358話:神に抗う者・其ノ肆
南東側、八坂神社方面。呪符を貼るべく奔走していたのは、柊沙津姫と駿部四姫琳の2人だった。上司の命令で京都まで派遣されていた四姫琳は、ようやく上司の言っていた「雪白煉夜、雪白水姫の両名が関わる大事件」がやってきたことが分かった。
神代・大日本護国組織の人間として、異界の神がこの世界の日本で魔獣や幻獣を召喚しているとなれば、止めないわけにはいかないし、仕事としての範疇に十分収まる話だ。
「しかし、あなたまで引っ張りだされてくるとは思っていませんでした。彼に呼ばれたからですか、それとも、柊家に関わることだからですか」
出雲からわざわざ呼び出すほど煉夜は沙津姫と密な関係ではないだろうし、煉夜の性格的にもわざわざ沙津姫を呼びつけるほどぶしつけな人間ではない。そうなると、沙津姫が自発的に参加することを選んだと思うべきだろう。
「大きな理由としては後者ですよ。柊神美の友人として写真に写っていた人物、それが柊美神。そして、それが異世界の神で、この世界で柊の縁者の命を狙うとあっては来ないわけにいかないでしょう」
異界の神という存在、それは出雲で煉夜と共に戦ったアングルトォスがそうであったために、すんなりと信じることができた。
「それで、大きくない理由は彼に力を貸したくて、ですか」
大きな理由というのは「柊家としての理由」であろう。そして大きくない理由というのは「沙津姫個人の理由」である。その四姫琳の問いかけに沙津姫は微笑むだけだった。
「駿部様こそ、今回の件、お仕事だからというだけですか?」
沙津姫から逆に問いかけられて、四姫琳は苦笑する。確かに、「仕事だから」というだけではないのかもしれない。実際、今回の件を扇から依頼された際に断ることもできた。まだ自身の私的な用事も中途半端であったのにも関わらず、わざわざ京都に来たのだから、心情的なものも含まれているのかもしれない。
「見届けたくなったのかもしれませんね。彼の人生の分岐点になるであろう、この結末を」
雪白煉夜。四姫琳の昔からの友人の1人、フィリップ・ジョンとも知己があり、ジョンが認めた人物ということもあって、より一層、そう思うのかもしれない。
「まあ、わたしの方も似たようなものです。なぜだか、彼が柊家と『雪白火菜美』との因果を……、美神と名乗る異世界の神との因縁を……、全て断ちきってくれる。そんな気がするんです。そして、それを見届けたいと思ったのですよ」
柊家と「雪白火菜美」、沙津姫が「柊家」を継ぐのを反対されているように、未だに柊家では「雪白火菜美」という存在に囚われている。そして、今、その柊家の縁者である煉夜と、当時の柊家で柊神美を知る美神。それらの決着がつくことが、1つのきっかけになりそうだと感じていた。
「しかし、まあ、幻獣退治をすることになるとは思っていませんでしたが」
柊家は四木宗で榎家の次に戦力を有するとは言え、所詮、舞の域を出ない。それゆえに、魔獣や幻獣との戦いはそこまで得意とは言えない。
「まあ、ウチがいるので問題ない……と言えればいいのですがね」
一方の四姫琳は幻獣退治に最適な人材であった。彼女の持つ弓、「疑似・雷上動」と矢である「水破」、「兵破」は、源頼政が鵺退治に使ったとされる弓と矢のレプリカである。そのうえ、今川家の特性から得た信仰性後天的才能で絶対命中させる力を持つ。
鵺退治、つまりは「幻獣退治」の実績を持つ弓矢。それは幻獣や魔獣に対してかなりの効力を示す。
「何か問題でもあるのですか。普通の幻獣程度なら、駿部様が負けることなどないでしょう」
四姫琳の実力の計り知れなさは、既に四木宗で周知の事実となっている。その四姫琳が魔獣や幻獣ごときに遅れをとるとは思っていない。神代・大日本護国組織に属しているというのもあるのだろう。
「ええ、どうにも不気味な気配のようなものが感じられるのですよ。おそらく、後天的に術式を付与されているのでしょう。どのような術式が付与されているのかまでは分かりませんが、ただの幻獣のように戦えるとは思わない方がいいでしょう」
半神である影響か、魔獣や幻獣に施された術式に気が付いたようだ。それもあまりよくないものであることまで含めて。
「どういうものでしょうか?
