340話:紫色の幻想・其ノ参
「輪廻」の魔法、それはナキアにも聞き覚えのある魔法の名前で、1人に1つの魔法が与えられる世界において、なぜか、まったく性質を変えずに同じ一族にのみ継承される特異な魔法として知られていた三縞家の魔法である。
実際、現在の世で「輪廻」を継承しながら生きながらえている一族は三縞だけ。しかし、かつては他に2つの家を合わせて、3つの家が「輪廻」の魔法を扱っていた。一列家、二木家、三縞家。あるいは、一列家、二本家、三縞家。どちらも正しく、「輪廻」を継承する一族たち。ただし、三縞以外はすでに潰えてしまっている。
《チーム三鷹丘》は、一列家の魂の集合体である龍神の扱う扉によって世界を移動している。雷司や月乃達がいた、どことも言えぬ奇妙な部屋はその龍神の巣とでも言うべき場所であり、かつて多くの第六龍人種が育った曰く付きの場所でもある。
「『輪廻』ねえ、あの胡散臭い魔法に関連する集団って、相当際物じゃないの?」
ナキアが胡散臭いというからには相当なものだろう。もっとも、魔法としての分類が異質なだけあって、そう思うのは無理もないが。暗転魔法に近いがそれとも違う珍妙な魔法を扱うため、怪しげなのは間違いない。
「実力は確かよ。青葉に立原、篠宮、天龍寺、南方院財閥、九龍、花月グループ、明津灘、冥院寺、市原、聖王教会……、挙げたらキリがないくらいには有名な家や団体が参加しているのよ」
世界を3度以上救っている団体だ、その実力が確かでないはずがない。その世代は4世代にまたがっていると言われているが、中でも3世代目、すなわち雷司の父の世代は、際立って異質であり強いとされている。
「三神の家系に、司中八家、王印の一族、英国を中心にした宗教団体とかその他色々、まさに例外的団体ね。統括管理局もびっくりな団体じゃない」
ナキアとしては司中八家をよく知らないが、火邑は司中八家を知っているので、司中八家の名前にも反応している。
「その局ともつながりがあるみたいよ。どういうつながりかは知らないけど。それに転生者だらけらしいし、神醒存在もいるらしいし、本当、例外を集めたようなチームがこんな田舎を拠点に出来上がるなんてね」
転生者、ナキアも該当する存在ではあるが、その絶対数は少ないとされる。それは転生に耐えうる魂量数値を持つ者が少ないからである。魂の器が複数人分の魂に耐えられるほど大きくないと、転生は成功せず、器ごと魂は自壊する。
そういう意味では、煉夜も「転生者」になり得る素質はあった。現に、その魂に6人もの人間の魂を幻想武装として宿している。幻想武装は魂に依存する。無論、宝石の大きさで容量も変わるが、あくまで宝石は「門」である。門が大きければ一度にいろいろなものを出し入れすることができるが、「門」の先の倉庫が小さければ意味がない。
そして、逆に言えば、煉夜が誰かに転生するという可能性は限りなく低い。なぜならば、煉夜ほどの魂を自身の魂に入れても有り余る容量……魂量数値を持つ魂など、それこそ奇跡に等しい確率でしか存在しないからだ。
では魂が弱いものほど転生できるかと言えば、そんなこともない。弱い魂は無に還る。強い魂を持ったものが、ごくまれにそれ以上の器に入り転生する。それゆえに転生というのはほとんど起きない……とされている。
「まあ、三神系列がいくつか集まっていればそうもなるわね。例外が例外を高める異常地帯。それに『三鷹丘』、あの地は、今は『櫓』が消え去ったけど、それでも濃い霊脈を持っているもの。それが相乗的に異質を生み出したと考えればありえない話ではないわ」
蟲毒にも近い一種の儀式的作用で、次々と異質な存在が生まれ、それらが手を取り合った結果生まれたのが《チーム三鷹丘》という存在である。
「お兄ちゃんが生まれたのもある意味は必然だったのかもしれないね。周囲に雷司兄と月乃姉と紫風ちゃんと紫水ちゃんがいたし」
そこにナキアの転生体である火邑とネフェルタリの転生体である千奈が加わることを考えれば、やはり異様な土地なのだろう。
ナキア・ハード・モア、周月。この2人が揃ったということが持つ意味を、この時点で気づいていたのは【氷の女王】だけだった。
共時性、あるいは、「運命力」などという言葉で片付けていいのかは分からないが、「白雪の魔女」と「血の女王」の2人がこの場にいるということは、「ある因果」を引き寄せる結果となる。無論、「雪白煉夜」、「青葉雷司」、「九鬼月乃」という特異な存在を巻き込みながら。
火邑、小柴、きい、月の4人は、花の女学生の休日らしくショッピングを楽しんでいた。まあ、若干1名、女学生ではないのも混じっているが。
しかし、その楽しい休日という風景は、突如として瓦解する。
「――捩じって貫け、
――螺雷」
短い詠唱と共に電撃が月目掛けて飛んでくる。それを腕に仕込んでいる血液パックから出した血で即席の盾を作り防いだ。
