348話:彩色の結末・其ノ一
羽ゐ奈を筆頭に、魔法使いたちは秋世によって捕縛されて、転送された。転送先は、《チーム三鷹丘》が保有している異界にある魔法を封じる仕掛けをした牢獄である。魔法を封じられている空間に魔法で転送するのは難しいが、秋世は《古具》としても能力を使えるので、不可能な話ではない。
「しかし、わざわざ秋世さんが来るくらいにはみんな忙しいのか」
雷司がそんな風につぶやいたのを、秋世は耳ざとく拾っていた。「秋世が来るくらい」というのは、この能力上、かなり仕事を任されている。本来、こんなことをするために来るほど暇ではないのだ。
ただ今回は、それ以上に他の面々が忙しすぎた。たまたま手が空いていた秋世が、本来しない仕事を回されるくらいには忙しい。
「忙しい上に人手不足ね。まあ、うちの子たちも含め、下の世代が育ってくれれば、この問題も解消されていくのかもしれないけど」
秋世の子たち、……秋世の息子と娘は、雷司とは面識がない。雷司も正直、何人いるのかを把握しきれないくらいに、母親の違う兄弟姉妹がいるので、それらが育てば、確かに人手不足も無くなるだろう。
「うちの母さんはある程度余裕があるみたいだけど?」
雷司の母は、この後、雷司に技を伝授するために来ると言っていたから、それができるくらいには時間があるのだろう。
「明津灘さん……、いえ、紫炎さんも、色々と仕事を任されていたはずよ。伝聞解析とかそっち系だから外には出ないけど、かなり重要だし」
むしろ、そういう裏方作業の方が、重要なパターンも多い。実際に動き回る秋世や雷司の父なんかと違って、情報収集、情報整理は、常に行っておかないといけないし、常に誰かしらに割り振られている。
「それじゃあ、周月、あなたもさっきの人たちとは別のところだけど、連れていくわよ」
そう言われた月は、少し考えるようにして、黙った後に、口を開く。それは何かを思いついたような表情であった。
「いいわ、ここに残るから。局が迎えに来るまでは、どうせあなたたちについて言っても隔離した場所で待たされるだけでしょう?」
羽ゐ奈が「局の人間」と言っていた雷司たちのことを考えれば、依頼主は「時空間統括管理局」であることは予想できたし、局が自分たちで動いていないことを考えると、「局辞退が動けない状況」であるとうかがえる。
「いや、まあそうなんだけど、逃げないという保証もないのに置いていくわけにはね」
秋世としては、正直どうでもよかったが、逃げられて変な責任を押し付けられても面倒だし、管理下に入れる方が安心はできる。
「人手不足なんでしょう?
人ひとり監視する人員割いてる余裕あるの?」
痛いところを突かれた。確かに、月を連れて行った上で、それを監視する人員を割く余裕は、正直、今の逼迫した状況の《チーム三鷹丘》にはない。
「それはそうだけど……」
どうするべきか、そう思った秋世に、声が聞こえる。自身の夫の声であり、このタイミング、見計らっているのでは、と疑念を抱くレベルだった。
「秋世、周月の捕縛について、雷司に、『周月がその場に残りたいと言っていたらそのまま放置でいい』と伝えておいてくれ」
あまりにも見透かしたようなタイミングで、それを伝えてきたので、一瞬イラっとしたが、それに対して言葉を返す。
「本当にいいの、それで。逃げられたら」
「逃げることはないだろう。雪白煉夜君の妹がいただろう。彼女が居れば、多分逃げることはないと思うぞ。彼女、転生者だったし、周月の件はそれに引っ張られた部分が少なからずあるはずだからな」
何もかもを予測するたちは、昔の自分が知る昔の彼とは異なり、どちらかと言えば、彼の姉に転生した武神その人からの血の遺伝なのだろうと感じながら、うなずいた。
「了解。あなたがそういうならそれでいいんでしょう」
今は自分よりも二手も三手も先の未来を見通し、その知勇を持つ彼に対して、自身の判断よりも勝るだけの信頼はある。
「『周月がその場に残りたいと言っていたらそのまま放置でいい』と伝えてくれって」
肩を竦め、ため息を吐き出す秋世。煉夜は通信魔法の類が使われていることを理解していたが、その内容の傍受までは、するべきではないと判断して、していなかった。
「父さんも相変わらず見透かしたようなタイミングで言ってくるものだ」
雷司もその発言に対しては、ため息を吐かざるを得なかった。
「しっかし、まあ、このタイミングで月さんが、この京都に残るとなると、本格的に何かありそうな、そんな気配だな……」
リズ、ユキファナ、雷司、月乃、四姫琳、月、……、なぜかこのタイミングで、京都には煉夜と縁を持つ超常の力を持つ人々が集まりつつある。それを「偶然」と片付けられない、煉夜の中にある漠然とした何かがあった。
特に、小柴の話や四姫琳が言っていた内容もある。だからこそ、何かが起こる前兆なのではないかと感じるのは当然かもしれなかった。
「ああ、そういえば、ここに置いていくのはいいけど『終末装置』の所在だけは掴まないと流石にヤバそうだから聞いておくわ」
思い出したかのように秋世が月に向かって問いかけた。その奇怪な名前のものに対して反応を見せたのはナキアの方だった。
「アルドラ……?!
