「それで、次のイベントは投票のあれだろ?当選してると思うか?」


「う~ん、アクティブの人数も多いからね、当たらないと思うわよ。ま、当たったらラッキーくらいの気分でいかないと」


 そんな他愛もない話をする2人を1人、ひやひやしながら見てる姫毬であった。

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