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白雪の陰陽師  作者: 桃姫
陰陽大動編
318/370

318話:存在させる存在

 煉夜は静萌を連れて、会議室に戻る。その時点で、煉夜はあえて彼女に視線や注意を向けることはなかった。広げた知覚域の中にいることだけを確認しながら、それらのことをしなかったのは、煉夜が視線を向けることで「認識できないはずの何か」に気づけるであろう裕華を思ってのことである。


「トイレにしては遅かったわね。何をしてたの?」


 一応、何かしているのであろうことは分かっていた裕華であるが、いかんせん1人で何かをしているようにしか感じ取れなかったので分からなかったのだ。


「少し、な」


 何とも言い難い表情で煉夜は返した。正直、どう説明すればいいのかが分からないのだ。おそらく裕華も、その存在を知らされ、最大限に注意を傾ければ気配の欠片くらいは感じ取れるだろうが、それを説明するまでが長くなる。


「ふぅん、ま、いいけど。それよりも英国の御一行はもう到着するところみたいだけど、迎えに行かなくていいの。一応、『出迎え』のためにここにいるんでしょう」


 煉夜の感知でもリズ達は、府営施設の駐車場に到着していた。正直、煉夜直々に迎えに行きたいところであったが、静萌の存在がそれを邪魔している。


「ああ、迎えに行くんだが……」


 そこで、ふと思い出す。なぜ、美鳥が狙われているのか、ということを。それは、恐らく雪姫の力を付与し、自身に一時的にでも与えるためであろう、という予想であった。であるならば、美鳥の付与で自身の「カーマルの恩恵」を、この会議室に付与すればある程度、静萌への認識率を上げられるのではないか、と。もちろん、個人に付与しても構わないのだが、

美鳥の実力しだいだが人数が限られてしまう。であれば、空間に付与すれば、恐らく個人に行うよりも精度は下がるであろうが、もしかしたらもしかするのでは、とそんなことが頭をよぎった。


「少し気になることがある。俺一人で行こう」


 一応、「出迎え」という役割をあたえられているのは、煉夜、裕華、小柴なのであるが、そこをあえて煉夜1人で行く、と言い出した。それに対して、特に不満はなく、むしろただの案内にそれほどの人数を裂く必要があるのか、と思っていた2人はあっさりとうなずいた。

 これがまた公的なものならともかく、私的な来訪で大げさにする必要がないものであるという部分もあるのだろう。もっとも「出迎え」に3人を指名した木連からすると、出迎えが1人だと相手を下に見ていると思われかねん、と考えていたようである。しかし、リズの人柄を特によく知る煉夜や裕華からすれば、大げさに騒ぎ立てられる方が迷惑に感じるだろうと思っていた。


「そりゃ構わないけど、『気になること』っていうのは?

 さっき、裏でコソコソしてたことと関係あるの?」


 裕華の問いかけに「苦笑い」で返す煉夜。そもそも今回のこの「一人で行こう」という言葉には、裏の意味がある。

 静萌に対する「一人で行くからここでおとなしく待っていろ」という指示だ。そのため「少し気になることがある」という部分は、あくまでその指示を出すためのカモフラージュに過ぎない。だから曖昧に「苦笑い」でごまかすしかなかったのだ。





 府営施設の駐車場は施設の位置関係上、坂を下ったところにある。煉夜はショートカットコースとして、そのまま駐車場付近に向かって府営施設裏手から飛び降りたが。


「よ、リズ、ユキファナ、美鳥。それから初めまして、えと、アレクサンドラ・椎名・ドルワさんとアン・クローベルさんか」


 ここであえて恩恵で名前を先読みしたのは、どのみち後で自己紹介しあう時間を皆の前で設けることになるであろうに、ここで自己紹介して時間を浪費するのは建設的ではないためである。


「煉夜様、お待ちしていました……と、わたくしが言うのは違いますね」


「まあ、立場上待っていたのはこっちだからな」


 とそんなことを言いながら、あまり触れたくないので考えないようにしていたものに目が行き、仕方なしに尋ねる。


「それで、あれは美鳥を狙って襲ってきたやつらの束、か」


 煉夜の言う通り、リズ達の後ろには、数人の男が拘束された状態で置かれていた。


「ええ、まあ。立場上、それを放置してきた方が余計に厄介なことになるので面倒でしたが一応持ってきました」


 お忍びで来ているようなものであるため、その状態で放置したら警察沙汰になりかねないものをそのままにして後で発覚したほうが面倒だ。そのため、ここにそのまま連れてきて、司中八家に引き渡した方が後々の厄介を避けられる。


「そいつらの処置に関しては手配しておこう。ひとまず、状況説明もしたいし、ゆっくり座れる場所に案内したい。ついてきてくれ」


 煉夜の言葉に、一番微妙な顔をしたのは美鳥だった。なぜならば、状況説明ということは、必然的に会いたくない人物に顔を合わせることになるからだ。


「やっぱり、雪姫様もいるのよね……、アタシほんと帰りたいんだけど」


 げんなりした顔でそのように主張するが、この状況でそうできるのならばそうしているのだろうが、実際のところ、そうはいかないのが現状だ。


「諦めろ。それしか言えん。

 ……ところで、美鳥、お前の神格付与術式とやらについて少し聞きたいことがある」


 気の落ちたままの美鳥であったが、その言葉に対して怪訝な顔をしながら煉夜を見た。


「別に聞きたいことがあるなら聞かれれば答えるけど、狙われている理由にかかるんなら雪姫様とかがいるところで話した方がいいんじゃないの?」


 もっともな話である。だが、煉夜の聞きたいことは、確かにそこにも関係しているが、それよりももっと直接的な話であった。


「あー、いや、具体的にどういったことができるのかとか、そういったことは後で聞くんだが、とりあえず、俺の恩恵を空間に付与することってできるか?」


 美鳥の力が、狙われる要因である具体的にどのようなことができるのかなどは、後で改めて聞く予定であるが、とりあえず聞きたいのは先ほど思いついたことである。


「恩恵……?

