表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
白雪の陰陽師  作者: 桃姫
御旗楯無編
36/370

036話:決闘の前に

 放課後を告げるチャイムの音が軽やかに学校中に響く。煉夜は、バッグを持って立ち上がった。それに続いて姫毬も立ち上がろうとするが、クラスメイトがその道をふさぐ。昼休みも中々帰ってこなかった姫毬に聞きたいことが山ほどあったクラスメイトが詰め寄った。姫毬がどうしたものかと困っているうちに、煉夜は教室の外へと出て行ってしまう。


 姫毬はもみくちゃになりながらも、荷物をまとめて、クラスメイトをかき分けて煉夜の後を追うために廊下に出る。


「申し訳ありませんが、本日は用事があるため失礼します」


 ズレた眼鏡を直しながら姫毬はそう言うと、煉夜の背中を追いかけて歩き出す。走らないのは、優等生キャラのため廊下を走るのはキャラ崩壊になるからだ。それでもできるかぎり早足で廊下を歩く。姫毬は相当に焦っていたのだろう。ポケットから鍵を落としても気づかないくらいには心臓の音が酷かった。


「ちょっと、そこの貴方」


 そして、部活動に顔を出そうと移動していた水姫は偶然にも彼女が鍵を落とすのを目撃した。そのため、鍵を拾って、声をかける。しかし、姫毬は水姫に気付かず歩き去ろうとしていた。


「何をそんなに急いでいるのか知らないけど、落ち着きなさい」


 水姫は小走りで姫毬に追いつき、肩に手を置いた。そして、グイっと手に力を入れて姫毬を引き留めた。急に肩を引かれた姫毬は、目を白黒させて振り返る。


「あ、えっと、雪白水姫、さん」


 見えた顔は、事前に司中八家を調査していた時にも見た美しい少女の顔だった。透き通る雪の様な肌、というのはこういうものを言うのだろうとその美しさに先ほどまで焦りすら忘れさせられた。


「あら、私のことを知っているのね。……見覚えのない顔なので件の編入生だと思ったのですが、それにしては情報通で驚きよ」


 何かを見透かすような氷のように鋭い視線が、隠し事の多い姫毬を突き刺す。しかし、仕事柄動じない精神を身に着けている姫毬は自分が思わず水姫の名前を呟いてしまった失敗を受け止め、どう返すかを一瞬で導いた。


「情報通だなんてそんなことはありませんよ。クラスメイトの方々が貴方のことをこの学校の自慢だと言っていましたからね。なんでもバームクーヘンがお好きだとか」


 最後の余計な一言は、少し意地悪な顔をしていたが、それ以外は真面目な顔をしていた。この話に嘘はない。バームクーヘンの話も、実際はほとんど知られていないのだが、水姫と同じ部活の生徒だけは知っている。そして、そういう噂や秘め事を聞き出すのが歩き巫女である彼女の役目なのである。


「……ッ!なるほど、貴方は諜報、というわけですか。どこの所属は知りませんが、あまり動き回ると……」


 その後の無言は「分かっているでしょう」という言葉に勝手に変換された。姫毬はコクリと小さくうなずく。


「これ、落とし物」


 余計な一言の仕返しと言わんばかりのドヤ顔で、水姫は鍵を姫毬に放り投げる。それを姫毬が取るのを見届けるや否や、水姫は踵を返し、部活動へと向かっていく。情報を漏らしたであろう部員をどうこらしめるか考えながら。


「あ、いけない」


 自分が何をしようとしていたのか思い出した姫毬は、慌てて煉夜を追いかけて歩き出す。やっぱり姫毬は走らない。



 そして、しばらく歩くと、昇降口で下駄箱に寄りかかる煉夜がいた。煉夜は、きょとんとしている姫毬を見ると、「ん?」と声をあげる。


「なんだ、話はもう済んだのか?」


 どうやら煉夜は最初から昇降口で姫毬を待つ気だった、ということが分かった姫毬は、思わず胸を抑えた。久々にキュンと来たのだ。年下だと思っている相手に、こんなグッとくるようなことをされては姫毬の「乙女」としての部分の琴線に触れてしまう。


 百地姫毬、21歳。高校生の格好をしているが、実際は信姫よりも年上である。童顔と小柄な体躯から高校を拠点に歩き巫女の活動を行っているが、実際は、もはや高校生どころではないのだ。そして、そんな姫毬は、各地を回り信姫の家へと情報をもたらすという職務上、恋人などは作れない。そんな灰色の高校生活を長々と続けていると、妙に乙女心を刺激されるときがある。


「え、ええ、まあ、でも、ちゃんと待っていてくれたんですね」


 てっきりもうどこかに行ってしまっているかと思った姫毬は、その意外さにギャップと優しさを感じてキュンと来てしまったわけだが、普通に考えれば無断で勝手に打ち合わせもせずに昇降口で待っていただけの人を振りまわす男である。


「当たり前だろ。お前が、信姫からエスコート役を任されるのも聞いていたんだから、それで置いていくとかどんな鬼畜だよ」


 じゃあ一言くらい断ってから、と口に出そうとしたところで、もし口にしていたらのIFを考えたが、どうにも話がややこしくそして、長くなるだけにしか思えず、煉夜の判断は的確だったのかも知れないと姫毬は思った。


