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白雪の陰陽師  作者: 桃姫
白雪魔女編
331/370

331話:プロローグ

 どことも言えぬ奇妙な部屋で、電話を片手に面倒くさそうな顔をした青年と暇そうにどこかを眺めている女性がいた。煉夜の親友たち、雷司と月乃(ゆえの)である。彼らは、雷司の父から課せられた仕事のために世界をまたにかけて、あるいは、異世界をまたにかけて、飛びまわっていた。雷司の母、紫炎も未熟な雷司にそうした仕事を任せるのを微妙な顔で見ていたが、実戦経験を積ませるためにしばらくならば、という条件付きの理由で許可を出していた。


「それで父さん、今度はどこで何をするんだよ。母さんがそろそろ無派の極伝を継承させたいから戻って来いって言ってるんだけど」


 雷司が母である紫炎から受け継いだ流派、「明津灘流古武術」には複数の流れがあり、雷司が主に扱うのは「明津灘流古武術」という素手主体の本流とすでに失われたはずのもので主な使い手が紫炎しかいない「明津灘流古武術・無派」の2種類。

 そして、本格的に流派を継ぐために、その「明津灘流古武術・無派」の極伝を継承するためにも戻るようにと、再三言われているところであった。


「今回の件が終わればしばらくお前に回す仕事はなくなるだろうし、紫炎にもそれは言っておいたから安心しろ。まあ、だが、今回は休暇前の最後の仕事にふさわしい、それなりにヤバい仕事だけどな」


 自身の父が「ヤバい仕事」とまで言うことは相当珍しいので、雷司は身構える。いったい何をさせられるのか、と思うも、本当に大変なものはほとんど父自身が片付けているのを知っているので、そこから洩れた仕事の一部であるのだろうが。


「先日、といってもお前らにとっては今日かもしれないし、ずっと前かもしれないが、その辺りは分からないが、とある世界のとある要人が暗殺されてな。その犯人はこちらで押さえるが、その暗殺の濡れ衣を着せられてあちこちから逃げ回ってるやつの確保を頼みたい」


 あくまで、暗殺犯ではなく、その濡れ衣を着せられている人間であるので、犯罪者の類ではない。しかし、それなら「ヤバい仕事」という部分が分からない。


「追っている連中がヤバいのか?」


 しかし、そうした連中に追われているとしたら、濡れ衣を着せられた人物などとっくに捕まえていそうなものだが、と雷司は頭を巡らせる。


「いや、逃げている方が飛び切りヤバい。だから、ある程度は穏便に済ませた方がいいだろうな。あれを敵に回すのは骨が折れる。姉さんクラスならともかく、お前らだと正面から戦えば間違いなく死ぬからな」


 雷司は知っていた。父が伯母を引き合いに出したときは、本当に危険な時である、と。つまり、死ぬというからには正面切って戦えば本当に死ぬのだろう。


「何者だ、俺たちが確保する対象ってのは」


「名前を、(しゅ)(ゆえ)。【氷の世代】の魔女の1人で、時代が違えばもう1人と共に時代の名前を冠したかもしれないほどの存在だ」


 世代。【夜の世代】と呼ばれる【夜の女王】黒夜(くろや)響花(きょうか)が率いた世代や【氷の世代】と呼ばれる【氷の女王】希咲雪美が率いた世代、そして【鍵の世代】と呼ばれる西野家の三世代に亘るものなど、その時代を代表する魔法使いの性質を表した言葉で世代を表す。


「【氷の世代】といえば【氷の女王】、【救世の魔女】、【轟炎の魔女】、【黒減の魔法使い】、【雷帝】とかが有名だけど、その世代の魔女か……」


 魔導五門、魔導六家において、最強の風塵家の人間といえば風塵楓和菜であるが、最強の炎魔家の人間といえば【轟炎の魔女】の他に数多異名を持つ炎魔(えんま)火ノ音(ほのね)が挙げられるし、同じ世代の【救世の魔女】の異名を持つ雷導寺凛菜もまた、魔導六家の雷導寺家の人間である。そのほかの今挙げられた魔女、魔法使いたちは知るものが聞けば畏怖し、あこがれた存在である。


「あの世代は異常だったらしいからな。俺は直接知らんが、奥から見ていた姉さん曰く、魔境の時代。今、お前が挙げた有名人の影に隠れていただけで、強さやヤバさならそれに匹敵するレベルの存在が山のようにいたらしい。その1人が【千紅の魔女】と呼ばれた周月だ」


 一説によれば、あまりに強すぎる存在が生まれたが故の抑止力として、他にも強い存在が生まれたなどともいわれているがその真偽は不明である。


「それで、その人はどこにいるんだ?」


 場所によっては、またぞろ何度も扉をくぐる羽目になるな、とため息交じりに肩をすくめた。


「ああ、最後に捕捉した由梨香の情報だと、お前らの世界だな。それも日本。もしかしたら近い内に国外に出るかもしれないが、予想だと丁度京都辺りに潜んでそうだが、実際に現地で探知したわけじゃないから分からんな」


 京都と聞いて、雷司の頭にはいまだに高校生をやっている親友の顔を思い出した。ヤバい案件というからには、積極的に巻き込むわけにはいかないが、少し会いに行くくらいならば問題ないだろう。


