359話:神に抗う者・其ノ伍
南側、三十三間堂方面。担当しているのは似鳥雪姫と唄涙鷲美鳥の2人だった。元々、同じ雷隠神社に所属していただけあって、どういう力があるのかは互いに知っているが、あまり長期に行動を共にする仕事をすることはなかったため、美鳥としてはあまりうれしい状況ではなかった。
「雪姫様、どうして今回、わざわざ手を貸しに来たのですか。それが予知された未来だったから、ですか?」
どうしようもない空気感をどうにかするために、美鳥は疑問に思っていたことを雪姫に向かって問いかける。
「いいえ、予知によるものではありませんよ。そもそもこの件に関しては一切、予知ができないのです。予知の介在する余地がないと言いますか」
美神という「異界の神」が介入しているがゆえに、その先が見通せないようになってしまっているのだろう。
予知が存在しないということと未来が確定していることはイコールではない。未来が確定している場合は、その未来を見ることができる。いわゆる「確定未来」と呼ばれるものである。では、予知できないとはどういう状態なのか。
あまりにも多くの未来が存在している場合、あるいは、予知をする者よりも強い運命決定力を持つ存在の介入してきた状態にある。この場合は後者にあたるだろう。
予知が神などからの神託によるものであるならば、神が介在すればその予知はできなくなってしまう。なぜなら神託を降ろしている存在と同格の存在が介在しているからだ。
「あなたこそどうしてレンに力を貸すことにしたのですか?
英国の姫が手を貸すから、というだけではないのでしょう?」
リズはともかくとして、美鳥は断ろうと思えば断ることができたはずなのである。なのに美鳥は断らず、こうして雪姫と共に呪符を貼るために動いている。それはリズが手を貸しているからというだけではないだろう。
「そうですね……。昔、獣狩りのレンヤという存在がいるって話を聞いたときにですね、神獣すらも脅かすと聞いていました。そして、今は、その上、本当に神という存在と戦おうとしている中で、その結末を見届けたくなったのかもしれません。白猛幽狐が言っていた言葉の……、あれが見届けることのできなかった結末を」
美鳥はかつて神獣白猛幽狐と出会った。そして、煉夜のことを含め、様々なことを聞いた。その結果、白猛幽狐の最期と共に彼女は雷隠神社の巫女を辞し、単身英国に渡ったのだが。
「神獣白猛幽狐ですか。実物を見たことはありませんが、話には聞いていますよ。そうですか……」
神獣白猛幽狐もまた雪姫が見通せなかった存在の1つなのである。予知できなかったがゆえに美鳥に「暁ノ煌」を持たせたのだから。結果としては、美鳥が辞めてしまったが、其れもまた、雪姫は悪くないと結論付けている。
「雪姫様は、向こうの……、クライスクラのことも知っているんですよね。なんというか、そんな感じでしたけど」
深く突っ込んでいいのか分からず聞きあぐねていたが、美鳥はついにそのことについて触れることにした。それは向こうから来た存在である神獣白猛幽狐についての話が出たからでもあった。
「ええ、少なくともある面では美鳥さんよりも詳しく知っているでしょうね」
神獣からどのようなことを聞いているのかは分からないし、スゥキとしては神獣などという超常的存在と出会うこともなかった。それゆえに、神獣視点で聞いた美鳥は雪姫の知らないことも知っている可能性はある。だが、少なくとも煉夜の行動と向こうの世界の田舎での実態と教会の在り方などについては美鳥より詳しいことは間違いない。
「じゃあ、今、襲ってきている神様って言うのは、こちらの神と異なるものなのですか?
