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白雪の陰陽師  作者: 桃姫
陰陽大動編
325/370

325話:神器を継ぐもの

 現実に打ちひしがれている血鳴を尻目に煉夜と雪姫は話を続ける。地面に転がりながら「そんな……」とか「嘘だ……」とか呟いている血鳴は少しばかり見るに堪えないため、皆目を逸らした。


「しかし、こいつはこんなのでやっていけているのか?

 更生させるのが俺の役目だったんだが、結局何もできなかったからな」


 何もできなかったというのは、何をしてもダメだったという意味ではなく、何をする間もなくクールヴェスタの悪魔たちとの戦いになったということである。煉夜が血鳴と会話していたのもせいぜい2週間程度だ。

 しかし、最初の方はどうにか正攻法で攻めていたが、ドアすら開けない様子を見て、あの手この手で脅した結果、「魔女の眷属」であったり、「獣狩り」であったりの事情も知っている。


「役目、というと、あれでしたか。赤い館にいた頃の赤いお嬢様に頼まれた、という」


 元々、血鳴ことアーヴィ=ニールチアとアンリエットは知り合いであるが、それは互いの両親の代からの交流故であり、特にアンリエットは血鳴の父にはそれなりの恩義を感じていたため、徐々に荒れていくニールチア領に我慢ができなくなって煉夜を派遣したのが事の流れである。


「その通り、かつては吸血鬼の領土とまで呼ばれ、果実の楽園、果実酒好きならば知らない者のいない地として知れ渡っていたニールチア領のお嬢様の更生と領地復興を頼まれてな。

 ……一執事に頼むには大きすぎる頼みだと思うんだがな」


 確かに一介の執事に頼むにしては大事であると思うが、実際のところ、クールヴェスタの悪魔たちさえいなければどうにかできていたのかもしれない。実際どうなっていたかは誰にも分からないが、そう思わせてしまうほどの何かが当時の煉夜に合ったのは間違いない。


「吸血鬼の領土……、昔に聞いたときもそのように言っていましたが、実際のところ血鳴さんは吸血鬼やそれに近い種なのですか?」


 特にそういった印象もなければ、日の下でも普通に歩き、血を吸っている様子など見たことがないので抱く当然の疑問。


「いや、吸血鬼の領土だったのは遥か昔の話だ。ユリファ曰く目覚めた頃にはそうだった、ということだから、少なくとも新暦の666年以前の話で、それからしばらく経った頃にはだいぶ吸血鬼の血も薄まって今では普通の人間と変わらないはずだ」


 【創生の魔女】をはじめとした六人の魔女が新暦以前の大戦争で眠りについてから、再び目覚めたのは新暦の666年に現れた青年の手によるものである。【四罪の魔女】がステラの眷属と称した彼によって目覚めているため、そのタイミングはクライスクラ新暦666年。その頃には吸血鬼が治めていた、ということは新暦が始まってから666年間のいずこかで吸血鬼が治めるようになったのだろう。

 しかし、煉夜がクライスクラに行った頃にはすでに600年近い時が流れ、アンリエットに頼まれていく頃にはさらに時間が経っている。その間に、人と交わり徐々に吸血鬼の血が薄まったことでほとんど人と変わらなくなったらしい。


「もっとも、こいつは隔世遺伝で寿命はかなり延びているし、生来引きこもりというのもあるが、実際陽の光がそこまで得意ではないのもその影響だろう」


 血鳴の両親は間違いなく普通の人間と変わらなかった。それゆえに普通になくなってしまったが、血鳴はかつての先祖である吸血鬼の力を中途半端にその身に宿している。もっとも、不死ではなく不老でもない、ただ寿命が常人よりも長くなり、日の下を歩けないほどではないが若干太陽光が苦手なだけである。


「なるほど、それであの神器が……」


 何かを納得したような様子の雪姫。それに対して煉夜は何のことだと一瞬考えたが、美鳥から聞いていた話を思い出し、聞く。


「神器というと美鳥の弓のように八巫女に与えられるという?」


 美鳥の弓、神弓「暁ノ煌(あかつきのきらめ)」をはじめとして、八巫女にはそれぞれ神器ともいえる武具あるいは術具が与えられる。それぞれの性質や持つ能力などによって神託で選ばれるものであり、八巫女が自在に全ての力を引き出し扱える最高峰の道具だ。

 例えば、美鳥の神弓「暁ノ煌」は、弓という遠距離への攻撃手段だけではなく、美鳥の神格付与術式改をより遠くへと付与できるうえ、弓への神格付与で飛距離や命中率等も自在に操れる。


「そう、その神器です。血鳴さんに与えられたのは、他の神器とは少し毛色が違っていたので、ずっと疑問に思っていたのですが、そういう過去があるならば納得できるのかもしれません」


 雪姫が知る限り、歴代の八巫女たちが受け継いできたものに多かったのは弓や刀といった武具か杖や呪文の記された書のような術具、あるいは治めるための舞に使う扇や大幣などの神具である。それらは当然ながら、巫女という立場や存在上必要となる力とも言えた。だからこそ、魔に立ち向かうための弓や刀、魔を封じるための杖や書、魔を祓うための扇や大幣なのである。


「変わっているっていうなら筆頭のも相当変わっているじゃないですか」


 と、割って入ったのは、のたうち回る血鳴をなだめていた美鳥である。それに対して、何とも言えないような苦笑を浮かべてごまかす雪姫。彼女の持つ神器も超一級品であり、かつ、異端のものであるが、それでも先の慣例から外れきったものではない。


「そもそも、神器と呼ばれるほどの器が八つあるだけでも驚きだが、スゥの言い方からすると、いくつかある中から最適なものが選ばれるのだろう?

