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白雪の陰陽師  作者: 桃姫
白雪陰陽編
363/370

363話:戦禍の地獄・其ノ一

 地響きのような音と共に、大地がゆらぎ、あちらこちらで火の手が上がる。地面は荒れ果て、ところどころに、折れた剣や槍、斧、そんなようなものが刺さったり、転がったりしていた。まるで戦争の後のようなそんな不気味で悲惨な光景。戦争の後、あるいは戦争の跡。


 この場所について、どこなのかを、美神は思い出した。しかし、であるならば、先ほどの煉夜の言葉と矛盾する。


 美神の記憶が正しければ、ここはスファムルドラ帝国と隣国であったフィストレスト帝国との境にあった平原である。村ともいえない規模の集落があったくらいしか特色のない平野であったが、それはひっきょう、隣国同士の諍いの際に戦地になりうる地域でもある。


 スファムルドラという国は隣国などと同盟を組み、バランスを保つ国であったものの、それはスファムルドラ側の考え方であり、隣国までがその思想を持つとは限らない。同盟こそ結べど、フィストレスト帝国は、美神の知る限り、スファムルドラ帝国を4度ほど攻めている。もっとも、国力差で結局、スファムルドラ帝国が勝つのだが。


 3度の侵攻は、新暦以前に。残り1度はそれこそ煉夜たちがいた時代に、である。それらの戦いでスファムルドラ帝国が失ったものは少ない。しかし、失ったものがないわけではない。武器や防具などの消耗品だけではない。兵の命と民の命。

 無論、それはスファムルドラ帝国だけではない、フィストレスト帝国の方も同様、いや、それ以上だ。


「ここがクライスクラではない、というのは本当のようね。でも、ここはスファムルドラとフィストレストの境にある平原。それもまた間違いないわ」


 クライスクラではないことは美神の力が作用しないから事実であろう。だが、地形はどう見てもクライスクラにある場所と一致している。クライスクラであるのにクライスクラではない。矛盾している。しかし、その理由は、美神にも予想がついていた。


「心象武装を見た時点で考えておくべきだった。ここは、心根の具現化。クライスクラにある光景であろうとも、その根底は心根に残された心象武装を象る原風景に過ぎないのね」


 煉夜の持つ巨大な禍々しい鎌を象る要素の根底にあるのがこの光景なのではないか、というのが美神の予想であった。

 だが、煉夜はそれに対して、うなずきはしなかった。理屈としてはそれであっているのかもしれない。いや、そもそもにして、煉夜は理屈すら理解していないし、する必要もない。そして、ここが「クライスクラではない」というのは美神の言う原理的な意味ではない。


「違うな。ここは――戦場だ。戦場には、国や民を思う気持ちももちろんある。だが、同時に怨嗟と戦禍が生まれ、祈り、呪い、叫び、そうなった場所は、もはや、世界だ、国だというものは関係ない。ただの地獄だよ」


 戦場には国を思い、国のために戦うという意思がある。国を、民を思う意思がある。それらは、スファムルドラ帝国の「光」。すなわち、煉夜とリズが持つスファムルドラの四宝の「スファムルドラの聖槍エル・ロンド」の「権能」である「スファムルドラ帝国を思う意思によりスファムルドラ帝国を呼び起こす」と「スファムルドラの聖盾エル・ランド」の「権能」である「スファムルドラ帝国を守りたいと思う騎士たちの意思によりスファムルドラ城壁を呼び起こす」という「2つの光」に象徴されるものである。

 されど、「光」があれば「闇」が生まれるのは必然。戦場においては、巻き込まれた臣民、友を失った兵、腕を失った騎士、命を失った者たち、それらが抱くのは「スファムルドラ帝国」への思いではない。


 そこにあるのは「戦場という地獄で生まれる怨嗟の感情」だけである。


 そして、スファムルドラ帝国における「光」である「スファムルドラの聖剣アストルティ」、「スファムルドラの聖槍エル・ロンド」、「スファムルドラの聖杖ミストルティ」、「スファムルドラの聖盾エル・ランド」を受け継ぐということは、それと同時に、その反面である「闇」であるそれらの感情も受け止めなければならない。

 そうした「怨嗟」を、背負った一側面が、この[惨殺皇女(ナイトメア)]という幻想武装の一端である。……そう、あくまで一端でしかない。


「地獄、か……。まあ、間違っていないんじゃない。戦争を望む民なんて言うのはあまり見たことがないし、兵や騎士だってそう。望んでいたのは国土を広げたいと思う暴君の野心か税収を増やしたいと思う貴族の欲望か、少なくとも民や騎士、下の地位の人間たちにとっては国だなんだは関係なく地獄だったでしょうね」


 そういったのは【緑園の魔女】。長い時間を生きて、様々な紛争、戦争を見てきただけによりその思いは強いのだろう。ましてや、【創生の魔女】と煉夜もそうであったが、戦争というのは身を隠して入り込みやすい絶好のタイミングでもある。【魔女】として身を隠して生活する上では、必然的に良く見ざるを得なかった。


