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白雪の陰陽師  作者: 桃姫
白雪魔女編
344/370

344話:血色の記憶・其ノ肆

 羽ゐ奈が何をやったのか、ということにこの場で気づいたのは煉夜だけだった。しかし、これに関しては、煉夜にかかった「多言語理解」の魔法がいい方向に作用していた部分が大きい。「隣境」という言葉を聞いて、具体的にどういったことができるという想像は、中々にできるものではない。


 しかし、煉夜の多言語理解は、「隣境」という言葉の意味を最も分かりやすく煉夜の中に落とし込んだ。それゆえに、どういったことが可能なのかということが、何となく、理解できたがゆえの気が付きである。


「壁と空気、その隣り合う境界をズラし、壁と空気の間に本来は存在しない何もない空間を生み出し、そこに潜んでいたんだろう。だが、壁と空気の境界をズラしたということは、そこには空気がないということ。いくら魔法で強化できようと、真空中に人間がそう長くいることはできない。下手をすればその空間の中で死ぬ恐れすらあったはずだ」


 壁と空気、隣り合う2つの境界をズラすことで、境界上に本来存在しないはずの空間を生み出したということだ。


「待って、それなら別に空気じゃなくても壁と壁でも何でもいいんじゃないの?」


 月乃がそのように言うが、それに対して答えるのは羽ゐ奈ではなく煉夜である。魔法とは秘匿傾向が強い分野である。特に1人につき1つの魔法を扱うという月たちの世界では、同系統の師弟でのみ共有している情報も少なくない。


「『隣り合う2つの境界を操る』というのは、かなり噛み砕いた説明で、当たっているが正確ではない。正確に言うならば『隣境』の魔法とは、隣接する2つの境界線を操る魔法だ。接している必要がある」


 隣接する。つまり接している必要がある。壁と壁はどんなに近く建っていようと、その間に空気などが存在しないはずがない。


「仮に、空気すらもないほどに密接した壁同士があったとしても、空気がない以上起こることは同じだ。隣接するという条件を満たした時点で、そこに空気すらない空間ができるのは確定している」


 名は体を表すというように、魔法の名称は、魔法そのものを表しているといっても過言ではない。特に、1人につき1つの魔法が与えられ、同じ魔法が存在しない月や羽ゐ奈の世界では、魔法名称とは魔法を形作る上での重要な要素であった。

 そして、名前を分かりやすく理解するということは、その状況においては、魔法を形作る重要な要素を理解するということと同義である。それゆえに、煉夜はこの状況において、雷司や月、ナキア、小柴にすら分からなかった「隣境」という魔法にできることの一部を理解することが可能だったのだ。


「周月を殺す計画で予想外だったことは2つだけでした。1つは統括管理局の介入。そして、もう1つはあなたの存在です。よもや、魔法の仕組みをここまで紐解かれるとは思っていませんでした」


 そして、火邑の方を見て、羽ゐ奈は言葉を続けた。忌み嫌うものを見るように、その鋭い視線は火邑に突き刺さった。


「ナキア・ハード・モア。あなたが生まれ変わるという可能性は十分にありえました。それは別に、あなたがどうこうという妄念じみたものではなく、あなたの身体と魂という隣り合う境界が、あの時点で異常な形に変質を遂げていたからというだけの話です」


 魂と肉体が隣接しているのかどうか、という疑問はさておき、異常な変質を遂げていたというからには、それは正しい状態とは異なる形になっていたということだ。

 死後の魂は、通常、何もない魂に戻り、別の誰かの魂となる。そうはならなかったものを回収するのがユキファナたち死神であるが、輪廻の環に還らず、それでいて、そのまま別の器に入るというのは確かに正常な形ではなくなっているのだろう。

 そして、ナキアの場合は、元の肉体とつながりながらも、別の場所に魂が移り始めていたので、それが羽ゐ奈の目には異質に見えたのだろう。


「統括管理局の介入って、俺たちも含まれてるのか、それ」


 まあ、雷司の父が時空間統括管理局理事六華直属烈火隊三門の天導雷花から依頼を受けたことを考えれば、協力者であるということになり、ひいては関係者であるため、「統括管理局の介入」に雷司と月乃、別の世界で羽ゐ奈の相手をしていた天龍寺秋世がそこに含まれるのはおかしくないだろう。天龍寺秋世に関しては前世が局の門番をやっていたこともあり、関係者度合いとしては雷司たちよりも幾分か上であるが。


「まあ、統括管理局の介入は予想外ではありましたが想定内でもあります。統括管理局にせよ、保安警務にせよ、何らかの組織が介入してくるかもしれないという予想はしていました。しかし、どの組織にも所属していないうえに、それらのメンバー並みの実力を持つあなたの存在だけは完全に予定外でした」


 保安警務という言葉で煉夜の頭によぎったのは、北大路夜風の顔だった。保安警務委員会に属していて、煉夜のことはそこの知人に聞いていたという話だったためだろう。もっとも、夜風本人はすでに寿退会したようなものだが。


