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白雪の陰陽師  作者: 桃姫
陰陽大動編
328/370

328話:日向歩めぬ巫女

 忍足やぶめは「人間」である。ただし、普通の人間ではない。広義で見れば「人間」というカテゴリーに入るが、その前に修飾されるべき言葉がいくつか足りていないのである。そして修飾するならば「改造」あるいは「妖怪」という言葉が当てはまるのであろう。

 あくまで「改造人間」であり「人造人間」ではない。そう、あくまで彼女は先天的には人間であった。煉夜がこれまで出会ってきた現人神や半神半人のような先天的存在ではなく、後天的に得意な存在に「改造」された存在である。



 かつて、やぶめは名前すらない捨て子であった。山中に放り出されたのは10歳になるかならないかといったくらいの年齢である。もっとも、時代を考えるならば、それまで生きていられたことだけでも幸運だったのかもしれないが。


 名前もなく、行く当てもない彼女はさまよい歩き、山にある自然でどうにかかろうじて生きていた。だが、冬にもなればそういうわけにもいかず、その日を食つなぐのがやっとの状態で冬のための貯蓄などできるはずもない。そもそも貯めてようものなら動物たちが嗅ぎつけて奪っていく。

 動物を狩れればよいが、それこそ本当のただの人間、ただの子供ができるはずもなく、稀に動物同士の争いでか倒れている動物を食らうのがせいぜいであった。冬になるにつれ、冬眠などで動物たちは姿を消し、主な食材であった木の実なども無くなっていった。


 食べるものもなく、人里離れた山の中で彼女は孤独に死を迎えるかに思えたが、そんなある日、彼女は不思議な妖術師と出会う。

 初めて見たときは夢幻(ゆめまぼろし)だと思ったのも無理はない。当時からすれば、奇妙を通し越して不気味な格好ともいえる全身黒色の服だったのだから。それも、タキシードである。もちろん、そんな服を着ている人間が当時の日本に存在するはずもないのだが、彼女が見たのは間違いなくそうであった。

 そのタキシードの男は、長髪を1つに結い、不気味な黒い気配を持つ大柄の男。その周囲を囲うように、男と同質のオーラを放つ奇妙な存在たちが集まっていた。いわゆる「妖怪」、あるいは「物の怪」と呼ばれる幻妖怪異。

 男は見ていた彼女に気づき、もはや死にかけの彼女に対して、あろうことかそこに集まっていた妖怪たちをねじ込んだのである。それゆえに、彼女の寿命はそこはかとなく延び、生き延びることとなった。


 しかし、彼女が目を覚ました時には、その男の姿はなく、あったのは1つのボロボロな道具だけであった。それを携えた彼女は、その山を後にする。


 そうして、人ならざる力を得た彼女は、人々に祀られ、神の元で働く巫女となるように言われるのだが、神からは「妖ものの力であるため」と拒絶される。名前の無かった彼女にできた初めての名前、「巫女(みこ)」であったが、それすらも名乗ることは許されなくなり、それどころか、人々は勝手に祀っておきながら「騙された」といい彼女を排斥する。


 彼女はその結果、人の目がある昼は歩けず、夜にしか生きられなくなってしまった。幸い、闇に生きるものとしての妖怪の性質ゆえか、暗い夜の世界でも生きていくことは苦ではなかった。夜に、闇に、陰に、そのような世界で生きていく彼女は自らを「夜の巫女」、「夜巫女(やみこ)」としたが「闇子(やみご)」との語感の韻が気に食わず、読み方を変えて「夜巫女(やぶめ)」と名乗ったのである。


 だから彼女は「人間」であるが、普通の人間ではなく、後天的に妖怪の力をねじ込まれ改造された「改造人間」である。







 煉夜は聖剣アストルティを構えながら、やぶめたちとの間合いを測る。忍者やその手合いのものは煉夜の経験上、独特の間合いを持っていることが多い。その流派や武器、技能によって、得意とする間合いが変わるのだ。つまり、読みにくい相手である。

