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白雪の陰陽師  作者: 桃姫
陰陽大動編
316/370

316話:プロローグ

 儀式が行われていた府営施設に附属する管理室の一角にある会議室は、緊張感に場を支配されていた。木連をはじめとした司中八家の主要人は、捕らえた者たちの対応に当たっているため、この場にはいない。


 そのため、今この場にいるのは、雪白煉夜、初芝小柴、武田信姫、市原裕華、似鳥雪姫である。残りの面々は、各種対応に当たっていたり、念のための警戒に当たっていたりしている。この場にいる理由は、リズ……、エリザベス・■■■■(エリアナ)・ローズの出迎えをするためである。もっとも、その役を任されているのは、すでに知己のある煉夜、裕華、小柴のみであるが。

 リズ達は、現在、京都駅に向かう新幹線の中であるため、まだ到着までは時間がかかる。そのため、会議室で待機していた。


「レンヤ君はどうにも何か考え事があるって感じだね」


 この場には、火邑もいなければ、司中八家として大きくつながりのあるのは裕華くらいで、その裕華も聡い。司中八家の中でもかなり新しい武田家とはほぼ交流がない。だから、あくまで後輩ではない【緑園の魔女】としての態度で、煉夜に話しかけた。


「ん、ああ、まあな。『猫又弥勒』のやつから聞いた伝言の内容が、な」


 一応、一夏宮家のことも考えてはいたが、どちらかといえば、今の思考の比重は、直前に効かされた【四罪の魔女】からの伝言のほうであった。


「伝言、というと先ほどの話の【創生】と【四罪】からのだったね。まあ【創生】の方は予想通りという感じで、肝心の【四罪】の方で悩んでいるってところかな」


 小柴が【創生】、【四罪】とあくまで「魔女」の部分を省いて発言したのは、他の者の耳を考慮しての発言であるからだ。もっとも、中には、その部分だけで分かる者もいたが。


「そうだ。だから、後でおふてんちゃんとは詳しく話そうと思っていた。だが、それもこの厄介事が片付いてからだな。俺が持っている情報だけだとどうにも意味が分からなくてな。まあ、【四罪】も俺が単独で解読できると踏んでの伝言ではなくユリファに……【創生】に聞けという意味での伝言ではあると思うしな」


 端から煉夜単独で理解できるとは思っていないだろう、とそう考える煉夜。まあ、それもそうであろう。そして行方不明というだけの状況であり、【創生の魔女】の眷属であることは間違いなく、恐らく煉夜が死ねば、その事実は【創生の魔女】に伝わるはずである。だからそれゆえに、生きているが連絡がつかない状況で、八つの方のいずれかにいると思われている。だからこそ、いざとなれば【創生の魔女】に聞けという意味での伝言であったのだろう。

 もっとも、煉夜は、本来ならその伝言を聞くことができない状況だったが、偶然に近い形で聞くことができた。そして【緑園の魔女】という存在が、その近くにいたのは幸運というほかにない。


「【四罪】……ですか。レンの関わる【創生】とは仲が悪いという認識でしたが、それでも連絡が来たからにはよほどのことだったのでしょう」


 そのように雪姫が言う。それに対して、小柴は雪姫の方を見た。間違いなく知らない顔であるし、そして、どう見ても日本人という風貌である。であれば、煉夜や沙友里のような存在かとも思ったが、どうにもそういう感じでもない。


「しかし、レンがその手の話をするからには、彼女が長い間、確認されていない【無貌】か【虹色】でしょうか」


 魔女たちの転生に関しては、その存在が改めて確認されるまでにしばらくかかることがある。新暦666年時点で確認されていた魔女たちもその多くが1度、死に、転生を果たしている。それらのことを考えると、比較的最近に死亡した【緑園の魔女】はカウントしていないのか、あるいは、そもそもにして【緑園の魔女】が死したのを目撃したのはキッカ・ラ・ヴァスティオンと煉夜だけで、死体も残らないほどの攻撃であったために、それが知られていないのだろう。


「いや、【緑園】だ」


 だから煉夜は簡潔にそれだけ伝える。一瞬、驚いた表情をしたものの、「なるほど」とすぐに納得する雪姫。


「てか、今の【虹色】って【虹色の魔女】のノーラ・ナナナートのことでしょ。煉夜は知ってるでしょうけど、伯母さんの妹……血縁上、伯母でも叔母でもないんだけど、その辺は説明すると面倒だから省くけど、伯母さんの妹がそうらしくてね、こないだ会ったわ」


 伯母の妹であるというのだから、その人物もまた伯母か叔母である。しかし、その辺りは複雑な事情があり、簡潔に述べる関係性として、やはりわかりやすいのは「伯母の妹」という表現になってしまう。

