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白雪の陰陽師  作者: 桃姫
白雪魔女編
336/370

336話:白色の追想・其ノ弐

 それは儚く白い夢の中だった。白い雪が降り積もり、世界を白銀に染めていくような夢。自分ではない自分の夢という不思議な感覚。ぼんやりとした思考の中、断片のような記憶をつなぎ合わせるように。




 その日は、酷く荒れた天気で、何かが起こる予感だけはたっぷりあって、それを食い止めるためには己の全てを賭す必要があって、そんな重苦しい日だった。希望がない日、それは文字通りの日。

 全てを失い、命も失ったその日の記憶。


「まったく、無茶をするわね、でも、その無茶がなければわたしは間に合わなかったわけだけど」


 横たわる自分を見下ろす紫色の髪をした女性の姿。その女性の顔に見覚えはなかったが、その特徴的な髪色と美貌は、有名な人物を思い起こさせるのには十分な要素であった。


「あなたは……まさか、【氷の女王】」


 本人に会うのは初めてであっても、その噂はずっと聞いていた。その強さも美しさも知っている。だが、本人に会って、初めて感じるものもあった。得体のしれない不気味な、それでいて、皆の希望であるかのような奇妙な感覚。


「ええ、初めまして、【白雪の魔女】ナキア・ハード・モア。いえ、それとも『堅い純潔』、すなわち巫女の血統、(ひいらぎ)火南美(ほなみ)と呼ぶべきかしら」


 ナキア、純潔を意味する言葉。ハード、堅い、難いなどを意味する英語。モア、もっとなどを意味する英語……ではなく、moi、「私」を表すフランス語。つまりナキア・ハード・モアは「私は堅い純潔」という意味の偽名である。


「その名前を知っている人間がこの世界にいるとは驚きね。もっとも、柊の家は出た身だから『柊』の姓は名乗れないけれど。魔法という性質とはかみ合わなかったから。特にこの特殊な魔力は」


 柊家。四木宗の活動が盛んではないこの世界でその姓を知るものは少ないし、そもそもナキアはこの世界の出身ではなかった。だからこそ、その名前を知る人間はいないと思っていたのだが。


「魔力変換資質が雪というのはわたしも聞いたことがないくらいには特殊でしょうね。多くの氷雪系の魔力変換資質は氷だから、わたしのようにね」


 魔力変換資質は、生まれながら魔力がその特性に変質する資質を持つ人間のことで、多いもので炎魔火ノ音の「炎」や雷刃美月の「雷」、珍しいものだと小柴や植野春夏の「自然」などもあるが、「雪」というものは聞いたことがなかった。


「そんなに特殊すぎる自覚はないけどね」


 消えていく命を感じながら、その最後の余興とばかりに、彼女との会話を弾ませる。彼女自身、持って生まれただけの性質なので、そこまで特殊という自覚はなかった。


「それにしても柊家の人間で【白雪の魔女】というあだ名は運命なのかしらね。別の世界の柊家には『白雪の陰陽師』とあだ名された稀代の天才がいたそうよ」


 その呼び名は知らなかったが、稀代の天才と称される存在ならば、自身の知る限り1人しか思い当たらない、とばかりに1人の少女を思い浮かべた。


「天才……、ああ、神美(かなみ)のことかしら。あの子は舞も陰陽術も天才的で、そしてあの力を持っていたから」


 知っている柊神美は、まだ幼い少女だったが、その天才的なまでの才能は聞き及んでいた。美しい銀色の髪と紅い瞳を持つ麗しい少女。


「魔法の最奥。人類が、いえ、いかなる修羅神仏であれど自力で到達するのは不可能な領域の魔法の力のことね。いずれ生まれ来る翔希(しょうき)が持っているものと同じ」


 一族の人間ならばともかく、別の世界の血族でもない人間にここまで知られていることに驚いたが、神美がそれほど凄いのか、彼女がそれほど凄いのか、どちらかと言えば後者なのだろう、などと考える。


「もっとも、今は(ひいらぎ)神美(かなみ)ではなく、雪白(ゆきしろ)火菜美(かなみ)と名乗っているみたいだけれどね。わたしも詳しくは知らないけれど『雪白家』という家を新たに京都で立ち上げたらしいわ」


 雪白家という家は、さほど有名ではない。そもそも京都司中八家というものは世界や時代で変遷する。この世界での司中八家に雪白家の名前はなく、代わりに【魔境】の勝呂(すぐろ)家が入っているし、歴代の司中八家は【聖餐】の枝巻(しまき)家が入っているなどの違いもある。


「雪白家。まあ、彼女らしいというか、彼女の特性に合った名前ね。雪白家、あるいは白雪家あたりの白い雪を冠する名前。あるいは夢を冠する名前とかね」


 そんな風に小さく笑う。もはや、大きく笑う力など残っていない。


「あら、あなたらしくもあるわよ。【白雪の魔女】さん」


 同じ「白雪」の異名を持つ火菜美と火南美。読み方こそ「かなみ」と「ほなみ」だが、どちらも「かなみ」とも「ほなみ」とも読めるその名前を持つ者同士であるし、特殊な性質を持つ者同士という意味でも2人は似た者同士だったのかもしれない。


