353話:顕現せし神・其ノ弐
神の降臨、それも主神クラスともなれば、その神々しさは天地を震わせるほどである。神とは一種の自然現象なのだ。意思を持った自然現象。ある意味では超自然的存在。
神気が降り注ぎ、肌をピリつかせる。まるで、逆らってはならない存在であるかのように、そして圧倒的な存在感と全てを上回る上位の存在であるかのように、それは降り立つ。クライスクラに唯一存在する絶対なる神、「美神」。
それに対するのは、戦士と陰陽師と魔法使いと魔女の4人パーティ。魔王に挑むのにも不足のありそうなパーティだが、それでもそこに立っていた。
煉夜、水姫、リズ、小柴の4人。ユキファナは「死神」が「神」と相対するのは難しいとしてリズの護衛を煉夜に任せて雪枝と共に呪符の方を担当することになった。正直、水姫とリズの2人を守りながら戦うことになるのだが、リズに関しては本来、護衛がいらないくらいには腕が立つ。そういう意味では大丈夫だろう、と煉夜は判断していた。
「久しぶりね、【自然の聖女】キララ・タナート」
降り立った美神は小柴を見ながら、彼女のかつての呼称を呼んだ。【自然の聖女】。それは小柴が【聖女】あるいは【大聖女】であった頃の呼び名。
【四罪の魔女】は【司法の聖女】。【無貌の魔女】は【神秘の聖女】。【財宝の魔女】は【宝物の聖女】。【緑園の魔女】は【自然の聖女】。【虹色の魔女】は【勝利の聖女】。【創生の魔女】は【創造の聖女】。六人の魔女にはそれぞれが【聖女】であった頃の呼び名があった。というよりも、そちらの方が本来の呼び名であり、【魔女】としての名前は後に付けたものである。
「もう2度と会いたくはなかったんだけどね」
実際、封印が上手くいっていれば二度と会うことはなかったはずであるが、そう上手くいかなかったのが現実である。
「それから、覚えているかしら、煉夜。あなたとは一度会っているけど」
その問い、その答えは、問いかけた美神自身もすでに知っているのだろう。だから、どう答えられてもそこに意味はない。
「ああ、微かだが覚えているさ。かつて夕暮れにお前と出会ったことは」
忘却の片隅、おぼろげな記憶だが、確かに出会ったことはある。だから、それをあえてごまかすような必要はないと判断して答える。
「まあ仕方がないでしょうね。1度会ったきりなのだから」
そこに明確な記憶がないことは別に彼女にとって重要なことではない。会ったという事実、それだけが重要だ。
「そして、火菜美の子孫、『過去を見通す瞳』を持つ水姫。あなたとは初めましてね」
煉夜も一応、火菜美の子孫ではあるのだが、この場合は、あえて水姫のみを指して、そう呼んだ。それは、煉夜は【魔女】の眷属というつながりもあるが、水姫は純粋に火菜美の子孫という縁だけで神の肉体の一部が入ったからだろう。
「異世界の神とやらとこのような形で会うとは到底思っていませんでしたがね」
一応、舞を嗜むものとしては、神と触れるならば舞としてであると思っていた。しかしながら、そんなものとは全く異なる形で出会ってしまったのだから。
「それから、スファムルドラの残り香。よもや、世界を隔てた先で4つの神具が揃っているとは思いもしなかったわ。元の世界のスファムルドラはあのざまなのに」
スファムルドラ帝国は、現在も存続している。しかし、その栄華はすでに崩落していた。その理由を煉夜は知っている。美神も知っている。過去を見た水姫も知っているだろうが、リズは知らない。
「今のわたくしはエリザベス・■■■■・ローズ。スファムルドラの名を背負うものではありません。役目こそ負えど、スファムルドラを築くものでないのです。スファムルドラは、今のスファムルドラを生きるものがどうにかするしかないのでしょう」
そう、今の彼女はあくまでエリザベス。かつてあの世界を生きたメアという存在ではない。その魂の4分の1が入っていようとも、あくまで彼女はリズでしかないのだ。
「その原因を作ったものが言う言葉ではないとは思うけれどね」
その言葉にリズの眉がピクリと動く。リズは知らないのだ。あくまで4分の1しか魂が入っていない影響か、それとも別の要因か、スファムルドラの衰退を……、崩落への道をたどるきっかけがどうなっていたのかを。
「それで、あなたたちは、大人しく身体を受け渡す……気がないのは分かっているわ。8ヶ所に呪符を貼ろうとしていることも知っているもの。だから、邪魔はさせてもらっているけどね」
それを聞いた煉夜は、笑みを浮かべた。そこには色々な意味が込められていたが、表向きに出した言葉は1つ。
「それはこれがどういうものか分からないから邪魔をするのか、それとも効果があるから邪魔をするのか、どちらなんだ?」
わざとらしい問いかけ。答えが返ってくるのを期待してのものではない。だが、確かに呪符による煉夜の「切り札」とやらが効かないのであれば邪魔をする必要などないのだ。そうであるならば、呪符の効果が分からないからとりあえず邪魔をしているのか、あるいは、呪符が効くから邪魔をしているのか、そのどちらかである可能性が高い。
「希望を潰すために徹底的にあなたの手札を崩しているだけよ」