「それで、姫毬……苗字はおそらく百地ではなく本当は別のものなんだろうが」


 そんな風に話を切り出した煉夜に、今度は別の意味で胸を抑えたくなる。百地という姓は百地(ももじ)と呼ぶ言い方の方がしっくりくるだろうか、伊賀の上忍の姓と合致する。だが、煉夜はそれを偽名なのではないか、と踏んでいた。


「いいえ、苗字は間違いなく親の代より以前から百地ですよ」


 そう「ももち」、「ももじ」ではない。かつて、「ももち」の「ち」から「血」を連想するのを忌み嫌い「ももじ」に改名した一族の子孫ならば「ももち」と名乗るはずがないのだ。だからこそ、煉夜は偽名と踏んだのだが、それは違う。


「俺が睨んだ通りなら、それはおかしくなるぞ。信姫の家があの家なら、百地ではないはずだ。伊賀ではなく甲賀、そうじゃなくてはおかしいと思うんだがな」


 煉夜の発言に、姫毬は煉夜が間違いなく自分たちの正体に気付いていることを察した。しかしながら、姫毬は本当に先祖代々「百地」の姓を名乗っている。先祖代々と言っても、それほど昔ではないが、煉夜に対して嘘は言っていないのだ。


「詮索は無駄ですよ。情報は漏らしません。それでは行きましょうか?」


 ここで無駄に話していて、用があるからと抜け出したのにクラスメイトと鉢合わせる、なんてことになったら大変なので煉夜を促す。


「ああ、だが、その前に、家に寄らせてくれ」


 煉夜の言葉に姫毬は首を傾げた。家に寄って何をするのだろうか。今更約束を反故にして帰る、などということではないのは分かっていた。


「流石に学校に武器を持ってきているわけないだろ。俺の相棒を取りに行くんだよ。そのくらい構わないだろ」


 もちろん構わないだろう。信姫に確認を取るまでもなかった。あの信姫がそれを拒否することなど無いだろう。互いに対等に、正々堂々勝負をすることが好きなのであって、殺し合いが好きなわけでも、卑怯な手を使い、敵をねじ伏せるのが好きなわけでもない。バトルホリックであって、殺人鬼でも悪役(ヒール)でもない。


「ええ、大丈夫ですよ。差支えなければ、どのような武器なのか教えてほしいですけどね」


 流石に拳銃とかダイナマイトとかとなると信姫でも対処に時間がかかるので、あらかじめ教えておきたい。もっとも煉夜がそんなものを使うとも思っていないのだが。


「どうせ見ることになるんだから構わないぞ。別に特殊な形状なわけでもあるまいし」


 そう言って、煉夜は自分の武器の説明を姫毬にし始める。もっとも全てを正確に言うわけではないが、それでも十分に情報を伝える。


「普通の剣だよ。刀とか太刀とかじゃなく剣な」


 簡単な説明だった。姫毬は「なぜ剣」と思わなくもなかったが、それこそ、重火器や爆弾などがあるこのご時世に刀や陰陽術を使う自分達が言えたことではなかった。



 そして、煉夜と姫毬は、ひとまず煉夜の家まで歩き出す。その道中、煉夜の見知った2人に顔を合わせる。


「あれ、お兄ちゃん、と誰?」


 煉夜の妹、火邑とその友人の小柴である。煉夜の後ろをついて歩く見慣れない女生徒に火邑は首を傾げた。


「初めまして。百地姫毬と言います。本日より転校してまいりました」


 ペコリと頭を下げる姫毬に、火邑と小柴はつられて頭を下げた。もちろん、姫毬はこの2人の子とも把握している。煉夜の妹である火邑についてはもちろんのことながら、司中八家に関連性の高い初芝重工の息女たる小柴についてもきちんと調べている。


「これはごていねいにども、雪白火邑です」


 おずおずと火邑が挨拶を返した。それに倣って、小柴も続いて挨拶をする。


「どうも初めまして」


 2人の挨拶が終わったところで、煉夜達は、雪白家に向かって歩き出した。他愛もない話をしながら、ただ、戦いへと向けて。


「レンヤ君もまた変なことに首を突っ込んでいるんですね」


 小柴が小声で煉夜の耳元で囁く。煉夜は小さくうずいた。小柴は半ばあきれているようだったが、それも煉夜らしいと納得したようだ。


「まあ、本気で戦うこともないだろうが、いざとなったら……。炎、だな」


 炎、その意味は小柴には分からなかったが、煉夜は何かを決意したようだった。煉夜の胸にかかる大きな宝石が一瞬、赤く光、揺れたような、そんな気がした。


「炎?」


 別に深く聞くつもりはない小柴だが、ついつい煉夜に聞き返してしまう。それに対して、煉夜は、不敵に微笑む。


「ああ、炎、ってより赤、だな」


 そう赤は信姫にも縁深い色である。だからこそ赤。煉夜はいずれ、本気で信姫とやることになったら、使うかもしれないと、自分の誓いを反故にするかもしれない危惧をした。


「赤……?」


 小柴はやっぱり意味が分からなかった。もっとも、小柴が分からないのも当然かもしれない。歴史の授業で触れるかもわからない微妙なラインだ。歴史が好きでなければそうそう知ることもないだろう。

 こうして、戦いの前の時間が過ぎていくのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