 間合いというのは戦う上では重要でありながら、各々の癖が非常に出やすい場所だ。特に煉夜は剣での間合いで獣相手の感覚と槍との併用の感覚が混じり、通常の剣を扱う間合いよりも広めになっている。

 忍者の場合は、得物にもよるがナイフなどだとかなり間合いが狭く、逆に暗器の中でも遠距離系などではかなり広い。しかし、遠距離系では殺傷力が低いものが多く、そのための毒であったり、暗器で牽制しつつ間合いを詰めるための煙、あるいは闇に紛れて近づくための煙玉や目潰し、閃光弾であったりするわけだ。


 しかして、煉夜が間合いを測ったところ、後ろに控える忍足家の忍たちは間違いなく遠距離の間合いの取り方をしているが、やぶめに関しては異なっていた。かといって、詰める間合いでもないようで、それが逆に間合いを測りかねる原因となっている。


「流石の剣迫。間合いもうまく測っている。このような存在がよくもまあ、目立たなかったものだ」


 煉夜に関しては、最近になって急激に知名度は上がりつつあるが、それまであくまで表立った部分は召喚の儀で九尾の狐を召喚したという部分のみである。京都司中八家における天城寺家の反乱ともいえる幻獣の召喚事件は結局、信姫や小柴などの一部の人間しか煉夜が直接解決したことを知らないし、身内の不祥事ともいえることを司中八家が大々的に喧伝するはずもない。無伝あるいは武田の躑躅ヶ崎館の件も相手が相手だけに大きな話にはならず、英国の一件は政府によるかん口令が布かれていた。九十九の件や郁の件はそもそも取り立てて知名度が上がるほどの出来事ではないし、春休みの大森家の一件も規模こそ大きかったものの究極的に言えばお家騒動であるから外部へ広がらない。千奈とファラオの件は小柴と枝の死神以外は知らないし、仏国、瑞西での騒動は日本に関係ない。修学旅行の一件も処理を行ったのが神代・大日本護国組織であるため大きく内容が明るみにでることはなかった。

 そういった部分で煉夜の存在は知るところでは知られているというものが積み重なり、それが徐々に広がりつつある段階であった。


 もっとも、一諜報組織のまとめ役でもあるやぶめがその程度の情報収集能力でいいのか、という話であるが、基本的に現在、彼女たちは情報収集活動をほとんど行っていない。なぜならば、知りたいことがあれば一夏宮家に聞けばいいだけなのだから。最初のうちはその情報を精査するために自身たちでも調査をしていたが、その精度に疑いようがなくなってからは、しだいと情報収集活動はなくなっていった。これもまた「見通す力」に頼り切った弊害なのだろう。


「お生憎と親友たちと違って派手にやるのはそこまで好きじゃないもんでね」


 今も名前を出せば大体が知っている自身の親友、雷司を思い浮かべながらそんな風に笑う。もっとも彼自身は特段、派手なのが好きというわけではなく、しかしながら、大元にあるのが武道というだけあってどうにも派手に見えがちなだけである。


「なるほどね」


 そんな風に言いながら、胸元に手を突っ込み、いや、胸元にという表現は間違いである。胸に手を突っ込みそこから禍々しくもボロボロな1振りの剣を体の奥から取り出した。比喩に非ず、自身の胸から皮膚を突き破って、それを出現させたのである。


「その感じ、魔剣の類か」


 まさしく非人間的な状況であったが、それでも煉夜は冷静にその取り出されたものを分析する。すでに刀身にひびが入り折れかかっているようにも見えるが、それを瘴気にも似た黒い魔力がコーティングしていた。


