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白雪の陰陽師  作者: 桃姫
陰陽大動編
324/370

324話:眠り姫の預言者

 明かりもともさずに暗い部屋で1人、ほとんど動かない女性がいた。それは半ば冬眠のような状態にも近く、ここ2日間は起きてすらおらず、消耗しきった魔力がある程度たまるまでは、目を覚ますことはないだろう。それが洲桃(すとう)血鳴(ちめい)という女性の能力を使った代償であった。


 元々寄る辺ない身であった血鳴は、その能力を買われて尚右染にスカウトされて、まともに話せない引きこもりだった頃の状態から、今の八巫女七席の状態まで、どうにかこうにか矯正されたのだが、未だに引きこもり気質は治っていない。体質や代償のこともあるが、それ以前に生来引きこもり気質なのである。

 美鳥との大きな関わりはなく、そもそも当時は巫女然とあろうとした美鳥と引きこもり気質な彼女は正反対の性格とも言えたのだが、仲は良かったのである。とはいっても、彼女の代償のこともあって、あまり交流が盛んであったわけではない。だからこそ「あまり関わりがない」という表現なのだ。それでも仲が良かったのは、血鳴が美鳥を気に入っていたから、というか人を滅多に招かない彼女が部屋に招くのは、雪姫か美鳥くらいであった。

 もっとも、真面目な美鳥がもっぱら部屋を簡単に片づける流れであったが。


「ふぁあ、よく寝たなぁ」


 あくびをしながら起きる血鳴の髪は銀と表現するには透明感がなく、白髪と表現するには艶のある薄灰色の髪をしていた。おおよそ普通の日本人とはかけ離れた髪色であるが、それも相まって神秘性を持ち、巫女然としているようにも見える。もっとも、本人にそんな自覚はないが。


「そういえば、美鳥ちゃんが帰ってきているんだっけ、予知通りなら、だけど」


 美鳥が彼女のことを「洲桃先輩」と呼称するように、彼女の方が早く、この雷隠神社に来ている。もっとも、見た目の印象で言えばどちらかと言えば血鳴の方が幼く見えなくもないがれっきとして本当に血鳴の方が年上なのである。


「でも、まあ、あんなにも不透明な予知は初めてだったから、当てにならないかもしれないけどね」


 独り言にしてはやけに大きい声だが、引きこもり時代からの癖で、誰の声もしないと妙な恐怖感を覚えるようになり、そしてとっさの時に声が出ないことも相まって、定期的に独り言で口を動かすようになっていた。


 数日振りに動かす身体はうまく動かないが、身体の各部を軽く動かして、徐々に慣れさせていく。もはやこの動作にも慣れたもので、もどかしさも微塵もなく、ストレッチの要領で20分から30分程度動かして、ようやくまともに歩けるようになった。

 起きたのは2日振りであっても、その起きた間はベッドで寝転がったまま水を飲むなどの最低限の行為をしていただけなのでまともに動くのはもっと時間が経っているのでこのような状態も仕方がないだろう。


「それにしても嫌な夢を見るものね、あー嫌だ嫌だ」


 口調が大げさでわざとらしいのも、引きこもり時代からの弊害だろう。しかしながら、嫌な夢というものを見たようで、その顔は晴れない。

 それは故郷の夢であった。彼女の故郷は、小さな領地であったが、豊かな暮らしができて、治安も良く、非常に落ち着いた気風であった。そんな環境だからだろうか、彼女が引きこもりになったのは。しかし、それでもその環境が続けば何の問題もなかったのだが、そうもいかない事件が起こる。血鳴の両親が亡くなったのだ。それにより、その周辺を血鳴が治めることになったが、引きこもりで予知しか取り柄の無い彼女がそんなこともできるはずがなく、しだいに治安は悪くなり、悪魔が棲みつくようになった。