「国とは民があり、騎士があり、そうして成り立つもの。それは誰もが知っていることでありながら、戦争を起こすときに、それが抜け落ちてしまう、あるいは、それ以上の民や土地を得るためにと、今の民をないがしろにする可能性を考えずに行うことは往々にして在ってしまうのです」


 リズは、静かに、何かを想うように言葉を紡いだ。民たちと、その国の在り方について、あるいは「人の在り方」について。


「国を動かす上で『感情で国を動かしてはならない』というのは当然でしょう。民に同情し、税を無くせば、国が死ぬ。欲におぼれて税を増やせば民が死ぬ。しかし同時に『無感情であってもならない』のです。民の数や領土の広さ、それらの損得だけで国を動かす結果、怨嗟の地獄が出来上がってしまう」


 リズの立場でそれらを語るのは夢物語、机上の空論でしかない理想の国づくりなのかもしれない。「感情で国を動かしてはならない」ということと「無感情である」というのはイコールではない。


「感情だけで国を傾けたあなたがそれを語るのは笑い話にしかならないでしょう。メア・エリアナ・スファムルドラ。いえ、今はその名を背負うものではないと言ってはいたけれども」


 その言葉に、煉夜の表情が陰る。「感情で国を傾けた」。まさしくその通りであったのだから、何を言えたものでもなかった。


「だからこそ、この地獄は俺とメアが背負っている、いや背負うべきものだ。『スファムルドラの光』を背負っているからというのもある。しかし、それだけでは決してない。あんなことを起こしてしまった俺とメアが背負わなくてはならない。あんなことがあったのに一切の恨みを抱かずに逝ったディーナのためにもな……」


 ディナイアス・フォートラス。メアの友として育ち、魔力を一切、持っていなかったために剣の道に進み、メアと煉夜に騎士の剣を教えた2人の友人であった。

 かつて、信姫に剣の師がなぜ殺されたのかと問われた煉夜は「すれ違いだよ。いつの世だってそんなもんさ」と、そう答えた。

 メアが感情によって国を傾けた、という美神の発言。すれ違いによるディーナの死。煉夜がスファムルドラを追われ魔女に次ぐ賞金をかけられたこと。それらは全て1本の糸でつながった悲しい、されどありふれた物語でしかなかった。


「そう。そういうこと。だから、あなたの幻想武装は2つに分かたれたのね。『光』と『闇』。あるいは『前半』と『後半』。『善』と『悪』。両方を併せ持つ幻想武装ではなく、わざわざ2つに」


 そう、煉夜の幻想武装は六人六属。それぞれが1つの属性を担う中で、2人で1つの幻想武装を担う[炎々赤館(イルヴァアン)]は至極まっとうに、そのまま2人で1つの幻想武装になってしまっただけだ。同じ場所で同じ体験をして、同じように散った、主人とメイド。

 だが、1人で2つの幻想武装を担うメアは魂が二分していることになる。スファムルドラの聖槍エル・ロンドの面である「光」とスファムルドラの魔鎌の面である「闇」、それらが1つの幻想武装として、「メア・エリアナ・スファムルドラ」という少女の魂として現れなかったのは、明確に魂が二分されていたからだろう。「光」の面と「闇」の面で。あるいは「感情で国を動かさないスファムルドラの皇女」と「感情で国を傾けた一人の少女」というそれぞれの面で。


「感情のすれ違い。人間という生き物の悲しい(さが)。皇族として生きる皇女として、国を憂い、国のために臣民を愛し、国のために動く。でも、それでも……、彼女は1人の少女だった。恋に焦がれ、1人の男性を愛し、そのために動く。その乖離は、しだいに大きなひずみを生み、悲劇は起こるべくして起きたのでしょうね」


 物悲し気な追想。それは全ての過去を見た、水姫のもの。彼女は知っている。煉夜に何があったのか。スファムルドラ帝国という強大な帝国がどうして傾国し、崩れて行ってしまったのか。


「やはりあなたの覚醒もきちんとしているわ。『過去を司る神の左手』。雪白水姫」


 過去を見通す恩恵。アニタの恩恵。水姫はアニタの恩恵を持っていたがゆえに「神の左手」に選ばれたのか、それとも「神の左手」ゆえにアニタの恩恵を持ったのか、その因果は誰にも分からないが、彼女もまた成るべくして成った。あるいはあるべくしてここにある。


「過去を見るということは、あまり気分のいいものではないわ。なぜなら、それは変えることのできない現実でしかないのだから。未来ならば、あるいは現在ならば、それは変えることができるかもしれない。でも、私が見ることができるのは、既に起こってしまったことだけ。絶対に変わることのない」


 未来視はいくつもある無数の未来を選び取り見ることができる。現在をあまねく見通す力も悲劇が起こる前に止められるかもしれない。でも、過去視だけは異なる。起こってしまったものをありのままに視ることしかできない。


 だから水姫は思い出す。かつて見た、あのありふれた悲劇を。「祭乱の宴(ユーレンファーレ)」を勝ち抜き、メアに騎士として選ばれ、(つるぎ)を授かった後に起きた、雪白煉夜とメア・エリアナ・スファムルドラ、そしてディナイアス・フォートラスに起きた出来事を……。

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