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白雪の陰陽師  作者: 桃姫
御旗楯無編
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033話:歩き巫女其ノ弐

 食堂で向かい合って座る煉夜と姫毬。煉夜は弁当、姫毬はうどんを食べていた。互いに無言、その空気を察したのか、他の生徒が話かけてくることはなかった。うどんを食べる際に、眼鏡が曇るのが嫌だったのか、姫毬は赤縁の眼鏡をはずした。眼鏡をはずしたら意外と美人、ではなく、眼鏡をはずしてももちろん美人だった。元々、かけている赤縁の眼鏡がファッションメガネの様だったのもあり、その顔がいいのは分かっていた。


「どうかしましたか?」


 自分の容姿に無頓着、というわけではないのだろうが、眼鏡を外したから見られている、というふうには思わなかったようだ。端正な顔立ちは中々に目立つだろう。しかし、それでも、どこか素朴な雰囲気に落とし込んでいるのは、目立ちたくないという思いもあるのだろう。化粧っ気のない顔。だが、その化粧っ気の無さすらも作っているようにも見えた。


「いいよ、そのキャラづくりは。お前、前に修行を覗きに来ていた奴だろ?ついでに言うなら、今も張り付いているこの式の主とも近い存在だな」


 魔力に質があるように、霊力も質がある。煉夜はこの間の事件で京都の霊力は知っているが、ずっとつきっぱなしの式は霊力の質が違った。そして、その霊力と同質のものを姫毬からも微かに感じる。


「……何のことですか?」


 何のことだかわからない、という顔をした姫毬だが、流石に唐突過ぎて、誤魔化しきれないと思ったのだろう。ため息を吐いた。


「はぁ……、まあ、バレるとは思っていました。貴方の様に勘の鋭い人にはすぐに気付かれることを承知で潜り込んだので、むしろそちらからその話題をしてきてくれたことがありがたいのですが」


 そう姫毬にとって最も避けたいのは、警戒して接触してこないこと。そうなれば、警戒されているので当然ながら情報もほとんど集められない。逆に接触して直接話すことが可能ならば、それなりに情報を引き出せる。それゆえに、姫毬はわざと前の席に移動して煉夜の興味を引いて接触を図ろうとしたのだ。


「しかし、まあ、式のことまで気づくとは、やはり常人とは一線を画しているようですね」


 式は、そこから使用者を辿るのは、そう難しいものではないが、その周辺人物まで分かるとなると、異常と言わざるを得ない。なぜならば、本来無関係なのだから。しかしながら、霊力が周囲の力を集めるものであるのならば、無意識に人が放出している魔力も霊力として取り入れられていることもあれば、その逆、周囲に漂っている霊力を魔力として誤飲してしまうこともあり得る。そうであれば、その霊力から他人を辿るのは不可能ではない。


「別に普通だ。それよりも、しゃべり方も普段はそれじゃないんだろう?」


 それはあくまで煉夜の勘だったが、どうも正解らしく、やんわりと姫毬は笑みを浮かべた。そして、周囲を気にしながら声を潜めて言う。


「まあ、そうなんですけどね。潜入の関係上、一度キャラに成り切ったら、崩すと戻せないのでこのままの口調で行かせてもらいます」


 姫毬はあくまでプロである。それゆえに、潜入が明るみになっても妥協はしない。あくまで潜入中はその口調を崩さないだろう。


「そうか、お前がそうしたいならそれでいいんだが……。それで、何が目的だ?」


 睨みつけるように煉夜は姫毬を威圧する。しかし、姫毬は表情を崩さない。内心で如何な恐怖を抱こうと崩すことはしない。


(この威圧……、『あの方』達の様な凄み。この現代社会に不釣り合いですね。本当に人間かどうかも怪しい。ただ、出生記録や学校のデータなども本物。つまり雪白煉夜は生まれている。彼が雪白煉夜でない場合は、入れ替わったとしか言えないでしょう。そして、もし、それが起こったとするならば空白の3ヶ月ですが。この仮説はおそらく外れているでしょう。ならば、彼は一体……)


 姫毬は震えそうになる肩を必死に抑え、煉夜に内心の恐怖を気取られないように耐える。そして、声の震えをできる限り消して、姫毬は煉夜に言う。


「司中八家にある宝が有ります。それは元来、こちら側にあるべきもの。それを取り戻すためにここに来ました」


 その確固たる意志の強さは、強く煉夜に伝わった。司中八家に伝わる宝、煉夜は雪白家にそんなものがあったか、と考えるが、分家の煉夜に伝わっていないだけなのかも考えるのをやめた。


「それで、俺にどうしろと?」


 煉夜はひょうひょうとした態度で姫毬に問いかける。姫毬は、一瞬黙ると、すぐに、言葉を返した。


「いいえ、貴方に何かをしてもらおう、ということではありません。いえ、協力してもらえるならばそれに越したことはありませんが、立場上、それは難しいでしょう。ですから、互いに干渉はしないということにしませんか?」


