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白雪の陰陽師  作者: 桃姫
陰陽大動編
326/370

326話:陰を這う者たち

 煉夜たちは結局、大広間での会話の後に、用意された部屋で過ごすことになる。部屋は2部屋で、美鳥は自室が残っているのでそちらへ、雪姫も自分の部屋がある。なので、煉夜、裕華、水姫、静萌がそれぞれ分かれることになる。

 しかし、水姫は静萌のことを知らないし、一応、狙われている水姫と敵の忍足家に所属する静萌を同じ部屋にするわけにはいかない。裕華も存在こそ知っているものの、現在は全く知覚できていないのに同室に押し込めるわけにはいかない。結果的に煉夜以外に見えていないのだから外聞も何も関係ないし、表向きは男女で分けたということで煉夜と裕華、水姫に分かれたことにして、煉夜、静萌の部屋と裕華、水姫の部屋に分かれた結果である。


 結果的にはそれで大きな問題は何もなかった。まあ、小さな問題で言うならば、静萌の寝相が予想以上に悪くて煉夜が結局寝られなかったり、自分の部屋なのに居心地が悪いからかちょくちょく美鳥が訪ねて来たりするくらいで、それがきっかけで大きく何かがあるわけではないので大丈夫だろう。


 この建物でしばらくは過ごすとあって、生活範囲も割と広く、下手なことをしなければある程度は建物内も自由に歩いていいともいわれていた。一応、客であるため生活の時間帯も巫女たちに合わせる必要はないとも。

 もっとも、普段から朝が早い水姫や裕華、ただでさえ眠りが浅いのに静萌のせいで寝付けず一層、眠りの浅かった煉夜は巫女たちと同じ早朝4時の起床で、朝食を取り、煉夜と裕華は周辺の探索を、水姫は舞の稽古をしていたが。雪姫は普段通りに行動して、美鳥は時差ボケのためかかなり寝坊していたという。静萌も普段人から見られるという意識がないため時間にはかなりルーズな性格で、起きる時間はまちまちであった。


 そうした生活が3日も続く頃には、かなり慣れてきたが、それと同じくして、敵にも動きが見られた。







 一夏宮家の屋敷で、当代、一夏宮(いちかみや)天遥(たかはる)は、標的である似鳥雪姫、唄涙鷲美鳥、雪白水姫がいる場所を「見通して」いた。世界を見通す、それはすなわち遠視でもあるのだが、それ以上の力。炎魔火ノ音の持つ神の目(フリズスキャルヴ)にも似た特異な能力。そうした点だけで見れば、一夏宮家に与えられた「花月森」は破格の能力であると言える。


「ふむ、3人とも雷隠神社にいるようだ。大方、捕まった者たちが吐いた情報から推測して、雷隠神社が雪白水姫をかくまったのだろう」


 正確には、情報を吐く前に推測していたが、その辺りはどうでもいい部分であろう。今回、彼がそこを見通せなかったのは、そこまで見通していないからに過ぎない。あくまで能動的な力であるため、今回は居場所しか見通していないから、見通していない情報は分からないだけだ。


「しかし、神社で我々を迎え撃とうとは罰当たりな」


 そのように傍で聞いていたやぶめは笑う。それに対して、天遥は何とも言えないような顔をしてやぶめに言う。


「それを言うならば、神社の巫女に手を出そうとした我々の方が罰当たりだ。それがなければ、彼女らの罰当たりな行為もなかったことを含めればより一層な」


 まさにその通り、返す言葉もなかった。


「しかし、気になる。いくら雷隠神社には四大天と八巫女がいるとはいえ、『陰』の襲撃から参拝客を守りながら、かつ、3人を守るなどということができるとは思えない」


 これは雷隠神社を過小評価しているわけでも、「陰」を過大評価しているわけでもなく、どちらの戦力も正確に分析したうえでの評価である。

 雷隠神社は四大天、八巫女といった特異な存在がいるものの規模は小さい神社である。その中でも人を守ることができる力となると更に数は限られる。そうした状況で、いくら雷隠神社でも、人数の規模が違いすぎる「陰」からの奇襲を全て躱しながら、3人を守り切るのは不可能だ。


「予知や予言の類で襲撃日を察知して、民間人や非戦闘員はあらかじめ逃がしておくのではないの?」


 予知、予言の使い手と名高い人間が少なくとも3人いる。標的でもありその能力を欲している似鳥雪姫、その父で四大天の似鳥尚右染、細かい予知においてはその2人をも上回るとされるが頻度に難ありの洲桃血鳴。これだけの人員がいれば、確かに襲撃日や襲撃場所をあらかじめ把握して対応しておくことは可能かもしれない。


