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白雪の陰陽師  作者: 桃姫
白雪陰陽編
367/370

367話:戦禍の地獄・其ノ弐

 この[惨殺皇女(ナイトメア)]という幻想武装は、メアの「少女のとしてのメア」という側面であると同時に、メアが今までに押し殺してきた感情、メアが今まで皇帝としての自分から追いやっていた面などが含まれる。

 そう、この戦場、戦争への恐怖、苦しみ、そうした背負うべき「闇の側面」というもの。それらを「スファムルドラの光」である[煌輝皇女(ピュアメア)]と対比した幻想武装として生まれたものだ。

 だから、戦場にある苦しみや悲しみの他に、この空間には嫉妬や怠惰、その他、様々な感情の渦巻くものだ。


 そして、煉夜の持つ大鎌は、「切り離すための刃」である。処刑用のギロチンの刃であり、メアが己の感情を切り離すときにイメージした刃でもある。それゆえに、ギロチンという明確な形ではなく、大鎌というあいまいな形で具現化したのだろう。

 心象武装。それは煉夜の心象による武装ではなく、結局のところ「メアの心象」による武装なのだ。


「己から切り離して押し込めた感情を元に心象として神器に匹敵するほど具象化できるとは思っていなかったわ。もっとも、煉夜の『神の心臓』としての力が関与した結果かもしれないけれど」


 煉夜の心象であるならば、もっと悲惨なことはあった。展開される場所は戦場ではなく、ディナイアスとの訓練所だっただろう。だが、結果的に広がったのは「戦場」である。

 では、「なぜ戦場なのか」。それは、戦争が全ての引き金だったからだろう。皇帝の退位、煉夜が武勲を立てた、戦争に対する恐怖を抱いた、戦争で起こる苦しみを知った、それらがどこにでもあることも理解していた。それゆえに、「戦場とはどこでもある」という概念に昇華されたと同時に、「戦場」が心象の原点となったのだ。


「それにしても、煉夜、あなたは、思いもよらない道をたどったわ。神にも予想できない道を……」


 神に想像できない道というのは、煉夜が折れずに前に進んだこと、そして、愛した者の魂を己の幻想武装としたことだろう。


「レンヤ君の歩む道はあなたの関与できるところではなかった、と?」


 【緑園の魔女】の言葉に、美神は笑う。その指摘は全くの見当違いであったから。美神は【緑園の魔女】の方を……、彼女すれば【自然の聖女】の方だが、見ながら言う。


「関与ならしたわよ。『愛するものが死ぬ』という運命、『危険な女性に惹かれる』という運命、それらはスファムルドラでしか発揮されないけれど、まぎれもなく運命に刻み込んだわ。もっとも、こちらの世界での状況を見ていれば、後者は仕込むまでもなく、元から運命に刻まれていたようだけれど」


 しかして、煉夜の「愛」に嘘偽りがあったわけではない。


「『危険な女性に惹かれる』という言い方は性格ではないわね。人の感情まで操作すれば【創生の魔女】が、気付かないわけがない。『危機的状況にある女性に出会いやすい』、『危機に巻き込まれやすい』という2つの運命をまとめていったのが『危険な女性に惹かれる』という感じかしらね」


 人の感情、人の記憶まで届く神の力を使えば、魔女たちが気づかないはずがない。だから、煉夜の感情に神の関与は一切ない。無論、出会った女性たちの方にも。

 だからこそ、煉夜はこれまで様々な女性と運命的に出会ってきた。


「思いもよらない道というのは、俺がそれらを受け入れ進んだことか。それとも、幻想武装にメアやクラリスたちを収めたことか」


 その問いかけには、流石に美神も苦々しい顔をしていた。そもそも前提として、幻想武装は美神の関与外の概念。クライスクラ以外にも広まる力の一種である。だから、それによって起こることの中にはいくつかの美神も驚くことがあった。しかし、煉夜のそれはそんなレベルではなかったのだ。


「どちらもよ。必ずどこかで折れると思っていたし、幻想武装にそんな使い方があるとは思っていなかった」


 美神の想定するものでは、煉夜の幻想武装はあの段階で聖剣か聖槍だと思っていた。ある意味では聖槍は正解だが、不正解でもある。人の魂を概念ごと武装にできるなどという話は、美神も見た前例がない。


「私も彼の過去を見たときに、折れずに前に進んだことを普通ではないと思ったけれど、まさか、神ですら予想できない道だったとは」


 水姫が驚きの声を漏らす。それに対して煉夜は「だから折れもしたし、挫けもしたけれど、それでも受け入れて前に進むしかなかったんですよ」と返したが。


「まあ、いいわ。それがどんな心象武装で、ここでその武器に干渉できないとしても、それが、あなたたちの勝ちにはつながらないもの」


 それは全くもってその通りだった。美神に干渉されない武器で戦うのは最低条件であり、そして、それはようやく同じ土俵に立ったというだけで、美神の神としての優位性は一切覆っていない。