 まるで交渉人のようだ、と姫毬は自分で思った。普段、黒子に徹する自分が、こんな主役級の役割をやらされるなんて人生何が起こるかわからない。


「もし、その宝とやらが雪白家にあったら、流石に俺も干渉せざるを得ないが?」


 自分の家に攻め入る敵を、約束だからと見過ごすほど煉夜も馬鹿ではない。だが、それに対して姫毬は首を横に振る。


「それに関しては心配ありません。雪白家と稲荷家にはないと事前調査で判明しています。だからこそ、貴方には干渉してほしくないのです。貴方が関われば、どんなにこちらが有利な状況ですら覆されてしまうかもしれない」


 姫毬の内心では、それはほとんどの確率でありえない、と判断をくだしていた。強いとは言え、しょせん個。数には敵わない。それも精鋭の大軍には。一騎当千の存在1に対して、こちらは幾人もいる、その状態で煉夜に勝ち目など無いだろう、と姫毬は思う。おそらく、心のどこかで侮っている、いや、侮っていないからこそ、自分の常識を崩されたくない、と煉夜が勝てないことを信じたいのだろう。


「お前らは俺より弱い、と?本気でそんなことを思っているような目には見えないがな。どちらかと言えば、自分たちが負けるはずない、そんな風に本気で思い込んでいるような目だ」


 煉夜は心の中で「クラリスみたいにな」と毒づいた。図星だっただけに姫毬は何も言い返せなかった。


「いや、別にその考えを否定するつもりはない。それに、俺も本気を出す気はないからな。普通にやって、俺の勝目はゼロだろうよ」


 特に対人戦ではな、と呟く。煉夜は対人戦が苦手、というわけではない。魔法も剣も十分に磨かれた煉夜ならば、そこらの剣士や騎士相手に負けることはないだろう。ただし、相手を殺すことが犯罪となるこの現代社会において、その磨かれ過ぎた力を発揮するのははっきりいってオーバーキルである。

 とある事情から本気を出さないにしても、そこそこの力を出しただけで常人相手には威力が強すぎるのだ。だからこそ、対人戦では加減をしながらの戦いになる。だからこそ、煉夜は対人戦で勝つことが出来ないのだ。


「本気を出す気はない、とはこちらを相手と思わないという解釈でよろしいですか?」


 なめられている、と思った姫毬はまるで挑発するように煉夜に言う。だが、煉夜はひょうひょうとした態度で答える。


「いや、正直、お前らがどのくらいの戦力だろうと、俺は本気を出さないつもりだ。それは舐めているとか、そういうのとは違う『誓約』だ。『約束』と言い換えてもいいが、あくまで俺の『誓い』だからな。侮っているわけでも、舐めているわけでもなく、使わないと誓っただけだよ」


 そう、誓い。煉夜が誓った思い。この日本、いや、この世界で、使うべきではないと、呼ぶべきではないと、会うべきではないと、そう誓った力。


「つまり、この間の化け物を倒すために使った力すら、本気ではない、と?」


 姫毬は知っている。煉夜の持つ超大な力を。あの質量の物を一瞬で消し飛ばした魔法の様な力を。それゆえに、あれが力の一端だと主と共に判断していた。だが、本気を出す気はない、本気を出さないと言うのであれば、それはあれすらも本気ではないということである。


「ああ、その通りだ。そもそも、あれは、2人そろって初めて発動するもんだしな。数が増えればそれだけ威力も上がるし、1人じゃできないから本気以前に、俺の力ですらねぇよ。それに、俺の力の中じゃ、あの程度の威力と同等な力だとすると、せいぜい、上から10番に入っているかいないかの微妙なところだ」


 煉夜の力、魔法、剣技、それらにおいて、大規模殲滅術式レベルの攻撃は決して不可能ではない。ただし、精度はいまいちなので、大規模どころか大々規模あたりになるのだろうが。


「それが本当だとしたら、貴方は何者なんですか?」


 すっかり伸びてしまったうどんをすすりながら姫毬は煉夜に問いかける。答えてもらえると思っていたわけではない。だからこそうどんをすすりながら、などという緊張感の欠片もない状況で聞いたのである。


「そうだな……。何者か、と聞かれると困る。いろいろと呼ばれていたからな。まあ、簡単に言うなら、魔女の弟子、っていうのがマシな呼び名かな」


 魔女の眷属、獣狩り、殺人鬼、様々な呼び名の中で、最もマシだと思ったものを煉夜は言った。別にはぐらかそうとしているわけではない。煉夜からしてみれば、自分が何者か、などという誰にもこたえることのできないだろう質問に対してできるだけこたえようとした結果であるだろう。


「魔女……?」


 姫毬は聞きなれぬ単語に眉根を寄せる。魔女、一般的な単語である。誰も絵本や漫画で触れたことはある存在。イメージとしては黒い帽子に黒い服、箒で空を飛ぶ、そんな姿だろう。実際、姫毬も同じように想像した。


「そう、魔女だ。魔法の魔に女と書いて魔女。神に叛逆した6人のことだ」


 神、そう言われても日本人である姫毬にはあまり想像できなかった。ある意味、神と呼べる存在が身近にいないでもないが、それはまた別の存在であるため、煉夜が何を言っているのかを理解できなかった。むしろ騙すための戯言、と言いきってしまいたい。


「あら、魔女だなんて面白い話じゃない。詳しく聞かせてほしいわね」


 姫毬は、この場所で聞こえるはずのない声が聞こえて、思わず手から箸をこぼした。そして、油のささっていないブリキのおもちゃのように鈍い動きで背後を振り返った。

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