038話:決闘――前哨戦
戦いの開始と同時に動いたのは、信姫の方だった。構えた刀を素早く居合う。居合、抜刀術とは飛び道具なり、という言葉があるように強い。それゆえに、信姫はこの技を好いていた。その動きは、まるで得物を見つけた猛獣のようでもあった。一瞬で煉夜との間合いを詰め切り上げようとした。
――が、そこには既に煉夜の姿はなかった。跳びかかる信姫と同時に、煉夜もまた背後に避けていた。上段から、切り上げようとしていた刀に聖剣アストルティを叩きつける。
――ギィイイン!
金属がぶつかる音が山間にこだまする。思わず手を離しそうになる信姫だが、固く握り閉め、抗う。
姫毬は2人の戦いを見ながら思う。信姫の慣らされた型のある剣術と違い、どことなく野性味あふれる我流のそれである、と。
再度、信姫が切りかかるが、煉夜はそれを紙一重で躱し、信姫に切りかかる。迫る刀身に対し、信姫は咄嗟に刀を持ち替え、柄を幅広の刀身にたたきつける。
――ガンッ!
鈍い音を鳴らしながら、煉夜の剣は弾かれる。言葉すらない沈黙の空間に、ただただ地面を蹴る音と金属がぶつかる音だけがある、一種の神聖な空間とも感じられる場所が形成されていた。何人も邪魔することの許されない剣華咲く闘技場。
信姫が地面を蹴り、まるで突くかのように煉夜の横に刀を伸ばすと、即座に切り返して切り上げようとする。変則の技に、煉夜も虚を突かれた。
しかし、獣という変則の相手を得意としていた煉夜は、即座にそれに反応する。突く形と言うのは片足を伸ばし、踏み込んだ足で支えている。だからその支え足を素早く払った。
バランスを崩された信姫は、攻撃をやめ、受け身を取りながら、煉夜との距離をあけて体勢を立て直す。しかし、そこに煉夜の追撃が入る。起き上がり直後を狙った横殴りとも言える横切り。
――バギィイン!
懐に入れていた短刀を鞘から出す暇もなく、そのまま煉夜の剣にぶつける。破砕音と金属音が鳴り、短刀ごと砕け散った。ただの鈍とはいえ、どれだけの馬鹿力だ、と信姫は心の中で愚痴る。そして、素早く柄だけになった短刀を煉夜に投げる。隙でもできればと思ったが、そんなことはなく煉夜は払いのける。
だが、刀を持ち変えるくらいの余裕はできた。信姫は、煉夜へ蹴りをかます。そして、煉夜が避けたところに切りかかる。
煉夜は、その刀を剣の峰で受け流した。攻防入れ替わりというよりは、信姫が攻めて、煉夜がカウンターに入ることが多かった。煉夜の獣狩りという称号が示すように、煉夜の主な相手は獣である。獣と正々堂々試合などということはないため、基本的にカウンターか強襲のどちらかになる。だからこそ、煉夜はどうしてもカウンター主体になってしまうのだった。
「ったく……ここまで打ち合いになるのは初めてね……。貴方、強すぎるわよ」
信姫が、思わず言葉をこぼす。信姫が今までに試合をしてきた誰よりも強く、その強さは「彼」を思い起こさせるものだった。流石に同等とは思いたくないが、それでも底の知れない強さに、信姫は冷や汗をかいている。
「強いだの弱いだのは知らないが、伊達に長年剣を振るってはいないさ」
その言葉に違和感を覚えたのは姫毬だった。長年剣を振るって、という言葉。煉夜の来歴を調べた姫毬だが、煉夜が剣道などをやっていた記録はなかった。死んでしまった大事な人といい、姫毬の調査力が及ばないことが多すぎると感じたのだ。そして、姫毬は結論付ける。
(やはり、あの空白の3ヶ月。そこに全ての鍵があるはずですね)
煉夜の空白の期間、それを知るすべが有れば、煉夜の謎を解明できるだろう。だが、知ることは不可能に近い。
「ええ、そうね。それに、貴方我流でしょう?太刀筋がでたらめ過ぎて読めたもんじゃないわ」
信姫はそんな風に言ったが、姫毬の中では先ほどの荒々しい野性味あふれる剣技という評価は覆っていた。煉夜の技能の根底には何かしらの型が存在しているように思えたのだ。あくまで僅かにであって、かじった程度というくらいだが、それでも根底には何かがある。
「あいにくと剣の方は、早々に師匠が殺されちまったもんでな。ほぼ我流だよ」
そんなことをさらりと言ってしまうあたりが煉夜であろうか。死に対して軽いわけではない。師に対して軽いわけでもない。ただ、死を見過ぎた。
「殺された、ねぇ。こんな平和な現代において穏やかじゃないわ」
殺された、つまりは殺人である。この平和な日本という国、いやこの世界において殺人は大罪である。いや、それはかの世界においても同様である。盗賊などの蛮行もあるが、基本的には犯罪となる。
「なんで殺されたのよ。恨みでも買っていたのかしら?」
あくまで軽く、信姫は言う。重い空気にしないためだろう。本来なら深く聞かなければいい話である。だが、信姫は煉夜という人間の過去が気になってしまったのだ。
「すれ違いだよ。いつの世だってそんなもんさ。人が人を殺すなんていうのは大抵すれ違いだ。人と人はすれ違う。哀しいかな、どうにもそれが世の定めらしい」
そんな悲観言葉を信姫はどうにも鵜呑みにしたくなかった。だから、あえて反論をする。否定できないことは分かっていても。
「あら、すれ違い以外での殺人も山ほどあるわよ。闘争、戦争、こと戦いというものに関しては死が付きまとう。それに、快楽殺人犯だっているじゃない。あれはすれ違う余地すらないわよ」