その返しは、煉夜の予想した範疇の返しであり、そして、それはおそらく嘘であることも予想がつく。なぜならば、美神という神は煉夜をよく見てきたはずなのだ。だから何をするのが煉夜に効くのかは知っているはず。裏を返せば、「徹底的に手札を崩す」などという余裕のないさまを見せることが何の得にもならないことは美神が一番よく知っているはずなのだ。
「嘘だな。その場合だったら、むしろ何をやっても効かないとばかりに、平然と効かない様子を見せつけた方が効果的だ。そうしないのは、呪符の内容を知らないか、呪符が効くのかどっちかという証拠だ」
煉夜のいい分には若干のハッタリも含まれているが、だからこそあえて断言をしたのだ。「嘘だな」と。もちろん、断言するには証拠も薄いが、あえて断言することで言動の優位を得ようとしているのだ。
「まあ、例え、あなたの言うことが本当だとしても、発動させなければいいだけの話。気づいているのでしょう。この都市に放たれた気配に」
そう、煉夜の知覚域には先ほどからそれらの気配が蠢いているのが分かっていた。もちろん、それがどういった存在であるのかもおおよそは分かる。
「魔獣や幻獣の類だな。流石に超獣や神獣の手持ちは少なかったか、それとも使うまでもないと判断したか」
正直、獣狩りと呼ばれた煉夜以外は雷司、月乃、裕華くらいしか超獣に届き得る存在はいない。陣を描くことが分かっていれば、1ヶ所さえ防げば阻止できるのだ。ならば超獣や神獣を無理して投入する必要はないと判断するのも分からなくはない。
「さてね。ただ、普通の魔獣や幻獣だとは思わない方がいいわよ」
その言葉に、かつて幻獣である緑猛弩亀と戦った時のことを思い出す。【緑園の魔女】は復元術式を組み込まれたそれを「神の手先」と呼んだ。
「復元術式やら自爆術式やら色々仕込んでいるんだろうな」
それに対して答えず笑う美神。魔獣、幻獣、超獣、神獣との豊富な戦闘経験がある煉夜ならばそれらが「神の手先」としてどういう術式を組み込まれているのかを熟知しているのは不思議ではない。見抜かれて当然だと思っていた。
「先に警告しておくと、あなたの持つ幻想武装は全て知っているわ。その中にいる6人の魂も5つの幻想武装も。そして、そのすべてが通じない」
一瞬だけ顔をしかめた煉夜は、それであることに気が付いた。魂という不鮮明なものを封じ込めた自身の幻想武装は、神ですら未知の領域なのではないか、と。あるいは、煉夜の持つ最後の幻想武装を使わせようとしている誘いなのかとも勘ぐったが、どうにもそういった様子ではない。
「そうか、六人の魂と五つの幻想武装を知っているか」
煉夜の中にある幻想武装は六人六属。神が言う5つではなく、6つが正確だ。しかして、神は5つといった。
「おそらく、あなたはスファムルドラの聖槍の権能を使い、攻撃をするつもりだと思うから先に行っておくわ。効かないと。手札を崩すと言ったでしょう。スファムルドラの霊脈はすなわち、『神が作ったものの一部』。当然、どうとでもできる」
その言い分から、他の言いたいことも分かっていた。そもそも煉夜の持つ幻想武装の中で攻撃に使えるのは3つだけ。[煌輝皇女]と[結晶氷龍]ともう1つ。
「『水の宝具』もお前が作ったものだからどうとでもできる、か。とはいえ、魔獣や幻獣の召喚を直接の召喚にしなかったことを見るに『流転』を無効化できるわけではないみたいだがな」
直接召喚術式で呼ぶのではなく、間接的に呼び出したのは煉夜の「流転」を警戒してと考えられる。そうであるならば、一切合切が効かないというわけではないのだろう。
「それでもたかが氷遊び、児戯に等しいわ」
自然現象であるともいえる神を相手に、氷での攻撃をしたところで大したダメージは入らないだろう。
「あなたが取る戦法は、呪符を貼り終えるまでの時間稼ぎ。どれだけ粘れるかというところにかかっている。徹底した時間稼ぎ、それしかできないでしょう?」
確かに、この状況において煉夜が取れる手段は、「切り札」である呪符の設置が終わるまでの間、徹底して神を抑えるという戦いになる。
「自分頼みの様で、完全な人任せな作戦。あなたらしいと言えばあなたらしくもあり、あなたらしくないと言えばあなたらしくもない作戦ね」
矛盾しているかのような美神の発言であるが、人に任せるというのは煉夜らしいスタンスでもある。自分のやれることをやるという形。だが、全てを受け入れ生きるという煉夜の生き方からしたら全て人任せともいいかねないこの作戦は「らしくない」とも言えた。
そもそも煉夜は基本的には「自分のやれることをやる」という生き方に相違ない。ただ、今まで起きてきた厄介事は全部煉夜のやれることだったというだけの話。しかし、今回においては、神と戦いながら呪符を張り巡らせて、水姫を守るということに関して、1人で出来るかといえば「できない」というだけの話。
「別にあくまで向こうは切り札だ。俺にもとっておきはあるもんでな」
そういいながら、――覚悟を決める。
[煌輝皇女]の時とは別方向の覚悟を。
「何を使っても無駄だと……っ?!」