「了解。それなら早めに片付けるとするか。一応、聞いておくけど、確保……というか保護すればいいんだよな。よっぽど好戦的で話も聞かずに追っ手は即攻撃みたいなタイプでもなければ戦闘にならないと思うが」


 流石に話を聞いてくれれば、即戦闘などという最悪の事態は避けられるだろうと思う雷司だが、父の声は微妙なものであった。


「さあ、あの世代は好戦的なのが多いからなぁ……。雷導寺凛菜くらいじゃないか、あの世代で戦いを好まなかったのは。だから最悪、追われている気配を感じて向こうから攻撃を仕掛けてくることもあるかもしれない。まあ、そうだとしても様子見程度で、最初からギア全開で殺しにかかってくるようなやつではない……と思う」


 あくまで「思う」としか言えないあたり、本当にそこまで詳しい人柄を知らないのだろう。父のこのような物言いも珍しいと思い雷司は苦笑した。


「今回はそこまで急ピッチなのか?

 いつもならある程度人物の調査くらいはしているだろう?」


 まるで何でも知っているかのように、情報を渡してくる父だが、今回に限っては何とも歯切れが悪い。おそらく緊急の依頼で、内容を調べる時間もなかったのだろう。


「そこまで分かってるなら、まあ、いいか。今回はちょいと局の方から頼まれてな。烈火隊も動かせそうになくて、んで、俺たちもちょっと今の抱えている事件の方で忙しくて動けるのがお前らくらいしかいないんだ。じゃなかったらこんなヤバめな案件を休暇前の大仕事にするわけないだろ」


 父が「局」と称していて、特に烈火隊という名前が出ている以上、依頼主は天導雷花なのであろうという予想はついたものの、その辺りにまで深く突っ込むつもりはなかったのでため息交じりに言葉を返す。


「まあ、これが終われば休暇だと思って、張り切って取り掛かることにするさ。もっとも、俺は休暇になったとたんに母さんにしごかれるのは分かってるんだけど」


 休暇になったらやってくるであろう地獄の修行を思い、顔をしかめながらも、今は目の前の問題を片付ける方が先決だ、と一端思考の端に追いやった。


「じゃあ、任せたから。確保した後は、俺に……、あー、つながるかどうか分からんが、俺に連絡入れてくれ。烈火隊がしばらく動けんし、《チーム三鷹丘》で預かることになると思うから」


 そう言うだけ言って通話は切れた。頭を掻きむしりながら、スマートフォンをポケットに突っ込むと雷司は月乃の方に向いて言う。


「んじゃ、とっとと行くぞ。行き先は京都だ。煉夜にはしばらく会えないかもしれないけどな」


「巻き込めないってこと?」


 一緒に仕事をする期間が長くなり、月乃も雷司の一言二言で大体の状況を理解できるようになりつつあった。


「そういうこった。まあ、時間ができれば会いに行ってもいいだろうけどな。ただし、それで相手を追えなくなったら困るからな」


 人を探す仕事で、そのような悠長な時間ができるとは思えない。見失ったらどうしようもない。それも相手は格上と来た。雷司の経験上、格上の相手であるほど、探知などを掻い潜る技量も高く、気配を殺す術も長けている。例外もあるが、基本的に間違っていない。


「ただ、まあ、煉夜のことだから、もしかすると自然と巻き込まれる可能性もある。そうなったときは、積極的に協力してもらうけどな」


「……煉夜ならありえなくもないわね」


 そういいながら、扉をくぐる。その部屋の上空にいた巨大な龍は、何も言わずにその背中を見送った。








 京都の山中にある小屋の中で、白いチャイナ服の女性が壁に寄りかかり、眠るために目を瞑っていた。床に寝ないのは、床の板材が劣化から荒れて、とても寝られるような状況ではないからだ。

 なぜこのような生活を強いられるのか、と思いながら、自身の身にあったことを思い出す。


 どれだけ魔法が使えようとも仕事がなくては生きていけない。魔法の種類によっては、仕事がなくとも生きられるだろうが、少なくとも彼女の魔法はそういったものではないし、特に魔法とは別に持つ体質のせいで、肉などは欠かせない食事であり、人よりも多く食べる必要があった。

 別にどこぞの世界に行って狩猟生活でもすればいいのだろうが、彼女の性分に合わず、そもそも仕事を受けること自体は嫌ではなかった。


 今回受けたのは簡単な警備の仕事で、どこかの世界にある国のパーティー会場の警備であった。しかし、その会場で要人の身体は破裂し死亡した。そして、依頼人から名指しで罪を擦り付けられた時点で罠にはめられたことに気づく。

 追っ手として送り込まれたものは、そこまで強くなくてここまで逃げ延びたが、今後、追っ手の質も上がってくることを考えると早めに撒いておきたかった。


(前の世界で異界渡りする直前にこちらを探っていたメイド……。あれはかなりできる。そうなると、この世界だというのはもうバレているはずだけど、異界渡りはしばらく使えない。そうなると誰かの手を借りるか、使えるようになるまでやり過ごすしかないけど……)


 彼女にとっての当面の問題は、食事である。追っ手を撒くために、結構力を使ってしまったために血が足りない。そうなった以上、食事をとりたいが、この世界の金銭の持ち合わせはない。そうでもなければ宿を取っていたし、食事もとっくにしている。


「野鳥でも狩るしかないかしら……」


 嘆きながらも、彼女はその意識を手放し、微睡に身をゆだねるのだった。

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