 できなくはないと思うけど、かなり効力が弱まると思うわよ。どんな恩恵かは知らないけど、まあ、神格から譲り受けた『恩恵(ギフト)』であるなら、アタシの能力の範疇だと思うし」


 彼女の持つ力、「神格付与術式」とは、神格を付与する術式である。神格あるいは神性とでも呼ぶべきだろうか。この場合の神格とは「神の格式」ではなく「神であるという資格」とでもいうべきだろうか。

 そして「神格が付与される」というのはすなわち、「神としての資格を得る」という意味である。もっとも、そう聞くと大層なものに思えるかもしれないが、神道の八百万の考えで言うならば、万物に神は宿り得る。つまりは、人や物、空間の格を通常から「神の位」へと無理矢理変えているようなものだ。

 それも、付与するからには大元の「神格」がどこかに存在するわけで、美鳥はそれを仲介しているようなものだ。

 だから、煉夜の言ったような場合は、煉夜が受けている「恩恵」というのはすでに神から与えられた「神の資格」がある力であるので、それを借りて空間に付与するだけなので、恐らく実行することは可能だろう。

 だが、結局は仲介して、源から力を引き出して、その一部を対象に付与しているため、損失(ロス)はかなりのものであり、それも人や物ではなく空間に付与するとしたら、その力は分散し、効力は劣化したものになるだろう。


「ああ、それで構わない。試しに今から行く部屋に着いたら即時、部屋そのものに付与してみてくれないか?」


 実際、効力がどれほど弱まっていても、少なくとも裕華の知覚に静萌が引っかかれば構わないのである。


「まあ、いいけど」







 そうしたやり取りの後に、煉夜はリズ達を会議室まで案内した。室内に変わった様子はなく、静萌も端の方に座っている。部屋に入った美鳥は雪姫に対して非常におどおどとした態度であったが、煉夜に言われたことは忘れていなかったらしく、言われたとおりに会議室に恩恵の付与を行った。

 その瞬間のことである。知覚域に先ほどまで存在していなかったはずの存在が突如出現したことで、裕華の警戒心が一気に引きあがったのを煉夜は感じたが、それに対して手で制しながら言う。


「落ち着け裕華。一応、害はない……はずだ」


 かなり曖昧で「一応」や「はずだ」と断言しきれていない部分があるが、それでも煉夜の言葉に裕華は警戒を解く。


「なるほどな、あくまで感知できたのは裕華だけってのを考えると、本当に全然効力が発揮できていないんだな」


 それも煉夜の想定の内ではあったが。煉夜はあえて大きな素振りで静萌の方を見ながら声をかけた。


「静萌、一応、こっちにこい」


 それに対して、静萌は別に何の考えもなく、そのまま煉夜の方に寄るが、しかし、それを見えているのは煉夜以外におらず、されど、裕華は何とかその気配だけは感じ取ることができた。


「へぇ、なかなかに面白い存在がいるものね。父さんの知り合いに、似たような《古具使い(アーティファクター)》がいたわね。その人のは《存在の拒絶(ノット・ファウンド)》という力だったかしら。まあ、それはまともな存在じゃないらしいけども

 他にもそういった系統の能力はあるとは聞いているけれど、まさか感じ取れもしない存在がいるとは思わなかったわ」


 裕華の父親の関係者には大抵の能力に類される能力者がいるので、それに対しての驚きは特になかった。他にも、とある狂った世界で「空色透明(さわれぬもの)」と呼ばれた現象や裕華の伯母の裡にいる儚き龍皇女グレート・オブ・ドラゴンの力も近しいものがあるだろう。


「一応、敵対の意思はないと言っているが、忍足の直系、忍足静萌というらしい。見張ろうにも俺にしか感じ取れず、俺にしか見えず、俺にしか聞こえないのでは、流石につらいからな。せめて、そういった存在がいることだけでも知ってもらうために美鳥に頼んで、部屋そのものに俺の恩恵を付与したんだが、裕華でも姿を見るまでは無理だったか」


 煉夜が静萌のことを口にしたところで、どう足掻いても認識できないのであれば、煉夜の妄言扱いされても仕方ない。だが、少なくとも他に1人でも認識できる人間がいれば話は別だ。もっとも、煉夜としては見えて話せる人物がもう1人ぐらい増えればありがたかったのだが。


「話が見えてこないのですが、煉夜様、この場に、煉夜様以外には認知できない、少なくとも今でも煉夜様とミスアオバ以外には認識できない何かがいる、ということで構いませんか?」


 リズが分かりやすくこの場の現状を、他の人間にも分かるようにまとめて、その話は一段落した。

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