「だが、こちらには予知を見通すという術もある。予知されたことを見通して、その予知から逸らすことも可能だ。それすらもさらに予知されるという可能性は0ではないが……」


 そのような応酬し合っても、先に力が尽きた方が負けるが、そのような無駄なことをするほど愚かではないと知っていた。だからこそ「予知で避難」などいう甘い考えではないと思うのは当然であった。


「つまり、彼女らには、それだけの戦力の当てがあるということ。しかし、見通せる戦力で最も警戒すべきは市原裕華。だが、彼女は幻術などを得意とする。つまり、彼女の弱点は私だ。確かに彼女の場合は、幻術の類がなくとも、かなりの戦力であるのは間違いないが、それで3人全員を守り通せるとも思えない」


 大人数をさばきながら、かつ、幻術が効かない天遥の相手もしながら、忍足の当主から3人を守り切るのはどう考えても難しい。


「その当てにしている戦力が、あなたが前に言っていた『見通せない何か』だと?」


 見通してもなお、そこに齟齬が生じるというのならば、その原因は「見通せない何か」以外にないと天遥は確信している。そうでなければ、そもそも服部二蔵を行かせた時点である程度の成果は得られていたはずだから。


「仮にそうだとして、それでも、人数差はかなりのものよ。1人増えた程度でどうにかなるとも思えないけど」


 無論、1人増えた程度では、絶対的な人数差が覆ることはないだろう。しかし、増えた1人がその絶対的な人数差を覆す術を持っていたとしたら話は別だ。


「どのようなものがあるのかが全く分からない。しかし、それでもあの3人を手にするチャンスは、今を逃せば、この先、限りなく0に等しい」


 そう、天遥がなぜこのタイミングで決行したのかというと、この時期しか3人をまとめて手中に収めるチャンスがなかったからである。主な理由は美鳥が国外にいることであるが、それ以外にもう1つ、このタイミングを逃せば確実に水姫は確実に手の届かない存在になっていたからである。


「やらなくてはならないのなら、何があるか分からないという不確定要素があってもなお動くしかないということね」


 一夏宮家の「花月森」の性質を考えるならば、「見通す」ことで得られた確信をもって動くことが当たり前である。しかし、今回はそうではない。


「『陰』はどの程度動かせる?」


 静かに深く、息を吐き出すようにそのように問いかける。それに対して、やぶめはあまり明るい顔をしない。


「すぐに意のままに動かせるのは忍足家だけ。それ以外は独立しているようなものだから指示は出せても、どの程度働けるか……」


 綿密な指示やスケジュールが出せるならばともかく、本来、少数を送り込み工作や諜報をする「陰」達に指示通り動いてターゲットを狙うなどということができるかは微妙なところである。それぞれが独立しているだけあって、獲物の取り合いなどが発生し、大きな隙となる可能性は非常に高い。


「それで構わない。むしろ、派手に取り合いでもすればいると分かっている以上、そこに戦力を割かなくてはならなくなる。それはどんなに烏合の衆のようなまとまりのないものでも、だ。一般人を巻き込む危険性を感じたらそうせざるを得ない。その隙に忍足家で目標を確保する。無論、取り合いの結果、『陰』のどこかが確保できたならば、我々は手を出さずに済んで万々歳というわけだ」


 神社という場所を選んだ以上、他の人を巻き込まないように、雷隠神社側が最大限配慮するであろうことはお見通しだ。つまり、忍足家以外の「陰」はおとりに過ぎない。おとりと分かっていても、人員を割かなくてはならないので自然と警戒網は薄くなる。そこを取ればいいと。


「しかし、『見通せない何か』とやらがそれに対して何か策を講じている可能性もある。例えば、それこそ夢のような話だが、敵を全て一網打尽にする力とか、特定の敵を捕らえる魔法とか、そんなものがあったら……」


 あるいは、この状況において、何よりも現実が見えていたのはやぶめなのかもしれない。だが、しかし、そのような存在は彼女自身もいうように「夢のような」存在であろう。


「魔法や陰陽術はそのような万能の力ではないことはよく知っているだろう。何でもできるように見えて、その対価はきちんと支払うものだ。少なくともそのような規模の魔法には時間も魔力も使いすぎる。襲撃が始まってからではとてもではないが間に合うとは思えない」


