313話:見確めの儀・其ノ拾一「番外・来訪者」
儀式の場に残されたのは、煉夜と裕華、「猫又弥勒」、そして、氷の檻に閉じ込められた男たちと闇の枷と形容すべきか黒い靄のようなもので拘束された男たちであった。
「やっぱり最後の術で結界にほころびが生じていたみたいだな」
「みたいね、変なの中に入れちゃったからとっさに捕まえたけど」
煉夜に姿の変化はないが、裕華はその髪色や服装が変質していた。全てが黒に。まるで黒霧虎の霧をまとい着こんでいるようにも見える。
「ていうか、人式一体とでもいうのか式神と融合とかできるのなら儀式でも使えばよかったのに」
式神との一体化、「人式一体」という技法が存在することは煉夜も知っていたが、それを使う例は初めて見た。それに対して裕華は肩をすくめる。
「あいにくと、これは『人式一体』じゃなくて、使い魔との融合だから魔法に分類されるものよ。だから儀式じゃ使えないの」
式神としての融合ではなく、式神を魔法術式における「使い魔」として認識させて、それと融合する「魔法」である。もっとも、使い魔と融合する魔法というのもかなりなレアケースで一般的というほどではない。有名な使い手として挙がるのが「黒龍の魔女」くらいであり、彼女は特異で様々な属性の使い魔を有し、それと融合して戦う「悪魔」であり「魔女」であったとされる。
裕華は、どちらかというと陰陽術を得意としているために、そういった特異な使い魔などは有していないが、それでも自身の式を「使い魔」として融合することはできる。
「伯母さんの親友の娘はもっと色々融合できるみたいだけど、あいにくと使い魔との契約がなかなかできなくて、式神を使い魔として魔術式に組み込むくらいしかできないんだけどね」
裕華の場合は、「契約ができない」というのは、苦手や素質的あるいは適性上できないというわけではない。しかし、様々な事情があって「できていないだけ」である。
「使い魔との融合か。流派……というか術式の系統にもよるんだろうが、俺には真似できそうにないな」
煉夜の場合は、そもそもに魔法体系が特殊なのもあるが、使い魔との融合というのは難しいものなのである。使い魔との同調などは確かに存在する。使い魔の視覚や聴覚を同調させて、遠視や盗聴する技術は一般的で煉夜にもできる。だが、それ以上の融合ともなると難しい。特に、煉夜のかつての使い魔とでもいうべき存在は意思を持つ存在であり、複数の意識の同調というのは余程のことでないと難しいのだ。
獣が相手とはいえ、融合して普通にしていられるというのは普通ではない。もっとも、それ以上に、裕華の言う、伯母の親友の娘なる存在は神獣クラスの使い魔といくつも融合している異端者であるので、裕華の異端さが可愛く見えるくらいだが。
「ま、それよりこいつらどうする?
一応、何が目的なのかくらいは聞き出せるとは思うけど」
裕華が指しているのは、この場に侵入してきた謎の男たちのことである。それに対して煉夜は、「あー」と伸びた声を出す。正直、侵入させる隙を作ってしまったのは自分たちの不手際だから捕まえたものの、その後どうするかは「猫又弥勒」に委ねようと思っていた。
「目的か……。陰陽師の技術か、人か、それ以外か」
この京都司中八家の次世代が集結する場に侵入する目的としては「陰陽師の技術」あるいはこの場にいる人間が主な狙いだろう。だが、前者には大きな疑問がある。
「技術目当てなら、むしろ次世代とか一部主要関係者がごっそりいない陰陽師の家々の方を狙うでしょうね。だから……」
「『人』、か」
単純な予想でしかないが、裕華と煉夜の結論はそこにたどり着いた。
「どうする、簡単な催眠魔法当たりで誘導するか?
証拠能力がなくなるとかいう警察みたいな言い分があるなら辞めておくが」
そもそもに、陰陽師たちのいる場に侵入して何かをしようとしていた者たちだ。それも、煉夜がとっさだったとはいえ、幻想武装を使って対処するくらいには切迫した状態、つまり侵入者も普通ではない。
「どうせ処罰されるにしても警察とかじゃないしいいんじゃない?」
と、そんな話をしているときに声をあげたのは観客席の信姫だった。その言葉に煉夜と裕華の意識は吸い寄せられる。
「あれって、忍足の……?」
忍足家、その名前に煉夜は聞き覚えがあった。かつて、信姫の居城である躑躅ヶ崎館が「月日の盗賊」に落とされたときに佐野紅階が、間諜の対処をしていた、といっていた相手が「忍足家」である。
「忍足……?
