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白雪の陰陽師  作者: 桃姫
白雪魔女編
335/370

335話:白色の追想・其ノ一

 その後、しばらく話した後に煉夜は四姫琳と別れ、そのまま帰路に着いた。しかして、この時、彼が感じていた予感を虫の知らせと呼ぶか、長年の経験則というかは迷うところだが、どちらにしろ、あまりいいものではないだろう。特に煉夜の今までの経験を考えれば特に。

 そして、その悪寒は、玄関にあった白いピンヒールで確信に変わる。郁の時もそうだったが、どうにもその手の縁というものを引き寄せる力を妹は持っているようだ、と煉夜はつくづく思った。


 部屋には戻らず、居間の方へ向かった。客として通されているのならば、そこにいるか、火邑の部屋にいるだろうと思い、まずは、居間というわけだ。


「やっぱりいたか」


 居間にてステーキにがっつく白いチャイナドレスの女性がいた。ステーキソースが服に跳ねて、チャイナドレスには茶色の染みがいくつかできているが、それを気にした様子もなく食べていた。


「あら、苗字から血縁だと思っていたけれど、思ったよりも早い再会だったわね」


 ご飯を口に入れながら、煉夜に向かって話しかけた。ご飯粒を飛ばしながら、という注釈付きで。足元に飛ぶそれを避けながら、煉夜は頭を掻いた。


「彼女は何者なのか知っているのか、煉夜」


 苦い顔をして、ステーキにがっつく彼女を見ていた木連が、煉夜に対して問いかける。まあ、訳知り顔をしていたので無理もないだろう。


「ええ、まあ、(しゅ)(ゆえ)さんという中国出身の魔法使いですよ。魔法の系統は炎熱系、特異な体質で鉄を操れ、血流などをも操れるため人体を内側から爆散させる技を得意とする人です」


 食事中にする話ではないが、幸い食事しているのは月本人だけで、その当人は気にした様子もないため問題ないだろう。


「人体を体内から爆散とは、また物騒な。しかし、あり得ない話ではない、か」


 物騒というレベルの話ではないのだが、陰陽師もまたその辺の基準が曖昧になっているのは無理もない。そして、あり得ない話でもない、というのも、陰陽術ですら似たような真似をするのは不可能ではないからだ。


「五行において血脈を司るのは火、中国出身の魔法使いですから五大元素ではなく、五行論よりの魔法理論だとすると炎熱系の魔法体質と血脈操作はかみ合わない話ではないですからね。ただし、火は金に対して相剋の関係なので炎熱系と鉄の組み合わせは合いませんけど」


 もっとも、それが当てはまるかどうかは微妙なところで、月の魔法は理論が根底的に通常の魔法とは異なる。


「それにしても、誰に聞いたのかこの体質のことも知っているのね。ということは、過去のことも、あの人のことも知っているのかしら?」


 四姫琳から聞いた情報で、おおよそのことは知っていた。それがまた、彼女がここにいるということの意味を考えさせられるものであったが。


「ああ、その体質を忌避されて追いやられた先でナキア・ハード・モアという魔法使いに拾われて、その後は一時期、日本で活動をしていたそうだな。もっとも、その魔法使いが亡くなってからは表立った活動はしていなかったようだがな」


 煉夜の回答に対して、にやりと月は笑った。よくぞ調べた、とでも言いたげであったが、口の中に牛肉が詰まって言えなかった。


「そんな話、どこで聞いたのかしら。この辺で知ってそうな人と言えば……?」


 いくつか候補を思い浮かべる月だが、思い当たる人物はいなかった。幾人か、京都にいる人間は知っているが、「この京都」にはいないだろう。


「駿部四姫琳と名乗っている神代・大日本護国組織の一員の今川氏鬼里だ。と、言って知っているかは分かりかねるがな。向こうも一方的にあんたのことを知っていると言った様子だったし」


 四姫琳の反応を見るに、知己はなく、伝聞で知っている程度であることは明らかだった。だから、月が四姫琳のことを知っているかどうかは微妙なところである。


「今川……、今川、今川、……ああ、天とかいう箱庭の生き残りのことね。昔、【氷の女王】が言ってたわ。例外の1人にして、大和姫がどうとかって。それにしても、【氷の女王】と言えば、そういえば、あの時言っていたのは……」


