349話:彩色の結末・其ノ弐
結局、女子会……一名、女子と呼ぶべきか考える部分はあるが、女子会がグダグダに終わった火邑、小柴、きい、月のために、煉夜たちはちょっとご飯でも、という運びになった。ファミレスにでも行くか、という話になったが、こういう時に都合のいい店を煉夜は知っていた。
「いらっしゃ……、ってなんだ煉夜なのよさ」
久々の客と思い、対応しようとしたら、見知った顔が入ってきただけに露骨に微妙な顔をしたのは、煉夜のかねてからの友人であり、バイト先の一人娘でもあるサユリ・インゴッドこと入神沙友里である。
「露骨に嫌そうにするなよ。今日は客として来てるんだから」
火邑と小柴、雷司と月乃はここに来たこともある。それぞれ別の機会に、だが。きい、月は初めてだが、まあ一見、ただの喫茶店だから別段忌避感もない。
「あら、前に見た顔もちらほら。……常連客って未だに賞金首連中の印象が消えないのよさ」
何度も見た顔となると、沙友里の中では色濃い面々の顔が思い浮かぶ。もはや、あの濃密な空間が長く続いた精神的弊害のようなものだろう。
「……正直、たまり場にしていたのは悪かったとは思ってるけどな。まあ、でも売り上げには貢献していたし」
王都で表通りから外れた店など、ほとんど客足も遠のく。その分、裏の人間である煉夜たち賞金首が入りやすかったというのもあるが、ほとんど稼ぎの無かった店にかなりの貢献をしていたのは間違いない。金の使い方はかなり豪快であったし、量も多かったので、払われるのが汚い金であろうと、王都の場所代を払っても余るくらいの収入になっていた。
「それよりマスターは?」
いつもなら顔を出すマスターが出てこないので、事情があるのか、と沙友里に問う煉夜。それに対して、苦笑しながら答える。
「今日は地域のお茶会とかいう名の会合に出てるのよさ」
お茶会というのは名ばかり、実際は、「おたくの売り上げは」とか「静かそうでいいですなあ」みたいな煽り合いの場である。ちなみに「静かそうでいい」というのは「客入りが悪いですね」の遠回しな言い方である。
「そうか、大変だな……」
そういいながら、適当な席に腰を掛ける。基本的に4人席なので、女子会4人組で1つの机、煉夜、雷司、月乃でもう1つの机。
「まあ、好きに頼んでいいぞ。雷司が奢ってくれるから」
「ああ!
……っておい待てや。せめて俺とお前の割り勘にしろよ」
いつも通りのやり取りで、煉夜と雷司が笑う中、各々が注文をする。併せて、煉夜も注文をするのだった。
「天の川とチョコレートケーキを二つずつ」
さらりと2人分を頼んだ煉夜に、若干視線が向けられた。それに対して、煉夜が「ん?」と声を漏らしたが、沙友里が突っ込む。
「いや、ケーキ2人分までなら納得いくけど、飲み物も2人分頼む意味よさ」
そう、男であるし、まあケーキ2人前までは、納得できないこともない。だが、そこにもう1つ飲み物を加える理由はないだろう。
「ああ、静萌の分だな」
そのさらりと言った言葉に対して「ああ」とうなずいたのは小柴だけであった。まあ、この場において忍足静萌を知っているのは、美鳥が部屋に恩恵をかけたときに部屋にいた小柴だけであろう。
「吾のことを一応、紹介するのですね」
と、いつの間にかちゃっかり煉夜たちの机の席についていた静萌が言ったが、その声は煉夜にしか届いていない。
「誰か追加で呼んだのか?」
まあ、普通に考えればそういう発想になるだろう。しかし、雰囲気的にもそうでないことは雷司も察していた。
「知覚できないだろうが、そこに座ってるぞ。幽霊の類ではなく、な」
どう知覚しようとも、そこには何もなく感じる。しかし、煉夜が言うのだから冗談ではないのだろう、と、そこに視線を向けた。
「一般的に幽霊と呼ばれる類にはあったことがあるから、そこに何かいるとしたそうじゃないのは確かだな。しかし、まったく分からんな」
かつて、雷司は幽霊と呼ばれるような存在にもあったことがある。それは知覚のできる何かであることは間違いない。であるならば、今、目の前にいると言われているそれは幽霊ではないのだろう。
「裕華でも、美鳥の神格付与術式があって初めて知覚ができたくらいだからな。普通はどの索敵にも引っかからないと思う。恩恵であり、呪いでもある力だな。適しすぎてコントロールも出来てないから、俺以外は姿を認識するのは難しいだろう」
恩恵と言われて、ああ、と納得する。少なくとも、煉夜の恩恵については雷司も知っている。だからこそ、多少の納得はできるというもの。
「後は、【氷の女王】とやらも気づいていたみたいだから」
そう言われて、火邑……というよりもナキアであるが、朝の記憶、【氷の女王】が出現したときのことを思い出す。
「そういえば言ってたっけ、『誰にも見えない幻想の子忍足静萌』とかなんとかって」