 当時、宗教として悪魔を狩るという風潮が強まっていたことも相まって、行き場が徐々に減っていた悪魔たちに、その地は取り入りやすい絶好の土地だったのだ。

 そして起こった悪魔と人間の争いによって家も領地もめちゃくちゃになり、彼女は行き場を失って、自分がいる場所すらも分からなくなって、そんな全てを失った時に尚右染に拾われたのであった。


 引きこもっていただけとはいえ、故郷が滅んだ時の夢だ、あまりいい夢ではないのは当然であろう。


「よっこいしょっと、さてさて、美鳥ちゃんに挨拶にでも行きますかね」


 重い腰を上げ、若干ふらつく足取りでありながらも、彼女は美鳥がいるであろう場所へ向かって足を運ぶのであった。






「おっ、予知通りいるじゃないの。久しぶりね、美鳥ちゃん」


 大広間にどうにかこうにかたどり着いた血鳴は、梨音と寄り添い合うように並ぶ美鳥を見つけて、そのように声をかける。その声に、その場にいた者の視線が血鳴に集まるも、特に気にした様子はなかった。


「洲桃君、もう大丈夫なのかね?」


 その問いかけに、壁に寄りかかりながら、肩をすくめてアピールをする。と、言うよりもそれ以前に、ふらつきや表情から「大丈夫ではない」というのは明らかであった。


「全然ダメですね。もう4、5日は休まないとまともに動けるまで魔力が回復しませんよ」


 一応、敬語で答えていた血鳴であるが、きちんとしたものではなく、かなり雑な言い回しである。そして、予知と照らし合わせるように、その場にいる顔を見回す血鳴。1人1人を見ていき、自分の知る通りだ、と思いながらスッと見回す中で、自分のことを凄い表情で見る予知にない人物と目が合った。……目が合ってしまった。


「んぐっ!」


 思わず吐きそうになったが胃が空だったためか酸っぱいものがこみ上げそうになった程度で、吐き出しこそしなかった。しかし、その思考は回りに回って、真っ白になってを交互に繰り返すほどに混迷を極めていた。


「引きこもりお嬢様がなんでこんなところに居やがるんだ?

 てか、生きてたのかお前」


 容赦ない言葉によって現実に引き戻される血鳴。目の前にいるどうしようもない災厄と目が合ってしまった以上、もはや逃れられることはないのだと覚悟を決める。


「こ……」


 あれだけ独り言を言っていたのに思うように言葉が出なかった。それでも、必死に舌を回しながらふらつく体で地べたに這いつくばり叫ぶ。


「殺さないでくださいぃ!お願いします!なんでもしますからぁ!

 だから命だけはご勘弁を!」


 あまりにもな急展開に、その場にいた者たちは訳が分からず、そうなった原因の言葉をかけた煉夜の方に視線が集まった。


「お前、俺を何だと思っているんだ」


 そのあまりにもな態度に、煉夜は思わずため息を吐きながら血鳴に向かってそういったが、血鳴は地面にへばりつきながら言う。


「魔女の眷属で、獣狩りで、まっとうな仕事に就かせようとする鬼で、悪魔をなぎ倒す化け物で、吸血鬼も殺せそうな人?」


 弱々しい声であるが、そのように言い放つ。もっとも、それを聞き取れたのは煉夜と雪姫、美鳥だけであったが。多言語理解の魔法がかかっている煉夜と美鳥が分かり、かつ、雪姫が分かる言語。


「レン、血鳴さんは向こう側の住人だったのですか?」


 雪姫の疑問に、何と答えるべきなのか微妙な顔をして、それから思い出すように言う。


「あー、イスカにも話したからスゥも聞いていたんじゃないか?

