341話:血色の記憶・其ノ一
煉夜たちがその気配に気づいたのは、出現したその瞬間のことであった。それが敵かどうかの判断はともかくとして、急に出現した無数の気配に警戒態勢に入った。
「雷司、どう見る?」
敵かどうか、その判断をゆだねるために、雷司に問いかけた。その雷司は、というと、判断しかねた一瞬に、感覚的に悟った。
悪寒というべきか、それが敵であると判断した理由か、と言われれば、難しいところであったが、別のところでの魔法の気配と大きな魔力が沸き上がったことで敵だと判断する。
一方、問うた煉夜も、月の方に出現した気配が放った魔法と小柴の魔力が解放されたことを感知し、判断が決まる。
「敵だ」
「敵だな」
声に出たのはほぼ同時だった。それと同時に複数の気配が接近していることに気が付き、雷司は構えを取り、月乃は詠唱を始め、煉夜は胸の宝石を握る。
「手あたりしだいって感じだが、こっちに来ているのは偶然、というわけではなさそうだな。リズやユキファナ、裕華は無視されている」
無論、煉夜に「気づかれるな」と忠告された四姫琳もその存在を感知させていないので、当然、気づかれてはいない。
「つまり、俺たちを狙っているのには理由があるってことか?」
煉夜の言うように、ただ大きな魔力に反応しているというような感じではなく、明確に狙いをつけて煉夜たちの方へ向かってきているようだった。
「さあね。でも、わたしたちが狙われる理由なんてごまんとあるけど、このタイミングなら十中八九、周月がらみだと思うのよね」
日傘をたたみ、完成させた魔法を待機状態でストックしながら、月乃はそんなことを言う。それに対して雷司は微妙な顔をしていた。
「だがな、周月を罠にかけた実行犯の方は父さんたちがあたりをつけているって話だ。そう簡単に逃げ切れるとは思えないけどな」
父親を信じているから、というよりは、相手がそれほどの実力者ならば、この件に自分たちを関わらせるようなことがないだろうという判断だ。
「そもそも、こっちに来ているような魔力量のやつらがそんな頭を使ったことをすると思うか?」
真っすぐ煉夜たちに近づいてきている直情的な行動をしている魔法使いたち、それも月と比べて格段に強いとも言えない、むしろ月の方が強いのではと思う程度の魔法使いたちが月を罠にかけるような真似をするだろうか。むしろ徒党を組んで直接襲い掛かるだろう。
「確かに……、ということは、実行犯は父さんたちが追っているということか」
裏で操っている存在がいるというのは、ナキア達と同じ結論であった。もっとも、煉夜たちは誰1人としてこの魔法使いたちと面識がないので、具体的に「誰」という予測まではできなかったが。
「一人あたり二人倒すってところか。月さんが目的なら潰しながら火邑たちに合流しようと思うがいいか?」
接近してくる魔法使いの数は3人だが、火邑たちとの合流までの道のりにいるのは7人。それらを全て潰すと考えると、1人あたり2人か3人倒せばいい計算になる。
「良いんじゃない?
こっちもそもそも周月の確保が目的だし」
月乃は言いながら4つ目の魔法のストックを終えた。魔法の「ストック」と簡単に言っているが、実際はそう簡単なものではない。
ストックにもいくつかの種類があり、月乃のものは中でも難しい部類のものに該当する。
例えば遅延発動魔術、魔法の詠唱を先に行い発動の遅延を詠唱に組み込むことで、後で発動することができる魔法であるが、時間の指定などの制約があるため本当に「ストック」と言えるかすら怪しいもの。
例えば先述詠唱魔術、先に詠唱を行い、術を待機させておくものだが、扱いを間違えば暴発しかねない。
しかし、どれも複数ストックするというのが難しいものばかりで、月乃のようにいくつもの魔法をストックするようなタイプはほとんどなく、珍しいのだ。しかも、詠唱した順番に関係なく、自在に取り出せる点で見ればかなり異例だ。
詠唱という隙が生まれてしまう魔法使いたちにとってはかなり戦闘を優位に行えるものなので、威力が落ちる無詠唱や詠唱破棄などのことを考えれば、先に詠唱する準備期間が必要とはいえ、溜め無しで高威力の魔法が飛び出す。
「それにしても、剣士に武闘家、魔法使い、ロールプレイングゲームのパーティみたいな編成だな」
雷司が呑気にそんなことを言う。それに対して、煉夜は肩をすくめて、月乃は呆れるように言葉を返す。
「煉夜は魔法も使えるから魔法剣士とかの上位職か勇者ってところかしらね。ってそんな話してる場合じゃないでしょう」