っていうと、あの忍者一族の?」
裕華もその名前を知っていた。埼玉県を根城とする忍び衆「忍足家」。ようは忍者の一族である。忍者の一族といえば、有名なのは伊賀衆、甲賀衆、戸隠衆、風魔衆のような名だたる一族。風魔は現在、南十字家と名前を変えて現存しているし、残りの3家にしても同様である。
そして、「忍足家」はその四衆の中でも伊賀衆に関わりのある一族であり、本家を「忍足家」、分家を「服部家」が務める服部半蔵の子孫を「自称する」一族である。
「その忍者一族の忍足家よ。確か今は『陰』とかいう忍者組織に与しているんだったかしら」
式で補助しながら観客席から飛び降りてきた信姫が、裕華のつぶやきにそのように返す。そして、闇の枷に囚われた男たちの中の1人を見て、言う。
「ああ、そこの男が分家筆頭の服部二蔵よ。流石に本家の筆頭は来てないみたいだけど」
肩をすくめる信姫。分家とはいえ筆頭であるならば、この男たちの中で一番情報を持っているのは間違いない。そういったことが分かるのは、この場において事をかなり優位に進められる。
そして、もう1人、観客席から儀式の場に降りてきている人物がいた。もっとも、彼女は飛び降りるなどという真似はせずに階段を使って降りてきていたが。
「どうやら厄介事が始まったみたいですね、レン。わたしとあなた、そして美鳥さんをつなぐ予言の事件が」
似鳥雪姫。雷隠神社の八巫女筆頭を務める由緒正しき巫女であり、そして、煉夜とは白原真鈴状態のときに一度、長野県の真田邸前であったことがある。そう、関わりはその程度のはずである、が。
「美鳥……?
あいつ、今は英国暮らしだろ?」
と、煉夜は敬語を遣わずにタメ口で彼女に向かって言う。それを聞いた木連が慌てて何かを言おうとしたが、それを雪姫に止められる。
「木連さん、わたしと彼の間に敬語は不要です。他ならぬわたし自身が許可しているのに、それ以上を強要するほど無粋ではありませんよね」
そういわれてしまっては、木連は黙るしかない。一応、関係性で言えば、煉夜は分家筆頭程度なので、仕事関係である神社の筆頭巫女ともなれば敬わなくてはならないが、相手が許可しているにも関わらず、そこに文句をつけるのは逆に失礼になる。雪姫自身に言われてしまっては、どうすることもできず静観するしかなくなったのは無理もない。
「美鳥さんなら、今、京都に向かっている最中のはずです。もっとも、わたしの予言が外れていなければ、ですがね」
その言葉に、妙な予感を覚えた煉夜は、すぐにスマートフォンを取り出して、リズに電話を掛けた。
「おや、煉夜様から電話がかかってくる、ということは今回の面倒ごとはそちらの関係ということでしょうか?」
電話口から聞こえてきたのは何とも普段通りのリズの声であるが、その物言いから既に面倒なことに巻き込まれているのは明白だ。
「と、いうことは今、京都に向かってきているというのは間違いないか」
雪姫の予言を疑うわけではないが、確認するかのようにリズに向かって問いかける。それに対してリズは驚いたように一瞬だけ息をのんだ。
「知っていた、というわけではないみたいですが、この一件と何か関わりが?」
「ああ、リズ、というよりは美鳥が、だがな。詳しく美鳥に筆頭巫女のことを聞けば何となく分かるだろ」
その後、少しの確認をしたのちに電話を切る。なお、煉夜が美鳥の話を聞いてリズに電話をしたのには理由がある。なぜならば、美鳥は余程の事情がなければ日本に戻ってくる気がないのを知っていたからである。そして、余程の事情というのは、リズがらみ、もしくはMTRSがらみであると考えて、リズに電話するのが合理的だった。
「全くもって、手紙に書いたように『二度目の再会』ではゆっくりお茶でも、と思っていたのですが、思ったよりも騒がしくてそれどころではなさそうですね」
ため息を吐く雪姫に煉夜は苦笑した。それに対してはにかみ返しながら、雪姫はいう。
「わたしの予言ですと、今回の狙いは、雷隠神社八巫女筆頭のわたし、似鳥雪姫と、既に日本を離れた雷隠神社八巫女三席の唄涙鷲美鳥、そして、」
そこで区切るように一息置く。今まで上がった名前は雷隠神社関係の名前ばかり。であるならば、ここで狙う必要はない。むしろ、ここで狙うことで敵を増やすだけである。だからこそ、それ以外のターゲットがいる。
「雪白水姫さん、あなたです」
場所は変わり京都へ向かう新幹線の中。襲ってきた幾人かを魔法で隠蔽したリズは、美鳥に先ほど電話で煉夜から聞いたことについて問う。
「なんでも今回の厄介さんは美鳥、あなたに関係しているみたいです。煉夜様も、わたくしたちが京都へ向かっているのを知っていたみたいですし」
そういわれて美鳥は目を丸くした。正直なところ、狙われる理由はいくつか思い当たるが、それでも今回襲ってきたような人物たちとは無縁である。美鳥は八巫女に与えられる神器を持ち逃げしたも同然なので、それの返還を神社から要求されるのは理解できるが、それ以外の陰者たちに狙われる理由は見当もつかなかった。
「そもそも、行くって伝えてなかったのに彼、京都へ向かっていることがよくわかったわね」
とユキファナが言うので、リズはこれまた煉夜が言っていたことを思い出しながら美鳥に向かって言う。
「詳しくは美鳥に筆頭巫女について聞けば分かるだろう、と」
その言葉に、美鳥は顔を青くする。血の気が引くとはまさにこのようなことを言うのだろう、と他の面々は思った。
「え、雪姫様が関わってるの?」
明らかに顔が引きつっていたのは負い目からか、それとも巫女時代のトラウマからか、その両方か。
「あー、うん、まあ、でもあの人がいれば予言で大抵のことは分かるから、多分ワタシたちが京都に向かっているのもそのおかげだと思う」
とりあえずリズたちは当初の予定を変更して、煉夜たちと合流することにしたのであったが、美鳥だけはその場にいるであろう雪姫のことを思い、足取り重くなるのであった。




