361話:神に抗う者・其ノ漆
西側、二条城方面。この方面をあてがわれたのは千奈と裕華という何の脈絡も関連性もないコンビであった。もともと千奈は雪枝とペアになる予定であったが、雪枝とユキファナが一緒に行くことになったので、別に3人組でもよかったのだが、どういうわけかこの組み合わせとなってしまったわけである。
「これまた奇怪な存在が近場にいるのは流石煉夜というべきかしら」
奇怪な存在、千奈のことを指して、裕華はそういった。それは悪口とか陰口とかでも何でもなく、
事実として思ったことをそのまま口にしただけである。そして、千奈自身、転生体としても若干異質である自分が「奇怪な存在」であることは自覚していた。
「まあ、確かに。普通じゃなければ、奇妙で怪しい存在だとは思うけど」
それは「人のこと言えた義理か」という言葉が続くのは明白だった。裕華としても生まれからして自分が普通の人間だとは思っていない。
「魂の循環に干渉しての転生、それも別の魂ともつながりを保っている。かなり長い間のつながり、長命種でもいるような世界ならともかく、この世界でそういうことはあんまりないわ」
魂に干渉しての転生は千奈自身の中にいるネフェルタリのことであり、別の魂というのはラムセス二世のことを指しているのだろう。彼は、黄金というものに魂を移し、永い時、千奈のことを待っていた。それゆえに、そのようなことが起きているのだろう。
「まあ、『わたくし』はあくまで転生体というだけで、それに相応した力など持ち合わせていないし、強い魔法が使えるわけでも、特別な剣を持っているわけでもないから」
そう、「奇怪」であっても強いわけではない。それが裕華の感想だ。あくまで、奇妙で怪しい、しかし、それ以上でもそれ以下でもなかった。
「まあ、鍛錬を積めば魔法の類が使えてもおかしくはない魔力量と資質は持っているようには見えるけどね。ま、あたしはあくまで陰陽師であって、魔法はそこまで得意じゃないから具体的にどうとかは言えないけど。知り合いの一族に似た心象を感じるから」
裕華の言う「知り合いの一族」とは、自身の父の婚約者の1人である天龍寺秋世の弟、秋文の婚約者の一族である「紅条」のことだろう。無論、千奈もその家系だ。
「その一族は、宝石と呪いを得意とする一族。その性質上、死にもひっきょう付きまとわれるけれどね」
ある意味では、千奈はその性質が前面に出ているともいえる。黄金と転生、死、金字塔の呪い。それゆえに、魔法を磨けば、それなりの腕になるというのも事実なのであろう。
「どうかな。血と魂のつながりというのは大きい意味をもつとは思うけど、性質の似通りだけで、どうこう言えるものではないだろうし」
血縁、この場合は、遺伝ともいえるだろうか。それから魂の継承。それらは、先天的才能に影響すると思われている。だが、雰囲気や性質の似通っているというだけは、それは判断できないだろうというだけの話。
「まあ、話半分に思っておきなさい。でも、今度紹介してあげるわよ。いろいろと商売も展開していて、化粧品とか装飾品類」とか、そういうのにも詳しい人だから魔法云々関係なく楽しめるでしょうし」
その言葉に、自身の親戚で「TRJ」というブランドで化粧品や宝石類を売っている天龍寺愛巫を思い浮かべる千奈。もっとも、愛巫との面識はなく、話に伝え聞く程度だが。
「それはありがたい話だけど、魔法を使うって言うのもあんまり分からないんだよね」
魔法、それに近い力を使う存在を千奈は知っていた。ラムセス二世である。彼らは人であり王であると同時に神でもあった。それゆえに普通ではない力を持っていた。だが、それは神の力であり、魔法ではない。
「あら、あなたの持っているその力も魔法に類するものに近いような気がするけど」
その言葉にドキリとする。まだ使っていない、とっておきの力を見透かされたようで、千奈は驚いた。煉夜の見透かしたような言動には慣れていたが、裕華もそれと同種のことを言うのだと感じた。
「魔法かどうかは分からないけど、まあ、これはそういった力ではあるよ。『わたくし』のためにあの方が残してくださった力だから」
そういいながら、自身の中にあるその力を解放する。まばゆい黄金の光が千奈を包み、その姿を変えていく。千奈からネフェルタリの姿へと。
――黄金体験。
疑似限定結界、黄金神話を経験した千奈は、それを自分自身に展開する神皇の御力をその身に宿した。そして、この状態にある間、一時的にではあるが、神となった神皇の力を一部、借りることができる。
「へえ……、疑似限定結界を自分の体内に展開して、それを媒介に神の力を借りるのね。まあ、あくまで借りものであるから本物の神には全然届かない力だけど、人としては十分すぎる力ね」
