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白雪の陰陽師  作者: 桃姫
白雪魔女編
337/370

337話:白色の追想・其ノ参

「ナキア・ハード・モアというのは偽名だけれどね。それにそもそもはナキア・ハード・アイって名乗っていたし」


 ナキア・ハード・モアが古代言語や英語や仏語の複合であるのには理由があった。そもそもは「ナキア」、純潔という意味の言葉以外は英語で適当につけたものであったという。


「この場合のアイは目じゃなくて私を意味する『I』のこと。『私は堅い純潔』という言葉からできた偽名だからね。でも、戸籍も何もなく飛行機すら乗れない適当な偽名で、どうすることもできなかったんだけど、フランスで助けたシャロンって家の令嬢にフランス国籍をもらって、そのついでに『私』を意味する『I』を同じ意味のフランス語である『モア』に変えた……というかシャロン家に関わったという名残としてその名にしてほしいと勝手に変えられたんだけど」


 シャロン家、煉夜やリズの友人であるルアンヌ・シャロンの家系である。もっともナキアが言っているシャロン家はこの世界とは別の世界の仏国に存在するシャロン家であるため、ルアンヌは一切関係ないが。


「そして、本名は……、これは月も知らないはずよね。あの世界でもなぜか知っていた【氷の女王】を除けば、多分、誰も知らないはず」


 正確には神の目(フリズスキャルヴ)を持つ炎魔火ノ音も知っていたはずだが、ナキアが知る由もないことである。


「本名は、(ひいらぎ)火南美(ほなみ)。かつては柊家分家次女だったわ。もっとも、反りが合わなくて、『柊』の名前を捨てて、外界に出たけど。それから適当な偽名で放浪しているうちに月と出会って、暮らしやすい日本に移住したわけ」


 ここで言う『暮らしやすい』というのはただ単なる衣食住や安全性の面での話だけではない。【氷の女王】をはじめとした最強の世代が揃っていた日本は、敵対しない分には魔法使いにとって暮らしやすい場所であった。


「柊……、だと」


 木連が驚嘆の声を出し、朝食をやめ、電話の方へ向かう。おそらくは柊家にその名前の該当があるか調べるためであろう。


「しかし、ナキア・ハード・モアかどうかというのは月さんの証言で証明できるとして、柊火南美かどうかは証明のしようがないよな。柊家にそういった名前の人物が存在したとしても、それがナキア・ハード・モアと同一人物という証拠がないんだから」


 もっとも、そういう煉夜の恩恵や水姫の恩恵を持ってすれば、どうにか暴くことはできるだろうが。


「そうね。文献でも残っていれば分かるかもしれないけど。生まれつき『呪印』があったから、少なくとも本人か継承者であることは確定できるし、月なら魔法陣の色も知っているから、それで本人確認できるし」


 【氷の女王】の「氷華」の呪印や炎魔の「赤薔薇」の呪印など、魔法使いには固有の「呪印」を持つことがある。それらは固有の形を持つが、弟子に継承することもでき、同じ系統を持つ魔法使い同士が師弟になることが多い。また、周月の出身世界は、1人につき1人の固有魔法を持つ世界である。「炎」の魔法使いは世界に1人しか存在せず、それが遺伝などで継承されていく形で変質していく。例えば、炎魔火ノ音の「轟炎」や篠宮翔希の「氷夢」など、ただの「炎」や「氷」ではない魔法を扱い、それらがその魔法使いを表すあだ名になることが多い。そして、その魔法陣は固有の色を持つ。

 だからこそ、呪印と魔法陣の色は魔法使いの個人を示す証拠となる。


「そういえばあの世界の呪印に『氷華』はあっても『雪』を示す呪印が全くないのは、ナキアの呪印が誰にも継承されなかったからよね」


 もっとも氷系統の呪印を持つ師弟も、【氷の女王】といずれ生まれ来るその弟子にして義理の息子になる篠宮翔希の2人だけだが。

 篠宮翔希の妻、つまり【氷の女王】の娘は、どちらかといえば父の素質を強く受け継いだため、「氷華」を継ぐに足り得なかった。

 そも、【氷の女王】の娘と一口に言っても3人存在するために、訳の分からないことになるが、【氷の女王】と【雷帝】の間に生まれた娘が長女の「雷鬼」の魔女の名を冠するウィンディア・シルバー、次女であり彼女自身のクローン検体である希咲瑠璃、長男だが生まれ順で言えば三番目の【血塗れ太陽】と三女にして四番目【血塗れ太陽】の実妹が【氷の女王】の血脈である。

 ウィンディアが「雷鬼」の称号を得た魔女であり、「氷華」を継ぐに足り得なかった件の娘にあたる。


「そもそも、魔力変換資質が雪なんて稀有な存在、そうそういないしね。基本的にはみんな『氷』を冠する魔法使いの方が多かったもの」


 雪を降らす魔法、ならばともかく、雪を扱う魔法というのはあまりない。「氷雪系」あるいは「氷結系」とされる魔法系統は大きく分けて数種類ある。

 基本的には「温度」を司る魔法、「振動」を司る魔法、「氷」を司る魔法、「結束」を司る魔法、「水」を司る魔法、「雪」を司る魔法に分かれる。「温度」を司るとはそのまま、「気温」であったり、物体の「熱」であったりを操作する魔法使いであり、空気中の気温を下げて氷結させるなどが該当する。「振動」を司る場合は、分子の振動を低下させることで氷結させるものなどが該当する。「氷」を司るものは、そのものずばり、氷を司っているために前述の2つのようなことも後述の3つのようなことも可能である。「結束」を司るとは水を結びつけることで凍らせるもので「氷結」、「凍結」なども可能。「水」を司る場合も水の温度を操ったり、水の性質を変えたりすることがある。そして、最も稀有な「雪」を司る魔法であるが、実際、前述の魔法であればおおよそ「雪」を作ることはできるし、それを操作することも不可能ではない。だが、「雪」に力を持たせることはできない。

