329話:全てを見通す者
一夏宮天遥は、「花月森」と呼ばれる力を持つだけで、それ以上の力は何もない。陰陽師として分類されていた「一夏宮家」であるが、それが排斥された理由が、現代陰陽術が使えない「花月森」以外の力が使えない一族であったから、ということからも分かるように、本当に「花月森」以外の力はないのだ。
しかし、その力のみで一夏宮天遥は、それ以上の存在を相手取ることができる。それは、思考を見通し、性質を見通し、次に来る行動を見通すことでそれらをすべて避けているからに過ぎない。避けている、あるいは避けている。どちらとも言えるであろう。相手の攻撃を避けることもあれば、そもそもその状況にならないよう避けることもある。
「レンを見通せないということで分かったこともあります。あなたにはすべてが見通せるわけではない。特に、『花月森』いえ『破永晦』という力を与えた以上の存在の恩寵があれば見通せないのではありませんか」
もっとも、これは煉夜を見通せなかったからというわけではなく、煉夜から聞いていた静萌の存在によるところが大きく、そして煉夜と静萌の共通点である恩恵に持っていっただけで、実際のところ、ただの恩恵ならば彼には見通せるためこの推理は間違っているようなものだが。
「そうだとして、どうだというのだ。現在見通せている以上、意味はない」
そう、煉夜が相手でないのならばどうにかなると彼自身思っている。いや、信じ込んでいると言っても過言ではない。
「……で、あるならば水姫さん、美鳥さん、あなた方は彼についてきた忍足家の忍たちの方を相手してください。わたしには彼を倒す手立てがあります」
推理は外れていても、当ては外れていなかった。それはある意味幸運なのだろうが、しかして、本当にこの3人の中で唯一、倒す手立てを持つのは雪姫であった。
「無駄だ、お前の神器はすでに見通している。神の武具ならばと思ったのかもしれないが、考えが甘すぎる。神剣『舞織氷雨』、その能力も特性もすでに知っている」
それに対して、二ッと笑う雪姫。そう、美鳥は雪姫の神器を指して「変わっているっていうなら筆頭のも相当変わっているじゃないですか」と言った。「神剣」が能力はどうであれ「変わっている」とは思えない。つまり、「見通しきれていない」のだ。
「なるほど、外殻までは見通せるようですが、やはりあくまで外殻まで、ということですか」
外殻と彼女が称しているのはもちろん神剣「舞織氷雨」のことである。外殻、外側の殻。であるならば、当然中身がある。
「神弩『舞織雷貫』」
弩、クロスボウであり、その貫通力は通常の弓よりも高い。無論、これもまた彼女の神器である。
「馬鹿な、そんなもの知らない。いや、『見通せない』だと……」
この弩、神弩「舞織雷貫」に矢は必要なく、持ち主の魔力を矢として撃ち放つものである。もっとも、ただそれだけで神弩と呼ばれるはずもない。雷貫、雷を射貫く者の意で付けられたその名前に恥じない射出速度と追尾機能はまぎれもなく必中と謳われるものである。
「がっ……!」
気が付いたときには肩を魔力の矢で撃ち貫かれる。人間の知覚速度を越えた速さで、そして必中の矢が貫く、それも魔力がある限り無尽蔵に、連射もできる。確かに神器としての格があると言えた。
「神杖『舞織炎浄』」
目を離した覚えはない。それなのに、天遥が、気が付いたときには雪姫の手に持っているものは弩から錫杖に変わっていた。
「どうなっている、神剣『舞織氷雨』が神器ではなかったのか!」
確かに、雪姫の神器に神剣「舞織氷雨」も含まれる。そう、あくまで含まれるだけだ。それが全てではない。
「わたしの神器は神器『織式武装金色』といいまして、神の域を超えた神器の中の神器です」
織式武装。あるいは、織色武装。舞野織式が扱うものが最も有名な可変武装である。可変武装、変形武装ともいわれ、1つの武器が様々な形状を取る。中でも神器「織式武装金色」は特異な性能をしており、外殻の剣である「氷雨」、弩「雷貫」、錫杖「炎浄」、槍「光擲」、二刀小刀「裂風」など全部で10の変形を持つ最多変形数の武器である。
舞野織式が友人であり、戦友であり、級友だった「血塗れ太陽」のためにありとあらゆる人脈から素材からを集めて創り、墓に供えた神器とされ、それに合わせた武装が搭載されているのは当然である。
「浄化の炎よ、焼き尽くせ」
錫杖から白い炎が放たれる。浄化の炎、この武具が捧げられた人物の義妹の1人が使う炎と同質の「すべてを白く浄化する炎」を再現した武装である。
(逃走は……)
天遥は、周囲を見通し、逃走できるか否かを考えるが、既に連れてきた忍足家の忍は水姫と美鳥に制圧されていた。やぶめの方はと目を向けるも、既に煉夜が対処済みでこちらに向かってきているのが見える。
退路はない。かといって勝ち目もない。手詰まりである、と判断するには十分すぎる状況であった。