本物の神が降臨している現状だからこそ、よく分かる。借りものの力、その上、人の身におろしている状態。当然、本物の神には届かない。だが、神の力を一時的とはいえ、その身に宿すことができるのだから、人という域においては十分に破格な力だろう。
「神憑りに近い概念でしょうけど」
神憑り、神が憑いたような状態。神の力を借り、その身におろすというのはそれに近い状態なのだろう。
「魔物のようなものを感じる」
不意に千奈が呟く。それは魔獣や幻獣の気配を感じ取ってのことなのだろう。それに対して、裕華も知覚していたそれついて触れる。
「ええ、向こうに幻獣の類がいるわ。それも、かなり強力な。あれに攻撃されたら余波で周辺の住宅が吹っ飛びそうね」
裕華をして強力な幻獣と呼ばれたそれは、既に10棟は家を壊しながら、進撃している巨大な象であった。象という表現が正しいのか、ちょっと鼻の長めな猪という表現が的確なのか、短足気味なマンモスというべきなのかは、いまいちわからなかったが、家一軒分を越える大きさの幻獣であった。
「特徴的に、父さんから聞いたことがある幻獣の灰猛凍象ね。突進力もさることながら、周囲を凍結させるブレス攻撃にも気を付ける必要があるわ」
幻獣灰猛凍象。裕華は父から、その存在を聞いたことがあるが、寒い地域に住まう幻獣で、大きな牙を使い、得物を突進して突き殺して食べるとされていた。そして、寒い地域で周囲を凍結させるブレスということは、かなり強力なブレスであることが分かる。
「まあ、多少は家が壊れるのも仕方ないとして割り切るしかないでしょうね。大きさ的に、周囲を考えずに終わらせるのは不可能だもの」
そういいながらも、いくつかの方法を考える裕華。あらかじめ「復元術式」や「自爆術式」のことは聞いていた。それがあるならば、一撃で葬り去らなくてはならないことを理解していた。いや、一撃ではなく、一瞬で、というべきか。
「……神の御力って言っていたわよね。もしかして、霊脈に干渉して引き出すことってできたりする?」
考えた方法が可能かどうか、その鍵を握る千奈に対して、裕華が問いかけた。それに対して、千奈は地面を見ながら少し考える。地面、というよりは、地脈、霊脈を見ているのだろうが。そして、その通り道を見てうなずいた。
「場所に寄るけど、スポット単位ならできるよ。ただ、雑な干渉をすると地場の霊脈が乱れて危険なことになるから、本当に限定的なことになるけど」
それに笑う裕華。見確めの儀で思いついてはいたが、試す機会のなかった技を使おうと思いいたったのだ。
「じゃあ、今から準備するわ。この範囲だけでいいから霊脈から霊力を引き出してもらえる?」
それは本当に限定的な範囲で、千奈にも可能な範囲だった。早速、霊脈に干渉して、その範囲に霊力を引き揚げた。それと同時に、裕華が呪符を地面に展開する。五行を相生の関係になるように陣を作り並べる。それぞれが六枚。《火》から《土》、《土》から《金》、《金》から《水》、《水》から《木》、そして《木》から《火》の循環。相生の循環と共に、五行全てを混じり合わせ、――五行の元、「混沌」に戻し、《闇》とする。
裕華ですら、地脈の霊力を引き出さないと使えないほどに強力な陰陽術。それは八千代や煉夜が使っていた「儀式強化」の形で陰陽術を使うためである。そもそもにして、《闇》の陰陽術ですら、見確めの儀の会場のように霊脈で自由に霊力が使えるような状況でなければ、かなり消耗するものである。
「《闇》の捌、――驪竜闇龗」
その一撃は、まるですべてを呑み込む闇そのものであるかのように距離の離れていた幻獣灰猛凍象を周囲ごと呑み込んだ。「復元術式」や「自爆術式」を発動する暇もなく、一瞬で丸ごと消し飛ばしたのだ。
「加減を間違えたかしら……。もう少し抑えても良かったかもしれないけど、加減が難しいわね」
加減を間違えたというのは事実で、「儀式強化」の上に相生の関係で相乗的に威力が上がり、裕華でもどのくらいの威力か、感覚的につかめなかったというのが原因であろう。
「まあ、道路とか塀は吹っ飛ばしたけど、家は消し飛ばさなかったからギリギリ良しということにしておきましょう」
良し悪しを判断するのは、この場合裕華ではないはずなのだが、普通に戦っていたら灰猛凍象が暴れてこれ以上の被害が出ていたことを考えれば、ギリギリ良しという判断はあながち間違っていないのかもしれない。
「あー、水道管とか諸々が……。ガス管からガスが漏れていないだけよかったのかな?」
その被害状況を見て、その一端に手を貸している千奈は、ひきつった笑いを浮かべた。
「まあ、煉夜に頼まれたっていう大義名分もあるし、責任は煉夜に吹っ掛ければいいでしょ」
「……ああ、レンちゃん、頼むべき相手を間違えたのかもしれない」
実際、魔獣や幻獣と戦う上での人選としては間違っていないのだろうが……。
裕華と千奈は、そのまま煉夜の目的である呪符を貼るために歩き出した。




