355話:神に抗う者・其ノ一
煉夜たちが美神と戦っている頃、京都の各地で発生した魔獣や幻獣と戦いながら、ある目的を完遂しようとしているものたちがいた。戦闘が起きているのは主に8ヶ所。
北側、焔藤雪枝、ユキファナ・エンドの死神姉妹。
北東、武田信姫、望月姫毬の武田忠臣ペア。
東側、稲荷九十九、稲荷八千代の稲荷姉妹。
南東、駿部四姫琳、柊沙津姫の外部助っ人組。
南側、似鳥雪姫、唄涙鷲美鳥の雷隠神社ペア。
南西、雪白火邑、周月の異世界ペア。
西側、青葉雷司、九鬼月乃の親友組。
北西、紅条千奈、市原裕華のあまりものペア。
戦闘が起きている主な8ヶ所でのパーティは以上の通りである。基本的には2人1組になるように煉夜が調整して、どんな妨害が来るのか分からなかったために戦力よりも連携の取りやすいパーティになるようになっている。唯一、千奈と裕華のパーティだけが連携も何も考えていないのは、「裕華ならばどうとでも対応するだろう」という煉夜の裕華に対する高い信頼からである。
京都市北側、下鴨神社方面。あくまで方面であって、下鴨神社……加茂御祖神社を目指しているわけではない。京都市を中心とした8ヶ所の目的地を方面分けした時に、方向を示す大きな目印、ランドマークとして掲げられている中の1つである。
北側、加茂御祖神社。北東、銀閣寺でも知られる慈照寺。東側、平安神宮。南東、八坂神社。南側、三十三間堂。南西、東本願寺。西側、二条城。北西、晴明神社。それぞれの方面の指定された場所に貼るように煉夜から依頼されている。
北側を担当する焔藤雪枝とユキファナ・エンドは、道中、魔獣黒楯猛犬の群れと戦っていた。
本来、死神である彼女たちにすれば鬼門である北東を担当するほうがよかったのかもしれないが、洒落が効きすぎていると肩を竦めて北側を担当することにしたのだ。ちなみに、ユキファナが呪符の方に参加しなかった場合は、千奈と雪枝がペアを組んで、裕華が単身の予定であった。
「しかし、まあ、彼はよくよく騒動に巻き込まれると思っていたけど、今回ばかりは本当にいよいよ来るところまで来たなって感じよね」
ユキファナが黒楯猛犬をイガネアの劫火で蹴散らしながらそんな風に嘆いた。神と戦うというのは、それほどの騒動ということだろう。
「お姉ちゃんに言えた義理じゃないと思うけどなー」
枝の死神はそんな風にぼやきながらも、死の風で黒楯猛犬を吹き飛ばす。街中であり、避難勧告が出ているとは言え、派手にやって物を壊すわけにもいかないのである程度の加減が必要だ。
「しかし、これ、薄々思っていたけど、普通の魔獣の類じゃないね」
枝の死神の言葉に、ユキファナが頷いた。そも普通の魔獣相手に、イガネアの八姉妹が苦戦するわけがない。いや、魔獣の種類にもよるのだろうが。
「ええ、明確な後付けでパワーアップさせられているわね。『再生術式』と『群体習性』あたりは付け加えられているっぽいし」
元々、魔獣の中でも群れを成す魔獣は一定数いるが、魔獣黒楯猛犬は群れを成す習性のない魔獣である。それが群れで襲ってきていることを考えると、その習性は付け加えられたものなのだろう。
「中には、『自爆術式』を入れられてるようなのもチラホラいるみたいだね」
群れの中に数匹、自爆する術式を仕込まれたのもいるようで、チャンスを狙って群れに紛れて近づいてきている。目ざとく見つけた枝の死神が風で距離を取っているが、気を抜けば爆破の直撃を食らうことは目に見えている。
「全く面倒な……。直接、魂を刈り取っても、本体に残った自爆術式で周辺吹っ飛ばすわよね」
死神として魔獣の魂を直接刈り取ることも考えたが、そうしたところで後付けされた「自爆術式」は魔獣たちの身体に残っている。美神に遠隔で爆破されるだけだろう。あるいは、やられたら爆破する仕組みになっているかもしれない。
そう考えると、下手に攻撃するわけにもいかず、攻めあぐねているような状態である。
「ようするに足止めだし、呪符を貼れなくすればどうでもいいからね。そう考えると良い手なのかもしれないけど」
「だったら龍でも何でも連れてきた方がよっぽど抑止力になると思うんだけどね。まあ、一介の神と言えど、龍種の隷属はなかなかに難しいでしょうし、いたとしても数はかなり絞られるでしょうけど」
そもそも足止めなどと言わずに、貼ろうとしている人間を全力で殺しに行くべきである。そうすれば術式が完成することはないのだから。
「まあ、そこで妥協しているってことは、呪符を貼った後に、それに対応する仕掛けをしてあると考えるべきよね。そして、それを彼が考えていないわけもない。そこから先は読み合いでどっちが勝つか」
対処がされているとしたら、それを煉夜が考慮していないはずがない。だが、神も煉夜が対処に対処することは考慮しているだろう。だからこそ読み合い合戦が始まり、それで出し抜いた方がチャンスをつかむというわけだ。
「彼の読みは天性の直感と長い経験から『未来視』に片足を突っ込んでいるんじゃないかとも思うんだけど、それでも『神』と呼ばれる存在はそれ以上だからね」
煉夜の読みというのは主に、天性の直感、それも獣たちと戦ううちに野生味も増し、磨きのかかった直感と長い間戦いながら生き続けたことによる経験則。それらは頭の回転の良さも相まって、半ば「未来視」の域に片足を突っ込みかけているといっても過言ではない。だが、相手は本物の神だ。それ以上の「読み」ができて当然の存在なのだ。