「参った。これ以上の反抗の意思はない」
そう言って右手を挙げ、武器を持っていないとアピールする。両手ではないのは、左肩は弩に撃ち貫かれて挙がらないからで、どちらの手も開いて何も持っていないのを見せていた。
その言葉に嘘がないか「見通せる」わけではないが、それでもおそらく嘘はないと、いや、この状況で歯向かうほど愚かではないと判断して、攻撃を収める。
「こっちも終わったか。当初の考えとは全然違うやり方っぽいけど、まあ、それで倒せたなら問題ないだろう」
合流した煉夜がそのように言う。当初の考えというのは、結局のところ「見通せても防げない攻撃」を行えばいいという考えの元、美鳥が誘導、雪姫が防御、水姫が範囲攻撃を行い、周辺ごと吹っ飛ばすというものだ。周囲に危害の加わらないこの場所だからこそできる戦術でもある。もっとも、その動作に入る前に見切られて射程外に出るか、3人に急接近するかのどちらかであろう。3人を守る防御であるならば範囲防御の可能性が高い。そうなれば、3人に近づけば、必然的に防御の中に入れる。実際のところ、それで上手くいかずとも、やぶめを片付けた煉夜が合流すれば勝ち筋が見えるので、時間稼ぎの意味合いもある作戦であったが。
「しかして、一夏宮天遥。お前の目的は結局のところなんだ?
現代陰陽術などなくとも世界を裏から牛耳れるということを証明して、過去に排斥した陰陽師や政治家に見せつけることか?」
正直な話、煉夜には、一夏宮家がやっている行動の先が見通せなかった。あくまで今言ったことならば「牛耳る」で終わりその後が何もない。ただ、それだけのことをするならば、もっと先を「見通している」はずである。
「それはあくまで4代前の一夏宮透全からの使命だ。それより以前、遥か昔から一夏宮という一族の使命は決まっている。『世界を延命させること』だ」
思ったよりも壮大な規模の話に、煉夜は「何を言っているんだこいつ」というような顔になったが、その顔は真剣そのものであった。
「無から有を生み出せぬ以上、世界は限られた資源を消費して生きていくしかない。現代であればこそ、太陽光発電やクリーンシステムなどという言葉があるが、それは消費を緩やかにしているに過ぎない」
資源枯渇に対するクリーンエネルギーの使用などが言われるようになってから、かなり時間が経っているが、その普及は未だに途上だ。資源の消費をいくら抑えたところでいずれ枯渇する。だが、それはかなり先の話である。先を「見通しすぎた」がゆえの考えなのだろう。常人に分からずとも無理はない。
「人間が生きている限り、資源の……世界の消費は止まらない。資源の消耗と言っても過言ではない。そして、その資源の消耗を糧に人間は発展し、平均寿命が延び、消耗は加速する。生活を豊かにするうえで資源の消費はしかるべき必然だ。我々今を生きる人間は全てその資源の上に成り立っていると言っても過言ではない」
そう天遥もまた、その世界の消費により生きている人間に他ならない。そうでありながら、それを管理しようとしている。
「だから、人を管理し、資源の消費をもっと緩やかに、限りなく少なくして『延命』させようとしている、と?
それはエゴね。だって、誰もそんなことは頼んでいないもの」
水姫がそのように言う。エゴ、この場合は自我という意味ではなく、エゴイストあるいはエゴイズム、利己的な考えだという指摘である。
「我々……一夏宮家の起源は、生きるための場所を探すことだった。生きる人間が増えれば循環が崩れる。なのに神は我々に力を授けた。そして、今この時までに生きている。であるならば恩を返さねばならない。そのための第一歩が今日だった」
一夏宮家は、「五日三夜」が語源といわれているように、五日間祈り、三夜もてなしたことから始まるが、何を祈っていたか、というと、定住地である。
定住地、なぜそんなものを、とも現代ならばなるが、遥か昔は異なる。水害、干ばつ、風土病、様々な事情から生きる場所がなかなか見つからず、転々と住む場所を探して集落を築こうとしていた。そうしたときに、雨や災害を事前に知る神託を求め五日間祈り、三夜もてなしたのだ。そうして、雨や災害が起こることを事前に見通し、また、水源や地下資源を見通し、生きていくことができた。
「ある意味では世界のため、ある意味では究極的な自己満足か。本当に神から与えられたのかも分からないし、実際そうだったとしてもそれは偽善でしかない」
「そうかもしれない、全てを見通せる気になって、神の意図すら見通した気になって、このような思想を持って活動していた。だが、実際は見通せないものは存在している。もしかしたら、もっとあるのかもしれない。一夏宮家が見通している気になっていた世界の全てなど、ほんの一部だったのかもしれないな……」