こちらでこのような干渉をするような印象はありませんけど」
そこに関しては一応、雪姫の知る領分である。かつて十四の聖女が所属していた教会のことも知っているので、その辺り、神とは如何な存在かを知ってはいた。
「向こうでは『神』とは『神』でしかないのですよ」
その言い方に、美鳥は首をかしげる。美鳥はその言葉の意味がピンとこなかったのだろう。自身も「神は神だと思っている」と。
「えっと、どういう意味ですか。こちらでも『神』は『神』ですよね」
確かに「神」は「神」であるが、向こうとはその差が大きくある。それをどう説明したものか、と雪姫は若干考えた。
「そうですね。確かにこちらでも『神』と呼ばれる存在は『神』なのですが、向こうでは『神』とは平和を与える存在として、平定を与える存在としての一種の『システム』のような扱いだったのです。もっとも、それは新暦以前までの考えで、それ以降、徐々に信仰の形にバラツキが出てきたそうですが」
そうして、スゥキが生きた時代にはすでに、教会の権威は落ちていた。それはそうだろう。八人の聖女もいなければ、神もまともに平和の維持をしていないのだから教会というシステムの根幹が崩れている。
「あー、こちらでは『試練』や『救い』の類ですからね。そういうのではなくて、単純に『神』だから『平和にする』みたいなそんな感じだったってことですか」
この世界では、「神を信じ、それにふさわしい行動をとるものが救われる」、「それまでの辛いことは試練である」という考えを持つ者もいる。全てが全て平和になるわけでもなければ、全員が全員救われるわけではない。
「ええ。まあ、それが何らかで崩れてしまったから、今みたいなことが起きているのだと思いますけれどね」
ずっとシステムに徹しているだけならば、新暦以前の大戦争も起きなかったし、起きたとしても綺麗に収めていたはずである。それから、スゥキとイスカのような事件も起きることはなかっただろう。そして、こうして、異界まで煉夜と水姫を狙ってくるようなことが起きるはずがない。
「システムが崩れる、ですか。まあ、人と触れてロボットに感情が芽生えるって言うのは物語でありがちなものですけど、そういうのとは違うでしょうし」
あながち間違っていない。しかし、その答えを知るものはこの場にはいないので、結論の出る状況ではないだろう。
「あら、そういう物語のようなことが実際起きていたのかもしれませんよ。まあ、何があったのかは結局、それを知る人にしか分かりませんけれど」
そう言ってから、雪姫は、自身に降りた直感的なもので急に動きを止めた。まるで、何かを感じ取ったようであり、美鳥はその状態を何度か見たことがあった。
「予知、ですか?」
「いいえ、神の御使いのような扱いだからでしょうか。そこかしこにいる魔獣や幻獣に対しても予知はできません。ですが、直感は生きているようです」
予知には感性も大きく関わる。数多ある未来の中から見る未来を選定するのは直感にも大きく委ねられる。その直感というのは予知と密接につながるのだ。とりわけ「確定未来」以外も予知できる雪姫はこの直感が優れていた。
「神弩『舞織雷貫』」
雪姫の持つ神器「織式武装金色」の中の1つ、神弩である「雷貫」に素早く形状を変えて、直感的に矢を打ち放った。
「雪姫様、どこを……!」
どこを狙っているのか、と言おうとした瞬間、人間の知覚速度を越えた速さで放たれた必中の矢が、感知をすり抜けてくる鋭い牙のようなものを打ち砕いた。
「どうやら、感知を抜けるのが上手い魔獣や幻獣の類がいるようですね。あるいは、それすらも神が手を加えた結果なのかもしれませんが」
その可能性を考慮していたが、実際のところ、それは外れである。今、2人を攻撃している幻獣橙猛牙豹は、人の知覚できない牙を飛ばす。そのため、ただ感知を広げているだけでは気が付かないことが多い。煉夜や裕華レベルならばそれでも感知できるのだろうが、雪姫と美鳥では難しいだろう。
「そんなのありですか!
いえ、まあ、悪霊の類でもそういう感知を抜けるのが上手いのがいたりしますけど!」
そういいながらも、美鳥は神弓「暁ノ煌」を構えていた。対処する方法が1つだけ思いついたからである。
「付与を使います。雪姫様は本体を狙ってください。来る攻撃は全て撃ち落としますから」
つがえて空間に付与したのは、前に付与するために一部に干渉した煉夜の恩恵である。カーマルの恩恵を空間に付与することで知覚レベルを一気に上げたのだ。
「なるほど、その手がありましたか」
空間にそれが付与される頃には、雪姫は攻撃をしてきている本体の方へと向かって走り出していた。接近に気が付いて、橙猛牙豹は雪姫へと大量の攻撃を飛ばすが、それらはすでに美鳥が知覚できるようになっている。
動いているとはいえ、その程度の的を外すはずもない。全てを美鳥が撃ち落とし、牙は砕かれる。さらに、本体への牽制の意味も込めて、数発は本体の近くに落ちるように矢を射った。
それに気を取られた瞬間を見計らい、神剣「舞織氷雨」で本体である巨大な牙のついた豹のような幻獣を切り伏せる。幻獣にしては小柄な部類であるが、それでも軽トラックくらいの大きさはある橙猛牙豹を一撃で切り伏せるのだから、雪姫も相当な腕を持っている。
しかし、「復元術式」が働き橙猛牙豹は再生する。それを忌々し気に見て、武装を切り替える。
「『再生術式』の類ですか。それも後付けの……。あまりいい趣味とは思えませんね。
神杖『舞織炎浄』!」
現れたのは錫杖に見える神杖「舞織炎浄」。
「浄化の炎よ、焼き尽くせ」
湧き上がる白い炎。それは「浄化の炎」であり、この神器が本来、渡されるはずだった人物の義妹が使う「すべてを白く浄化する炎」を再現したもの。その白き炎は、「復元術式」ごと、橙猛牙豹を浄化して燃やし尽くした。
「美鳥さん、行きますよ」
手に持つ神器を切り替えながら雪姫は燃え尽きるそれに対して、心の中で弔いながらも、呪符を貼るべき位置を目指して進む。
「あ、はい」
その後を美鳥は慌てて追うのだった。




