369話:六と八の物語
全ての色を混ぜ込んだような光すら呑み込む漆黒の髪と宇宙の果てを思わせる暗黒の瞳をした妙に露出度の高い少女が現れる。その意味不明な姿に、思わず幻覚かと思うほどであったが、その少女は間違いなくそこに存在した。
「へえ、あなたがアスラの眷属なのね」
煉夜を見ながら、そのようにつぶやく少女。アスラ……、アスラ=ハルートは、ユリファ・エル・クロスロードの転生前の名前、すなわち【創生の魔女】のことである。
だが、その言葉よりも、煉夜と美神が驚愕したのは、その少女が纏う、禍々しいまでの気配。美神の持つ神の力と対照的な禍々しい力。
「この気配は……」
何かを感じる美神であるが、同時に、煉夜もまた少女の持つ気配に覚えがあった。もっとも、その覚えとは異なり、こちらの方が圧倒的に強い気配であるが。
「魔性……、か?」
かつて、戦った異界の神であるアングルトォスが放っていた神性とは逆の性質を持つ力、魔性。少女はそれを強く放っている。まるで魔性の塊であるかのように。
「あら、ご存知?
そう、神々が有する神性とバランスを取るために生み出された魔性を宿し、永劫に転生する宿命を背負った【終焉の少女】、それが私。今はマリア・ルーンヘクサという名前だけど、まあ、マリアであってマリアでもないわね」
一瞬だけ、彼女の瞳が宇宙の果てを思わせる暗黒の色から変わり、左右の目で異なる色をしたオッドアイになる。それがマリア・ルーンヘクサの目なのだろうか。
「それで、その【終焉の少女】とやらが、一体何をしに来たんだ」
どちらの味方なのか、というのが分かりかねる状況で、煉夜はそのように問いかける。それに対して、警戒されているのが分かっているからか、彼女は笑いながら、姿を変貌させる。
「こちらの姿なら目的やどちらの味方か分かるかしら」
その姿は【虹色の魔女】ノーラ・ナナナートのものであった。あるいは、【勝利の聖女】であろうか。
「【虹色の魔女】……!」
煉夜の声であったが、その声を上げたかったのは、【緑園の魔女】も同じであった。かつての仲間。しかし、おかしな部分がある。
「そんなはずは……、あなたは【虹色の魔女】とはあまりにも」
あまりにもかけ離れている。だが、それはそうだろう。彼女だけは、【魔女】たちの転生の法則とはそもそも違う永遠の転生の運命をたどっているのだから。
「久しぶりね、キララ。私は私よ。昔も今も」
その笑い方は、確かに自身の知る【虹色の魔女】のものだ、と【緑園の魔女】は思った。彼女は間違いなくノーラ・ナナナートである、そう確信したのだ。
「【勝利の聖女】が今更何をしに来たの。殺しにでも来たのかしら」
苦い顔をしながら、美神は【虹色の魔女】に向かって言う。だが、それに対して、彼女は静かに目を閉じてから、美神に言う。
「やり損ねていたことをやりにきただけよ。いつまでもやり残しを引きずりたくはないからね」
そういいながら、手を空に向けて掲げる。そして、高らかに、まるで祝詞のようなその言葉を紡いでいく。彼女の放つ魔性からはとてもではないが考えられないくらいに神秘的で美しい光景だった。
「我が名を持って願い奉る。時空、時間、次元、それらを覇せし我の名を持って、開け――時空の門」
上空、美神が現れたのと同じ位置が、まるで扉でもあるかのように開かれた。そして、そこから人影が落ちてくる。4人の人影が。それは、煉夜の知る姿もある。いや、むしろ、【緑園の魔女】こそ、その全員と知己があるのだろう。
「ユリファ、ニア、マーサ、それに……ステラ?!」
【創生の魔女】ユリファ・エル・クロスロード、【四罪の魔女】ニア・アスベル、【財宝の魔女】マーサ・イルミス、【無貌の魔女】ステラ=カナート。それに【緑園の魔女】初芝小柴と【虹色の魔女】ノーラ・ナナナートを加えて、六人の魔女となる。
しかし、【虹色の魔女】と【無貌の魔女】の転生は確認されておらず、もはや転生しない可能性すらあると思われていたのだ。それがこの場に急に現れれば驚くのは無理もない。
「キララ、ぼやぼやしないで聖紋を」
聖紋の共鳴。十四人の聖女が持つ聖紋。それらを共鳴させて、封印術式を起動することができる。前回のクライスクラ新暦以前の大戦争にて、神を封印しようとしたときに使用したのもこの術式である。
「え、でも、あの子たちはまだ……」
あの子たち、というのは八人の聖女たちのことであろう。彼女たちが眠ったままでは封印はできない。だが、それは杞憂というものだ。
「神の意識がこちらの世界に向いている間に向こうでの楔を壊して起こしておいたわ。肉体の主要部が散っているのに、いつまでもそんなものを封印していても仕方がないでしょうし」