普段の火邑なら絶対に覚えていなかったであろうが、今はナキアが混じっている分、その辺の記憶力はしっかりしていた。
そして、煉夜以外からの情報で、その存在がいる可能性が格段に上がったのだ。信じていなかったわけではないが、煉夜の場合は色々と事情が特殊であるために、煉夜の脳内にしか存在しない架空の人物がいるという可能性も無きにしも非ずであったと雷司は考えていた。
「しかし、見えない存在ってなると、怖いけど、自分自身が知覚できないから言うほど実感がないせいか、変な気分ね」
月乃がそんな風に言う。確かに、認知できないものがそこにいると言われても、自分には一切見えていないし、何か実害を加えられたわけでもないのならば、実感もできない。そうである以上、いないのと変わらないのだ。
「見えないというよりは分からないって言うのが正確かもしれないな。例えば、ここで静萌がナイフでさっくり月乃を刺しても、月乃は気が付かないわけだ」
「やってみますか?」
あっけらかんと例え話に「やってみますか?」と返した静萌に末恐ろしいものを感じつつ、煉夜はそれを手で制した。
「気づけない、分からない、うーん、なるほど……?」
いまいちこれでも分かっていないようであったが、雷司はそれを何となく理解したようで、若干鳥肌が立つような恐ろしさを感じていた。
「妖怪で言うところのぬらりひょんみたいなやつなのよさ」
そんなことをぼそりと沙友里が呟いた。まあ、間違ってはいないだろう。ぬらりひょん、瓢滑とも書き表される幻妖怪異。妖怪の総大将などとして称されることが近年になって顕著になったが、それは後から変質していったものであるとされることもある。
まあ、夕刻に勝手に家に上がり込むだけの存在の何をもってして妖怪の総大将なのかという話である。あるいは、その誰にも気づかれないということに対する恐怖を持ってして、そう呼ばれるのかもしれないが。
「ぬらりひょんなあ……、あれも後天性の変異型妖怪なのかもな」
誰にも聞かれない程度の小さな雷司の呟き。後天性変異型妖怪、簡単に言えば、後から能力が付随したり、変異したりする妖怪のことである。この場合は、妖怪の総大将という要素が人間たちの間で伝搬し、認知されるようになり、それが結果となって、ぬらりひょんという存在自体を変えてしまったということだろう。
「そういえばこの間、戦った妖怪も『ぬらりひょん』がどうのとか言ってたわね」
思い出したように月乃が言った。それに対して煉夜が呆れるように肩を竦めて、雷司たちに向かっていった。
「お前ら、妖怪退治なんかもやってるのか。大変だな」
まあ、煉夜の領分も似たようなものであるが、むしろ、煉夜の本来の領分はそこなので、専門外のことにも首を突っ込んでいる雷司たちをねぎらったのである。
「ああ、まあ、本来は専門家に任せるべきなんだろうが、経験を積む一種の行動だな」
専門家、この場合は煉夜たち陰陽師であろうか、まあ、雷司たちの場合は、妖怪関係の専門家が身内に一応存在する。
「うちの場合は裕音さんがそれにあたるんだが、まあ、後は裕華か。市原家は元々、祓い屋の家だからな。対龍のスペシャリストたる立原から分かれた血が変異して、祓って一に戻す、一祓、転じて市原になったから」
裕華の母の姉であり、父の婚約者という意味では母親の1人でもある裕音は、その血筋ゆえか、幻妖怪異を相手にすることに特化した異能、《古具》、《破魔の宝刀》を持って生まれた。母方の姫野に起因する朱光鶴希狂榧之神にも目覚めた退魔、対魔の専門家だ。
「ああ、そうか、そういえば市原家はそうだったな」
一応、司中八家の各家の創立などに関しては調べた煉夜であるから、市原の出自の一部くらいは知っている。
「それよか、煉夜の方はどうなんだ、最近は」
最近の出来事として煉夜の脳裏に浮かぶのは、やはり、見確めの儀からの一件であろう。だが、事件自体の方ではなく、煉夜の中で強く印象に残っているのは、その後の話。
小柴と、【四罪の魔女】からの伝言について話したときの方であったが。そんなことを、きいや火邑と談笑している小柴を見ながら思い出していた。
その頃、クライスクラという世界のどこかにある塔のような場所に、この世の全ての色を混ぜこんで作り上げたような、光すらも返ってこないような漆黒の髪と暗黒じみた宇宙の果てを思わせる漆黒の瞳をした、やけに肌の露出度の高い少女が立っていた。
その塔のようなものに触れて、懐かしむように小さく微笑んだ。それは塔に向けられたものではなく、その奥にいる誰かに、いや、誰かたちに向けられているようである。
「そろそろ起きる時間よ。アレの意識が向こうを向いている今が最後のチャンスだと思う。だから、『目覚めなさい』」
塔は瓦解する。まるで、ジェンガを崩したときのように簡単に、あっさりと。それと共に、各方、一方から八方まですべてに、光の柱が立ち上がる。