終末装置アルドラと言えば、消失世界の遺産の中でも、箱庭に並ぶ危険なものとされているアレのことでしょ?」
終末装置アルドラ、とある世界を壊滅させたとされる伝説の装置。手にしたものを狂わせると言われるだけの力を秘めて、世界そのものに寄生する生きる機械。
「管理外の端の端、『ユークヴェル三釜鏡』の世界の近隣だったわ。でも、あれは、そこに存在しているというよりは、誰かがあそこに置いたという感じだったけどね」
「『ユークヴェル三釜鏡』って言えば、四仙遊境近隣の世界ね。まあ、管理外の端の端と言えば端の端だけど、あそこって確か昔からある一団がテリトリーにしていた気が……」
記憶をたどるように秋世が唸る中で、煉夜は、月に問いかけた。本当に何気ない感じで、秋世が思い出すまでの雑談程度の気で。
「つまり、月さんが雷司たちに追われていたのは、法廷に立つとかでも何でもなく、その消失世界の遺産の情報のためって面が強かったのか?」
消失世界の遺産、四姫琳から聞いてはいたが、実際にどんなものがあるのかは、ほとんど知らない。
「そうなんじゃないかしら。そもそも、局って法よりも武力解決とかしちゃうタイプの組織だし。そもそも、羽ゐ奈は局が裁くものでもないでしょうしね。管理世界で殺しと、その罪の擦り付けをしたくらいだし、その世界の法機関が裁くならともかく、局がわざわざ出張ってこないでしょう」
「管理というからにはその辺も管理しているのだとばかり思っていたが」
煉夜はほとんど聞きかじりでしかないため、情報はかなり少ない。だから、ほとんどの部分が想像でしかない。
「流石に、世界をまたにかける大犯罪ならともかく、一世界の殺人事件にまでは首を突っ込んでこないわ」
その辺の喧嘩を最高裁判所まで持っていくかという話である。そもそも裁判所にすら持っていかないかもしれないが。
「思い出したわ、あの辺って確か、サンクチュア・ウーノのテリトリーよ。でも、サンクチュア・ウーノって今は……」
思い出した情報から、何やら頭の中でつながっていく秋世。それは、現状につながる道筋となる。
「ってことは、今の一件、『終末装置』が関わってくる可能性があるってことじゃないの!」
《チーム三鷹丘》が忙しくしている原因、それに月が渡した情報が関わってくる可能性が出てきた。
「サンクチュア・ウーノって確か、聖域宮っていう空間を拠点にしている自称宗教団体だったかしら」
ナキアが遠い記憶にある情報はそんなところだった。それはかなり古い情報なので、今もあっているかは定かではない。
「ええ、かつてはそうだったわよ。聖域宮……、聖域宮っていう場所を拠点に、救い、導き、信じていれば、やがて聖域宮の奥、一神域にたどり着くって教えの胡散臭い宗教の」
かつてはそうだった、つまり今はそうではないということ。まあ、ナキアが生きていたころの情報ならば、仕方がないだろうが。
「今は、別の宗教団体とくっついて、さらに勢力を広げているの。クワイベルバレット……鈴瑚示教団とやらになっていて、今その勢力があちこちで問題を起こしているから、それの解決に奔走中なの。でも、テリトリーに『終末装置』があるとなると、それはちょっと厄介かもしれないわね……」
宗教が併合することがないわけではない。似たような教えを説いていたものが、地域によっては一緒の宗教と扱われるようになる場合もある。そうした結果、サンクチュア・ウーノとベアリノス本界教、ウノス・ウユウーカと他の小さな宗教が併合した結果生まれたのが、クワイベルバレットという宗教団体である。
「とりあえず、報告もあるし帰るわ。ああ、雷司君、明津……じゃない、紫炎さんによろしく言っといて」
手を振って、「じゃあ」という言葉と共に、銀朱の光となって掻き消えた。
「さて、俺らはどうするか……」
雷司が呟いた。