 そういいながら視線は火邑へと向けられた。しばらく視線を向けた後、彼女は「気のせいよね」と煉夜の方に向き直りつつ、肉を口に突っ込んだ。思考だけは遥か昔に向けて。







 横たわる女性。薄れ閉じ行かれる、その淡い紫色の瞳が強く印象に残る。傍らには、この世のものとは思えないほどの美貌を持つ、紫色の髪をした女性がたたずんでいた。その濃い紫色の瞳は、まるで冷たい深海のように暗く、冷たい色をしている。だからだろう、彼女の脳裏にこの時の光景は強く印象に残っていた。


「……あなたが【血の女王】、【千紅(せんく)の魔女】の異名を持つ(しゅ)(ゆえ)ね。わたしは」


「【氷の女王】、【氷雪の魔女】と恐れられる希咲雪美よね。知っているわよ。いいえ、知らないはずないじゃない。この世界で暮らす魔法を嗜むものであなたたちを知らないものなどモグリもいいところだもの」


 血に濡れたチャイナドレスから滴る血も気にせずに月は、彼女の言葉を遮って、そのように言った。


「そう。分かっているのならそれでいいわ。彼女のこと、任せてもいいかしら。わたしはやらなくてはならないことが残っているから」


 その視線は、横たわる女性、ナキア・ハード・モアに向けられていた。すでに瞳は閉じられ、動かなくなった彼女に。


「ええ。どこか静かに眠れる場所に連れていくわ」


 そう言って、ナキアの元に近寄る月。足元には1匹の狸がすり寄ってくる。ナキアの使い魔の「夜桃野(よとの)」であることは月も知っていた。


「なら、『八雲立つ』地にでも連れて行きなさい。名前の通り、その子にとって重要な土地だもの。本人がどう思っているかはともかくね」


 八雲立つ、と言われても月はピンとこなかったが、「八雲立つ」は「出雲」にかかる枕詞である。八雲とは「多くの雲」という意味で、八百万などからも分かるように古来の日本では「八」という数字に「多くの」という意味合いも持たせていた。つまりは「多くの雲が立ち上る」という意味である。


「それに魂はいずれその血と名前にひかれて、雪の白いその場所へと導かれるでしょうしね。まあ、それがいつのことかはわたしには分からないけれど。いつか、また、会うことがあるでしょう」


 その時の思いは「何を言っているんだ」というものだったが、あえて何も言葉を返すことはなかった。


「まあ、もっとも次に会うわたしは、今のわたしではないかもしれないけど」


 前々から「【氷の女王】の言動は、どこか異質で、常人に理解できるものではない」とは言われていたが、実際に話してみてそれをより実感する月。自分の知らない多くのものを知り、それを口にする。そして、時折、別人のような言動を取ることもあるという何とも奇怪な人物。それでいて、あらゆることに精通する天才。もとよりレベルが違うのだろう、と月はそう思うことにした。


「今のわたしではないって、生まれ変わるつもりかしら、それとも根本的に何か」


 話のレベルを合わせるつもりもなく、ただ思ったことを口にするのは、ただ単に、気を紛らわすためでしかない。


「生まれ変わるっていうのもそうだし、そうじゃないかもしれない。わたしの魂は確かに茜に受け継がれるでしょうし、それも遠くない未来に迫っている。でも、ただで死ぬ気はないもの」


 聞いたことのない名前に小首を傾げるが、考えても無駄だと思いなおす。知らぬのも無理はない。こことは別の世界に生まれるであろう、いずれ転生すべきその器の名前を、赤の他人が知る由もない。いや、本人も本来は知るものではないだろう。


「まるで、生まれ変わりを自由にできるかのような言い方ね。受け継げる、だなんて」


 それに対して、【氷の女王】は薄っすらと笑う。それは面白くなさそうな、そんな微妙な笑み。鼻で笑うという表現に近しいものであった。


「逆だと思うわよ。この無限に転生し続ける絆の輪廻は悠久聖典に記されたもの。刹那がすでに茜、祢祇、華恋、美雪、冬華、……、この先々に転生する行く末を読み解いてしまっているし、四代目がそれらに干渉できる以上、確定未来。自由に転生できるのではなく、運命に強制されているようなものよ。まあ、だからこそわたしも歯向かおうなんて考えるわけだけれど。初代のように血と精霊と神体の転生を持つわけでもないしね」


 紫色の髪の毛を1つにまとめ、大振りの太刀を背に掛ける。やらなくてはならないことが残っていると言っていたから、その残っていることのためにそうしたのであろう。


「じゃあ、わたしはこれで。ナキア・ハード・モア。その名の通り、穢れない美しい死体で静かに眠りなさい。いずれ来る、その時まで」


 名前の通り、という意味が月には分からなかった。ナキア・ハード・モア。その名前の意味が。

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