339話:紫色の幻想・其ノ弐
肌を刺すような日差しが照る。煉夜は、そんな中、公園でぼーっと雷司と月乃を待っていた。煉夜から呼び出したわけではない。雷司から電話がかかってきたのである。
ナキアこと火邑はと言うと、小柴やきいと共に遊びに出かけた。それも、月を伴って。女子高生3人組に1人大人が加わる様子を想像して、微妙な気持ちになる煉夜であったが、あえて何も言うことはなかった。
「悪い、待たせたか?」
軽く手を上げて挨拶する雷司。後ろには日傘をさして、暑さに難儀している月乃もいる。
「いや、問題ない」
巛良桜丙の「越酉娘」を閉じ、雷司達の方を見やる。巛良桜丙の「干支シリーズ」に類される「越酉娘」は、先日、発売されたものがインターネット大手通販サイトによって無駄な梱包と共に届けられたばかりのものである。
この「干支シリーズ」、「子の雪」、「丑返り」、「寅門扉」、「卯草中」、「辰と海」、「火の巳」、「篠午の」、「未宝神」、「連れ申」、「越酉娘」と干支の名前がタイトルに入っており、残る「こま戌」、「亥亥亥」、「雪の猫」の全13巻が予定されている。
煉夜の最近の楽しみの1つであった。筆が早い巛良桜丙の作品なので、そんなに待たずに残る3冊も発売されるだろう。
「それで、これからどうするんだ?」
その煉夜の問いかけに、雷司は難しい顔をする。彼らからすれば、周月の居場所すら見当がついていないのだ。どうするもこうするもない状況である。
「まずは居場所を掴まないとな。そうしないとどうにも始まらない」
その発言に、煉夜は「ああ」と発する。同意の意図ではない。どちらかと言えば思い出した、とかそういった意図だろう。
「それならすでに掴んでいる。連絡が取りたいのなら直通は無理だが取れるぞ」
掴んでいる、というよりも偶然掴んだ、という方が近いが。そして、直通の連絡は無理だが、間接的にはできる。無論、火邑を経由して、だが。
「仕事が早いな、流石は煉夜……と言いたいところだが、早すぎないか?」
まあ、棚から牡丹餅式に情報を掴んだ煉夜からすれば「流石」と言われることは釈然としなかった。
「まあな、火邑が拾ってきたから」
この場合、拾ってきたと言われてとっさに連想するのは「証拠を拾ってきた」というものだろう。しかしながら、この場合は異なる。
「拾ってきたって、身分証か何かを?」
日傘をくるりと回しながら、月乃がそのように問う。月に身分証明書なるものやこの世界の規格に合う通信機器の持ち合わせがあるのかは煉夜には分からないので微妙な顔をした。無論、月はこの世界で通じる身分証明書の類は持っていない。この世界のどこの国にも「周月」なる人物の戸籍はないからだ。
「いや、本人を。今は、火邑やおふてんちゃん、きいちゃんと買い物に出てる。連絡するなら火邑経由だな」
流石に雷司も月乃も唖然とした。それを「まあ俺も似たような気持ちではある」と苦笑いするのだった。
「ホムラちゃん、この人は?」
きいが待ち合わせ場所で小柴とともに待っていると、火邑が月を引き連れてやってきたので、そのように問いかけた。
「ああ、この子は月。周月だよ」
月のことを「この子」と表現する当たり、火邑とナキアの意識が混在しているのだろう。もっとも口調は火邑寄りだが。
「この魔力……、ただの人間、というわけではなさそうですね」
小さく、きいに聞こえないくらいの声で小柴は呟いた。一方、月も小柴を見て驚嘆していた。煉夜だけでも驚くべき程の魔力量だが、それに匹敵するほどの魔力を持っている小柴。
「へえ、この感じ、自然系統の使い手かしら。珍しい手合いよね」
植物魔法などは存在しないわけではない。ただし、かなり使い手は限られる。そのうえ「自然」という大きなくくりの魔法を扱う魔法使いはそれよりも稀少であり、知名度が高い存在は【氷の女王】の後見人である植野春夏くらいである。
「あなたはよく分かりませんね。炎熱系にも感じますが、それだけではない何かも感じさせます」
氷結系統に紫色の瞳や髪が多いように、炎熱系統もまた赤髪や赤い瞳が多いとされる。ただし、赤系統の髪は三神の朱光鶴希狂榧神の系列の朱野宮家や姫野家、佐野家などにも見られるし、二階堂緋緒や二階堂扇、「血塗れ太陽」などの特異体質で赫く変質するものもあり、一概に「赤系統の髪」と「炎熱系」がイコールで結ばれることは少ないが。
もっとも、それらの特殊な家は綺麗な「赤」の系統であることが多く、炎熱系の赤髪は赤茶けていることが多いという差はある。
「自然系……?
炎熱系……?