「神の読みに勝るのはそれこそ、そういう恩恵を持って生まれる存在、ユリアに先を見通すことを許された者たちでしょうね」
神以上の未来視となると、それ特化の神かそうした恩恵を与えられたものたちに限られる。煉夜の恩恵は「現在」を見ることにかけては通常の神を越えた域にあるが、未来に関しては、その域には達していない。
「じゃあ、読み合いで負けてるのに勝つにはどうしたらいいんだろうね」
読み合いで負けていることは煉夜自身も分かっているだろう。そうしたときに、どうしたら読み合いで負けている相手を出し抜けるかという部分を考える。
「無理ね。読みが鋭いってことは相手の手札が分かっているようなもの。彼がどの手を使っても潰されて終わるわ。対処に対して対応しても、そのうえで対処されるだけ」
普通に考えれば絶望的な状況であろう。だが、ユキファナはあくまで「普通の人間なら、ね」と明るく付け加えた。
「彼は普通じゃないのよ。多分、読めない手札をいくつか用意しているわ、例えば、今発動しているであろう、あの『限定結界』に匹敵するほどの強大な力とかね」
「あれは『神の権能』の代理行使みたいな力だよね。お姉ちゃんでもああいうのは無理でしょう。よくもまあ、人の域であんなことができるもんだよ」
煉夜が発動した幻想武装を見て、死神2人はそう言った。「神の権能」の代理行使。スファムルドラの聖槍エル・ロンド、スファムルドラの聖盾エル・ランド。そのどちらもが持つ「権能」とは確かに「神の権能」の代理行使である。しかしながら、今、煉夜が発動しているものは「権能」は「権能」であっても「神の権能」ではない。だからこそ、スファムルドラの神である美神の支配域を抜けた力であるのだが。
「まあ、纏う死の気配からすれば、彼のたどった道は随分と険しく、死にあふれたもの。普通の人なら気が狂うような、ね。それを捨てたのでも、堕ちたのでもなく、背負って、抱えて進んできた精神だけを見れば人間の域を越えているといってもおかしくはないからね。『神の代理』なんて力も使えておかしくないかもしれないけど」
正確に言うならば、その「神の権能」の代理行使する力を煉夜が与えられたころは、未だに死の気配など纏う前の純粋な頃だったのだが。
「彼は、どうしてああなってしまったんだろうね。この子……、雪枝の愛する子。死の付きまとう可哀そうなを好いてしまうのは死神の性であるとは思うけど。普通の人間ならば、道を踏み外すほどの生き様」
煉夜の人生を知るものであれば、誰もが思う疑問。どうして彼はそうまでして前に進むことができたのか。異界の神であるアングルトォスをもってして「それで今まで生きていられたものだ」というほどの呪いにも似た美神の寵愛。「愛するものが死ぬ」。そうでありながら、その死を受け入れて、背負って、抱えて、前に進んだ生き様。1人や2人ではない。数多のものを失ってなお、折れずに進んだ。
「そうね。魔力が多いくらいしか才がないまま、異界に放り出され、ああなってしまうまでには色々とあったんでしょう。それこそ魂の情報からじゃ読み切れないくらいの色々が。でも彼はそれを背負って生きてきた。『起きてしまった事実は変わらないから』と。それがどれだけ大変で、どれだけ凄いことか、自覚はないんでしょうけどね」
魔物の群れをさばきながら、そんな風につぶやく。ユキファナも異界に行き、長い時間を過ごした経験はある。死とも向き合ってきた。だが、挫けもしたし、明後日の方へ歩みを変えたこともある。
無論、煉夜も挫けなかったわけではない、曲がらなかったわけではない。それでも、結果として前に進んだ。
「この子が……、雪枝が好くのも分かるの。たくさんの死をまといながら、それでいて輝いている。光と闇を併せ持つ、そんな異質な彼を」
枝の死神が雪枝の感情を思いながら、そういった。それに対してユキファナは笑う。その気持ちが分からないでもないからだ。死にまみれながらも輝く人に焦がれる気持ちが。
「さて、と。話している間に対処法は思いついた?」
そろそろ魔獣黒楯猛犬を捌くのが面倒になってきたユキファナが、枝の死神に問いかけた。作戦担当はユキファナではなく、枝の死神の方である。
「うん、まあ、こういうときって結局、火力でゴリ押しが基本だよね」
そういいながら、魔力を込める枝の死神。それだけで、何をしようとしているのかを察したユキファナは、同じように構えを取る。
「――イガネアの劫風、花芭蕉」
下から突き上げるような暴風が黒楯猛犬を天高く突き上げる。それを待っていたユキファナが最大火力の一撃を放った。
「――イガネアの劫火、花時雨!」
炎で焼き尽くし、自爆術式での爆炎すらも呑み込んで、突風が炎を天へと運んだ。まるで炎の塔ができたようなそんな光景に呆れながらも、妹の風はやはり八姉妹で一番であることを再確認する。再生術式もあの劫火の塔では役に立つまい。
「本当にパワープレイだったわね」
「お姉ちゃんがよくやってたでしょ。戦い嫌いだから参加はしなかったけど、ああいうのよく見たよ?」
その言葉に苦笑しかできないユキファナは、呪符を貼る場所を目指して再び歩き始めた。劫火の塔を背にして。