『強化』あるいは『狂化』とか、『再生』のようなものですかね?」
沙津姫もあまり詳しくはないが、考えられる術式をいくつか挙げる。それに対して、四姫琳は頷く。しかし、言葉では否定から入った。
「『強化』はともかく、『狂化』はこの場合、されていないと思いますけれどね。ただ暴れればいいというわけではないでしょうから。条件によって与える術式も変わってくるでしょう」
ただ街を壊滅させたいとか、無差別に人を襲って暴れさせたいとか、そうした条件ならば「狂暴化」の術式が使われていてもおかしくはなかった。だが今回の目的は、あくまで呪符を貼りに来る人物の足止めと阻止。適当でいいなら、ある程度、力を持った人がおとりになればどうにでもなってしまう。だから、理性を完全に取っ払うようなことはないだろう。
「瞬間再生、あるいは『復元術式』の類は含まれていると思いますよ。それから、この手の物に仕組まれていることが多いのは『自爆術式』でしょうかね。あまり気持ちのいいものではないですが、あくまで魔獣や幻獣は駒として扱うなら間違いなく」
今までの経験からこの手の物に仕込まれていることが多いものが、どういうものであるかの予想はついた。「復元術式」と「自爆術式」。それも全部に仕込んでいるわけではないのだろう、とも。
「そんなものが大量に召喚されているとなると、避難勧告がなければ京都は非常にまずい事態になっていましたね」
そんな風な沙津姫に対して、四姫琳は「うーん、ちょっと違うかな」と言葉を返した。そして続けるように言う。
「ま、大変なことにはなっていたとは思いますけど、術式が組み込まれているものばかりではありませんよ。おそらく全体の3割程度でしょうかね」
その言葉に、沙津姫は「え?」と疑問符を漏らした。普通に考えるならば、「復元術式」と「自爆術式」を仕込んだ手駒を大量に投入すればいいという発想になる。
「何体かに1体とかの方が効くんですよね、こういうの。普通に倒せると思っていたところに『復元術式』でよみがえる個体や倒した瞬間に『自爆術式』でこちらを巻き込もうとする個体が出てくると対応しきれなくなるんですよ」
最初の「普通の個体」基準で魔力や霊力の配分を決めて戦うために、そうした例外的個体が出てきた瞬間、それまでの配分は一気に崩れ去り、どうしようもなくなる。
最初から「そういう個体」だと判断していれば対処できるものも、「普通の個体」と思い込んでいたら対処ができなくなるというのはあり得ない話ではない。
全て同じ性能の個体なら、それに合わせた対処をされてしまうだけなのだ。
「なるほど、そういうものですか。こういう経験が豊富な駿部様がいて助かりましたよ」
「まあ、経験だけが全てではないんですけどね」
経験とは時に障がいになりえるとも知っている。経験が思考の邪魔になることもある。だから一概に経験が豊富であることがいいと四姫琳は思っていない。
「それよりも、知覚しているのですから分かっていますよね。囲みに来ていますよ」
自分たちを囲むような動きで、周囲の幻獣が連携を取っているのは、どちらもが感じ取れていることだった。
「ええ、もちろんですよ。しかし、奇妙な動き方ですよね。まるで、こちらをある位置に誘導したいような」
「したいのでしょうね。獣は狩場を作ると言いますし、此度の相手は群れで動いていることからも中々に狡猾な種族なのでしょうね」
そういいながらも四姫琳は「疑似・雷上動」に兵破をつがえた。水破が精神を、兵破が肉体を射抜く矢。通常の攻撃であるならば兵破の方を使う。
「誘導されていると分かっていて、わざわざそこに行ってやる義理はないでしょう」
山なりの角度で発射された兵破が見えていないほど遠くにいて、遮蔽物、障害物のある位置にいるはずの幻獣藍猛群狼の1体に命中する。それは信仰性後天的才能、海道一の弓取りのなせる技だろうか。
「1体倒れたようですね」
群れで連携して、四姫琳と沙津姫を追い込もうとしていたならば、その一部を崩して進んでいくのが定石であろう。
「ええ、動きが散漫になり、崩れた1体の穴埋めに陣形がやや、その穴に寄っていますね」
群れが隊列を戻すように穴埋めに動き始めたことで、逆に崩れ始めていた。そこを突くように、四姫琳は再び兵破をつがえる。
「かたまり始めたところをまとめて撃ちます」
穴を埋めるように寄ってきていた藍猛群狼を数体まとめて射抜いた。だが、予想通りというかなんというか、その内の1体は「復元術式」によって再生した。
「駿部様、やはり再生しますね」
「ええ、ですが、その前提で動いているので全然問題ありません」
その後も何度か同じように射抜き、「復元術式」が組み込まれている藍猛群狼がどれなのかを判別した。
「それでここからどうするのですか。同じ方法をとっても再生するだけですよね」
四姫琳はその言葉に答えるように、水破と兵破の両方を疑似・雷上動につがえた。2矢同時であろうと、信仰性後天的才能で命中するのは確実だ。
「魂を射抜くと同時に肉体も飛散させます。そうでないと『自爆術式』で周囲に被害が出てしまいますから」
ユキファナや枝の死神は、魂を刈り取ったと同時に本体を消滅させることが難しかった。わずかなズレで「自爆術式」によって自爆される恐れがあった。しかし、四姫琳の信仰性後天的才能ならば、水破と兵破をわずかな差もなく同時に命中させるという離れ業が可能なのである。また、四姫琳と死神たちは遠距離力の差というのも大きい。四姫琳は完全に相手の爆破圏外から攻撃できる。
「このまま全てを射抜いてしまいましょう」
沙津姫は「あ、これやることない状態ですね」とばかりに、藍猛群狼から意識を外し、別方向への警戒へと意識を回すのだった。