 煉夜が魔法で足場を空中に作り、距離を一気に詰めて大鎌を振るう。その鎌を美神は人差し指、中指、親指の3本でつまむように止めてしまった。


「この程度じゃ、傷すらつかないわよ」


 そういいながら、巨大な魔力の塊(エーテルボム)を煉夜に向かって放つ。それを、無詠唱の魔法で相殺して、さらに大鎌の刃に魔力を込めて、その刃を魔力の刃で延長する。

 延びた魔力の刃に思わず手を離した美神に向かって、炎の魔法を叩き込む。それを手で払うことで無効化される。


「スファムルドラの魔法は厄介ね……。発動前に潰すって言うのがやりづらいわ」


 普通の魔法なら、詠唱の前に魔力の塊(エーテルボム)でも何でもぶつければいいのだが、スファムルドラの魔法は、兆候から発動までの間隔が短いため、発動前に潰すということができない。


「しかし、鎌の扱い、思ったよりも練度が高いわ。何かした?」


 心象武装に煉夜自身の練度がそこまで響かないとしても、それ以上に、なぜか煉夜に慣れているようなそんな感覚があり、美神はおかしく思う。

 煉夜の武器はこれまで剣と槍のみ。それこそ、多少の短剣やそのほかの武器は扱っていたが、その中に鎌はあった覚えがないし、大鎌という武器がまずほとんど存在しない。だからこそ、おかしいのだ。


「さてな。先端が重いがゆえに持つ位置なんかは槍とも違うが、この程度の武器なら何度が振るえば、後は魔力での補助でどうとでもなるだけだ」


 槍よりも穂先の重さが重いがゆえに、槍ともまた違った動きが必要になるが、持ち方などは魔力で補えばどうにでも無理矢理持つことはできた。後は、自身と刃の位置を考えるだけである。


「まあ、練度が高かろうが低かろうが関係ないのだけど」


 そう言って、大量の魔力の塊(エーテルボム)を投下する美神。それを魔法と大鎌の回転で1つ残らず相殺した煉夜。


「さっきから魔力の塊(エーテルボム)ばかりだな。どこかほかに力を割いているからこちらで複雑な魔法を使えないか?」


 その言葉に、ピクリと眉を上げた美神であったが、それに違和感を覚えているのは同じであった。美神もまた、煉夜の魔法の使い方に違和感がある。


「あなたこそ、魔力を出し惜しみしているようだけれど、何かを仕掛けているのか、何かのために温存しているのかしら」


 煉夜の場合は、出し惜しみしているわけではなかった。ただ、範囲を広げるのに、集中力と気力を割いているがゆえに、魔法が散漫になっているのは確かだ。


「何、魔力を込めるだけで勝てるもんじゃないからな。いろいろと考えているだけだ」


 負け惜しみにも聞こえるその言葉であったが、煉夜の口から出る以上、美神は当然警戒する。そこに、背後から魔法が叩き込まれた。リズの無詠唱による魔法。その隙を突くように、煉夜は大鎌が軋むくらいに魔力を込めて、思いっきり切り付ける。それをどうにか避けた美神。


「なるほどな、あのくらい魔力を込めれば、流石に避けざるを得ないってわけか」


 まあ、煉夜の魔力の中でも結構な量を割いたのだから当たり前であるが。しかし、煉夜は魔力残量を考えると、それだけの魔力を込めるということは何度もできるものではない。


 今度は、先に邪魔をされないように美神がリズに魔力の塊(エーテルボム)を飛ばすが、【緑園の魔女】が土の壁を張り、防ぐ。この場では、詠唱しないと使い物にならない【緑園の魔法】は使い物にならない。使う前に潰されるのが落ちだ。だから、使う前に潰されるということがないリズと煉夜の補助、そのためだけに魔力を割くことにした。


「ちょこざいな」


 リズと【緑園の魔女】、そして、水姫は3人体制でサポートに徹している。無詠唱で放てるリズと煉夜の補助、そこに来た攻撃を防ぐ。その程度なら、水姫でもいくつかの陰陽術で可能な範囲だった。


「だけど、でも、その一撃でも致命傷にはならない。そして、すぐに回復できる。結局は消耗戦。そして、魔力や神力の消耗において、こちらはほとんど減っていない。消耗戦になれば不利なのは明らかにあなたたちよ」


 例え、煉夜の今の一撃を食らったところで、致命傷にはならない。そして、回復する術などいくつもある。魔獣や幻獣に施した「復元術式」も元は美神のものだ。魔力量も、神に比べれば魔女と煉夜でも、先になくなるのは明白。

 消耗戦になったら確実に煉夜たちが負ける。つまり、先ほどの一撃以上の何かを見つけなくては、勝つ方法はなく、それも美神の攻撃を相殺しながらである。ほぼ不可能。


「ああ、この現状で、お前に致命傷を与える方法はないだろうな」


 それは煉夜も分かっていた。分かった上で戦っていた。何せ、土俵を合わせただけだ。神の力とそれだけでまともにやり合えるはずがないのは明らかであろう。あるいは……、という希望的観測を抱いていなかったわけではないが、数度、鎌を振るった限り、難しいというのはすぐにわかった。


「だから、後は賭けだな」


 そう言って[惨殺皇女(ナイトメア)]を解いた。世界は元の京都市に戻る。そうして、感知域が戻った中で、美神は、魔獣や幻獣のほとんどが倒されていることに気が付いた。


「流石はあなたの仲間ね。いくつか仕込みをしていたのに、ほとんど無傷で魔獣や幻獣を倒しているじゃない。見事よ」


 認めている気持ちなど微塵も籠っていない乾いた拍手。そして、各地からタイミングこそバラバラであるが上空に向かって魔法や陰陽術が放たれる。


 ――呪符を貼った合図だ。

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