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白雪の陰陽師  作者: 桃姫
陰陽見確編
311/370

311話:見確めの儀・其ノ玖「本戦第二戦ノ弐」

 符刀。呪符刀剣。陰陽師が使用する呪符に霊力を通して刀剣のように扱う術式であり、分類上は符術あるいは付与術式に当たるものである。長野県は雷隠神社の八巫女三席である唄涙鷲美鳥が用いる神格系付与術式改に代表されるような付与術式であるが、文字通り「付与」するのである。付与するものが「属性」であったり、「性質」であったり、その辺りは術や流派、使用方法によって異なる。


 呪符刀剣というものも、第一戦における信姫の使っていたもので言えば、「刀剣状に符を形成する付与」と「呪符から発動された雷をまとわせる付与」というものがあった。


 そもそも符刀は、陰陽術を使うための間合いがなく、距離を詰められて近距離戦闘になった際に使用するために開発されたものである。付与術式そのものは、以前から陰陽師以外の人間を強化するためであったり、自身の式を強化するためであったりに用いられていた。それを自らがとっさの時に使えるような形式にしたのが符刀である。

 その性質状、どうしても「属性」を付与するような今回の形式の場合は、属性の付与と形状の付与という双方に霊力を割くため、通常の陰陽術を使うよりも霊力の負担は大きい。

 ただし、符刀にも利点というものはある。陰陽師相手に、相手が不得意とする近距離間合いでの戦闘が可能になるのだから。もっともそれは普通の陰陽師相手ならば、であるが。





「それでは、『見確めの儀』本戦第二戦、武田信姫と市原裕華の儀式を始めるにゃ。両者、全力を尽くし、術を磨き合うように」


 信姫は初手から全力であった。そうでなければ、歯が立たないのは感じ取っていた。煉夜からあらかじめ言われていたし、自身で調べても異質なのは分かっていたが、その強さは予想をはるかに上回っている。

 ただの「武田信姫」としての力だけでは、確実に勝てないことが分かっていた。だからこそ、すぐにその式札を使った。


「――『御旗楯無もご照覧あれ』!」


 武田信姫が受け継ぐ力、武田家の「風林火山」という式と、もう1つ、源氏に代々伝わるとされる「楯無」。それは源氏の魂を宿す、歳月と人々の意志で作り上げられていく最高峰の式神である。


「なるほど、それが新羅三郎義光の代から伝わる秘宝、清和源氏、そして甲斐源氏の御力。御旗(にっしょうき)楯無(よろい)ね」


 信姫の式を前にして、冷静にそれを理解するのは、それを見測れるだけの見識と冷静になれるだけの実力を兼ね備えているからであろう。裕華は、式神を召喚せずに複数構えて、信姫の出方をうかがった。


「『雷電神刃符(らいでんじんじんふ)』」


 水姫との儀式で使った「雷刃符」という雷属性の呪符を用いた符刀よりも強めた符刀を使う。「雷刃符」ではおそらく裕華に届かない、と判断した故である。しかし、「楯無」と「雷電神刃符」という2つの術式を維持するのはかなり高度かつ消耗の激しいものである。霊力は霊脈、地脈からどうにかなるが、精神的にも体力的にも維持し続けるのはかなり陰陽師としての素質がなくては不可能だろう。


「憑依型の完全接近戦特化スタイル。ある意味、陰陽師殺しではあるわよね」


 などとひょうひょうと言いながら、《火》の呪符を4枚用意していた。陰陽師や魔法使いという存在が近接戦闘に弱いとされるのは、攻撃手段を用意する隙を与えられず、また近距離で使うと自身も巻き込まれる可能性があるという部分によるものが大きい。それ以外にも、鍛えているか否かなどが挙げられることもあるが、その辺りは人によるとしか言えず、また筋力強化や速度強化などで上回る場合もあるので一概には言えないだろう。

 そして、現状の信姫は、式に宿す先祖たちにより、近接戦闘においては達人クラスにまで引き上げられているだろう。だからこそ、並みの陰陽師ならば負けるはずはない。


「《火》の参、――射流火(いるか)


 上下左右に大きく揺れるような奇妙な軌道で信姫に向かう火弾。それを信姫は着弾前に一太刀で切り落とした。


「軌道が読めずとも、必ずここに向かっていると分かっていれば造作もない」


 要は信姫に向かって放たれた弾であるのだから、その向かってくる軌道が分からなくても最終的に絶対に来る場所というのは分かる。信姫の位置である。だから、信姫の元に来て、着弾する前に一歩、身を引きながらその間合いを断つ。


「まあ、そのくらいはするでしょうね」


 しかし、そのくらいは読めていて当然とばかりに、裕華はその火弾に仕込んだもう1枚の《火》の呪符を起動させる。そう、用意した4枚の内、「射流火(いるか)」に用いたのは3枚、残りの1枚は仕込み札として術に仕込んでいた。


「《火》」


 切り伏せた火弾から沸き起こる炎塊。それを帯電した符刀で両断する。しかし、ほぼゼロ距離で沸き起こったそれをわずかにも浴びずに処理できるはずはない。さらに、一瞬大きく膨らんだ炎は目くらましとなった。


「《金》の伍、――金狸林(きりん)


 そのわずかな隙から信姫の足元に鉄槍を無数に生じさせ貫かんばかりに上に伸ばす。だが、その起こりをいち早く察知した信姫、もとい、その先祖である武田晴信が出始めの槍の勢いをばねに飛び退き、そして生えてきたそれを三太刀でただの鉄塊に変える。