「一か八かの賭けに出るほどの魔力はすでに先の世界で、時空間能力を操る女性から逃げるのに使ってしまいましたからね。そうなると、周月を殺すためには、自身の命すら賭けるしかなかったというわけですよ。見破られてしまいましたがね」


 それに対して、僅かに黙った煉夜は、何やら少しの間だけ思考を巡らせたようだ。そして、出した言葉は、


「月さんは、彼女と戦うことをどう思っているんだ?」


 月に向けられる。至極当然というか、羽ゐ奈が狙っているのは月なのだから、その質問自体は正しいのかもしれない。


「……。戦うことに文句はないわ。まあ、煉夜君が不意打ちを見破ってしまったし、それでその部分のフェアは無くなったけど。まあ、彼女がしたいのはフェアな戦いじゃなくて、殺し合いでしょうし、どっちにフェア、アンフェアなんていうのがナンセンスなんだけど」


 そもそも平等な戦いというならば、最初に不意打ちの暗殺に賭けた時点で、その平等性は崩れている。今更、平等、不平等を問うのはおかしな話だ。だから、それでもいいならば、月は羽ゐ奈の相手をするだろう。

 例え逆恨みであるのだとしても、それをナキアほどまで達観して受け止めるとまでは言わないが、自身の中で処理する必要がある。そのためにも、という「羽ゐ奈が」どうという話ではなく、月自身のために、だ。


「なら好きにやりゃいいさ。俺は手を出さない」


 そういいながら煉夜は幻想武装を解いた。まあ、スファムルドラ式の魔法がある時点で、この状況でも煉夜は即座に羽ゐ奈を倒すことは可能なのだが、「幻想武装を解く」というのが1つの「戦う意思はない」という意思表示を意味する。


「ま、そうね。煉夜に賛成。てか、あくまで仕事は『周月の確保』であって『吟河なんとかってのと戦う』って言うのは仕事外だし」


 月乃もわざとらしく両手を上げて、何も持っていないという分かりやすい「戦いの意思はない」という表現をする。


「おいおい、その確保する対象の周月を殺されたら、仕事失敗になるんだが……」


 そういいながらも雷司は構えを解いている。雷司も戦う意思はないということなのだろう。


「いや、だって、俺はその仕事を直接受けたわけじゃなくて、あくまでお前らの協力者ってだけだしな」


「うわ、汚なっ。その逃げはないんじゃねえの。親友の仕事手伝っといてさあ……」


 煉夜の冗談めかした物言いに、雷司はわざと乗っかった。それは敵意がないというアピールにつながると思ったからだ。もっとも、普通なら「ふざけるな」と怒鳴られても文句の言えない状況であるが。


「それに、月さんが負けるとは思っていないからな。そもそもこんな街中でいつまでも戦ってたら遅かれ早かれ目撃者が出て後処理が大変になる。そんな面倒を背負いたくないし、任せた」


 それを言えば、全員で羽ゐ奈を倒すのが最も早く終わるのだが、それを理解したうえであえて、そんな風に要らない理由づけをしてまで月に任せたのは、「月自身のため」という部分が大きいのだろう。

 吟河羽ゐ奈と決着をつけることが月自身のためになる、と煉夜は判断したから任せたのだろう。最悪、目撃者が出ても、雪白家、明津灘家の両家でどうにかできるだろうという部分もある。


「あら、そんなことを言われちゃったら負けられないじゃない。もとよりそんなつもりはなかったんだけど」


 この言葉は「そんな面倒を背負いたくないし、任せた」の方ではなく「負けるとは思っていないからな」の方にかかっている。


「負けられない、ですか。ここまで計画を練っているのに、何の対策もしていないと思っているのですか?」


 当然ながら、月を徹底的に狙って、この計画を実行している羽ゐ奈が、月の能力に対して何の対策もしていないなどということはないだろう。それは月も、煉夜も分かっていた。だが、煉夜は、それでも月に勝機があると思っていた。


「ええ、当然、対策の1つや2つはしているでしょうけど、あなたが知っていることが全てじゃないもの」


 そういいながら、月は袖口に仕込んだパックを破裂させた。それは血液パックではなかった。銀色の液体が飛び散る。


「それは……」


 その銀色の液体が、血液を操るときのように、月の操作を受け付け、刃の形に変質する。銀色の液体、そこから想像されるのは1つの金属元素。


「水銀」


 羽ゐ奈の口から小さく漏れるその名称。水銀。あるいは汞。常温、常圧で凝固しない唯一の金属元素。古くは、不老不死の丸薬の材料にもされていた。


「そう、ナキアに言われてずっと封じていた能力。『金属元素使いメタルエレメントプレイヤー』、あらゆる金属元素を操る力。操作が及ぶ範囲は鉄だけじゃないのよ」


 四姫琳が「鉄の元素使いは他に存在する」ということを言っていた。つまり、月は類似の能力か上位の能力である。そして、この場合は後者であった。月の能力は鉄を操る能力ではなく、あらゆる金属を操る能力。それをナキアに言われて、鉄を操る能力に偽装していたのだった。

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