そう、美神の肉体の主要な部分は、煉夜、水姫、六二三、バンズ、名も無き少女の残骸に分散されている。そんな状態でいつまでも封印をしている意味もないし、解除したところで大勢に影響はないと判断したのだろう。
「そして、こちらで私たちが、向こうであの子たちが封印術式を発動して、肉体をこの世界に、精神を向こうの世界に分割して封印するわ」
完全に分離して封印する。それも世界を跨いで。復活する可能性をできる限り減らすためであろう。
「そんなことを勝手にして大丈夫なのか。こっちの世界の神とか色々と問題が……」
「その辺はお兄ちゃんを通して話をつけるから大丈夫よ」
魔女の兄なる存在が如何な存在なのか、少し疑問に思ったが、それ以前に、煉夜が依然聞いた話では、裕華や雷司の「伯母の妹」なる存在が【虹色の魔女】の転生体であったと聞いている。
「雷司たちからは伯母の妹って聞いていたんだが……」
「ええ、お兄ちゃんの今の性別は女だからね。かつての【終焉の少女】の転生体の1つの時に兄だった人物の転生体が、あなたの知るあの子たちの『伯母』にあたるのよ」
かつて【終焉の少女】が姉として、そして妹として接した人物が転生したのが、裕華や雷司の伯母にあたる人物である。
「封印、ということは、再び眠りにつくのね」
少し物悲し気な小柴に対して、【虹色の魔女】はあっけらかんとした表情で答える。
「いえ、眠らなくて大丈夫だと思うわよ」
そういいながら美神を見下すように見やる。
「世界を分けて封印するし、魔力や神力も全てなくなっている今の状態なら、眠りにつくことなくコレを封印できるはず。だから術式にも手を加えているわ。私も眠りたくないしね」
あくまで美神のことを「コレ」と称する【虹色の魔女】。そうして、六人の魔女の聖紋が光り始める。それと同時に、クライスクラでも聖女たちが同様に聖紋を共鳴させていた。
美神は何も言葉を発さなかった。それが負けたからなのか、何か策があるからなのかは誰も知らない。だが、彼女はなされるままに封印される。
彼女の中で、既に「白銀雪夢」を食らい、竜すらも潰された時点で負けを認めていたのは確かだ。だが、潔く封印されることに関しては彼女らしくない不気味さもある。しかし、魔女たちも封印しないわけにはいかない。
そうして、クライスクラの神、美神は封印された。――魔女と聖女と神。その長きに亘る世界の存亡をかけた戦いはこうして幕を閉じたのである。
「まったく、あなたは心配かけてばかりなんだから」
不意に煉夜の肩に手をかけて、そのように言うのは見知った顔。会いたかった顔。【創生の魔女】ユリファ・エル・クロストードだった。
「悪い。心配かけたな。……お前にも心配をかけた」
最初に向けた言葉はユリファに対して、そして後にかけた言葉はユリファが抱えている狐のミーシャに向けたものである。
「俺とて戻りたくてこの世界に戻ってきたわけではないからな。突然いなくなったのも俺の意思ではないし。だが、迷惑をかけたのは事実だ。悪かった」
煉夜も自分の意思でこの世界に帰ってきたわけではないし、突然だったのは彼自身が一番突然の出来事だと思っていただろう。
「謝罪はいらないわよ。それで、これからどうするの?」
これからというのは、クライスクラに戻るのかどうかという話だろう。しかし、煉夜はすぐにクライスクラに行くわけにもいかない。8ヶ所にわざわざ向かわせた友人たちにねぎらいの1つや2つでもしないと流石に寝ざめが悪すぎる。
「しばらくはこっちだな。だけど、向こうに返さないといけないものはあるから、いずれ行かないといけないとは思っているけどな」
どのみち、向こうでは未だに賞金首だ。神を封印したとて魔女の懸賞金が消えなければ、煉夜は余計に関係ないのでなおさら変わらない。相変わらずの表立てない生活だろう。
「なら、こっちに残ろうかしら。最近はあちこち回りすぎて目立っていたから」
なぜあちこちを回っていたかと言えば煉夜を探していたからである。そのため、煉夜は非常に反論しづらい状況であった。
「てーか、ステラ、あんた今までどうしてたのよ」
懐かしむように会話するユリファと煉夜を尻目にニアとマーサは、今まで行方の知れなかった【無貌の魔女】ステラ=カナートに詰め寄っていた。ちなみに、小柴は、久しぶりに会った友人であるキッカ・ラ・ヴァスティオンと会話をしていたし、水姫は木連に連絡を入れて、リズはユキファナと連絡を取っていた。
「なあ、ユリファ」
「どうしたの、レンヤ」
煉夜の言葉にすっと流れるように言葉を返す。そこは永い間を共に過ごした中だ。気を遣うとかそういう部分は全くないのだろう。
「俺がいない間にあったことを教えてくれよ」
「いいわよ。その代わり、そっちも教えてよね」




