357話:神に抗う者・其ノ参
東側、平安神宮方面。本来は自分の家の方面である南側を担当するべきだったのだろうが、逆にやりづらい部分もあるとして、別方向を任された稲荷八千代、九十九姉妹である。正直、戦力として考えるなら、八千代も九十九もかなり戦うのが難しい。
煉夜と比べてしまうと、それこそ皆、低く見えるが、他の組み合わせと比較してもとりわけ戦闘面が弱い組み合わせである。魔獣や幻獣相手では、かなり苦戦するのが目に見えている。それでもこのペアだったのは、ただ単にどのような妨害があるか分からなかったのと、連携を重視してのことである。
「それにしても今度は異世界の神様だなんて、もう何が起きてるのかさっぱりね」
八千代の呆れたような言葉に、九十九は苦笑した。ここまで魔獣や幻獣とは当たらずに、どうにか来られたが、八千代と九十九の感知域では、ギリギリまで接近に気が付かない可能性もある。そのこともあって、九十九は割と緊張状態なのだが、八千代は自覚が薄いのか、かなり軽いような雰囲気であった。
「まあ、そうかもね。でも、頼まれたおつかいぐらいはできるでしょ?」
おつかいとあえていうことで、やる気を出させるつもりだが、どうにも八千代はよく分かっていないという状態にやる気は出ていないようだ。
「でもさ、式神みたいなのが大量にウロウロしてるけど、《焼き鳥》より強いってことくらいしか分からないしさ」
実際のところ、不死鳥と、美神が呼び出した魔獣や幻獣のどちらが強いかと言われれば微妙なところである。攻撃力という面で見れば確実に劣っているが、それでも再生力は後付けで付与された再生術式など話にならないほどに優れている。まあ、八千代が言っているのは単純な攻撃力としての評価なので、その点で見れば正しいのだろう。
「そもそも式神と比べていいものではないでしょうしね」
式神は戻そうと思えば、式札に戻すことができるが、魔獣や幻獣はそうもいかない。だから、まずくなったら式神を引っ込めるということが可能であると同時に、魔獣や幻獣は完全に倒しきらない限りどうにもできないのだ。
強制的に式札に戻すような対処術式で相手取ることができない。それ以上に厄介な存在である。
「でも、お姉ちゃんの式だったら対応できるんでしょ?」
稲荷九十九の式神、《八奈》という八尾の狐。九尾の狐の尾は転生した数の証ともいわれている。猫が猫又になり尾が分かたれるのと似たように。
八尾の狐。そう言われてもピンとくるものはないだろう。九尾には1足りないし、天狐のような5本というわけでもない。されど、八尾の狐に伝承がないわけではない。江戸時代に、徳川家光の枕元に立ち、その病をいやしたと伝えられている。
「どうだろうね。一応、神獣に近しい存在ではあるらしいから戦えるとは思うけど」
九十九の式神である《八奈》も煉夜の式神である《八雲》と同様に8本の尾に対応する力を持っている。1本目が攻撃、2本目が防御、3本目が追跡、4本目が変身、5本目が分身、6本目が幻覚、7本目が人化、8本目が神化。《八雲》の持つ4本目が抜けて、以降同じ力を持っている。
ただ、転生一回分の霊格が落ちるため、出力や扱える力の範囲が九尾の狐よりも劣る。それも「やや劣る」ではなく「劣る」のだ、明確に。日本では「妖狐」の側面の印象が強い「九尾の狐」であるが中国では瑞獣の1種である。妲己や玉藻の前と混同された影響で「妖狐」の側面が強くなったが、元々は吉兆の証であり、かつ「九」とは「久」と同じ発音のため縁起のいいとされる数でもある。
信仰と合わせて、八尾と九尾ではそこに力の差が天と地ほど開くとされる。信仰という意味で五尾の白狐である天狐も力を持つが、九と五に比べ、それ以外では、霊格の差は明確に存在するとされる。
「と、この先にいるね、それもかなり大きい」
視界には写っていないが、知覚できる大きさは「かなり大きい」と九十九に思わせるほどのものであった。
「でも、こんな街中にそんな大きいやつがいるわけ……」
突如視界が暗くなる。陰ったのだ。雲かと思い見上げた八千代と九十九の視界に移ったのは鳥だった。
鳥。いや、鳥ではあるのだが、ただの鳥ではなかった。まず大きさからして、普通ではない。八千代や九十九の上に来ただけで大きな影を作るほどに巨大。
幻獣黄猛暴鶏。一見してひよこのような見た目で、可愛げのある見た目をしているのだが、その巨体とひよこらしからぬ翼、何より扱う風の魔法が脅威の幻獣である。
「ひよこ?」
「見た目は《焼き鳥》以下だけど大きさはくらべものにならないくらいデカいんだけど!」
家一軒が飛んでいるくらいの大きさ。それに圧倒されるも、対応しないと潰されかねないという事実に気づいた九十九は慌てて式札を用い、自身の式神を呼び出す。
「《八奈》!」
呼び出された八尾の狐、《八奈》は、上空にいる黄猛暴鶏を見て、現状を察したのか、普段は小さな姿で顕現しているのだが、その抑えを解禁し、本来の姿で顕現した。黄猛暴鶏と比べれば小さいが、それでも大きめの自動車くらいの大きさはある。
「ちょ、あんな巨大なひよこ、どうするのよ。その辺に落としたら民家が!」
そう、ここで問題になるのは、戦う上で、下手したらその辺の民家が潰れてなくなることである。政府からの補償なりなんなりでどうとでもできるはできるが、完全に元に戻すことなどできないし、壊さないに越したことはない。
「分かってる!