「ええ、銘は知らないけど。この体をこんな風にした妖術師が持っていたもの」


 そう、それが残されていたボロボロの道具の正体であった。――魔剣アムフレイル。彼女が妖術師と呼ぶ男、幻魔公爵アリンズ・フレヴァンズが持つ27の魔剣の1つで、廃棄された魔剣であるが、それを知るものはこの場にはいない。


「魔剣というものは大抵、使用するのに代償がいるものだ」


 魔剣と定義されるものは数多くあれど、大抵において代償を要求される。例外的に「魔法でつくった剣」や「魔法が施された剣」ゆえに「魔剣」と呼ばれているようなものもあるが、目の前のそれは明らかにそういったものとは異なる禍々しいものであった。


「そう、この剣を別の者が持った時に判明した代償は、寿命を奪うというもの」


 まだ一夏宮家に会う前なので、その代償を見通されて知るようなことはなく、そして、彼女が使っていても何の代償を取られているような気もしていなかったが、別の者が勝手に持ち出して使った際にその事実が判明したのだ。


「寿命が対価とか、ありがちな魔剣だな」


 そして、大抵はそうした代償を得る分、埒外な力を得るものだ。それを通常の剣で相手取るのは難しいだろう。しかし、煉夜が持つのはスファムルドラの聖剣アストルティである。そう、聖剣だ。


「さて、おしゃべりはこのくらいにしないと、ね」


 そういいながら、人としてはあり得ない速度で間合いを詰め切りかかるやぶめ。幻妖怪異を取り込んだせいで、人間としてはあり得ないほどの身体能力を得ている上に、そうした妖怪の力を一部使えるようになっている。


「なるほど、中々の剣だ」


 しかし、それに反応した煉夜は、素早く退き、距離を開ける。近すぎる間合いは向こうの領分だ。だからこそ、自身にあった距離に合わせるために下がった。そして、そのまま切り返す。

 聖剣と魔剣が切り結ばれる。衝突の瞬間の音は、甲高い金属音などではなく、鈍く響いた音であった。


「この剣と打ち合えるとは、それも中々の剣と見えるわ」


 やぶめは長い時をこの剣と共に歩み、その経験上知っている。寿命を食らう代わりにまとうオーラは増大し、その一撃で建物すらも壊せると。だからこそ、その剣と打ち合えるのはそれだけの剣である。

 もっとも、煉夜の膨大な魔力でアストルティを同様に強化しているからこそ互角に打ち合えるのであって、素のアストルティであれば絶対に壊れないなどということはないだろうが。

 数度の切り結びの末、やぶめが大きく剣を振りかぶり、隙が生まれる。だが、そこに煉夜はあえて打ち込まずに距離を取る。


「流石にわざとらしすぎたかしら」


 あのまま打ち込めば、後ろに控えている忍足家の忍たちから暗器の集中砲火を受けていただろう。その程度はどうとでもなるが、その対処の隙にやぶめが切りかかってくる。そうなると流石に面倒だったために、あえて距離を取ったのだ。


「全くもって忍者の親分とは思えない戦い方をする」


 やぶめのやり口は、忍者らしからぬ部分が多すぎる。もっとも、それも仕方のないことなのかもしれないが。


「闇に潜んで生きてきてはいたが、忍としての生き方を選んだのは子孫たちだからね」


 やぶめは闇に潜みながらも生きるための力である幻妖怪異の力と魔剣アムフレイルがあったからどうとでもなったが、それらは子孫に受け継がれることはなかった。それゆえに、彼女の子孫らはやぶめと同様に闇に潜み生きていく道を選んだがゆえに、忍となったのである。だから、初代より頭を務めるやぶめ自身はあまり忍者気質ではない。無論、それでも、多少の術として忍者の技能は得ているし、妖怪の力の中にはそういったものに優れたものもある。例えば、気づかれぬように屋敷に上がり茶や菓子を食らうぬらりひょんの力であったり、毒の風で切り付ける四国妖怪ムチの力であったり。