「鳶加藤よりは正道だが、奇策や奇襲、そういった手合いの上手いやつと見た」


 鳶加藤、あるいは「飛び加藤」。戦国時代にいたという幻術使いや忍術使いとして知られる奇人、加藤段蔵のことである。今の群馬県の一部に当たる箕輪の長野氏から越後の長尾景虎、甲斐の武田晴信といったものと接触したとされる奇怪な人物である。


「そら牛呑んだり、ひょうたんすぐに実らせたりするやつよりは正道でしょうけれども」


 さすがの裕華も後者はともかく、前者は無理だ。そもそも裕華はそれほど奇策が上手いタイプの人間ではない。もともとの気質が荒いのもそうだが、どちらかといえば物事が早く片付けばなんでもいいので、その時々に合ったやり方をする、というだけでそれらの全てが得意というわけではないのだ。


「《水》の伍、――水犀瑚(みさご)


 水の槍が複数、信姫に向かって飛ぶ。それらの全てを帯電した符刀で一刀のもと切り伏せた。それも、その中に仕込まれた呪符ごと、である。だが、それは当然、裕華も読めていたことである。同じ相手に同じことを二回もして、ただでさえ一回目を防がれたのに、二回目でどうにかできると思うほど楽天的ではない。


「《水》の漆、――水夜馬飛瀧(みやまびたき)


 上下からの水柱とそれ以外の全ての方向からの水塊。大規模な陰陽術の隙づくりのためのおとりにしたのだ。先ほどの一撃があった以上、警戒して確実に攻撃を落としてくる上に、その中の仕込み札まで狙うとあれば、切り伏せると同時に攻撃に来る余裕は流石にないだろうと踏んでの攻撃。先ほどまでの攻撃を利用し、意識を仕込みの方へ誘導したのだ。


「――其の動くこと雷霆の如し!」


 絶対に避けられないはずの大技を、信姫は、あるいは、晴信は自身の持つ陰陽術である「風林火山」の式を唱えることで避けてみせる。

 そして、裕華の隙を突くように後ろに回り込み、符刀での一撃を決めようとした瞬間、自身の足元から起こる術を察知する。


「《金》」


 ごく単純な陰陽術であるが、鉱石が地面から信姫目掛けて突きあがる。それを転がるように、なんとか避けた。

 観客席から今の様子で何が起こったのかをはっきり理解していたのは煉夜と小柴、笑火くらいであろう。雪姫ですら「信姫が避けた」という結果は理解できても、その一部始終がどういったものだったのかは見えていなかった。


「よもや、この死角からの攻撃にあらかじめ罠を張っていたとはな」


 態勢を立て直すように、裕華から距離を取りながら、そのように言葉を漏らした。それに対して裕華は呆れるように言う。


「死角なんていうものは常に警戒しておくべき場所でしょう?

 死角から狙ってくるなんて予想はつくからあらかじめ仕込んでおくくらいのことはするに決まっているでしょう」


 今の攻撃に関しては、別にあの大きな術を避けることを予想していたわけではなく、大きな術を使う際に死角を突かれてもいいようにいくつか仕込んでいた内の一つである。常に回線をつなぎっぱなしだから大きな術は使えないため、ほとんどが基本の術だが有効であることは今ので証明されたようなものである。


「読んでも読み切れぬというのは今孔明や勘助のように回る頭があるのだろう。そのような手合いはあまり得意ではないのだがな」


 そういいながら、どう攻めるかを考える。手札の内、「風林火山」を用いる術が残っているが、当然ながら「雷」で仕留められなかった以上、ここから先は裕華が「風林火山」を警戒するのは読めている。だからこそ攻めあぐねているのだ。並みの相手ならば、それでも「風林火山」で押し勝てただろうが、裕華の場合はそう上手くいかないだろうと判断した。


「高く買ってくれるのはうれしいけど、そんな大したもんじゃないわよ」


 謙遜しているようにも聞こえるが、裕華にとっては父やその関係者などのことを考えると本心で言っているのだろう。


「そんでもって、本当は使う気はなかったんだけどね」


 そう言った時には、すでに裕華は八枚の呪符を既に展開した後であった。八枚規模の大きな術など裕華ですらそうそう使うことはないし、「猫又弥勒」ですらその規模になるとどうにもできないのだが、既に発動の段階にあった。


「《水》の捌、――角端(かくたん)


 信姫には何が起こっているのか全く分からなかった。観客席から見ても、何が起こっているのか分からないだろう。突如、水の障壁が幾重にも張られたようにも見えた。だが、それだけではない。


「そこまでにゃ。『見確めの儀』本戦第二戦は市原裕華の勝利にゃ」


 もはや、どうしようもない。「猫又弥勒」ですら、何が起こっているのかは分からなかったが、それでも、どう見ても信姫の負けである。その言葉と同時に術は解除され霧散した。


「あー、死ぬかと思ったわ」


 実際、あの後に何が起こるのかは分からないが、それでも、その術式の規模から、流石に信姫は覚悟を決めかけた。


「すでに評したように市原裕華は頭二つ、三つ飛びぬけているにゃ。それに対して武田信姫は式の扱いはかにゃりのもので、さらに自身の戦闘手段を確立しているんにゃから大したものにゃ。互いに精進すればより高みを目指せるにゃ」


 そうして決勝へ進む2人、雪白煉夜と市原裕華という予想通りの2人が決定した。





 その後、月姫と信姫による3位決定の儀式が行われ、この戦いでの疲労がたたってか、信姫は月姫に敗北し、続く4位決定の儀式で姫丹と戦い、符刀を無効化されるも《雷》を「――其の侵掠すること火の如し」で強化することで辛くも勝利。


 これによって3位月姫、4位信姫、5位姫丹、6位水姫、7位八千代、8位姫毬、9位群助、10位七雲、11位火邑が確定し、残すは決勝の煉夜と裕華の儀式を残すだけとなった。

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