「それに、あなたはいずれ、その『雪白家』の人間に生まれ変わるかもしれないわよ。焔燃ゆる南と書く、あなたの字と似た、焔燃ゆる国なんていう縁起でもない名前にね」


 国、しかし、火国美などという名前で、どう読むのかなど見当がつかないな、などと考えてから、ふと思いつく。


「国……。そう、国。国や集落を表す言葉、(むら)、あるいは(ゆう)火邑美(ほゆみ)ってところかしら」


 雪白火邑美、またの名を雪白火邑。生まれ変わる先の名前として国から連想されるものとしてナキアが浮かんだ名前である。


「どうでしょうね、それはあなたが生まれ変わってからのお楽しみってところでしょ」


 そんな言葉を聞きながら、ナキアの意識はどんどん遠のいていく。閉じられていく目の端に白いチャイナドレスの姿が映る。それに安堵し、意識を手放すのだった。








 目覚めは最悪だった。自分の意識が表層に浮かび上がっているのが分かる嫌な感覚。前に出たのも火邑の身に危機が迫った一瞬だけ。こんなにもはっきりと浮かび上がったのは、月と出会ったのが原因に違いない。


「はぁー、【氷の女王】ってつくづく……」


 規格外だ、そんなことを思いながら、彼女はため息を吐いた。全て死の直前に言われた通りだったのだから、そう思うのも無理はない。首や肩をほぐしながら、ゆったりとした足取りで居間に向かう。朝食が用意されているであろう居間に。


「おはよう」


 気だるげで、眠たげな声に対して、皆の視線は冷たく刺さっていたが、特に気にした様子もなく、いつもの席に座る。それに対して煉夜が面倒くさそうに言葉を放つ。


「おはよう。それと、初めまして」


 その発言に、眼をぱちくりとする雪白家の一同。煉夜が寝ぼけているのか、と思っているものも多かったが、火邑の目が大きく開かれて、それに目ざとく気が付いた水姫が呟く。


「瞳の色が、薄紫に変色している……」


 紫色。それは【氷の女王】に強くみられるが、氷結系あるいは氷雪系と呼ばれる魔法系統を先天的に扱う資質を持ったものに強く現れる色素傾向。


「眠かったのもあるけど、わざと薄目にしていたのに、よく分かったわね。お兄ちゃん」


 肩をすくめる彼女に対して、ため息でも吐きたそうに呆れた顔をする。予感があっただけに、カーマルの恩恵を使っていたのだ。


「流石に分かるさ。それできっかけは月さんが来たことか、ナキア・ハード・モア」


 あえてその名前を呼ぶことで、火邑ではないと印象付けるためである。そして、この中で唯一、ナキアを知る月が驚愕の声をあげる。


「本当にナキアなの?!」


 その言葉に、目をぱちくりと動かし、「何言ってんだこいつ」という顔を一瞬だけした。


「【氷の女王】から聞いていたんじゃないの?


 死の間際に彼女と話してた時、あなたが近づいてきていたのを微かに覚えているからてっきり、【氷の女王】に聞いていて、だからこそここに来たものだとばかり」

 【氷の女王】の話しぶりからすると、ナキア・ハード・モアこと柊火南美が雪白火邑に転生することは、あの時点ですでに知っていたはずである。であるならば、ナキアの死後に其れを月に伝えていたから、こんな端の世界の京都まで来たものだとばかり思っていた。


「え、まあ確かに【氷の女王】は居たし、話したけれど……、あの変人、何言ってるからさっぱり分からなかったわよ?

 ここにたどり着いたのも要人暗殺の濡れ衣着せられたからだし、偶然も偶然だったから」


 異界渡り……、月の場合は「異回廊」であるが、それによって行く先の世界を細かく指定することはできない。大まかな場所は指定できるが、どこの世界のどの場所のいつとまでは指定できないのだ。


「あー。まあ、あの人の言っていることを理解できる人間はそうそういないでしょうね。いまどこで何をしているのかは知らないけど、どうせどこかで余生を満喫しているでしょうから会いたいものだけどね。あの後、どうなったのかも知りたいし」


 すでに、月の中では、【氷の女王】の名前が出た時点で、目の前の女性がナキアであることは微塵の疑いも無くなっていた。


「あら、【氷の女王】なら随分前に亡くなったと聞いていたけど。でも、転生するらしいから確かにある意味どこかで生きているのかもしれないわね。ただでは死なないとも言っていたからどうなっているやら」


 月の知る限りでは、【氷の女王】と呼ばれた女性はすでに亡くなっている。ずいぶん前の話になるが、月の聞いた限りではそのことに間違いはなく、多くのものに広まっていた。


「あの人はそう簡単に死ぬことはないわ。第五鬼人種って言うのもあるし、それ以前の話」


「死ぬことはないって言ったって、局の烈火隊一番隊の隊長も代替わりしているし、当たり前だけどニブルヘイムの女王も代替わりして、今は孫の雪音さんだかになっているはずよ」


 だからこそ「余生」という表現をナキアはしていたのだが、それに月は気が付いていない。


「えっと、とりあえず、雪白火邑はかつてどこかの世界にいたナキア・ハード・モアという人間の転生体だった、という解釈でいいのかしら?」


 雪白家の面々を放置して収拾なく話が続きそうだった状態で、それに区切りを付けさせ、ようやく制御できるようになってきた恩恵で一部だけ覗き見て知った情報でまとめた。

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