 天遥の認識は決して間違っていない。そもそも煉夜の使う無詠唱のスファムルドラ式でもやぶめが言うような魔法はそうそう使えないだろう。だからありえないと断じたことは誰も責めることはできないだろう。


「そうね……。警戒するあまり、少し過剰な反応になっていたかもしれないわ」


 そう思いながらも、どこか不安感がぬぐえないやぶめであった。







 雷隠神社の「御柱の聖地」を探索し終えて、死角が本当にほとんどないことを確認した煉夜と裕華は、今度はそこからさらに離れた敵が来るであろう周囲を確認していた。しかし、長野県の北部、山の中ともいえるその場所は、はっきり言って確認も何もないくらいには木々で生い茂っていた。特に、夏の背中が見えそうなこの時期、葉がついて青々としている。見通しの悪さはより増しているだろう。


「さてさて、こんな中に潜むのが上手い忍者どもがうじゃうじゃ来たらどうしようもないな。いくら気配を察知しても、攻撃も木々に遮られてうまく通らないだろう」


 それこそ森林破壊してもいいのであれば木々ごとバッサリと敵を倒すことはできるだろうが、今時分、そのような自然破壊はできないし、周辺への影響や処理などを考えるとあまり現実的ではない。


「でも、いざとなったら自然破壊がどうとか言っている場合じゃないから、山ごと潰すような真似をせざるを得ないでしょうけどね」


 そんな偽善で3人を守れなかったらそれこそ馬鹿であろう。だからこそ、煉夜はため息を吐きながら口から呪文を吐き出すのであった。



「【我が主が名を持って告げる――


 霊脈の底、悪辣なる神の血、深き眠り、


 六の願い、八の守護、導き手は我が主の心の中、


 ――凶天裂きし、禍つ者捉えし天の糸、すなわち『創生』の鎖】」



 それは、春休みの一件で風魔の忍びたちを捕らえるのに使った【創生】の魔法である。もっとも、内容はかなりアレンジを加えているので、呪文は一緒でも効果はかなり異なるが。


「まあ、実際、その辺りに潜むような素破乱破共にはこれでも使ってくれ。それなりに魔力を込めたから多分四、五日は維持できると思う」


 一条の金の鎖を渡されて、裕華はいぶかし気にその鎖をつまみ、それがどういった代物なのかを理解して固まった。


「もはや何でもありね。しかし、まあ、こんなものがあればすぐにでも雑魚狩りは終わるんじゃないの?」


 ジャラジャラと鎖を揺らしながら問う裕華に対して、煉夜は肩をすくめて言葉を返す。


「それがそうもいかない。英国の時に【緑園の魔女】とやった認識を要にした魔法を組み込んで、『陰』と自分を認識している人間を自動で捉えるようにはしたが、どうにも信姫に聞いていた話だと、『陰』の中でも分裂しているらしいだろう?

 そうなってくると『陰』っていう認識よりも『自分はどこの流派の抜け忍だ』とかそういった認識が強くなったら取り逃すからな。今回は逸れなりに打ち漏らしがいると思って対処してくれ」


 煉夜が生み出した【創生】の鎖は、いわばかつて使った魔法を合成しているようなもので、英国でグラジャールの輝き相手に使った大規模魔法の「認識を要に対象を選択」という部分と春休みに風魔忍軍に使った自動で捕縛する鎖というのを合成し、かつ、煉夜以外でも使えるように道具として生み出したものである。

 ただ、今回の「認識を要にする」という部分において問題なのは、「陰」のそれぞれの我が強すぎることであろう。自身を「陰」ではなく「伊賀から追放されたもの」であったり「元御庭番の血筋」であったり、そういったものだと認識しているものも少なくはない。だからすべてを一気に捕らえるというのが難しいのだ。

 かといって、ここらの気配を全て捕らえようとすると一般人や巫女にも誤作動しかねないので、取り逃した者を裕華が認識しなおして捕らえるというのが煉夜の提示した策である。


「ほんと、こんなものまで作れるとか【創生の魔法】とやらは結構反則級よね。まあ、父さんが父さんだけに言えた義理じゃないけど」


 裕華の父も若干近い能力を持っているが、それこそ【創生の魔法】よりも不便な力である。もっとも、煉夜の【創生の魔法】というのも不便は不便であるし、縛りも多いのだが。


「ま、準備はこんなもんだろう。後は、敵が動き出すのを待つだけ……、何だが、流石にどのくらいで来るかまでは分からないからな……」


「今、予知系の面子が何となくでもいいから分かる範囲まで絞るために頑張ってくれてるんだから、少し待ちましょう」

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