森ガールとかそういう感じの流行り?」
きいが頭にクエスチョンマークを浮かべていた。普段ならここで火邑も同様にクエスチョンマークを浮かべるのだが、今日は違った。
「あー、おふてんちゃんって自然系統だったんだ。自然系統って雪とかも含まれるんだよねえ。万能タイプだ」
自然系統、植物などに目が行きがちだが、実際は空気や河、天候など自然と分類されるものすべてに分類される。【緑園の魔女】だけに小柴も自然系統を扱うが、水や雪、雷、数多の分野を扱うことができる万能タイプの魔法使いでもある。それも魔力変換資質「自然」によって。
「え?」
しかして、火邑からそのような言葉が出たことに小柴は目が点になる。よもや一般人に毛が生えた程度の知識しか持たない火邑からそのような言葉が出るとは予想だにしなかったのだろう。
「そもそも、魔法って1人1つってイメージだから、他分野を扱えるって言うのがいまいち分からないのよね。まあ、外にはその手の魔法使いが多かったからだいぶ慣れてはきたけど」
月の出身世界では魔法は1人につき1つという決められたものである。その世界の外から来た存在を除けば、2つの系統を操る魔法使いは「氷夢の魔法使い」である篠宮翔希くらいであろうか。彼は先天的な「夜の魔法」と自らの中に内在される超常なる力による「氷夢の魔法」の2系統を扱うことができる稀有な存在だった。
しかし、中にはそれこそ、自然系統の魔法のように1つの魔法で複数の魔法の効果を得られる魔法がなかったわけではない。「終焉の魔法使い」佐神美狗里があの世界ではその最たる例だろうか。
「魔法……?」
きい本人は、自身の魔刻の関係から魔力、あるいは尋常ならざる力の存在を認知しているが、それを正確に把握しているわけではない。煉夜や火邑が陰陽師であることは、冥院寺家の関係から薄っすらと知ってはいるものの、具体的にそれが何かまでは至っていない。
「そ、魔法。あるいは魔術。こういう力だよ」
火邑はそういいながら小さな魔力の塊を生み出し、きいにぶつける。魔力変換資質「雪」によって、生み出された魔力は雪となって、きいにぶつかった。
「きゃ」
その冷たさに思わずそんな声が出た。火邑はほとんど魔力を有していないがゆえに、せいぜい雪合戦の雪玉レベルを投げるのが限界だが、説明するのにそこまで大きなものを投げる必要もなかったので、本当に降ってくる雪くらいの大きさだ。
「その瞳の色、やはり、いつもと違うとは思っていましたが」
カラーコンタクトレンズという可能性も捨てきれず、小柴はなかなか言及できずにいた。火邑の突拍子もない趣味の変遷にはある程度理解があるので、突然カラーコンタクトレンズに凝るという可能性もあった。
「そ、『白雪の魔女』と呼ばれた魔女、ナキア・ハード・モア。その魂が転生しちゃってるんだよねえ」
かつて、雷司の父が小柴、火邑、煉夜を見て、「俺たちと同じ」と称したのは火邑である。決して小柴のことではない。
なぜならば、小柴は一世界の固定概念としての転生存在であり、火邑のような転生とは違い理に支配されている。あらかじめ転生する存在として生み出されたものだからだ。
「生まれ変わりかあー、少女漫画でもありがちな設定だね」
きいは天然なのか、冗談だと思っているのか、恐らく前者であるがそのようなことを言った。それに対して、月は苦笑したが、火邑は「あー、確かに」と言い、転生を既定された存在である小柴は「ありきたり」と評されたようで何とも言えない気分になった。
「まあ、わざわざ明かしてもらったのにこちらが明かさないのも不平等なので、かつて、異界はクライスクラにて【緑園の魔女】と呼ばれていました初芝小柴です」
一応、小柴も、火邑の中のナキアと部外者である月に対してそのように名乗った。
「クライスクラ、聞いたことのない世界ね。少なくとも管理世界ではないでしょうし。まあ、同じく管理世界の出身じゃない私たちが言えたことじゃないでしょうけど」
ナキアの記憶する限り、クライスクラという世界の名前に聞き覚えはない。まあ、数多ある世界の1つに過ぎない世界の名前を全て把握しておくというのが無理な話である。知らない世界などごまんとあるだろう。
「同じく聞き覚えはないけど、まあ、この辺の世界になると統括管理局からかなり離れているし、対外交易なんてしている世界も滅多にないから珍しくないでしょう。
そもそも《チーム三鷹丘》が根城にしていて外に開かれたルートを持っているこの辺の世界がおかしいのよ」
一部の世界は、対外的な交易……つまり異世界同士の交易がおこなわれ、ある程度、世界間戦争が起きないように統括、管理されている。それを行っているのが時空間統括管理局であり、管理されている世界を管理世界と呼び、第一世界「飛天」を始め、多くの世界を取りまとめている。
なので、その管理がされている分、世界の名前が知られる機会は増えるのだが、そこから離れた世界になってくると、世界の名前が知られていないというのは間々ある話だ。
「《チーム三鷹丘》?
聞いたことないけど、どこの集団なの?」
ナキアの死後に発足しているため、ナキアは《チーム三鷹丘》と言われてもピンとこないのだろう。
「あ、そっか、ナキアは知らないんだったわね。おそらく『輪廻』の系統だと思うんだけど、世界をまたにかけて広く仕事をしている集団よ」