それを言ったら雷司も魔法を使える。このような雑談をできるくらいには余裕のある相手なのだろう。煉夜は「流転の氷龍」を出現させ、身体強化の魔法で距離を詰める。雷司もそれに続くように馬背渡と身体強化の応用で、月乃は風魔法の応用で同様に距離を詰めた。
「まずは1人目!」
雷司が魔法を撃とうとしていた男を一撃で気絶させる。その近くにいた別の男を煉夜が一撃で切り伏せ、離れた場所にいる女を月乃が魔法で制する。
雷司に倒されたのが「空牙の魔法使い」冴退風牙、煉夜に倒されたのが「暴蛇の魔法使い」若葉冬市、月乃が倒したのは「鱗風の魔女」アーリア・ナー・セージ。それぞれ、月やナキアに恨みを持つ魔法使いたちであるが、その実、逆恨みに近い部分もあるので今回の襲撃に正当性があるかどうかは微妙なところだ。
風牙は、パートナーだった「絶嵐の魔法使い」が返り討ちに遭い月に殺されたため。冬市はナキアに負けてしまったから。アーリアは月に右腕と左足を爆裂させられて生死の境をさまよった。
「あと四人だな。というか、こんなに簡単に倒せるとは……」
少しは抵抗されると思ったが、全員、一撃で倒せてしまい、そのあっさりさに煉夜は驚いていた。
「まあ、流石に残りはもう少し警戒が強まるだろうから気を引き締めないとな」
仲間……かどうかはともかくとして3人が一瞬でやられたのにも関わらず警戒を強めないほどの馬鹿はいないだろうという常識的な判断だ。
「でも、こんな時間から外で魔法の撃ち合いだなんて、一般人に見られたら事後処理が大変そうね」
一番派手な魔法を使っておいてこんなことを言うあたり、月乃の性格が分かるというものだ。
「撃ち合ってねぇだろ、今は。今魔法使ったのは月乃だけだ」
雷司が揚げ足を取るように細かい部分にツッコミを入れるが、突っ込むところはそこなんだろうか、などと思いながら煉夜は残る4人の気配を探る。気配、というよりも魔力の反応を。
「そんなことを言っているから本当に撃ち合いになるだろうが。来るぞ!」
巨大な水の塊が煉夜たち目掛けて落下してきた。それを煉夜は「流転の氷龍」の一振りで凍結させて、雷司が粉砕する。周囲に氷の塊が落下するのを尻目に月乃が既に雷撃の魔法をストックから解放して反撃していた。
「水系統の魔法使いか。残り三人も呪文詠唱中だ。放たれる前に潰すぞ」
そういいながら「流転の氷龍」の氷以外の効果である「流転」で魔力の流れを乱して、魔法を失敗させる。
「おいおい、煉夜ってそんなこともできるのかよ。初耳だぞ」
それを目の当たりにした雷司は若干頬をひきつらせていた。もっとも、煉夜ならば「流転」ではなくても魔法の構成を乱すことで似たようなことはできるだろうが、それは相手の魔法がお粗末な場合か、よく知る構成でないと難しい。
「そんな話してる場合じゃないでしょ!
煉夜が隙作ってくれたんだから今のうちに潰すわよ」
呆ける雷司に対して、月乃が注意をする。煉夜はすでに接近しており、距離を詰めて2人を切り伏せていた。
「明津灘流古武術、奥義、獅死皇雷」
相手の腕を掴み、脇で腕を挟み、脚を足で絡め、動きを封じてもう片方の腕で、相手に一撃を叩き込む。それを瞬時に行うことで相手には何が起こったのか分からないほどの間に、身体が動かず、身体に重い一撃が加わり悶絶するというものだ。
「リリース」
月乃はストックしていた3つの魔法を解放して吹き飛ばす。
「おっと、向こうもおふてんちゃんとナキ……火邑、月さんがそれぞれ倒したみたいだし、手早く合流しようか」
ナキアと呼ばず、火邑と言い直したのは、その説明をするのが面倒で、後回しでいいと判断したからだ。
煉夜が倒した2人、「鋭水の魔法使い」銀英、「日灰の魔女」ユウリア=バイツ。雷司が倒したのは「紅氷の魔法使い」五位堂キサラ。月乃が吹き飛ばしたのは「炎黄の魔女」日立桃子。彼ら彼女らも前の3人と同様に、ナキアや月に恨みがあるのだが、この4人の場合は微妙に3人とは異なる経緯を持つ。
英とキサラは魔法協会に定められたパートナーであり、ルールの元、ナキアと月の2人と戦った。ユウリアと桃子も同様にパートナーであり、彼女らも戦うはずだった。
月の世界の魔法使いたちは1人につき1つの魔法を使い、魔法協会によりパートナーを決められる。そして、そのペアで戦わされることがあるのだ。
英とキサラはその規定に従い戦って負けて、ユウリアと桃子は戦うはずだったがある事情により戦わなかった。英とキサラは雪辱を晴らすため、ユウリアと桃子は戦うために手を組んだのだが。