 二ールチア領での『クールヴェスタの悪魔』の一件」


 そう言われて雪姫は確かに聞いたことがある話だと思い出す。寝物語にざっくりとした話をしているのを傍で聞いていただけなので、そこまで明確に覚えているわけではないが、おおよその流れは忘れていない。


「確か、まっとうで優しい領主が亡くなり、引きこもりの息女へと領地が引き渡されたことで領地が荒れて、当時『特使会』の影響で悪魔排斥の運動が起きていたことも相まって、悪魔たちが根城にしたんでしたよね。それで、当時、知人の伝手で引きこもりの領主をどうにかまともに仕事するように矯正を依頼されて領地にいたレンが、悪魔と領地民の争いに巻き込まれて、悪魔の首魁クールヴェスタの悪魔を倒した、とか」


 血鳴の記憶ともさほどズレの無い過去の記憶。吸血鬼の領土ニールチア。そう呼ばれた領地に、アンリエットに頼まれて足を運んだことがある。


「そう。そんで引きこもりお嬢様のアーヴィ=ニールチアってのがこいつだ。昔も予知をして領地の生計の一端を担ってはいたにはいたんだが、当然ながら領主の仕事をしない限りは、どんなに予知をしても悪くなっていく一方でな」


 向こうでは魔力の質や量の関係で、こちらよりも短いスパンでの予知をしていたが、結局のところ、どれだけ予知をしようとも、まともな運営が成り立っていない領地は荒れていくだけであった。だからこそ、予知の割合を削って、少しでも領主の仕事を担うか、代理権利者を立てるかの必要があったのだが、前者は引きこもりで出てこないから無理、後者も引きこもっているため代理への引継ぎができず無理、とどうにもならない状況であり、それを解決するために派遣されたのが煉夜である。

 本来ならば、領地民の代表者100名の8割の同意の元、代理権利者を立てることができるのだが、前任であった血鳴の父の評判がいいだけに同意は5割から6割ほどまでしか得られずという状態。


「しかし、前にもクールヴェスタの悪魔の配下とかがこっちに来ているのを見たが、アレの関連はこっちに流れ着く呪いでもかかっているのか?」


 もっとも、煉夜の出会った筧十蔵も望月六郎もこの世界にやってきたタイミング的には血鳴と大きくズレている。

 十蔵はニールチア領にはいかずに別の場所で「特使会」の手から逃れていたし、六郎はニールチア領に来ていたものの、この世界にやってきたのはそれからそれなりに時間が経ってからである。しかし、血鳴はこのニールチア領での争いの最中にこちらの世界に落ちて、自分がどこにいるのかも分からなければ、言語もままならないという状態にあったのだ。


「いや、でも、あの領地はもうどうにもならなかったでしょ、唯一の資金源だった予知する人材もいなくなったし。皆には申し訳ないなぁとは思ってたんだけど」


「え?」


 地面にへばりつきながらそんなことを言う血鳴に、思わず煉夜の口から出た「何言ってんだこいつ」と言わんばかりの疑問符。


「確かに、領土はしっちゃかめっちゃかだし、あの屋敷で雇っていた人たちも故郷だったり、別の地方に雇われて行ったりしたけど、けっしてお前が居なくなったからじゃないぞ。

 というか、たった1人の予知で領土の財政が成り立つわけないだろ。お前の部屋からも見えたはずだが、果樹園」


 ニールチア領の主な産業は温暖な気候による甘い果実の生産と果実酒である。果実自体は鮮度が命であるため周辺地域にしか配れないが、酒などに加工するとより広域へ商売できる。しかし、クールヴェスタの悪魔たちが荒らしたせいで果樹園は全滅。瘴気によって、樹や土壌そのものがダメになってしまったので、辞めることをよぎなくされたのである。

 主産業が壊滅した以上、そこを立て直すことは不可能であり、別の産業を見つけたり、果樹の復興をしたりすることがそう簡単に行える道理もない。

 結果として領地復興は断念され、血鳴の家で雇われていた人間たちも各地に散っていったというわけである。決して血鳴の行方不明が原因ではない。


「というか、表向きは権利の譲渡はなかったが、実質経営していたの屋敷の人たちでお前はいてもいなくても変わらんし」


 絶望的な現実を提示され、血鳴は地面にへばりついたままいじけるのであった。

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