310話:見確めの儀・其ノ捌「本戦第二戦ノ一」
本戦第二戦の儀式を行うために、勝ち上がった雪白煉夜と冥院寺月姫の2人が儀式の場まで降りていた。特段、儀式の形式は第一戦や下のグループと変わらないため、新しい説明も特にない。
「それでは、『見確めの儀』本戦第二戦、雪白煉夜と冥院寺月姫の儀式を始めるにゃ。両者、全力を尽くし、術を磨き合うように」
互いの手に持っていた札は、煉夜が《火》、月姫が《滅》である。煉夜は、本戦第二戦以降は己の式である《八雲》を解禁する予定だったが、式神と《滅》の相性が悪すぎるために、今回も使わなかった。一方の月姫もまた自身の式である《ペン太》は術の撃ち合い、特に月姫の行う、相手の攻撃をかわしてそこに《滅》の札を当てて無力化するという戦術においては、あまり役に立たないので使われていない。
「《火》」
炎の塊が月姫に向かって飛ぶが、月姫は難なくそれを《滅》で消滅させた。それが何かを確かめるための小手調べのようなものであることは容易に分かった。だが、基本戦術が《滅》によるカウンターである月姫は、その小手調べに乗る以外の戦う方法はない。その戦術においては、相手の攻撃を《滅》した後の隙を付く以外に有効打を与える術がないからだ。
「《金》」
煉夜の場合、陰陽術は魔法と違い、全属性に適性があるわけではない。だが、煉夜は全ての属性の陰陽術を使うことができる。それこそ、無理矢理な荒業ともいうべきものだが、呪符に馬鹿のような霊力を流し込み、変換効率が最悪と言ってもいいほどの術ならば使用することができる。ただし、適性のある属性と比較すると時間と霊力の消費が百倍以上という「普通ならば絶対にしないこと」の1つである。
そして、そんな非効率的なことをしてまで放った《金》も《滅》で消え去った。そこまで見て、煉夜は大体の《滅》の仕組みに確信を持った。やはり他の儀式を見ていたから分かっていたことも多かっただけに、煉夜の予測に間違いはなかった。後は、それに対して考えていたいくつかの方法が通じるか否か、というだけの話である。
「《水》」
勢いよく直線状に、まるで槍のように水が飛ぶ。月姫と煉夜が初めて会った時に、月姫に向かって放ったのと同じようなものだ。ただ、あの時と違うのは狙っている場所である。まっすぐに、月姫の下の地面をえぐるように命中する。
だが、狙いが下に逸れていると分かっていた月姫は、わざわざ《滅》するだけの霊力がもったいないと判断して、それを普通に飛んで躱した。そして、空中に浮いた自身に向けて、次に来るであろう煉夜からの攻撃に備えて《滅》を構えた瞬間に背後からの術の気配を感じた。
煉夜が放った《水》の呪符に仕込まれた、もう1枚の《水》の呪符を起点に新たに陰陽術が発動されたのである。姫毬との儀式でも使っていたために、そのくらいは予想していた月姫であるが、予想外であった点がある。
それは、飛んでくる水の塊に混じった石などの物体である。それらは陰陽術によって作り出されたものではなく、先ほどの攻撃で抉られた地面の一部。それらが、《水》によって発動した水に持ち上げられたのである。
《滅》によって《滅》っすることができるのは、あくまで術によって起こった効果を霊力で狂わせて破綻させる。つまり、術による変化がなかったことになる。だから、飛んでくる水の塊や炎の塊を消したり、隆起した地面や生成された金属を元に戻したりすることは可能だが、術を消しても、それで起きた事象自体がなかったことになるわけではない。
炎自体を消すことはできても、消すまでに負った焼けどは直らないように、水自体を消すことはできても、水によって持ち上げられた物質を持ち上げられなかったことにはできない。つまり、持ち上げられた物質たちは《滅》してもそのまま月姫に襲い掛かるのだ。
「《風》!」
それを一瞬で判断して、《滅》ではなく《風》に何とか切り替えて、自身を煉夜の放った水塊の射線から無理やり外す。
「なるほどな、やはり無力化できるのは術そのものだけ、か」
この質量体を飛ばす、という魔法の無力化への対抗手段というのは一般的なものである。そして、これに関しては場に作用するような無力化に対しても、その圏外から物質を飛ばすというやり方で対応したり、冥院寺姉妹のようなカウンタータイプに行ったりと対抗手段の中では汎用性の高いものである。
「ったく、恐ろしいわぁ。でも、そんくらいなら誰も思いつく対抗手段や」
逆に言えば、誰でも思いつくような手段だからこそ、その対策をしていないわけがない、ということである。そして、それは煉夜も分かっていた。
「ああ、だろうな」
一般的だからこそ、対抗策への対抗策は当たり前のようにされている。むしろ、それを対策せずに「無力化」という力を絶対視しておごっているものは、それこそすぐに潰されている。だからこそ、それ以外の対抗策を考えなくてはならなかったのである。
「《火》」
だからこそ、他の対抗策が通じるかを確かめる他、煉夜が月姫に攻撃を通す方法はかなり限られることになってしまう。
「目くらましかなんかかっ!