 ということは、それよりも多い、かなりの数の神器がこの神社にあることになるが、それは少しばかりおかしくないか?」


 煉夜も神器と呼ばれるにふさわしいものを持っているからこそ分かる。「水の宝具(アーク)」。クライスクラにおいて要石としても扱われるほどのまさに神器と言われるものである。ゆえに、それがどれほど重要なものかは知っていたし、そのようなものが10や20も一世界の一神社においてあるはずもない。


「そうですね、我々、雷隠神社にある神器は本物ではありません」


 その発言に煉夜はいぶかし気に眉を寄せた。英国で見た美鳥の弓は間違いなく本物であった。だからこそ、その発言は信じがたい。


「ああ、いえ、今のは表現が悪かったですね。『神器』は本物ですが、実体は本物ではないということです」


 そこまで言われて煉夜はようやくその意味を理解した。煉夜の持つようなそれそのものが神器であるというわけではないということだ。


「つまり、核となる神器に……、文字通りの『器』に、神器を投影しているということか。なるほど、それならば神器は八つで、巫女が変わるごとに器を継承し、投影する外見や能力が変質するわけだ」


 得心が言ったというようにうなずく煉夜に、尚右染は感心を通り越して呆れていた。たったあれだけの説明で今のことを理解できるとは思っていなかったからだ。


「正確に言うならば8つで1つの神器だがね」


 そこだけは訂正しておかねば、と一応、煉夜の言葉に補足したが、その部分はあまり重要ではない。


「八つで一つの神器、そういうものもあるのか」


 そう思いながらも、実際のところ、煉夜の持つ……、正確に言えばクラリスの持つものであるが、「水の宝具」、「流転の氷龍」もまた同様に複数で1つの神器である。


「レン、あなたが知っている神器の1つ、『水の宝具』もまた、複数で1つの神器であったと記憶していますが」


 それを思い出す頃には、雪姫がそれを指摘していた。もっとも、煉夜自身持っているものが「流転の氷龍」のみなので、複数で1つというのがとっさに思いつかなくても無理はない。


「ああ、そうだったな。あれも五つで世界の要石だったか。まあ、新暦以前の大戦で二つ行方不明になって、その後、クラリスが持っていたのを俺が魂に押し込めたからバラバラもいいところだけどな」


 もはやクライスクラには2つしか残っていないが、そもそも要石としての役割は魔女たちが壊してしまっているため関係ない。


「そういえば、話が逸れたが、こいつの神器が普通ではないという話だったな。どういう意味なんだ?」


 逸れた話を戻し、ようやく気分を切り替えた血鳴の方を見ながら、雪姫に向かって問いかける。それに対して、雪姫が「ああ、血鳴さんの神器は」と答えようとしたのに被せて、血鳴が答える。


「神薬『命水』とそれが永遠に湧き続ける杯、『無限の杯』だよ」


 薬と杯、確かに先に挙げたものから考えれば異質ではある。ただ神酒などと同種のものと考えれば分からないでもないが、神酒は神に供えるものであり、神から賜った霊薬、神薬はまた異なる。


「しかし、その杯とやらは『聖杯(カリス)』の類じゃないのか……。吸血鬼の先祖返りが持って平気なもんなのかね?」


 聖杯。この場合は、文字通りの聖なる杯。そう呼ばれるものはこの世界でも多く見られる。もっともその場合は煉夜の言う「聖杯(カリス)」よりも「聖杯(グラール)」の方が的確であろうが。


「まあ、先祖返りしていると言ってもただの人間ですし。もっとも、神薬『命水』を飲んだ後がどうなのかというのもありますが。神薬『命水』は、自身に内在する力を引き出すものと聞きます。最初は『予知』の精度や頻度を上げるために選ばれたのだと思っていましたが、今の話を聞く限り、吸血鬼の特性を引き出すという意味合いもあるのかもしれませんね」


 潜在能力を引き上げる薬は、巫女たちが持つ特異な能力をより引き出すためにあると思われていたが、血鳴の根底に吸血鬼の先祖返りというものがあるならば、それすらも引き出すために与えられたものであると考えるのが道理であろう。


「しかし、洲桃君が吸血鬼と縁ある者だったとはな。まあ、この日本にも吸血鬼はいるくらいだ、その血が流れるものがいるのも当たり前と言えば当たり前なのだが」


 末由がそういって唸る。彼の言うところの日本に住まう吸血鬼とは、青森県などに属する広大な山地の白神山地に隠れ住む吸血鬼の里の者たちであろう。一般にはもちろん知られておらず、陰陽師などの裏側の関係者でも知る者は少ないし、「吸血鬼の里」を知る者は、そこが《チーム三鷹丘》のテリトリーであることも同時に知るので不用意なことをする者はまずいないだろう。

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