「雷系統の魔法ですね。単純で色気のない魔法ですが」
実は、割と一般的な雷系統の魔法なのだが、【緑園の魔女】としての知識では【魔女】達が基準になる。それを「単純で色気がない」と評するのも無理はないだろう。
「この感じ……、『電空の魔法使い』」
月が小さくつぶやいた。かつて、ナキアと共に同じ世界で共に過ごしていた時期に、何度か戦ったことのある魔法使いだ。
「ほう、こちらのことを察するくらいの脳はあるか。久しいな、『千紅の魔女』」
まるで親の仇がごとく、月をにらみつける男。「電空の魔法使い」、拝田歩羽太。実際、月に対して、それだけの恨みを抱く理由もあるが。
「こんな端の世界でまであなたに会うなんてね」
肩をすくめる月に、歩羽太は「呑気なもんだな」と鼻で笑った。実際、このようなところで出会ったのが「偶然か否か」というのは大きな意味を持つ。
「わざわざ、お前を罠に嵌めて、逃げる先を追跡して、こんな端の世界まで来てやったのに」
もちろん、この罠というのは、月が受けた「依頼」のことであろう。もっとも、どれだけ回りくどい手を使っているのだ、という話だが。
「もちろん、俺だけじゃない。お前に、いや、お前たちに恨みを抱いていた魔法使いは多いもんでな、こんな面倒な計画を立てたのも、誰がお前を倒すかの取り合いだったからだ」
そうして、倒す役を勝ち取ったのが歩羽太だったというわけだが、無論、歩羽太が負ければ別の相手が出てくることは間違いない。
「それに露払いもすでに動いているだろうしな」
ナキアと月、小柴の知覚域にはすでに複数人の魔法使いの気配を感じていた。だが、歩羽太が計算外だったのは、この京都という魔境に……あるいは魔京に、潜む化け物たちのことを知らなかったことだ。
この京都には今、煉夜、雷司、小柴、ナキア、リズ、ユキファナ、四姫琳、裕華と言った顔ぶれがそろっている。もっとも手を出してはいけないタイミングで手を出してしまった。
「あー、相変わらず、そんな不運だからあんなことになるのよね」
ナキアは小さくつぶやいた。それに対して、何を言っているんだ、という顔をしていた歩羽太。
「月、『電空の魔法使い』君は任せるわ。こっちに来ている『赤砂の魔法使い』を受け持つし、おふてんちゃんはどうする?」
小柴に目を向けると、肩をすくめてため息を吐く。この場ではきいを守る役割も必要だろうし、そう思いながら彼女は言う。
「相田さんは私がどうにかしましょう。それにもう1人、こちらに来ている雑魚も。【緑園の魔女】として、そして【■■■】として、魔法を使うものの格の違いを教えて差し上げなくては」
抑え込んでいた魔力を解放して、その髪の色が変質したように見える。初芝小柴ではなく【緑園の魔女】として、彼女はこの状況でやってくる魔法使いを雑魚呼ばわりした。
「それに他のその辺に散らばっている魔法使いは、レンヤ君や他の皆さんが片付けてくれるでしょう」
実際、煉夜たちの実力で言えば、そこらの魔法使いの技量など圧倒できる。そも、ナキアや月などの実力があるならばともかく、それがないがゆえに徒党を組んで襲ってきている敵が、個々で煉夜たちに敵うはずもなかった。
「ハッ、それなりにできる奴がそちらにもいたみたいだが、その程度で」
小柴の魔力を感じてもなお、そう言い切れる歩羽太には、まだ余裕があるように思えていた。なぜならば、戦力差が違う、そう思っていたから。
火邑は魔力量の問題から客観的な感知でナキアだと判断するのは不可能、なので、彼の感知では、月と小柴の2人が目下の敵であろうと。
「裏で手を引いているのが誰かは知らないけど、本当に、アホね。月を罠に嵌めたんだったら、そこで移動先を特定するんじゃなくて、その場所で潰すべきだったのよ」
流石に、歩羽太達が先頭を切って、こんなことをしているとは思っていない。なぜならば、弱すぎるからだ。外界に出ることまでは分からないでもないが、月を罠に嵌めることや移動先の特定することは歩羽太や周囲に感じる程度の魔法使いたちでは到底あり得ない。
「まあ、どうせウィーナあたりの仕業でしょうけど」
ナキアの頭によぎるのは、かつての因縁がある中で、最も可能性の高い魔女。彼女が裏にいるならば、この手の込んだまどろっこしい手も分かる。
「下らんおしゃべりは終わりだ。
――開いて弾けろ、
――閃雷花」
電撃が月たちを襲うが、血の盾に散らされる。だが衝突の瞬間にまばゆい光がはじけた。
「目くらまし程度でどうにかなると思われているなんて心外だわ」
血液が鋭い刃となり、歩羽太の方へと向かう。身を切り裂く寸前に避けたが、やはり詠唱ありで戦う歩羽太と体質なので詠唱なしに扱う月では攻撃にかかる時間に天と地ほどの差がある。
「――滾り狂う灼熱、
――燃ゆるは大地、
――蒸発する河川、
――灼火の契りが大気を熱す、
――赫灼一花」
避けた歩羽太の隙を突く形で詠唱を入れた月が煮えたぎるような血の槍を降らせる。