だから、《八奈》と一緒に、できる限りあれを落とさないようにするから八千代がどうにか倒して!」
九十九は《八奈》に1本目、つまり攻撃を指示するが内容としては「神通力」である。正確には「神通力」の1種であるというべきか。念動力のように、黄猛暴鶏を空中に固定する。
さらに九十九が《風》で、その補助をする形に風の網で縛り付ける。八千代は、見確めの儀でやったように《焼き鳥》を強化召喚で呼びだした。
「大きさ的には圧倒的に負けてるけど、どうにか頑張りなさい!」
《火》と《風》で強化された不死鳥が黄猛暴鶏に向かって一直線に飛びついた。しかし、あまり効果はない。いくら強化されたとはいえ、火力不足なのだ。
だが、そんなことは八千代も分かっている。だから、それに加えるように後ろから追加で術を放つ。
「《火》の伍、――獄炎鳥!」
八千代の持つ最大火力の一撃、それに加えるように、九十九が《風》の網を片手に、《風》をその術に加える。火力の高まったその一撃が強化召喚された《焼き鳥》と相まって、その一撃は、煉夜の陰陽術や裕華の陸程度の陰陽術に匹敵するほどの火力となって黄猛暴鶏を内側から「再生術式」ごと燃やし尽くした。
もっともふつうにやった場合、「再生術式」ごと燃やし尽くすなどということは起こり得ない。不死鳥の「超自然的再生力」と美神の不自然な「再生術式」が反発しあい、その結果起きたミラクルのようなものだ。
「何とか倒したわね……」
「八千代ちゃん、いつの間に伍まで使えるようになったの?」
《八奈》を式札に戻しながら九十九は八千代に問いかけた。九十九の知る限りの範囲では、「《火》の参」と「《風》の弐」までだと記憶していた。「スーパー焼き鳥」のスーパーで売っている焼き鳥みたいなネーミングセンスはともかく、術としては本当に呪符五枚の陰陽術であった。
「未完成だったのよ。何とか土壇場で成功させたけど。肆の火焔鳥まではどうにか完成させてたんだけどね」
妹のネーミングセンスはどうにかならないものか、と思いながらも九十九は八千代の成長に微笑んだ。一歩一歩だが、着実に成長している。かつて煉夜にアドバイスを受けた通り、「召喚」から今の方向に転換して、笑火の師事も受けて、きちんと陰陽師として。
「じゃあ、行きましょうか。まだ、頼まれたおつかいは終わってないでしょう」
「あ、そうだった。しかし、呪符を貼るくらい自分でしろっての」
そういいながら歩き出す。煉夜の指定した呪符の敷設ポイントまで。
「ん?」
再び上空が暗くなり、何事かと見上げて……。
「って、ええええ?!」
2、3羽の幻獣黄猛暴鶏が上空を飛び回っていた。流石の九十九すらも数刻、唖然としてしまう。
「無理無理無理無理無理!
あれは絶対無理!」
「逃げるよ、八千代ちゃん!」
全力逃走。1羽相手にするのでもあれだけ苦労したのに、流石に2、3羽同時に相手にするなんてとてもではないが九十九と八千代だけでは不可能である。
「で、できる限り相手にしないようにして、隠れながら行くよ!」
上空にいる以上、見つからないルートというのはかなり限られるのだが、流石にあれとまともに戦えるとは思えないので、その判断は間違いないだろう。
「ああ、もう!
こんな頼み、引き受けるんじゃなかった!」
全力で逃げながら、上空の黄猛暴鶏に見つからないルートを全力で考える。家の近くではなくとも流石にこの辺の土地勘はある。いくらかのルートを考える。
地下鉄も途中で逸れるから方面的には途中までしか行けない。そんな状況で、もうとにかく色々と考えるのだった。




