354話:顕現せし神・其ノ参
煉夜の持つ幻想武装は六人六属。しかし、その六人とは……
――スファムルドラの皇女、メア・エリアナ・スファムルドラ。
――「水の宝具」を賜りし騎士、クラリス・フォン・ドグラム。
――流浪の大商人、リタ。
――大聖女の生まれ変わりと呼ばれた女、イスカ・リオン。
――赤い館の赤い主、アンリエット=ヴィルネス。
――赤い館のメイド、イルヴァ。
メアの魂と結びつく[煌輝皇女]、クラリスの魂と結びつく[結晶氷龍]、リタの魂と結びつく[黄金財宝]、イスカの魂と結びつく[痛傷柳木]あるいは[断罪神判]、アンリエットとイルヴァの魂と結びつく[炎々赤館]。
6人の女性の魂、5つの幻想武装。あるいは[痛傷柳木]と[断罪神判]を2つと数えれば6つであるが、[痛傷柳木]とはあってないようなものである。
六人六属、つまり、煉夜の幻想武装はもう1つある。それはつまり、1人の魂がもう1つの幻想武装を宿していることになる。
美神は6人の女性の魂を幻想武装にしたことは知っている。そして、その6人全員の魂と結びついた幻想武装は全て明かされた。だから煉夜に他の幻想武装はない、そう思ってしまった。
「――生じよ、[惨殺皇女]」
煉夜を包むのはどす黒い瘴気にも似た禍々しい気配。それを覚悟と共に受け止める。メアの魂が結びついたもう1つの幻想武装。
「だけど、それがどんな武器であろうと……」
美神には効かない。――そうだろうか。煉夜がこの幻想武装を使ったのは、美神がこのん武装を知らないと判断したからというだけではない理由があった。
「何、その武器は……」
煉夜の手に握られていたのは一振りの鎌。黒々として、刃までもが漆黒の重苦しくも禍々しい大鎌であった。ローブを着て、それを持つ姿はさながら死神のようであり、おぞましく感じる気配をまとっていた。
「心象武装……?」
煉夜がこれまで幻想武装で武器として用いてきたものは、あくまで存在する「スファムルドラの聖槍エル・ロンド」であったり、「水の宝具流転の氷龍」であったり、そうしたものを魂と共に結び付けて、魂にしまうことで武器として具象化していたが、今度のそれは、今までのそれらとは異なる気配を感じた。
そもそもにして、美神がその武器を知らない。これだけの強大な力を放っている武器ならばおそらくは「神の与えた武具」である神器の類であるはずなのだ。でも、神器であるならば、美神の知らないもののはずがない。
そうであるならば、「神器」に匹敵するほどの力を秘めた武具を後天的に生み出す必要がある。
作る方法ならば無数に存在する。それこそ、一般人であっても神憑り的なことでひょんなことから作り上げてしまう可能性がないわけではない。煉夜や【創生の魔女】の扱う【創生】の魔法にも可能といえば可能だ。だが、そうしたものが現れたならば、必ず美神の知覚には感知される。
そうでないならば、そして、幻想武装という力も含めるならば、可能性として最も高いのは「心象武装」と呼ばれるものであった。
「心象武装、そういうものなのかは知らないな」
正直、煉夜も初めて使うものである。大鎌を主体にした戦いなどしたことはない。だが、それでも様になる構えを取れるのは、感覚的なものか、それとも刷り込みか。
心象武装とは、その魂に刻み込まれた思いを具現化した武装である。ある意味では、煉夜の扱う幻想武装は全て、この心象武装にも含まれる。だが、そもそもにして、心象、心に描かれるイメージを具現化するということにおいて、その魂に刻み付けられているほどの願いや思いというのは総じて普通ではない。
それも神器に匹敵するほどの心象ともなれば、それは常人の魂が描くイメージとは絶対的にかけ離れた異質な何かに他ならない。
「これは、俺とメアが背負うもの……、いや背負わなくてはならないものだ」
巨大な鎌、それは死神の鎌を連想させるが、死神の鎌とは魂を刈り取るもの。しかし、煉夜のそれは起因するイメージが異なる。
「レンヤ様……、それは……」
リズは煉夜の発言に戸惑うようで、心の奥底で納得するような何かを感じた。禍々しいその鎌が己の背負うべきものであり、かつ、重みなのだと。
「スファムルドラ帝国……。あの国は永く、そして、強かった。4つの神具が与えられたのもスファムルドラだけ。宝具はそのほかの国が分散して持っていたのにも関わらず、スファムルドラだけはその力を4つとも有した。それがなぜだか分かる?」
クライスクラという世界は、十四の聖女が神託を伝えていた時代においても、魔獣、幻獣、超獣、神獣の脅威から身を守るためにスファムルドラの四宝や属性の宝具などのような神器の類が何度か授けられる機会があった。
だが、国力のバランスが傾けば平和は崩れる。そのため、神が与える神器の数もそれなりに調整をしていた。手にした種族や勢力によって世界のバランスが保たれるように、と。
その中で、スファムルドラ帝国は四宝にして至宝とされる4つの神器を授かった。明らかにバランスを崩していると思われる授け方だ。