「そうかい、にしても、それだけの大層な力を持って、長い時間を生きてきた末に、あいつに従って世界を狙うとは、闇に潜むのが嫌になって光を浴びたくなったか?」


 煉夜の言葉に頬をひきつらせるやぶめ。やぶめは明らかに異質だった。煉夜が見る限り、信姫の言である「見通されるからついていかざるを得ない」という言葉も事実であろう。だが、自身でも「忍としての生き方」をしていない彼女がそれに従うのはおかしい。であるならば、自らの意思で一夏宮に手を貸すという選択を取ったとしか思えない。


「ふっ、元より光の道を歩む気などないわ。彼は決して我々を表に出さないでしょうしね。だから、これは自分たちのためではなく、見てみたくなったのよ。彼が歩もうとする道を。一度は異端と虐げられ闇に落ちた者が光の道を堂々と歩む姿を」


 虐げられ、闇に落ち、そのまま闇に生きていくことを決めたやぶめと追いやられ闇に落ちかけて、それでもなお光の道を歩もうと闇に手を借りた天遥。自身とは違う道を行こうとするその生き様を見届けたい、そう思ったのであった。


「そういうあなたこそ、なぜ邪魔をするの。彼が世界を統べて何か不満でもあるの?

 あなたが成りたかったのかしら?」


 そう言われて煉夜はそれを鼻で笑った。煉夜からすれば、正直、そんなことはどうでもよかった。それにそもそもここで邪魔をしなくともどうせうまくいかないであろうと思っていた。


「別に世界の実権なんぞに興味の欠片もないし、この世界の天下を誰が取ろうが興味はない。ただ、俺は背負うと決めた。だから、スゥも美鳥も水姫様も守るさ。それが俺の生きていく道だからな」


 闇の道、光の道、そういったものは煉夜にはすでに関係のない自身の道があった。数百年という長い時を生き、築き上げた己の道が。


「だから悪いな、……眠れ」


 その言葉と同時に、やぶめの後ろに控えていた忍足家の人間たちはすでに眠り、地面に倒れる。フィンガースナップこそ鳴らしていないが、いつものスファムルドラの魔法である。そして、そのままやぶめに切りかかる。


「魔法かっ!」


 煉夜の攻撃を魔剣で受けながら、何をしたのかの答えを探る。詠唱の気配や儀式の気配はなかったが、煉夜がすでに一級品の魔道具を作ったことを知っているゆえに、そのくらいで来ても不思議ではないことは理解できた。

 やぶめは魔剣の纏う瘴気にも似た魔力を急激に増大させる。長引かせると不利になると悟ったのだろう。


「はぁっ!!」


 山河をも砕くであろうその一撃をあろうことか煉夜はアストルティに込めた増大な魔力で相殺する。そして、そのままその刀身を砕き割った。元々ボロボロの刀身であっただけに同等の力で切り結び続ければ、魔力のコーティングがあろうとも無事では済まない。その最後の一撃でそれに完全にとどめを刺したのだ。


「これで終わりだ」


 そういいながらも、既にやぶめの身体は魔法で捉えられていた。拘束され、地面に伏すやぶめに対して視線を向けるでもなく、煉夜は別の場所に声をかける。


「静萌、後は任せる」


 すでに近くに来ていた静萌は頷くと、まず忍足家の忍たちを縄で縛り始める。


「静萌、やはり向こうの手に落ちていたのね」


 反応がないから薄々勘づいていたが、その通りだったか、とやぶめは小さくため息を吐いた。別にそれを咎める気はない。


「ええ、彼は世界で初めて(わたし)が見え、話せる存在。最初はそれだけ、でも、今あなたたちの話を聞いて、それだけじゃなくなりました。あなたが、一夏宮の頭目の行く道が気になったように、(わたし)もまた、彼の歩む『彼の道』というのに興味が湧きましたから」


 その声に、やぶめは小さく笑った。

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