それでも煉夜の表情は酷く物悲しいままだった。まるで達観しているかのように、煉夜の中では答えが出てしまっているかのように。
「争いが起きた理由もすれ違いだ。相手が人である以上、理解できない、押し付けられた理不尽、復讐、いろいろあってもそれらはすれ違いに過ぎないさ。それから、快楽殺人犯なんてのは人間じゃねぇ、けものだ」
煉夜はそう言うと、聖剣アストルティを構える。その構えは、どこか高貴な剣術を髣髴とさせるものだった。信姫は慌てて構えなおす。
――が、眩い黄金の光に視界を奪われる。
「アストルティッ!」
勝負は一瞬だった。聖剣アストルティの切っ先から伸びる黄金の輝きが、信姫の刀を砕き割る。
「互いに本気も出さない勝負をいつまでも続けていても仕方がないだろう?今日はこの辺までにしておこう」
聖剣アストルティを鞘に納める煉夜。陰陽術ではない、超常的な力。失われた魔法だと考察していた姫毬と信姫の予想は裏切られた。失われた魔法というのは、つまり、失われるだけの理由があった魔法である。
例えば、儀式。使うのにはある儀式が必要となる場合。儀式が面倒だったり、儀式が非人道的だったりした場合に失われた。
例えば、威力。強大過ぎる力を振るうことが出来る場合。代償が大きすぎだたり、威力が強すぎて使い勝手が悪かったりする場合に失われた。
例えば、呪い。相手を呪うなどの場合。人を呪わば穴二つとあるように、反動や代償が大きすぎる場合に失われた。
例えば……と枚挙にいとまがないほど例はある。しかし、あの魔法はどの魔法とも違うにもかかわらず、そういった理由となりそうなものはなかった。つまり、失われた魔法ではなく未知の魔法か新しい魔法であるということになる。
「魔法剣の類だったの……?」
信姫が問いかけるが、煉夜は聖剣アストルティを見て、唸る。実のところ、煉夜も聖剣アストルティの出自はよく知らなかった。
「さあな、俺が知っているのは聖剣ってこととアストルティって名前とスファムルドラの聖剣とも呼ばれていることくらいか?」
託された剣ではあるし、賜った剣でもあるが、煉夜に託した相手には聞くことができないような状態である。どんなものなのか、それを知ることはできない。ただし、勇者が使っていたとか魔王を倒したとか、そんな逸話がないことは分かっている。
「聖剣、ね。まあ、名だたる聖剣、それこそガレオンの聖剣デフィトリアなんかにも劣らないように見えるけど」
ただ、あくまで見た目は美しい装飾剣だった。まるで西洋の王族が使っているかのようなそんな剣。剣の質として上物とはとても思えない。もっとも、刀はともかくとして、剣に造詣が深いわけではない信姫の印象でしかなかったが。
「でも、あの黄金の光は、剣が媒体になっているんでしょ?やっぱり魔法剣かしら」
あの魔法が何かを知りたい信姫は思いついたことをとりあえず言ってみる。だが、煉夜もよくわかっていないので何も返せない。
「いや、別に。魔法剣なのかどうかわからないけど、こいつは授かりもんだからな……。使い方もよくわかってないし」
長年使ってきた剣ではあるものの、その全容は知らない。別にこの剣がどんなものであろうと煉夜はずっと使い続けるつもりである。だから、正直な話、剣が魔法剣であろうと聖剣であろうとどうでもよかった。
「授かりもんってどういう表現よ。預かりもんとか貰いもんとかいろいろあるでしょう。その言い方だと子供ができたみたいな表現よ」
微妙ないいかた過ぎて信姫は思わず突っ込んでしまう。新しく友人になった少女の膝を貸すといい、この授かりもんといい、京都にいるの人間の語彙力はどうなっているんだと不安になってくる。もちろんのことながら、この語彙力が変なのは、煉夜の感覚としては向こうの言葉の感覚が残っているので、日本語と混ざってこのような変な言葉になっているだけである。なお、沙友里に関しては元からあんなものである。
「それにしても貴方ほどの強さの人が司中八家にいるなんてね。調査段階でも、天龍寺の抜けた司中八家で青葉に行った人以外に脅威となるのはほとんどいないということだったのに。甘く見過ぎていたかしら」
青葉紫炎、青葉律姫、青葉裕音、この3人が無伝の調査で挙がった危険人物であった。しかし、3人とも定期的に帰ってくるものの行方不明。また明津灘偉鶴、明津灘守剱も要注意人物として挙がっていたが2人ともほとんど家に帰ってくることが無いということで除外されていた。
つまり、実質、司中八家に警戒に値する相手はいない。そういう結論になっていた。もっとも、それは無伝が力ある一族だから言えた話であり、普通は、司中八家でもおいそれと手を出すことはできない。
「さあな。俺自身、司中八家の一員という意識はほとんどないし、俺以外とやるのにお前が警戒するに値するほどの奴がいるとも思わない。特に、今回みたいな手抜きじゃなく本気で行くんだったらな。だが、慢心と油断はどんな時も禁物だ。簡単に殺されちまう」
どことなく実感のこもったような発言に信姫はこれからの戦いに気を引き締めることを決めた。
「じゃあ、俺は帰るぜ。次やるとしたら、本気で来いよ。そしたら、もしかしたら本気で相手してやるかもしれんから」
その上から目線な態度にむかつきはしたが、信姫はむしろ何としてでも煉夜に本気を出させたくなった。その力の底というのを覗きたくなったのだ。