「スファムルドラは古くより、国を栄えさせると同時に、多くの国と同盟を結び、和平を保つ国でした。守護騎士の就任が同盟国の認可を受けるのも、自国からは見えない部分を見てもらうという面もありますが、守護騎士は同盟国をも守る騎士であるという面もあります」
強い国というのは、他国を攻め、自国の領土として勢力を広げていくものであるが、スファムルドラ帝国は、その範囲を広げすぎず、周辺国とは同盟国として協力関係を築いてきた。それにより、内部からの崩壊を防ぐとともに、広い範囲での魔獣や幻獣との戦いを行い、平和に貢献してきた。
そうした意味からも、神器が与えられたとて無為な攻撃行為に及ばないと判断されて、4つの神器を贈られたのだ。しかも、その神器は皇族と聖騎士に渡される。皇族とそれを守護するものが無為に戦場に出ることは少ない。バランスもそうして保たれていた。
「そう、スファムルドラは強い国力を持ちながらも周囲とのバランスを保つ国だったから神具が与えられたわ。もっとも、あの戦いで盾と杖はこちらの世界に流れてしまったみたいだけど」
神器を失ってからも数百年単位で同盟国とのバランスを保ち続けたのは流石というべきだろう。もっとも、宗教や地域格差などから紛争は起きてしまうこともあったが。
「でも、そんな神器は存在しない。心象武装にしても核がなければそのような形になるはずがないわ。剣でも槍でもなく、鎌である理由がどこかにある」
煉夜の出した武器が「大鎌」である理由。そこには明確な理由が存在するはずなのだが、それが美神には全く分からなかった。曖昧なイメージではなく、そうした形を取った意味、それが分かれば、どういう力かも理解できるだろう。
「ああ、そうだな。これは、鎌だ。いや、正確には『刃』と称すべきなのだろうが」
刃、それならば剣でも刀でもいいはずだ。だが、あえて「大きな刃」がついた鎌であることがその証であった。
「魔鎌、権能解禁。『我が敵はここにあり』」
強大な魔力が世界すらも改変する勢いで広がる。聖槍や聖盾の権能と同様に世界そのものを変貌させる力を持つ。されど、変貌する先は「スファムルドラ帝国」ではない。そもそも「スファムルドラ帝国」に変貌するのであれば、美神の言うように、神のつくった世界の一部であるから彼女には効かないだろう。
「これは……、心象武装で神具に匹敵する奇跡を秘めるなんてやっぱり、あなたの中にあるそれは強く働いているのね」
変わりゆく世界の様子を見ながら、神器に匹敵するほどの力を……、神の力であるはずの「権能」すらも行使するその武具を見ながらそのように言う。煉夜の中にある「それ」とは、美神の5分割された肉体の一部。
過去を見通す水姫には「過去を司る神の左手」が。魔女の未来を切り開く六二三には「未来を司る神の右手」が。聖女を守護するバンズには「精神を司る神の頭脳」が。神の代わりに動く少女の残骸は「行動を司る神の半身」が。そして、2つの世界と結び付く煉夜には「生命を司る神の心臓」が。
神の心臓、それは生命を司る力である。そうであるならば、魂という生命の根源の1つと非常に相性がいいのだ。それゆえか煉夜は幻想武装に非常に高い資質を持っていた。あるいは非常に高い資質を持っているがゆえに「神の心臓」に選ばれたのかもしれないが。
「ここは……」
水姫が周辺の様変わりした様子に唖然とつぶやいた。薄暗い空に、荒れた大地。お世辞にも綺麗とはいいがたい世界。
「ここがどこであろうとクライスクラなら……」
「――ここはクライスクラでもどこでもねぇよ」
その言葉の通り、美神の力が作用するような要素はなかった。しかし、煉夜の持つ幻想武装による世界の書き換えは今まで、全てがクライスクラのどこかに書き換えたり、再現したりするものであった。だが、これだけ異なるというのはおかしな話だ。
「じゃあ、ここは」
ここはどこだ、と言おうとした瞬間、世界が揺れる。
その頃、クライスクラという世界のどこかで、全ての色を混ぜ込んだような光すらも呑み込む漆黒の髪と宇宙の果てを思わせる暗黒の瞳をした妙に露出度の高い少女が2つの人影を見つけて、じっと見ていた。【創生の魔女】と【四罪の魔女】。懐かしむように2人を見て、一足でその2人の前に「跳ぶ」。
「久しぶりね、2人とも」
その言葉に、2人は戸惑った。こんな妙に露出度の高い格好をした少女の知人はいないし、何より、他人の視線が彼女に向いていないことが不思議で他ならない。
突如、少女が現れる。それも黒髪黒目で非常に目立つ格好をしている。どう考えても視線は向くだろうが、そうなっていない。
「残念ながらあなたのような知り合いはいないんだけど」
【創生の魔女】の言葉に、「あら」と小首を傾げながら少女は笑う。
「じゃあ、こっちの姿なら分かるかしら」
まるで姿が書き換わるかのように少女の姿が見知った【虹色の魔女】の姿へと変貌していく。書き換える、あるいは偽るだろうか。世界を偽るほどの悪戯な力で。
「ノーラ……」
しかし、おかしい。【魔女】は生まれ変わっても、その髪色などの特徴は類似する。だからこそ生まれ変わってもなお手配されるのだし。しかし、【虹色の魔女】と先ほどの少女は全く異なる。
「あなたは、いったい……?」