 そして、その事実は、確かに正月に煉夜はすでに、裕華の伯母当人から聞いていた。もっとも、それが本当のことであるかどうか、というのは煉夜には判断できなかったが。


「となると、残りはステラだけか。まあ、彼女は彼女で【無貌】から独立したともいえるから再び生を受けない方が幸せなのかもしれないけど」


 小柴のつぶやきは誰にも聞こえないくらいの小さなものであった。


「何のことかはさっぱり分からないけど、今は目の前の問題に集中したほうがいいわよ」


 話にさっぱり入れない信姫は、一応、そういったものの、特に今、話し合うべきことなど見つからないので、本当に言っただけである。


「そういえば一夏宮家の狙いが分かったのはいいが、お前はどうするんだ」


 その言葉は雪姫に向けられたものであった。それに対して、雪姫は何とも言えないように笑う。


「正直、どうしようもないかもしれませんね。あの時みたいに。でも、1つあの時と違うのは、あなたがそばにいる、そして、あの子もあなたといる。だから、どうとでもなると、占わずとも、神託を得ずとも、不思議とそう思えるのですよ」


 煉夜は小さく息を吐き出した。それはため息などではなく、決意、あるいは覚悟とでもいうべきものだろうか。後悔を振り切り、二度と起こさないと前に向かうための。


「ああ、そうかもな。俺も、……俺もイスカもここにいる。だから次は何があっても、お前は守るさ、スゥ」


 煉夜の手は自然と胸元の宝石に伸びていた。まるで、その存在を確認するかのように。だから、解言もなしに、幻影のように彼女はそこに現れる。煉夜の背後に、亡霊のように。


「スゥさんは相変わらずですね。あの頃とちっとも変わらない。ロレンさん以上に、まったく変わってない」


 現れたそれに対して、その現象に驚いたものはいても、その存在自体に驚く者はいなかった。それが煉夜の幻想武装にある魂なのだということは全員に察しがついたからである。


「あなたも、あの頃のまま。本当に変わりませんね、イスカ。あの時、わたしはどうすることもできなかった。あなたがこうなることも、レンがこうなることも知っていたにも関わらず、それでも何もできなかった。それこそ、未来を確実にするための布石として、手紙を残すくらいのことしかできなかったのですよ」


 かつて、煉夜が五方の果ての果てにあるモナクシアという島で出会った2人の女性。聖女と呼ばれたイスカともう1人、スゥキと呼ばれる教会で神遣者をしていた女性。イスカとは違い、何もかもを見通すような目をした彼女には煉夜でも分からない多くの謎が残っていた。

 特に、最後に煉夜に宛てて書かれた手紙。そこにはイスカを頼む、そして自身の死を予期しているにも関わらず「次に会うことがあるならば」という文言。そして「再会の時」ではなく、わざわざ「二度目の再会の時」という表現。無数の引っかかりが煉夜の中にしこりとして残っていた。

 だが、長野で白原真鈴として再会したときに、「レン」と呼ばれ、「まさか」という考えがよぎり、確信を持ったのは今日、直に再び話した時であった。


「お前の場合、転生というわけじゃあるまい。おおよそ、禊か何かで魂を切り離して、スゥの身体に入っていたといったところか?」


 この場合、煉夜が断言したのにはいくつか理由がある。まず、転生が珍しいということ。【緑園の魔女】のような例外はあれど、雪姫の場合は明確に雪姫とスゥキがイコールで結ばれすぎている。


「お見通しというよりは、推理と勘というところでしょうか。モナクシアの家で同じ釜の飯を食た仲、というのもあるのでしょうが。あの頃からいくつかわたしの正体について予想はしていたのでしょう?」


 むろんだ、という風にうなずく煉夜とは別に、ある単語に引っかかったことで目を見開いたのは小柴である。


「モナクシア……、モナクシアですって?

 あの湖の真ん中にある辺境島のモナクシアのこと?」


 普通ならば反応しなかったかもしれない。おそらく沙友里に言ったところでその地名を知らないだろう。辺境ゆえに知っている人間も少ないのは当たり前である。であるならば、なぜ小柴がその地名を知っているのか。それは【緑園の魔女】の根城が「五方」であるからだ。流石の彼女も、自身の領域ならば、その地名を把握していないはずがない。


「ああ、五方は【緑園の魔女】の領域でしたね。通りであんな辺境の島の名前もご存知なわけです」


「辺境ってスゥさん……。まあ、間違ってないけど」


 イスカは島外をほとんど知らないが、それでもあの島が辺境の地にあることは知っていた。島民も旅行客も皆そういっていたし、その通りだという自覚もある。


「ん、そろそろリズが来るか。予想よりも早いが、まあ、何かしら無茶をしたに違いない。

 ……イスカ」


 煉夜が易しく声をかけると、イスカは煉夜の方をニコリと微笑み、そして、雪姫の方を見る。


「じゃあ、またね、スゥさん」


「ええ、また会いましょう、イスカ」


 そのやり取りを懐かし気に、それでいて物悲し気に眺めながら、煉夜はまぶたを降ろし、意識を切り替える。リズが向かっているということは、すなわち事態が動き出すということを意味している。正確には、美鳥というべきなのかもしれないが。


 そして、それと同時に、もう1つの気配の方にも煉夜は気が付いていた。まるで影のようにしとやかに誰にも気づかれないように忍び寄る、その気配に……。

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