 ただ大量の雪を降らせることや、雪崩を生み出すことはできても、力を持った雪を扱うことができるのは、魔力変換資質が雪であるナキアと、ある特異な魔法の最奥に届き得る力を持った2人だけ。


「そもそも、あまり魔力を感じられないが、隠ぺいしている……というわけではないんだよな。どうなっているんだ?」


 煉夜が聞きたかった疑問、火邑の状態からも分かっていたが、ナキアが表層に出ていても魔力がほとんどないことは変わっていない。


「『白雪』の魔法は特殊でね、ほぼゼロの魔力から無限に近い力を生み出せる……は大げさだけど、そういう魔法なのよ」


 無に近い魔力から無限に近い力を生み出せる、永久機関も真っ青な能力であるが、かなりの制約が付いた魔法である。


「反則じみているが、時間消費か反動型か、何にせよ、かなりの制約が伴うものだろう?」


 元から大きな魔力を持って生まれたがゆえに、それなりに生き延びてこられた煉夜は、魔力の重要性を理解している。魔力切れの恐怖も、だ。そのような状況で、ほぼ無に等しい魔力から限りない力を生み出せたならば、もはや敵などいないだろう。


「ええ、まあね。『雪』というのは『儚く融け消える』という性質を持つもの。人の夢と書いて儚い、なんていうつもりはないけれど、『雪』という魔法には『夢』という性質がくっつくものでね」


 彼女の持つ「白雪」の魔法は、ある意味では「雪夢」の魔法ともいえる力である、それは「氷夢」の魔法使いに非常に近い魔法の使い手でもある。


「夢とは、人がいる限り無くならないもの、人が抱く限り消え失せないもの、そうであるから、どんなに小さな魔力でも夢がある限りは無限に大きくなる可能性を秘めているの。つまり、誰もが夢を失った世界であったり、1人に隔絶された世界であったりした場合は自分自身の夢を消費して魔力を大きくせざるを得ないの」


 それは「雪」という魔法に……、力に付随する不可思議な性質。「夢」。「夢」の性質を有する魔法が他にも存在はする。「夢幻」の魔法や「氷夢」の魔法など、その名前に「夢」を冠する魔法である。しかし、それらとは違い、「雪」の魔法は「夢」の文字を冠していないにも関わらず、その特性を持つ稀有な魔法なのだ。


「そして、制約に『夢』を消費するの。『夢』の消費、なんて言ってもピンとこないでしょうけど、要するに力を使うたびに、その『夢』の一部は消失してしまうんだけど、まあ、一部なら大したものじゃないと思う。まあ、大したものにならないように多くの夢を集めるのに時間がかかったり、1人から夢を集めるとその夢が砕け散ってしまったりと制約が大きいのが難点なの」


 火邑の趣味がコロコロと変わるのは、この「白雪」の魔法の中の「夢」の部分に影響されやすいからだ。他人から夢を集める力が無意識に働いているため、結果として、色々な夢を見て、影響されるから、様々な趣味に手を出すような形になってしまった。


「『夢』を集める、か……」


 ある意味では煉夜の持つスファムルドラの聖槍エル・ロンドやリズの持つ聖盾エル・ランドに近しいものをでもある。

 あれらは、聖槍が「国を生き、国を思い、そして死してもなお国を尊んだ臣民たちの思いを集めたもの」であり、聖盾が「国を生き、国を思い、そして死してもなお国を守らんとした騎士たちの思いを集めたもの」。それらは、ある意味では、夢や意思と言ったもの、魂の集まりともいえる力だ。


「まあ、難しいことは使ってても分かんないし、あんまり深く考えるべきじゃないよ」


 ナキア自身、この魔法の全貌を把握しているわけではなかった。感覚で使っているというべきであろうか、感覚で使えてしまっているというべきであろうか。


「感覚的魔法使いは少なくないと聞くが、そういうものなのか……」


 感覚的魔法使い、魔法を理論などで理解するのではなく、感覚や慣習に基づいて使うタイプの魔法使いのことである。あまり分類されることはないが、対義にあるのが理論的魔法使いで、煉夜はどちらかといえばこちらにあたる。

 先天的に高い魔法技能を持って生まれると感覚的魔法使いになりやすく、途中で理論を学ばずにそのまま育った結果、そうなるという。多くの魔法使いは、途中で理論を学ばないと躓く壁であったり、より強くなるために自ら理論を構築し出したりするようになる。なので、極端な感覚的魔法使いは少ない。

 あるいは、世界によっては、魔法が技能や世界の理に組み込まれていて、理論ではなく感覚で使うようになっている場合もある。


「人の夢は理論で片付けられない要素だからね。普通の魔法として定義すると変数だらけで頭パンクするわ」


 彼女はそんな風にあっけらかんと笑っていった。

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