《滅》!」
飛んでくる炎塊。ここにきて、何のひねりもないただの陰陽術が通るとも思っていないだろうと考えた月姫は、それを目くらましに何かをするのだと考え、あえてそれに乗っかり《滅》で消してから、次に来るであろう攻撃に備えようとした。
だが、その炎は消えなかった。《滅》により部分的に霊力が増え、術が破綻するはずなのに、《滅》を当てても消滅しない。つまり、破綻していない。わずかなラグの後に、消失したそれを見て安堵するが、明らかに《滅》に対する反応がおかしかった。
「やってできないことはないが、やはり難しいもんだな」
その言葉の意味を少しして月姫は理解した。術が霊力の増加によって破綻するなら、それを破綻しないように、増えたところ以外に増えた分と同じだけの霊力を注ぎ込めば、結果、破綻は起きない。
理屈ではできると分かっても、やるような馬鹿はそうそういないだろう。もっとも、煉夜に関しても、生来のそういった調整が苦手な部分もあり、逆に霊力を込めすぎて破綻してしまい、今は消滅したが。
「ったく、こういう手合いはホンマ最悪や。ウチの叔父ちゃんといい、場数と感覚でどうにかできるようなやつは……」
この少しのやり取りで、既に月姫は、煉夜が自身以上に場数を踏んだ者であると判断していた。《滅》のような無力化に対応する力が通常の陰陽師よりも明らかに慣れている。そういった面で見ても、明らかに自身をはるかに超える経験をしてきたのだろうという思考に行きつくのは当然だった。
「他だとこんなのはどうだ?
《火》」
再び放たれる炎の塊が月姫を襲う。《滅》をするか、それとも、どうにかギリギリな賭けになるが必死に避けるか、ということを迷い、《滅》を選択する。先ほどの《滅》が遅れた影響で、かなり消耗していて、それを避けられるかどうかは微妙なところだったからである。
「《滅》っ!」
転がりながら、炎の中心には決して当たらないように、火を浴びる覚悟で《滅》をぶつけるが、またも消滅しない。だが、煉夜が霊力を調節して込めているようにも見えない。つまり、先ほどとは別の絡繰りがある。
先ほどのよりも遅い消滅。明らかに何かあるのに、それが何であるかが月姫には分からなかった。しかし、それは考える以上に単純なことである。
「なるほど、思いのほか破綻させるための霊力が膨れ上がるのは早いのか」
冥院寺姉妹の使う《滅》は、術の一部に霊力を流し込んで、術そのものを破綻させることで、術を消滅させるものである。その特性上、小さい術や複雑な術ほど破綻が起きやすい。小さい術ならば少しの霊力を流し込んだだけで破綻するし、複雑な術なら複雑であるほど少しの狂いが大きな狂いとなって破綻する。ならば、単純かつ大きな術を使えばいいだけの話だ。
呪符一枚の単純かつ基本的な《火》に、五、六枚の術を構成する分くらいの霊力を注いで発動した単純な炎の塊は、破綻させられる場所も少なければ、破綻させるのに必要な霊力も膨大になり結果、破綻させるまで時間がかかった。
「まあ、それだけ分かれば十分だ」
そういった瞬間に、月姫の周囲から炎の塊が沸き起こる。それが先ほどの術と同じものであることは明らかだった。
「いつの間に!」
最初の地面をえぐり飛ばした《水》の術に仕込んでいたのは、《水》の呪符だけではなく、《火》の呪符もであった。月姫が避けた水塊に乗って飛ばされた仕込みの《火》は地面の破片もろとも地面に落ちていた。煉夜は、ずっとパスをつないでいたそれに霊力を流し、起動させたのである。
「そこまでにゃ。『見確めの儀』本戦第二戦は雪白煉夜の勝利にゃ」
その「猫又弥勒」の宣言と共に、煉夜は術に込めた霊力を解き、術を消し去った。
「陰陽師としての実力は拮抗していると言ってもいいにゃ。今回の儀式での勝敗を明確に分けたのは、場数の違いと《滅》に頼りすぎていることにゃ。煉夜は術を無効化するような存在との戦いの経験が豊富である程度対処が分かっていたというのも大きいんにゃろうにゃ。後は、《滅》以外の有効にゃ攻撃が少にゃいから結果、相手の攻撃に反撃をするという戦闘方法ににゃってしまうのが痛いにゃ。姫丹の方は《光》で補っていたけれども、その辺は月姫の課題だにゃあ」
姉の姫丹には、《滅》以外の攻撃スタイルとして《光》の陰陽術を使うものがあるが、月姫はその部分が薄いために、どうしても自分から攻撃を仕掛けるということができないのだ。そこが大きな課題である。
「煉夜は、少々手を抜きすぎにゃ。儀式という形式があるとはいえ、もう少し早く終われたんじゃにゃいか?」
そのように言う「猫又弥勒」に対して、煉夜はやれやれと肩をすくめた。確かに、一々確かめるように、まるで実験しているかのような戦いであった。そのうえ、手を抜いているかのような威力の術ばかりだったのではないか、ということである。
「まあ、あいつ相手にはなるべく温存しておきたかったんだ。決して手を抜いたつもりはないがな」
煉夜とて本気でやっていた。しかし、次の儀式のことを考えるなら、勝てる範囲で手を抜くのは当然でもある。霊脈の上だから霊力の枯渇の心配はないとはいえ、精神力が無限というわけではない。
「ああ、なるほどにゃ。どちらが勝ち上がっても煉夜はきつそうだけど、その感じだとどちらが上がるかの予想はしているみたいだにゃあ」
「まあな。番狂わせがないとは限らないが、あいつは俺や信姫より、技量も実力も上で、戦闘経験や戦闘勘も俺に匹敵する。規格外の天才にかつての天才とされた武人たちでどこまで対抗できるかは分からんが、次の儀式はかなりヤバいことになるのは間違いない」




